国際仕事人に聞く

国際仕事人に聞く第24回 蟹江憲史教授 x 高木超特任助教

 

国際仕事人に聞く 第24回記事

持続可能な開発目標(SDGs)の展開と学術の役割
蟹江憲史 教授 x 高木超 特任助教
慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科

「国際仕事人に聞く」第24回では、慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科の蟹江憲史教授、高木超特任助教にお話を伺いました。持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向けて、その学術的役割、学生およびユースの貢献、2019年9月に出版されたSDGs白書、SDGsの推進における課題と可能性といった貴重なお話を伺いました。学術界のみならず、SDGsについて知りたい全ての方に必読の記事です。ぜひご覧ください。(2019年9月於ニューヨーク)


 


慶應義塾大学大学院、政策・メディア研究科におけるSDGsの取組みについて教えてください。

蟹江:持続可能な開発目標(SDGs)が採択された2015年まで、環境省環境研究総合推進費戦略的研究プロジェクトS-11「持続可能な開発目標とガバナンスに関する総合的研究」(略称:POST2015プロジェクト)(※語句説明1)のリーダーとして、SDGs策定に向けたプロセスで様々なインプットを行ってきました。その成果のひとつに、SDGsを日本で実施していくための処方箋を示した報告書を発行したことが挙げられます。

SDGsが国連で採択されてから、日本国内でSDGsに関する取組を実施する機運が高まり、2017年にはxSDG・ラボ(※語句説明2)を慶應義塾大学内に設置し、SDGsの実施に向けた研究が始まりました。実学を重視する慶應義塾大学大学院では、研究者だけで進めるのではなく、企業との連携も強めたいという思いもあり、企業とのコンソーシアムを設立し、共同研究をおこなっています。2019年9月にニューヨークのジャパン・ソサエティで本学が主催した「Essence for Successful Actions towards Achieving the SDGs」と題するセミナーに登壇してくださった楽天、全日空(ANA)、静岡市もこのコンソーシアムの一員で、一緒に研究しているメンバーです。初めは企業のSDGsへの相談に乗ることが多かったのですが、参加企業、自治体の数が増えてxSDGコンソーシアム(※語句説明3)として活動をしています。

2019年9月6日には、東京・表参道の国連大学で「SDGs実施指針(※語句説明4)改定に向けたステークホルダー会議」が開催されました。SDGs市民社会ネットワーク、慶應義塾大学xSDG・ラボ、国連大学サステイナビリティ高等研究所が中心となり、「持続可能な開発ソリューション・ネットワークジャパン」(Sustainable Development Solutions Network Japan/SDSN Japan)などの協力も得ながら、様々なステークホルダーからの意見をまとめた「SDGs実施指針改定に向けた提言」を策定し、日本政府に提出しました。



学術界におけるSDGsに関する役割について教えてください。

蟹江: 学術界には、内容よりも方法を助言する役割があると思います。企業だけではできないこともあるので、企業を横断してセクターで、あるいは政策を通して取り組む手助けをしています。研究機関という立場で客観的に個別の企業の取り組み、事例を見ることができるので、政策と企業間の橋渡しの役割も担っています。

他にも、学術的な背景を生かし、指標(indicator)創出のサポートをし、論理的なバックグランド、ロジックを構築する部分で力を発揮できると思います。企業のSDGs実施に関する多くの事例を見ることで研究も進み、学術面も補強されています。

企業のxSDGコンソーシアムへの参加ですが、セミナーに参加してコンソーシアムに参加される企業もあれば、アドバイスをしてほしいという要請があった際に、他の会員企業と繋がることのできるコンソーシアムを勧めることもあります。

高木:目標を先に設定し、そこから逆算して今やるべきことを考えるという「目標ベースのガバナンス」と呼ばれるSDGsの重要な理論は、蟹江先生と海外の研究者の共同研究によって示されたもので、こうした学術の成果は実社会にも大きな影響を与えていると感じます。実際、日本国内では、多くのアクターがこの理論を念頭に、SDGsの達成に向けたアプローチを検討しています。最近では、SDGsの17あるゴールの間で相乗効果が起きるのか、それともトレードオフが起きるのかという視点に立った蟹江先生の研究に影響を受けた企業や自治体が、学術研究機関と協力しながらSDGsを実施する方策を模索していると感じています。


学生、若い世代のSDGsへの関わりについて教えてください。

蟹江:学生は頭が柔らかく、フットワークの軽さがあり、未来を見据えて行動することができるというプラス面があります。企業がそれに応えてくれる場合もありますが、日常的な業務に追われ、未来のことを考えて翻って考えることが難しい部分が出てきます。そのような面では、学生の方がSDGsのアプローチに適しているように思うこともあります。朝日新聞に取り上げられましたが、慶應大学の学生が今年7月の国連ハイレベル政治フォーラム(※語句説明5)で国連に来て学び、実際に現場を見ることで、SDGsに関連する文書を読んだ時に、行間にある事項を想像できるなど、学生の思考に厚みができます。何かしら現状に対する問題意識を持っている学生が実際に現場を見ると、成長が早まると感じています。SDGsでは、既に社会で働いている私たちの世代が起点となりますが、実際に行動に移して、当事者意識を持ち、SDGs実施に関して変化を起こすのは、若い世代だと思います。SDGsの分野は、まだまだ人材不足なので、自治体や企業で積極的に活動する学生が育って、SDGsが社会に根付いてくれるのを期待しています。

高木:私はSDG-SWY(※語句説明6)というNGOを2016年に立ち上げました。ポスト2030年を見据えれば、それまでSDGsに何ら関わって来なかった人が、2029年頃になって、急にポスト2030を担うのは難しいでしょう。そのため、1980年以降に生まれたミレニアル世代のように、2030年頃に社会で中心的な役割を担う世代が、自分たちも行動しなければならないという自覚を持ち、今のうちからSDGs関する問題意識を持つことは非常に重要だと思います。SDGs白書でも、国際機関や政府、企業などと並んで「ユース・若者のSDGsへの取り組み」について記述しています。SDGsは中長期的な未来について考える枠組みですから、若い世代は非常に重要な役割を担っていると言えます。




今年9月に出版されたSDGs白書(※語句説明7)について教えてください。

蟹江:現時点における日本のSDGs到達点を精査するために、現在の日本の状況をまとめた報告書が存在しないことに危機感を感じ、SDGs白書という形で出版しました。この度、第一版ができたので、今後もしっかりとした形で2030年まで発行していきたいと思っています。しかしながら、白書の出版に係る金銭的負担は非常に大きいため、今後はスポンサーを募るなどの工夫を検討したいと思います。やはり経済的に持続可能でないと、持続可能な社会にはなりません。SDGsの分野は、まだ善意で動いていて、全体的に経済的なサポートがまだ足りません。SDGs推進のために、報酬を得て活動する仕組みを作る必要があります。

また、SDGs白書の第2部で取り上げているように、その時点での状態を指標で測ることは重要だと思います。一方で、定量的な数値だけでは本質を理解できないこともあるので、定性的なものを残し、後から振り返っても分かるように記録することが大切だと思います。


今回のSDGs白書を作成するにあたって、何か気付いた点はありましたか?

高木:内閣府地方創生推進室では、国連が定めたグローバル指標を日本の文脈に置き換えた「地方創生SDGsローカル指標」を公表しています。今回は、このローカル指標のデータを明らかにすることで、国内の様々な問題が見えてきました。例えば「日本の中で餓死している人がどのくらいいるか」想像できるでしょうか。データについては、既に行政が収集している指標と、収集していない指標に大別されますので、指標のもとになるデータがすぐに利用できる状態でなければ、我々が収集できるデータに置き換えるなどして、まずは日本における進捗の一片を切り取れるように取り組みました。また、リサイクルという言葉ひとつを取っても、社会インフラの状況や法律など、日本と海外諸国では、置かれた状況が全く異なることを念頭に置いて指標が持つ意味を読み取る必要があります。


SDGsを推進するために、政府以外にも様々な関係機関と接していく中で、現在直面している課題や今後の可能性に関して教えてください。

蟹江:企業に関して言うと、経済で測れることと、経済で測れないけれど重要な部分の両方を考え調和させていくために、時間が鍵になると思います。現在はリターンを考える時間の幅が短いので、どうしてもお金の話に焦点がいってしまいます。四半期ごとのみならず、2、3年、5年や10年等の長期的なリターンを考えると、経済的リターンだけではない利益も出てくると思います。また、社会が成熟すれば、経済以外の利益を重視する思考を持つ機会も増えていくのではないでしょうか。2020年から始まる次の4年間は、経済的リターンに限らない利益を経済的な言葉で置き換えていく広い意味での指標づくりが課題になるのではないかと思います。その可能性はたくさんあります。社会的に影響力のある企業をはじめとして、企業がバリューチェーン(調達、廃棄等)を見直し、全体を繋げて考えることは、一つの鍵になると思います。例えば、一企業が持続可能な物品のみを調達するとなると、そこに関わる企業も変わらざるを得なくなるはずです。

また、NGO、消費者の監視の目が厳しくなれば、社会的責任が増すと思います。価格が安い代わりに長持ちしない商品よりも、価格が高くても長く使える商品を選ぶという、消費者の意思や時間的目線も大事になってくると思います。この実現のための方法を企業と一緒に考えて取り組み始めているところです。SDGs実施に前向きな企業はありますが、本気で始めるところは多くはないのが現状です。

コンソーシアムは会費制で、SDGs実施に本気の企業が集まっています。コンソーシアムに加入している企業が、SDGsを導入してからの変化を前向きにとらえ、長い目で見ると利益が出たと思うようにしたいと思っています。SDGsには「誰一人取り残さない」という理念がありますが、今後はNGOをはじめとした市民社会を巻き込める仕組みを作っていきたいと思います。

高木:先ほどお話にあった「SDGs実施指針」の改訂は、蟹江先生が発案されましたが、このように誰かが言い出さないと、本当に必要なことであっても、実施されないまま時間が過ぎていってしまいます。SDGsの達成に向けた迅速な行動が必要だと頭で分かっていても、多くの人は日々の仕事で山積した業務があり、なかなかSDGsに関する実践にまで手を付けられないといったジレンマを感じている人が多いのではないでしょうか。それでも、多くのステークホルダーが「SDGsは必要なことだから、先送りせずに取り組むぞ」という強いコミットメントを示すことの重要性、そして多様なステークホルダーが集まったときに生まれる「勢い」の重要さを改めて実感しました。

朝日新聞の調べ(2019年8月調査)によると、東京・神奈川に住む3000人を対象にしたSDGsの認知度は27%だそうです。SDGsが「認知の段階」から「行動の段階」に移っていくなかで、SDGs目標達成のための具体的な取り組みについて、たとえ何らかの痛みを伴ったとしても、多様なステークホルダーそれぞれが真剣に向き合い、取り組み続けていけるかが課題になると思います。

SDGsへの批判についてはどのように思いますか?

高木:例えば、SDGsのゴール3の達成に向けて取り組んだら、ゴール8に負の影響が起きるような「トレードオフ」が生じるという批判は耳にすることがあります。このことは、SDGsの17あるゴール同士がつながっていることを示していますよね。このことは同時に、見方を変えるとSDGsのとあるゴールの達成に寄与する取り組みが、焦点を当てていなかった課題を同時に解決する「シナジー(相乗)効果」を生み出すこともできるということも示しています。つまり、多様な課題を解決する効果が期待できる切り口を探し出し、これまでの常識を覆して、社会の角度を良い方向に変えていくという姿勢で取り組むことが大事だと思います。

蟹江:批判を受けた時に、機会と見るか、もしくは、特に再考せずに終わるかで違ってきます。例えば、貧困のために環境問題は対処できない場合は、廃棄物から新たなものを作る等、発想の転換が必要です。ペットボトルを集めてビジネスにする人もいます。既存のシステムのみで考えるのみでなく、学生のように色々発想して、仕組みを勉強するのも良いと思います。


今後の展望と国連との関わりについてお聞かせください。

蟹江: これからが本格的に大事になってくると思います。SDGsの達成に向けた取り組みをしっかりと実施している企業や自治体と、そうでないところの差が出てきて、選別が始まると思います。これを表す「SDGsウォッシュ」という言葉もあります。SDGsの達成に向けた取り組みを実施する際には、もちろん大変な部分もありますが、その中でも機会を探して、行動力を発揮するところとそうでないところの違いが出てきています。実践してうまくいったから継続する積極的な企業もありますが、変化を恐れ慎重になる企業に分かれます。

国連との連携では、実施指針の改定会議は国連大学(UNU)、持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(SDSN)ともおこなっています。基本的にはSDGsの取り組みには関わる人が大切だと思っています。

高木:私は、企業や自治体が「SDGsの達成に向けた取り組みを実施する理由」を探すか、もしくは「SDGsの達成に向けた取り組みを実施しない理由」を探すかという姿勢の違いで、2030年の状況は大きく違ってくると感じています。また、今回のハイレベル政治フォーラムでも、神奈川県や北九州市をはじめ、日本の自治体も優良事例を創り出して、国連の場で発表していますが、こうした場で日本の取り組みを発表することで、取り組みのスケールアップを目指すような機運も日本全体で醸成していかなければならないと感じています。



最後に、国際仕事人とはどのような人でしょうか。

高木:国際仕事人とSDGsは非常に関係性が深いと感じています。例えば、日本で発生した海洋プラスチックごみ問題が、海を超えて東南アジアに流れ着き、東南アジア諸国に影響を及ぼしてしまうということも考えられます。こうした課題は、国境という境界を超えて取り組むグローバルな課題であると言えます。「国際」という言葉が示す国家間の関係に限らず、グローバルな視点に立ち、多角的にモノゴトを捉えて動く人を「国際仕事人」と言うのではないでしょうか。

蟹江:多様性が好きな人、違いがある方が楽しいと思える人を「国際仕事人」と言うのではないでしょうか。SDGsに関する取り組みを実行にあたっては、SDGsで示された課題は国を超え影響し合っており、それに伴って様々な人と接していく機会が増えると思います。よって、日本国内のみでなく、遠く国外、また将来を見る視点も重要になってくると思います。

【語句説明】

1. POST2015プロジェクト

ポスト2015 年開発アジェンダや持続可能な発展目標(SDGs)をめぐる論議に対し、可能な限りあらゆる方面から研究を行い、持続可能な世界の実現に知的貢献することを目標としたプロジェクト。2013年度から 2015 年度までの 3 年間、環境省環境研究総合推進費の支援により実施された。
参考:https://www.cre-en.jp/library/SDGs/pdf/prescriptions-for-the-SDGs-implementation.pdf

2. xSDG・ラボ

多様で複雑な社会における問題解決をSDGsという切り口で実現するため、アカデミアの枠を超えたソリューション指向の研究を実施し、SDGsのベストプラクティスを創出・集積を目的とした研究機関。2017年10月に設立された。
参考:http://xsdg.jp/#about (日本語)

3. xSDGコンソーシアム

企業や自治体といったステークホルダーと研究者とのコラボレーションによる、SDGs目標達成へ向けたアクションの優良事例創出のしくみ。xSDG・ラボの活動の一環として2018年6月に設立された。
参考:http://xsdg.jp/activity.html#xsdg_consortium(日本語)

4. SDGs実施指針

SDGs推進に向けて、日本が 2030 アジェンダの実施にかかる重要な挑戦に取り組むための国家戦略。政府が、関係府省庁一体となり、あらゆる分野のステークホルダーと連携しつつ、広範な施策や資源を効果的かつ一貫した形で動員していくことを可能にするため、現状の分析を踏まえ、ビジョン、優先課題、実施原則、推進体制、フォローアップ及びレビューのあり方を定めた上で、優先課題の下での個別施策を定めるもの。
参考:https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/effort/index.html(日本語) 

5. 国連ハイレベル政治フォーラム(High-level Political Forum or HLPF)

「持続可能な開発のための2030アジェンダ」、及び持続可能な開発目標の達成に向けた進捗のフォローアップとレビューを目的とした国連の主要プラットフォーム。
参考:https://sustainabledevelopment.un.org/hlpf/2019(英語) 

6. SDG-SWYShift our World by the Youth)

内閣府青年国際交流事業のひとつ、「世界青年の船」事業の既参加青年が中心となり、持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向け、草の根で活動する世界中のミレニアル世代による活動の推進を目指す団体。2016年2月に設立された。
参考:https://sdgswy.wixsite.com/home/about-project(日本語) 

7. SDGs白書2019

慶應義塾大学SFC研究所xSDG・ラボの編集でインプレス社から発行された持続可能な開発目標(SDGs)の動向を解説する日本初の白書。
参考:http://xsdg.jp/(日本語)

 

 

2019年9月ニューヨークにて収録
聞き手:志村洋子、横井裕子
写真:志村洋子
ウェブ掲載:田瀬和夫
担当:志村、瀧澤、村田
2019年11月20日掲載

 

※記事内容はインタビューに基づく個人の意見であり、所属組織の公式見解ではありません。