インターン

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(写真77-1 インターン最終日に後任のインターンも含めみんなで日本式にポーズ。)

 

第77回 佐藤 暁子(さとう あきこ)さん
ことのは総合法律事務所・弁護士
オランダ・ハーグInternational Institute of Social Studies 開発学修士課程(人権専攻)修了
インターン先:UNDPアジア太平洋地域事務所(バンコク)
インターン期間:2017年4月〜10月(6ヵ月間)

 

■はじめに■

配属先は、ガバナンス・平和構築チーム内の「ビジネスと人権」部署で、直接のスーパーバイザーであるシニアスタッフ、国連ボランティア(UNV)、シニアコンサルタント、そして私の総勢4名という、こぢんまりとした部署でした。私は、2010年にカンボジアに住んでいた時に[1]、「開発」という名のもとに街の中心部に次々と新しいビルが建設されていく一方で、基本的なインフラは整備されず、日々の生活に困窮している家族やゴミ山に住む家族といった社会的弱者が置き去りにされている現状を目にしました。同様の問題に取り組んでいる援助提供者間の情報共有が十分であるようには見えず、またより大きなインパクトの実現に向けた各自のアプローチの積極的な連携へのチャレンジがまだ大きく、当時の「開発援助」のあり方に疑問を抱くようになりました。その後、弁護士として日本で働いていた際、ある人権NGOの活動に携わり、カンボジアでのボンコック湖の住民に対する強制立ち退き問題や縫製工場の労働環境問題の調査などを行いました。このような経験を通して、ビジネスによる人権に対する負の影響をいかに防ぎ、また、人権を侵害された人たちがそれを回復するためにはどうしたら良いのか、といった課題を扱う「ビジネスと人権」という枠組みに関心を抱くようになり、この部署でのインターンを希望しました。

札幌の弁護士事務所での勤務後、2016年12月にオランダのハーグにある大学院で開発学の修士課程を終え、日本との社会的・経済的つながりも深く、また思い入れのあるカンボジアが位置する東南アジアで経験をさらに積みたいと考えていたので、多くの国際NGOや国連機関の地域事務所があるバンコクに移りました。現在もバンコクに住んでおり(2018年3月中旬本帰国済み)、生活費はこれまでの貯蓄と一緒に住んでいる夫の収入でやりくりしています。

■インターンの応募から採用まで■

上記の自分自身のバックグラウンド、そして、ロースクール卒業後に日本の法務省法務総合研究所国際協力部(日本政府の法整備支援の実務をJICAからの委託で担当している部局)でインターンをした経験から、ガバナンスと人権分野全般に関心がありました。知人を通じ、UNDPのガバナンスユニットのスタッフを紹介してもらい、バンコクに来てから会う機会を設けてもらいました。その際、「ビジネスと人権」に関心があると伝えたところ、ちょうど偶然にも、その日の午前中に彼の同僚が「ビジネスと人権」分野のプロジェクトを新たに開始するのでインターンを探していたと教えてもらい、インターン中にスーパーバイザーとなる方を紹介してもらいました。インターンの採用にあたっては正式なプロセスに則って行われ、CV(履歴書)とカバーレターによる第1次審査の後、「ビジネスと人権」に関する英文のショートエッセイを提出し、その後人事から採用の連絡をもらいました。 ビザの取得のために一度タイ国外に出る必要があったことと、タイの新年であるソンクラーンと重なったため、ポジションが公募されてから実際に勤務を始めるまでにおよそ3ヵ月を要しました。

■インターンシップの配属先と業務内容■

「ビジネスと人権」ユニットは、プロジェクトを通じて、政府機関、各国内の人権機関、民間セクター、NGOそして他の国連機関など様々なアクターを集め、多角的なアプローチにより指導原則を実行するためのプラットフォームを構築することを目指しています。具体的なプロジェクトは、インターン開始後の6月1日に正式に開始しました[2]。これは、2011年6月に国連人権理事会にて全会一致で承認された、「国連ビジネスと人権に関する指導原則」(以下、指導原則)[3]をアジア・太平洋各国及び地域的に推進することを目的とするものです。指導原則は、①国家の人権保護義務、②企業の人権尊重責任、③被害者の救済へのアクセス、の3本柱から構成されています。指導原則は、ビジネス活動によって影響を受ける全ての人の様々な権利を守ることを目指しています。例えば、先進国の企業が途上国で企業活動を行う際に問題として指摘されることが多い児童労働や人身取引はもちろんのこと、大規模開発による先住民の権利侵害、日本でも問題となっているセクシャルハラスメント・パワーハラスメント、障がい者雇用など、指導原則の枠組みを通じて企業が主体的に改善に向けて取り組むべき問題が含まれます。本ユニットは、その一環として、昨年6月には上記のステークホルダーが参加する地域会議を開催し、今後も毎年同様の会議を開催する予定です[4]。尚、初年度である2017年では、アジア・太平洋地域の中でも特にこの問題について高い関心を示している、タイ、マレーシア、インドネシアをパイロット国として官民一体となった意欲的な取組みを進め、その成果は、毎年11月にジュネーブで行われている「ビジネスと人権」の年次フォーラムでも発表されました[5]

インターン中は、プロジェクトの具現化のためのブレインストーミング、リサーチ、ナレッジマネジメント、コミュニケーション、UN Online Volunteer[6]を通したプロジェクトのリーフレット作り、ミッション時のブリーフィング作り、各アクターとの連携、セミナー等の企画など、文字通りありとあらゆることを経験することができました。地域事務所の性質・役割は、インターン前は正直漠然としたイメージしかありませんでしたが、「ビジネスと人権」は移民や環境に関する人権侵害など、国境を超え地域間で取り組むべき問題を多く含むことから、地域事務所としていかにイニシアチブを取り、国事務所と連携していくか、地域としての取り組みをいかに促進させるかという視点から各課題を再度見直すことができました。加えて、私がもう一つ弁護士時代から積極的に関わっている障害者の人権も本チームでカバーしており、プーケットで行われたASEAN政府間人権機関(AICHR)が主催する障がい者の権利に関する会議にも参加し、ESCAPの秋山愛子さんをはじめ[7]、国連などの国際機関やNGOからの参加者から、各加盟国の障害者の権利に関する取り組みについて学ぶこともできました[8]。さらに、ガバナンス・平和構築チームのリーダーから、「ビジネスと人権」分野のみならず、私の国籍を活かしてドナー連携をも学ぶいい機会だとして、国事務所やNY事務所の日本人職員との協議の場への参加を認めてもらったことは、UNDP各組織の連携のあり方や組織間マネジメントの現場を学ぶ良い機会となりました。加えて他の国連機関の多くも同じ建物内にあったので、比較的気軽に他機関の方にもお会いでき、共通課題に対する取り組みの国連機関内での連携についても知見を深めることができました。


(写真77-2 地域会議終了後に、ジュネーブのビジネスと人権のワーキンググループメンバーなどと共に。)

■職場の環境■

私のスーパーバイザーは私をアソシエイトとして対等に扱ってくれ、非常にやりがいを感じたと同時に、大きな自信になりました。個人的に印象深かったフィードバックとしては、ともすれば議論が散漫になる傾向があったチームの中で(ただしこれは、「枠」を超えることを恐れない、という点でチームの長所でもありました)、優先すべき項目を時には辛抱強くリマインドし、ロードマップを示したことがプロジェクトマネジメントの点から評価されたことでした。また、初めての英語での勤務であり、また他の人の発言中の発言を初めは躊躇っていたためにディスカッションに食い込むことが難しいと感じることもありましたが、発言することが目的とはならず、述べる意見がいつも的確でありチームに貢献したとのフィードバックも得ることができました。このようなフィードバックから、偶然にもユニットメンバー全員が法律家という中で、日本での弁護士実務を通じて培った事案の分析力やコミュニケーションスキル、相談者・依頼者との信頼関係の構築についての経験がとても役に立ったと感じました。また、日本で司法アクセス[9]に関する問題や日本国内の社会的弱者の人権保障の問題に携わったことで得た知見や経験は、国際機関が扱う問題にも応用することができ、日本での経験が国際機関での業務においても極めて有用であると確信することができました。

オフィスのあるフロアには他にもいくつかのチームも配置されていましたが、遅くとも午後6時にはほぼ人がいなくなり、それが金曜ともなるとさらに早い時間にオフィスには人気がなくなりました。私のスーパーバイザーは、週末は余程のことがない限りは仕事のメールを読まないということを徹底し、平日でも子どもの学校行事やライフイベントを最優先にしており、必要であれば適宜リモートワークを行うなどしていました。このスーパーバイザーの働き方を間近で見て、いわゆるライフワークバランスのあり方として一つのモデルができました。


(写真77-3 オフィスの様子。決まったデスクはなく、好きなところで仕事ができるので、性に合っていました。たまたま隣に座った人とおしゃべりする時間も好きでした。)

■業務を通じて感じたこと■

「ビジネスと人権」は、国際的に非常に関心が高まっている問題ですが、率直に言って、日本における取組みは上記の国々よりもはるかに遅れていると感じることも多々ありました。欧米の取り組みに対する関心は日本でも一定程度あるかと思いますが、ビジネス上の重要なパートナーである東南アジアの取組みから学ぶべきことも多くあると感じます。例えばタイでは、法務省を中心として国別行動計画(NAP)策定のための省庁・国内人権機関・民間・NGOなどから構成される委員会を設立し、現行法と指導原則とのギャップを地方ごとに分析するためのベースラインアセスメントを約1年間かけて全国各地で行いました。また、国営企業に対する指導原則に関するセミナーを行うなどして問題に対する意識を高めつつ、今年の秋頃にはNAPを公表する予定と話しています(私が勤務したユニットでこの取組みをサポートしています)。日本政府も2016年のジュネーブの年次フォーラムにてNAPに対するコミットメントを示していますが[10]、NAP策定に向けた動きは現時点では活発ではありません[11]。SDGsに向けた取組みがそうであるように、日本政府及び日本企業も国際基準に従って行動することが、現在、持続可能な開発を目指す上では強く求められています。東京オリンピックを控え、日本が指導原則にどのように対応するのか、思っている以上に世界からは関心をもって注視されています。

■学びと将来の展望■

インターンを通じて、仕事の仕方に関しても多くを学びました。メールの書き方、ミーティングのファシリテート、業務報告書の書き方などについて、大学院留学を除き英語で業務を行うのは初めての経験でしたが、試行錯誤を繰り返しながらも、業務遂行能力一般も高めることができました。また、シニアコンサルの面接にも同席させてもらい、いわゆるコンピテンシーベースの面接・評価の仕方も学びました。また、自身へのフィードバックについては、同僚からのアドバイスもあり、定期的にスーパーバイザーとの面談を入れて、自分のチームへの貢献のあり方や取り組みたいことをしっかりと伝えるよう意識していました。

また、私のいたチームは非常に雰囲気がよく、刺激的な毎日を過ごすことができました。ただし、UNDPアジア・太平洋地域事務所全体としてみると、意思決定のスピードや地域事務所と国事務所との連携やドナー対応のあり方など、中に入ることで見えた課題もあるように見受けられ、組織というものについて考えさせられることも多くありました。総じて、今回のインターンは、私自身の価値観を思う存分発揮でき、多くの素晴らしい方々との出会いに恵まれ非常に充実した経験になりました。ユニットからのお餞別は、「ビジネスと人権」の第一人者であるジョン・ラギー教授の著作でした。


(写真77-4  同僚から。よく喧嘩のようなものもしましたが、女性のエンパワーメントについて彼女から多くを学びました。)

今後は、人権・開発学の知識・経験を活かしつつ、「ビジネスと人権」というトピックがより広く社会に浸透し、企業によって指導原則の理念が実質的に実行されることに寄与したいと考えています。「弁護士」とは、社会における人々のつながりに基づく「ルール」や「規範」を道具として社会課題を解決する職業ですから、様々な人権課題が関係する「ビジネスと人権」というトピックはまさに弁護士が貢献できる分野であり、日本とアジア、そして様々なステークホルダーの架け橋となるような活動をしていきたいと考えています。特に、今回のインターンで担当した東南アジアは多くの日本企業が進出していることもあり、インターン中に得た知見や培った人脈を活かして、この地域において、指導原則、そしてSDGsが目指す、社会的弱者を含めすべての人の権利が保障される社会の構築に貢献したいと考えています。さらに個人的には、 国内外の人権課題に対する新たな視点を学ぶことができる貴重な機会として、より多くの法律実務家(あるいはそれを目指している人)が国際機関でのインターンに関心を抱いてくれたら嬉しく思います。

 


[1]当時は、名古屋大学日本法教育支援センターにて、日本法の非常勤講師として勤めていました。[http://cjl.law.nagoya-u.ac.jp/cb/about/]
[2]http://www.asia-pacific.undp.org/content/rbap/en/home/operations/projects/overview/Principleson-BusinessandHumanRights.html
[3]http://www.ohchr.org/EN/Issues/Business/Pages/BusinessIndex.aspx
[4]2018年は6月4〜6日に開催されました(http://www.asia-pacific.undp.org/content/rbap/en/home/operations/projects/overview/Principleson-BusinessandHumanRights/AICHRinterregionaldialogue2018.html)。[5]http://www.ohchr.org/Documents/Issues/Business/ForumSession6/52_MovingForwardwithNAPs.pdf
[6]https://www.onlinevolunteering.org/en
[7]http://www.unforum.org/unstaff/80.html
[8]http://asean.org/asean-to-further-empower-persons-with-disabilities/
[9]SDGsターゲット16.3
[10]http://www.geneve-mission.emb-japan.go.jp/itpr_ja/statements_rights_20161116.html
[11]2018年2月当時。なお2018年3月より、外務省による「ビジネスと人権に関するベースラインスタディ意見交換会」が開催されている(https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/hr_ha/page22_001608.html)。