4.2.1.4 パレスチナ難民キャンプ
1)国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の役割とその活動内容
UNRWAはパレスチナ難民を支援するために1949年に設立された国連機関である。ヨルダンのアンマンおよびガザ地区に本部を置き、ヨルダン、レバノン、シリア、ガザ地区、ヨルダン川西岸地にて支援活動を行なっている。さらに、UNRWAのヨルダン国内で支援地域は大きく4つに分かれている。それは「バカア含むヨルダン北部」「アカバまでのヨルダン南部」「砂漠地帯のザルカ」「ヨルダンバレーやナクバキャンプ含むイルビド」である。支援活動内容は教育、保健、救済、社会福祉、マイクロファイナンス、インフラ整備と難民キャンプ運営といった業務を行っている。UNRWAには約550万人のパレスチナ難民が登録されている。合計3万人のスタッフはほとんどがパレスチナ難民で、ヨルダン人スタッフは7000人のみである1。
ヨルダンでは約200万人のパレスチナ難民が登録されており2、UNRWAが運営する10の難民キャンプに37万人が居住している。これら10の難民キャンプの設立時期は大きく2つに分けられる。ひとつは1948年の第1次中東戦争後の1949年から1951年に設立された4つのキャンプであり、もうひとつは1967年の第3次中東戦争を受けて設立された6つのキャンプである3。後者に本プログラムで訪れたアンマン・ニュー・キャンプおよびバカアキャンプが含まれる。参加者は、2つのグループに分かれてそれぞれのキャンプに訪問した。ここでは、パレスチナ難民キャンプ最大規模であり、そしてその規模から象徴的キャンプとも呼ばれるバカアキャンプを中心に紹介する。
北から順にUNRWA公式キャンプを記載
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- イルビドキャンプ(Irbid Camp、1951年設立、人口28,000人)
- フスンキャンプ(Husn Camp、1968年設立、人口25,000人)
- スウフキャンプ(Souf Camp、1967年設立、人口19,000人)
- ジェラシュキャンプ(Jerash Camp、1968年設立、人口29,000人)
- ザルカキャンプ(Zarqa Camp、1949年設立、人口20,000人)
- バカアキャンプ(Baqa’a Camp、1968年設立、人口119,000人、本プログラムにて訪問)
- マルカキャンプ(Marka Camp、1968年設立、人口53,000人)
- ジャバルエルフセインキャンプ(Jabal el-Hussein Camp、1952年設立、人口32,000人)
- アンマン・ニュー・キャンプ(Anman New Camp、1955年設立、人口57,000人、本プログラムにて訪問)
- タルビエキャンプ(Talbieh Camp、1968年設立、人口8,000人)
(図)UNRWA Fields of Operations Map 20184
その他、非公式キャンプも存在するが、UNRWAは少なくとも教育と保健面の支援を行なっている。
2)バカア・キャンプの概要
バカアキャンプは、1967年の第三次中東戦争でヨルダン川西岸とガザから避難してきたパレスチナ難民に対応するために設立された6つの難民キャンプの中の1つである。1968年に設立した。パレスチナ難民は当初テントで生活していたが、ヨルダンの厳しい冬から人々を保護するため、UNRWAがプレハブシェルターへの移行支援を行なった。そして、最終的には現在キャンプ住民のほとんどが生活するコンクリートシェルターへの移行支援を実施した。現在は、面積は1.4平方キロメートル、居住者は約12万人と、ヨルダン国内最大規模のパレスチナ難民キャンプである5。その規模からUNRWAの象徴的キャンプとも呼ばれている。
訪問において、バカアキャンプでは、保健プログラムと教育プログラムのブリーフィングを受け、施設見学を行なった。以下、当日のブリーフィングからの情報と、訪問して見聞きしたり感じたことについて記載する。
UNRWA保健プログラム
バカアキャンプには、2つの保健センターが存在し、そのうち一つはUNRWA最大規模である。難民の健康状態が保たれ、病気の負担が軽減されることを目的に活動している。
ここでは、最大規模の保健センターを紹介する。40人の医療従事者が勤務し、内訳は6人の医者、1人のナース、1人の助産師、4人の薬剤師などである。バカアキャンプ内外合わせて123,962人の患者に対応し、1日平均87名程度、年間外来件数140万人、入院件数1400件の診察を行っている。この保健センターでは3チーム「治療(curative)チーム」「緩和(palliative)チーム」「予防(preventive)チーム」に分かれて対応している。生化学検査やレントゲン検査部門、眼科や歯科も揃い、家族計画のカウンセリングも行われている。診察時間は1日7時間で、24時間対応は行われていない。以前は午前5:30には患者が来て待つという状態であったが、予約システムを導入し、混雑に関する問題は非常に改善された。この予約システムは日本と同様に、受付をすると予約時間と予約番号が印字される仕組みである。
UNRWAで主要な健康課題は、糖尿病や高血圧などの慢性疾患であり、その患者数は年間8万件に達する。家庭医チームを編成して患者の症状やその原因などに複合的に対処している。またがんや糖尿病などの特定の病気に対する専門チームも設置し、病気への対処や予防に関しても力を入れており、お薬手帳の導入や、スートフォンやオンライン機能活用したワクチンスケジュール管理・慢性疾患の早期発見システムや慢性疾患管理電子手帳・オンラインブックレット作成の取り組みも導入している。
予防からの観点では、健康教育や衛生意識の育成、家庭出産から病院出産の推進(家庭出産より母子死亡率が低い)についても啓蒙活動を行っている。健康教育をキャンプ内の学校で子どもを対象に行ったり、保健センターの職員が講義し、一緒に市場で買い物、料理、運動を行なったりするプログラムを実施したりしている。結果としてバカアキャンプでは、2002年頃から99.9%が病院出産である。ヨルダン中のパレスチナ難民キャンプで当キャンプは、慢性的な健康問題の有病率が最も低く、当キャンプ在住の難民の平均寿命はヨルダン国民とほぼ同じである6。
(写真)訪問した保健センターの外観
UNRWA教育プログラム
バカアキャンプには学校が16校存在し、管理上学校が2つずつ同じ建物を共有している。2交代体制(double-shift system:提供できるキャパシティも限られているため、午前(7時-12時)は女子、午後(12時-17時)は男子といったように分けられている)で運営され、合計16,000弱の学生に対応している。学年構成は「1-10学年」であり、「1-6学年」が小学校にあたり、「7-10学年」が中等教育にあたる。5年生が11才という計算である。訪問した学校は男女共学で、「1-3学年」までは男女同じ教室で学び、「4-6学年」では男女が別々の教室で学んでいた。女子生徒の制服は色分けがされており、小学校は緑色、それ以上の学年は青色の制服を着用していた。
UNRWAの学校は、教育に対して非常に力が入れられていた。ヨルダン国内において私立学校の次に、一般的な公立学校より学校の試験結果が良い。中でも当日訪問した学校はかなり優秀な成績とのことである。アラブの主要科目である、数学、物理科学、英語などを学んでいる。課題としては、UNRWAの運営する学校の多くが生徒過多・先生不足であり、もし先生が病気となっても代わりの先生がほとんどいない点である。当日訪問した学校でも、教員1名に対して以前は「40人クラス」であったが、現在は「50人クラス」となり、教員と生徒の適度な人数が確保できないと懸念されている。また、1週間に27クラスが開講されており、先生にとっても負担が大きいという。
・施設見学
学校訪問時に、生徒たちが着物と日本のダンスと歌でJSP訪問を歓迎してくれた。半年前にも日本人が訪問したという。また授業見学のほか、20名程の生徒会の子たちとの交流という時間を持つことができた。彼らは、日本の生花なども披露してくださった。壁には、日本が好きですという図工作品が展示されていた。またJICAや日本政府の援助についても感謝していることを伝えてくださった。さらに、将来の夢を質問すると、医者、法律者、パイロット、大学教授、政治家、エンジニア、TVプレゼンター、警察官、数学の先生、日本と韓国に行きたいなど、様々な夢が語られた。
質問に答えてくれた生徒会の子たちは、自身のアイデンティティをパレスチナ人であると話し、ヨルダンには感謝してると述べた。そして、バカアキャンプには長期滞在したくない、将来はパレスチナに帰りたいと述べた。一度も訪れたことのない故郷パレスチナに強いアイデンティティを持つことに、私たちは考えさせられた。
(写真)訪問した学校の外観
3)アンマン・ニュー・キャンプ
アンマン・ニュー・キャンプは、アンマン南部に1955年に設立されたパレスチナ難民キャンプである。0.48平方キロメートルに58,759人が居住している。当初は1948年の第1次中東戦争の難民流入に対応するために作られたが、1967年の第3次中東戦争でも多くの難民が流入した7。
UNRWAは、アンマン・ニュー・キャンプにて13校の学校(小学校5校と中学校8校)、1か所の保健センター、女性センター、リハビリセンターの運営、子どもや家族の保護といった活動を行っている。訪問した保健センターでは、一次医療を中心に提供していた。医療体制についても、年齢別などのカテゴリーに分けた、漏れのない医療制度が構築されていた。さらに、日本であまり馴染みのない妊娠前の検診(Preconception Care:既婚女性が健康面で良好な状態で妊娠に至るように準備するためのサービス)について伺い、とても印象的であった。
(写真)アンマン・ニュー・キャンプの街並み
4)現地訪問を経た考察
キャンプはとても開放的で、まるで村のようであった。設立から半世紀たち、最初はテント生活からプレハブに、そしてコンクリートの建物に代わり、徐々に村のようになっていったのが伺えた。物価は他の地域よりも安く、近隣のヨルダン人もキャンプに来て買い物をすることもあるという。しかし、設立から数十年たった今でも多くの課題が残っている。
課題:バカアキャンプを中心に考察
・財政支援の必要性
UNRWAの運営の大部分は、各国からの拠出金により成り立っている。そのため、ドナー国の政治的動向をうけて支援方針を変えざる得ない事例も出ている。例えば、2018年にはアメリカ・トランプ政権が3年間で31,500万ドルの拠出金の停止を発表した。この影響は、学校訪問や保健センターのブリーフィングなど、節々で打撃が大きいことを伺った。UNRWAとしては拠出金が減り、支出金を削減したりモニタリングや管理方法の見直しを行なったりするよう努めているが、すべての影響は解消しきれていない。当問題は、以下のゴミの管理運営課題、失業問題にも関わる。
・ゴミの管理運営課題
バカアキャンプでは、ゴミ問題が近年深刻化している。現在は60-65トン/日の量を処理し、多い時には180トン/日のゴミが排出された月もある。しかし、ゴミを掃除する人はバカァキャンプで16人しかおらず、街中にもゴミが散乱し、間に合っていない。この問題の対策を進めているが、財政難という点からもゴミの管理運営が難しい状況にある。衛生環境の維持・改善という点では、パレスチナ難民出身の衛生スタッフを雇用したゴミ回収や、キャンプ内の水質検査などを推進して病気の可能性を削減するよう努めている。さらに、衛生サービスの量という点では都市部の1/3程度の実施頻度・体制で、より強化を行いたいが、財政不足ゆえに増やせていない。衛生環境の改善はバカアキャンプでの病気の発生・蔓延防止、健康状態の維持にとっても欠かせない。
・失業問題
ヨルダンの高い失業問題と同じく、バカアキャンプの17%が失業という課題を抱えている。この数値は、パレスチナ難民キャンプでは2番目に高く、キャンプ住民の32%程度がヨルダン国内の貧困ライン814JD以下の生活を送る。その故に、UNRWAのサービスは難民の生計を立てることにおいて、重要な役割を担っている。
このように、難民キャンプでの課題はまだまだ多い。その一方でどこまでキャンプを発展させるかという議論も残る。本来逃れてきたパレスチナ人も、受け入れた側のヨルダン人も、いつか難民が故郷に帰ることを想定していた。しかし、問題が長期化し、未だ解決の兆しが一向に見られない。キャンプ運営にて、居心地よくし過ぎては難民は定住してしまうという受入国やドナーの懸念があったが、半世紀経ってしまった今でも同じことが言えるのだろうか。
[1] Working at UNRWA. (n.d.). Retrieved from https://www.unrwa.org/careers/working-unrwa, accessed on 11 January 2020.
[2] UNRWA: https://www.unrwa.org/where-we-work/jordan,accessed on 19 January 2020.
[3] UNRWA,https://www.unrwa.org/palestine-refugees, accessed on 12 January 2020.
[4] UNRWA, https://www.unrwa.org/resources/about-unrwa/unrwa-fields-operations-map-2018, accessed on 23 January 2020.
[5] UNRWA, unrwa.org/where-we-work/jordan/baqaa-camp, accessed on 12 January 2020.
[6] United Nations Relief and Works Agency. (2019). Annual operational report 2018 for the reporting period 01 January – 31 December 2018. EAST JERUSALEM. Retrieved from https://www.unrwa.org/sites/default/files/content/resources/2019_annual_operational_report_2018_-_final_july_20_2019.pdf, accessed on 16 January 2020.
[7] UNRWA,https://www.unrwa.org/where-we-work/jordan/amman-new-camp,accessed on 12 January 2020.