ヨルダン・スタディ・プログラム

4.2.7. 難民とホストコミュニティの共存

4.2.7 難民とホストコミュニティの共存

1)ヨルダンにおける難民とホストコミュニティの共存・共生に関する問い

「新しい難民政策」を考えるうえで、共存・共生という観点から、渡航前に自分たちはどのような点が抜け落ちていたのか、渡航を通じて何を発見できたのか、何がわかったのか?

問いのねらい:ヨルダンの現地渡航を通じて、私たちには、渡航前の学びにおいて、国と難民との共生を考えるにあたっていくつか欠落していた視点があったのではないかと考えた。この私たちの気づきを共有するとともに、今後難民政策に従事する援助関係者への示唆を提供したい。

渡航前の学びと現地渡航において大きな乖離があると私たちが考えた、(i)難民キャンプの是非、(ii)「難民」と「ホストコミュニティ」という二分法に対する疑問、(iii)ホストコミュニティへの支援という3点に絞って、以下検討を行っていきたい。

2)現地渡航における学びとその考察

i)難民キャンプの是非について

渡航後の学びを振り返りながら、私たちのグループは、難民とホストコミュニティの共存について長時間にわたり話し合った。そして、両者が共存、そして共生していくにあたって、渡航前の私たちは難民支援には難民キャンプの存在を当然のものとして考えていたが、難民キャンプは果たして必要なのだろうかという考えが浮かび上がった。難民は様々な境遇から国を逃れてきた人たちである。このような人々を保護する機関として国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)があり、難民キャンプで衣食住を提供して生活を保障していくことは、難民の命を守るためには必要である。しかし、難民が元の住んでいた場所へ戻るためには、時間がかかることも多い。難民キャンプを訪れた際に私たちの中には「隔離されている」と感じる人もいたが、そのような形で住まわせることが得策なのであろうか。難民キャンプに難民が住むという構図では、ヨルダン国民の難民についての理解は進まないのではないか。例えば隣国からのシリア難民が増加しているヨルダンでは、子どもの学校教育がシリア人とヨルダン人で午前と午後の二部制として完全に分かれている。実際に難民キャンプの人の声、ヨルダンの人を聞くことはできなかったが、彼らが同じ土地に住む人としてお互いを尊重し合うことはできないのかと感じずにはいられない。

ヨルダンで実際に見た難民キャンプは、町からバスを数時間走らせたところにある、フェンスに覆われただだっ広い土地に作られていた。街の中には難民とそれを支援する様々な施設が仮設的に作られており、ここではヨルダンの国民との共生とは程遠いと感じた。難民の中で働く人もまた、難民であった。このような暮らしを難民は、またヨルダンの人々はどのように感じているのだろうか。また、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)が運営するアンマン・ニュー・キャンプを訪れた際には、難民キャンプというより、まるでひとつの街のように感じた。学校にも訪問し、子供たちが生き生きと教育を受けている様子を見ることができた。UNRWAの教育水準はとても高く優秀な人材を輩出していることで知られるが、故郷を知らない彼らでも、自分たちはパレスチナ人だというアイデンティティはとても強いと感じられた1。難民キャンプでヨルダン国民とは離れて生活することが、彼らのアイデンティティを維持しているのか。文化や人種を超えて同じ場所で住み交流することはできないのか。

一方で、都市難民の増加もまた課題である。難民キャンプに住む難民とは受けられる支援が異なり、就労の制限や住居の問題等はあるが、難民キャンプの生活よりこちらを選ぶ家族も多い。国連人間居住計画(UN Habitat)が行っているザルカパークの建設を訪問した。ザルカ地区に住む難民と地元の人々のコミュニティの場を作ろうというプロジェクトである。周辺住民の声をもとに設計され、多くの課題はあるものの人々が難民の存在を意識して作られていると感じた。

難民とホストコミュニティの共存を考えたときに出た難民キャンプの是非。これには、難民やヨルダンの国民の本当の気持ちや声を聞いていく必要があると考える。難民キャンプがホストコミュニティとの共存や共生をむしろ妨げているのではないかという考えは、現地に渡航し、ヨルダンについて学んだ一日本人としての私見に過ぎないが、難民とホストコミュニティそれぞれの本当の思いや希望が満たされ、そして双方が幸せになれる方法を考えていきたい。

ii)「難民」と「ホストコミュニティ」という二分類に対する疑問

渡航前においては、外部から入ってきたシリア人・パレスチナ人を中心とする「難民」と、それを受け入れるヨルダン国民を中心とする「ホストコミュニティ」という二分類という図式のもと、両者が共存・共生するにはどうすれば良いかということを考えた。

この点、ホストコミュニティとの共存・共生を考えるうえでは立場の違いが鍵になるという仮説を立てた。例えば、シリア難民の中には国内の情勢が落ち着けば帰国したいと望む人々もいるであろうし、ヨルダン政府やヨルダン国民は、財政負担や雇用機会の減少ということを嫌って、シリア難民に対する支援は一時的なものになるであろうと想定した。他方、国連などの外部支援者は、難民とホストコミュニティの相互理解を高め、長期的な信頼関係を築くことを目的とする支援を行っているようであった。

その上で、渡航前の私たちは、「難民と地域社会との交流により、難民が新しい国での社会生活において差別や敵意への恐怖をもつことなく、また自身の文化を捨てることなく、参加していくことができる2」ことを共生・共存としてとらえ、その担い手となる市民社会に着目した。さらに、その市民社会を支援している国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)、外部支援者としての市民社会組織であるデンマーク難民評議会(DRC)、ヨルダン国内の市民社会組織であるイスラーム的NGO3に焦点を当て、以下のようにその支援のあり方を整理した。

項目

UNHCR

DRC

イスラーム的NGO

①考え方

難民とホストコミュニティの平和的共存および社会的結束を強める

市民社会の一員であるという意識および相互信頼を高める

難民とヨルダン国民の統合を積極的に図っている訳ではない

②ゴール/重点分野

・UNHCRがシリア難民にいつでもどこでもアクセス

・生計支援の機会提供、心理的サポート、相互交流イベント

援助を受け取るだけではなく、コミュニティーでの積極的なプログラム参加者にすることを目指す=自立

帰還および第三国定住という選択肢を重視

・戸別訪問を行い、各家庭のニーズを丁寧に聞き取り、必要な支援を提供

③背景

シリア難民の長期化

シリア難民の長期化

イスラーム的価値を社会に提供しようとして活動

④スタンス

難民とホストコミュニティの「共生」を積極的に推進
→単なる共存ではなく相互信頼を促すような取り組み

難民はいずれ帰還する

以上が渡航前における「難民」と「ホストコミュニティ」の共存・共生にかかる検討であるが、いずれにせよ、私たちは渡航前においては、主にシリア人やパレスチナ人から構成される「難民」とヨルダン国民から構成される「ホストコミュニティ」という、民族的・文化的差異に注目した二分法の図式の下で、検討していた。

他方、実際に渡航してみると、国連機関やNGO、ビジネス問わず、多くの訪問機関において、難民とホストコミュニティ(=ヨルダン国民)を区別せずに雇用や支援を行っていることが印象的であった。たとえば、国連開発計画(UNDP)の廃棄物処理事業においては、背景を問わず、難民およびホストコミュニティに住む人々が事業に参加し、家族ぐるみでの交流も生まれるなど、現時点では国連機関が想定する共生・共存の形が達成できていると考えられる。また、Tribalogy や Teenah は、女性の雇用を対象としているが、その背景を問うことはなく、シリア難民、パレスチナ難民、ヨルダン国民を分け隔てなく受け入れている(Tribalogyは事実上シリア・パレスチナ難民が多いとのこと)。作り出す製品の質を向上させるといったビジネスという側面を通して、両者の摩擦を減らしていくという点は非常に興味深いものであった。また、教育系NGOのRuwaadは難民・ヨルダン国民問わず奨学金を提供している。

とりわけ、共存・共生が中心的な目的であったと考えられるのは、UN Habitat による公共空間整備事業であろう。UN Habitat は、組織として “People’s Process”、すなわち、男性、女性、障がいのある人々、周縁に置かれた人々など多様なアクターを議論および意思決定の場に参加させ、社会的包摂を達成することを目的としている。ザルカ市アルグウェイリ(Al-Lghwerian)地区で実施されている公共空間整備事業も、都市整備の一環ではあるものの、シリア人、エジプト人、イラク人、そしてヨルダン人の生活の質と社会的結合を向上させることを第一の目的としている。さらには、公園建設を通して若者の雇用を生んだり、参加型アプローチを採用することで「自分たちの公共空間である」という意識を高め、運営のための意識付けを行っている。また、オンライン上のツールをうまく使うことで、外出が難しい人々を巻き込むような工夫も行なっている。このような支援もまた、難民とホストコミュニティの相互理解を深めることに資するものであったと考えられる。

さらに、現地渡航においては、ヨルダンという国に住む人の多様性を感じることができた。パレスチナ難民に目を向ければ、私たちが訪問したキャンプは他の人も行き来できるような場所に設置されているものの、ヨルダン国籍を持つ者、持たない者の双方が存在し、それによってホスト国との関係も変わってくるなど、非常にセンシティブな問題が存在すると考えられる。ヨルダン国内においても、ヨルダンの若者の失業率は深刻で、希望した職に就くことができない人もいる。また、UNDPが支援しているヨルダン南部マーン(Ma’an)地方の貧困層の住民のように、ヨルダン国民にも格差が生まれている。さらには、別チームが検討しているようにジェンダー課題は深刻であり、また障がい者の問題などは可視化されていない可能性もある。他方、ザータリ難民キャンプでは、シリア危機の前から2国間の交流が活発であったため、難民が大量に流入した際にも、ホストコミュニティと難民の間で軋轢が起きなかったという指摘をする人もおり、印象的だった。

(写真)ザルカ市アルグウェイリ地区公園の建設現場での集合写真

以上をまとめると、渡航前の私たちは、ヨルダンの難民問題を考えるにあたって、「難民」と「ホストコミュニティ」という文化的・民族的違いに根ざした区分を念頭に置いて、両者の共存・共生の在り方を検討していたが、現地渡航においては、この単純化した二分類の図式では捉えられない場面が多くあったことを確認した。私たちが考えていた以上に難民そしてホストコミュニティに住む人々はずっと多様な背景を持っていた。また、難民とヨルダン国民を区別しない支援事業も少なからず視察することができた。この点、「難民」と「ホストコミュニティ」という区分は、たしかに両者の違いに注目し、ヨルダンの難民問題を考えるにあたってわかりやすい図式であるが、両者の共存・共生をあたっては、このような「違い」に注目するのではなく、Tribalogyの事例のように、「共に何ができるのか」ということを考える視点が不可欠である。難民問題という複雑な事象を考察するにあたっては、こうした単純化された二分法の図式が孕む問題点にも十分留意する必要があると考える。

iii)ホストコミュニティへの支援

渡航前の勉強会においては、短期的・長期的な難民支援の在り方について勉強し、そういった難民を主な対象とする支援が、難民とホストコミュ二ティの共存を後押しするのだと考えていた。

この点、実際の渡航では、たしかに難民を支援する事業が多く見られた一方で、ホストコミュニティ側の支援に重点を置いている事業も少なからず存在した。たとえば、ヨルダン王族が設立したヨルダン・リバー基金(JRF)は農業を通した経済的機会を提供することでコミュニティのエンパワーメントを図っている。ワールド・ビジョンは市民社会組織と共同して、ヨルダン人の貧困層を対象とした水の再利用設備や、ソーラーパネルの設置による電気状況の改善などを行なおうとしている。また、国際協力機構(JICA)のキャリア・カウンセリング・センターや国際労働機関(ILO)は、ヨルダン人特に若者の失業率の高さや、労働市場における縁故主義の問題などを解決するため、キャリア・ガイダンスや仕事のマッチングサービスなどを提供している。また、UNDPがヨルダン南部マーン地方で行なっている事業は、当該地域の貧困層を対象としたものであり、教育という側面から次世代の子どもたちの個性を伸ばすような取組みが行なわれていた。シリア危機の深刻化、長期化に伴い、シリア難民への支援に注目が集まっている。しかし、難民に対してのみ支援を行なってしまうことは、ヨルダン人の中で脆弱な立場に置かれた人々をさらに周縁化してしまうことにもつながり、難民に対する敵意を増幅してしまいかねない。そのような状況を緩和するためにも、ホストコミュニティに対しても丁寧な支援を行なうことが肝要であろう。

3)現地渡航を踏まえた渡航後の考察と問いに対する検討

上記で述べたとおり、ヨルダンにおける難民問題を考えるにあたって、渡航前の私たちは、「難民」と「ホストコミュニティ」という単純な二分類に落としこんで考えてしまっていたことに気がついた。実際には、難民と呼ばれる人々も、ホスト国としてのヨルダンに住む人々も、それぞれに多様な背景を持っており、ニーズベースで支援は行われている。確かに、「難民」というカテゴリーが存在することで、そのニーズを汲み取り、支援が可能になる側面がある一方で、カテゴリーごとの支援は「難民×女性」「難民×子ども」といった分野をまたぐ問題(inter-sectional issues)への取り組みの難しさという問題点も生じさせることになる。

また、難民支援の在り方としての難民キャンプもある最善の支援の在り方とは限らないということも学ぶことができた。郊外に建設した難民キャンプが、むしろ「難民」と「ホストコミュニティ」の共存・共生を阻む側面も持つのである。そして、地域では、国連機関などの支援を受けて、難民とホストコミュニティが共に生活している状況がある一方で、ヨルダン国民であるとはいえ、社会の周縁に置かれている人も存在する。こうしたホストコミュニティの中の脆弱な立場に置かれた人達への支援は、持続的な「難民」と「ホストコミュニティ」の共存には不可欠であろう。

最後に、本チームにおいて、「難民」と「ホストコミュニティ」の共存・共生のあり方などについて議論を深めたものの、結論を出すに至らなかったのは、このような多様な背景を持つ人々の共存・共生を達成するための一義的な解答を見つけることができなかったためである。それでもなお、難民とホストコミュニティ、ドナー国、外部支援者という多様なアクターが関与する中で、難民に対する政策というものを考えなければならないということを、現地渡航をして体感できたことは、一つの収穫であったといえるだろう。

          

[1] UNRWAが運営するキャンプについては、4.2.1.4 パレスチナ難民キャンプ部分を参照。

[2] UNHCR駐日事務所, https://www.unhcr.org/jp/localintegration, accessed on 28 November 2019.

[3] イスラーム的NGOという表現に対しては否定的な意見も少なくないが、佐藤(2018)にしたがい、本報告書でも「イスラーム的NGO」と表現した。佐藤麻理絵『現代中東の難民とその生存基盤―難民ホスト国ヨルダンの都市・イスラーム・NGO』(ナカニシヤ出版、2018年)、86-87ページ。