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栗原 玲子さん
国連事務局PKO局 国連地雷対策サービス(UNMAS)

栗原玲子(くりはられいこ):東京生まれ。2001年より国連プロジェクトサービス機関東京事務所に勤務したのち、2003年末よりアフガニスタン、2005年よりスーダンの地雷対策プログラムにおいてプログラムオフィサーとして勤務。2006年11月より、PKO局の国連地雷対策サービス(UNMAS)のリソース・モビライゼーション・オフィサーに就任。主に地雷対策信託基金の管理に携わる。

Q.国連で働くようになったきっかけは何でしょうか。

国連で働いている方の中には、国連で働きたいという目標をもともと持っていた人もいれば、偶然国連で働くことになったという人もいると思います。私は後者で、東京で大学院を卒業したあと登録した派遣会社から、たまたま日本にある国連機関の一つ、UNOPS(国連プロジェクト・サービス機関)に派遣されたのがきっかけです。UNOPSはクライアントの要請に応じて物資の調達やプロジェクトの形成、運営、管理、監督などの専門的サービスを提供する機関なのですが、特に地雷対策の分野で経験を積んでいます。私は最初の6か月間は東京で事務のサポートスタッフとして働いていました。この間、アフガニスタンからの出張者に会い、彼らの復興にかける意気込みに感銘を受けると同時に、東京での仕事が実際どのように現場につながっているのかを見てみたいと思うようになり、現場への関心が高まっていきました。そして、アメリカによる空爆などで多大な被害を受けたアフガニスタンの復興支援会議(2002年、東京)を受け、アフガニスタンへの支援が増大していた2003年の終わり頃、地雷対策プログラムのプロジェクトスタッフとしてアフガニスタンへ赴任し、2年間働きました。

その後、和平が合意されこれから本格的に国連のミッションが入るというタイミングでUNMASのスーダン事務所に移りました。プログラム・オフィサーとして、プロジェクト計画に基づいて予算案を作成し予算を獲得したり、案件を実施するための契約書を整えるなどの手続きを担当しました。

現場の仕事では、本部の担当者と毎日連絡を取り合う必要があります。現場ではスピードが勝負で、明日までに返事がもらえないと仕事の失敗にもつながりかねません。ですから本部との連携が非常に重要なのです。けれども本部から連絡が来るのが遅かったり、書類にサインを得るのに非常に時間がかかるといった問題に何度も直面しました。本部と現場が両方しっかり機能してうまく連携しなければプロジェクトは上手く運営できないという経験を通して、今度は本部がどのように現場を支援しているのか、どういうシステムで動いているのかを実際に自分で見てみたいと思うようになり、今はUNMASの本部で勤務しています。

Q. UNMAS本部ではどのようなお仕事をされているのですか?

援助供与国と交渉して資金を得、被援助国が援助を受け取るまでにかかる手続きを担当しています。援助供与国からの資金援助というのは国連全体でも減少傾向にあるので、「人間の安全保障基金」や民間セクターからの支援など、多様な資金源とも協力していくのはとても面白い仕事です。

現在の仕事では特定の被援助国を担当しているわけではありません。アフガニスタンで働いていた時のように、特定の国や地域を担当すればその分そこに対する思い入れは強くなりますが、本部では世界全体を対象に大きな視点で物事を見られるようになりたいと思っています。

Q. 今までで一番たいへんだった、あるいは楽しかったお仕事はどのようなものですか?

後から振り返ると、一番大変だった仕事が一番楽しく記憶に残っているということは誰にでもあると思います。私の場合、東京、アフガニスタン、スーダン、ニューヨークの中でも特にアフガニスタンでの経験が、仕事量という意味でも、担当しているプログラムの複雑性、国の状況という意味でも特に強烈に心に残っています。最初の現場だったので、赴任した自分自身繊細で経験するすべての印象が強く残っているのかもしれません。

辛かったことで言えば、自分の立場に関するジレンマですね。これを国連職員が言うと語弊があるかもしれませんが、アフガニスタンという国が置かれている状況はある意味で救いがたい。国の復興に関して絶望感もある環境の中へ大義名分を持って赴任してきたものの、実際自分にできることは何もないのではないかと思う時がありました。外国人にはどうしても分かることのできない現地の事情というのもあります。現地の人々からしてみれば比べものにならないぐらいのお給料をもらって仕事をしたからといって、どれだけのインパクトをもたらすことができるのか。これは、援助に関わる人であれば誰でもぶつかるジレンマなのではないでしょうか。

それから女性であるがゆえの難しさもありました。現地の人々に技術支援をするために行く以上、国連側の立場などを強く表明しなければならないときがあります。けれどもアフガニスタンの場合、一緒に働く相手が文化的にそもそも女性に指示されたりアドバイスを受けたりしたことがない中年の男性であることが多いのです。会議の場でも女性は私一人ということがあり、「なぜこの人にこんなことを言われなくてはいけないのか」と思われていたと思いますよ。でも私は、世界には他の価値観や生き方があるということを伝えるように努力しました。はっきり伝えると意外と理解してくれるということが多く、曖昧にして相手の言うことばかり聞いていては物事は進まない、ということを学びましたね。

一方で、現場で働くことの醍醐味も味わいました。例えば本部からの資金送金の遅れでアフガン人20人にお給料が払えないとすると、そのことが与える影響というのは家族の人数を考慮すれば10倍ぐらいになります。彼らにしてみれば非常に切迫した状況です。私達の仕事はそんな現地の人々と持ちつ持たれつの依存関係にありますから、場合によってはたとえ真夜中でも本部の人に連絡をしたり、強い口調でのメールを送ったりすることもありました。状況を良くするために自分にできることはすべてやって、それを示していくことで、人との信頼関係が築かれていく。それが現場での面白さだと思います。

アフガニスタンには15年以上地雷対策の事業があり、現地の人々も能力があり一緒に働くことが多かったのですが、つい最近まで内戦状態にあったスーダンの環境はまったく違います。現地人の能力向上はこれからの大きな課題ですし、事業に関わる業者はほとんど外国企業なので、義理人情も厚いアフガニスタンのように、現地の人々と濃い経験ができなかったという点では少し味気ない気もしました。一方で外国企業を相手に援助ビジネスを経験できたのはスーダンならではの援助の一面でもあり、とても面白かったですよ。

Q. 国連で働く魅力はなんでしょうか。

もともと、小学校と高校時代にイギリスで暮らしていたことがあるので、英語が使え、また日本と海外両方に関わっていける仕事をしたいと思っていました。そういう意味では国連は希望に適った職場です。

国連と一口に言っても色々な組織、部署があるので、一つか二つの職場を経験しただけでは国連の全体像は見えないと思います。ですから、あまり短期間ではなくある程度腰を据えて様々な業務を経験してみたいと思っています。最初から国連で、と心に決めてキャリアを積んできた人もいると思いますが、私はたまたま国連に入りました。でもこのキャリアを始めたからには色々と見て学んでやろうと思います。今は興味の続く限り国連に関わっていきたいと思っています。また、国連は大きな組織ですが、ある意味では狭いところです。色々な部署を渡り歩けば知り合いに会うことも多く、人のネットワークをつくり上げていくことも楽しみですね。

Q. 将来に向けてどのようなキャリア・プランをお持ちですか?

国連に夢を抱き働くことを目指している方に是非言いたいのですが、キャリア・プランを持つのは難しい部分があります。こういう職種でステップ・アップしていきたい、という夢があっても、競争にも勝ち抜かなければいけません。そのためにはどんどん自分から挑戦して上に行こう、技術を伸ばしていこうという努力が必要です。それだけでなく、自分のやる気、そして運にも左右されます。ある程度計画できる部分と予測できない部分両方があるということを分かっていないと、国連の中でステップ・アップしていくのは難しいのではないでしょうか。また、自分を支援してくれる同僚や上司も大事です。そうした支援を得るには、一つ一つ目の前の仕事を丁寧にこなしていけば報われるのではないでしょうか。

今は地雷の分野で働いていますが、この分野に長くいるということは同時に地雷の問題がいつまでも続く、ということでもあります。国連の仕事にも長期間の対策が必要な課題とそうでないものとがあると思います。例えば貧困問題などは前者ですよね。ただ、地雷の問題について、UNMASはもう少し短期で早く、ということを目指して活動しています。ですから私の上司はよく、「あと3年ぐらいで他のところに移るということを視野に入れて働きなさい」と言っています。また、私達の仕事は援助供与国からの支援に支えられているので、彼らの関心が低くなってしまえば、地雷の問題があるかないかに関わらず仕事がなくなってしまうというのも現実です。ですから今の仕事では精一杯のことをしますが、同時に平和構築・維持や開発の問題など幅を広げていきたいと考えています。

Q. ご担当の分野で、日本はどのような貢献ができると思いますか。そのためには邦人職員にはどのような資質が求められると思いますか。

日本政府は既に地雷分野では重要な援助供与国となっていて、アフガニスタンなどにも多く支援しています。地雷というのは、国連の中でも治安維持とともに特に軍人出身の職員が多く、現場重視の分野だと思いますが、地雷除去などの技術を持っているのはイギリスをはじめ、南アフリカ、オーストラリア、ニュージーランドなど旧英国植民地または英連邦の国が圧倒的に多いのです。そのため職員の中にも文化的に少し偏りがあるのですが、そこに日本の文民が入っていくと、色々な意味で現場に足りない部分を補完できると思います。今までにも5-6人の邦人職員が現場で働いていますが、数にくらべて非常に貢献度が高いと思います。

国連活動の場で一番重宝される日本人の資質は、真面目で、仕事を丁寧に最後まできちんとやり遂げるということ。仕事の完成度がとても高いのです。会議などで話してばかりという人は多いのですが、それを議事録にまとめて実際に行動にも移し、話し合って決めた内容を最後までフォローできるというのは日本人の良い面だと思います。私が一緒に働いた邦人職員も、仕事のプロセスをしっかり理解して詰めていくことのできる方々でした。それから、日本人はシャイだと言われますが、私はとてもコミュニケーション力が高いと思いますよ。あまり威圧感がないですし、敵をつくるということもないですよね。みなが対立している中で邦人職員が話をまとめ議論をリードする場面をよく見てきました。

私自身、日本人としてアフガニスタンに行ってとても良かったと思いました。現地の方々はとても日本人を信頼してくれましたし、日本に良いイメージを持っていてくれて、とても仕事がしやすかったからです。こういった日本人と現地の方との関係性を日本はもっと戦略的に使うことができるのではないでしょうか。

逆に日本人の資質で足りない点と言えば、国連の仕事は非常に政治的な要素がありますので、言わないと損、といいますか、押さなくてはいけない時に強く主張する必要が色々な場面で出てきます。ですから、単に語学力ということではなく性格的な要素も関係してくると思いますが、必要な時に主張できる強さを持つことがとても大事だと思います。資格という意味でのスキルではなく、ソフトなスキルを鍛えるといいのではないでしょうか。

国連は、個人レベルでも組織レベルでも交渉が日常茶飯事です。秩序立てられた大きい組織の割には個人プレーも非常に大きく、自分で戦わなければ仕事ができなかったり、プロジェクトが忘れ去られてしまったりすることもあります。上司が必ずしも自分を守ってくれるわけではなく、上司を説得するために時間を費やすこともありますし、仕事の評価も上司によって決まってしまうという怖い一面もあります。もちろんこれは同時に自分の裁量や責任が大きいということでもあり、上手くいけば自分で仕事をやり遂げたという達成感を味わうことができます。それが嬉しくて働いている人もいますね。自分で仕事を開拓してアイディアを実現できることができる、国連はある意味で素人集団とも言えるかもしれませんね。いずれにしても、精神的なタフさを身につけることが大切だと思います。

Q. グローバルイシューに取り組むことを考えている若い人たちへ贈るメッセージをお願いします。

国連は、現場に行ったり本部で働いたり、様々な経験もできますし、色々な可能性があるので面白い仕事だと思います。ただ若いときに現場を経験した私としては、仕事と私生活のバランスを取ることが難しいということも伝えておきたい。国連の中では離婚率が高いといいますし、実際治安の問題などから家族を連れて行けないような現場も多いです。そうした現実と自分の理想や目標とどうバランスを取っていくか。私も仕事の面白さだけでいえばそのまま現場にいたと思いますし、今後も現場に戻りたいと思っていますが、たまには映画を楽しむというような息抜きもしなければなかなか国連の仕事は継続できないのでしょうか。仕事の仕方は色々ですが、自分の生活も大切にして欲しいと思います。

 

 

(2007年6月8日、聞き手:朝居八穂子、コロンビア大学Teachers College。幹事会・事務局および「国際仕事人に聞く」担当。写真・編集:田瀬和夫、国連事務局OCHAで人間の安全保障を担当。幹事会・コーディネーター。)

 

2007年8月7日掲載

 


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