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「高まる国際組織(改編)への期待〜ダボス会議報告〜」
藤澤 秀敏さん
日本放送協会(NHK)アメリカ総局 総局長

2007年2月16日開催
於:ニューヨーク日本政府国連代表部会議室
国連邦人職員会/国連日本政府代表部/国連フォーラム共催 合同勉強会

 


(略歴)ふじさわ・ひでとし。73年NHK入局。海外特派員、国際部デスク、ワシントン支局長、「ニュース9」や「ワールドニュースBS22」「ワールドニュースBS23」のキャスター等を歴任後、2003年より現職。

■1■はじめに
■2■ダボス会議について
■3■今年のダボス会議と国際組織の存在意義
 質疑応答

■1■ はじめに

国際組織のトップ、中心に位置すると言って良い国連についてはこのところ、疑問ばかりが提示され、あまりいい話がない。一昨年から昨年にかけて盛り上がった安保理改革は頓挫した感じだし、国連事務局は組織的に無駄が多い、Oil for Food(石油食糧交換計画)の汚職もあり財政的に不透明、組織改革が必要だ、という声も強い。

こうした状況の中で題名だけを見ると、国際組織で働いている、もしくはこれから働こうとしている皆さんにおもねるテーマを選んだのでは、と思われるかもしれないが、私は一般的な見方とは違い、国連など国際組織への期待、その必要性、有用性は高まっていると思う。

その背景は二つ。アメリカのイラク政策と、グローバル化だ。アメリカのイラク戦争・政策の失敗は、ユニラテラリズムの限界を露呈した。超大国といえども、正当性のない戦いで目的を達成することは困難である。軍事的には勝っても戦後処理で苦労し、多国間の正当性を持った対応、圧力、働きかけがより効果的だ、ということを証明した。

一方、冷戦後の世界は、価値観の接近や通信手段の発達、中国やインドなど新興工業国の登場などにより、グローバル化が進展した。世界は相互依存を深め、また様々な問題が国境や距離を越えつつある。

これらの事象は、国際的な政治・経済・社会問題に対する国際組織の解決能力への期待を高めている。グローバル化は今後もさらに進むことは疑いのないところで、国際組織の必要性は益々高まると思う。

その話を、今年のダボス会議に出席した報告としてお話しさせて頂く。

■2■ ダボス会議について

ダボスはスイスの東部、標高約1600メートルの山中にある町の名前だ。トーマス・マンの『魔の山』の舞台でもある。日本の長野県上田市、旧真田町と姉妹都市で、ダボス会議の会場には「Sanada」と名の付いた小ホールもある。人口約1万人のスキーや避暑のためのリゾート地だ。

ここで毎年1月下旬、4,5日間開かれる民間の国際会議の通称が、ダボス会議だ。今年は24〜28日まで開催された。主催は、ジュネーブにある世界経済フォーラムという組織。1971年、スイスの経営学者クラウス・シュワブが、60年代後半にヨーロッパを吹き荒れた若者の反企業、反産学共同、反体制の機運に危機を感じて、ヨーロッパの企業経営者に呼びかけて対策を話し合ったのが発端。それが今や、世界中の企業、政財界、官界、学界、シビル・ソサエティ(市民社会)などから毎年2000人以上が集まる大きなフォーラムに発展した。

企業のトップが主な出席者だが、政治家も多い。ブレア英首相、メルケル独首相、南アのムベキ大統領、ブラジルのルーラ大統領ら、今年は十数ヶ国の首脳が出席した。出席者全員を掲載したブックレットは、厚さ5センチ以上にもなる。ABC順で一人1ページ分掲載。パレスチナ自治政府のアッバス議長から始まり、イラクのアブドルマフディ副大統領、ヨルダンのアブドラ国王とアラブ人ばかりが8人続いて、9人目に日本人のAbe Kenさんという人が出ている。

さて、ダボス会議では何を話すのか。あらゆる分野から参加者が来ているので、あらゆる分野の問題について話す。例えば、27日のセッションの中には、The Fate of the Universe...とかThe Impact of Web 2.0...というようなのもある。小さな町のコンベンションセンターとその周辺のホテルに缶詰状態になり、自主的な「脳の洗濯」brainwashingをする。

出席者にとって魅力的なのは、単にセッションを聞く、意見を戦わせるということだけではなく、会場でネットワーキングができること。日本からの常連は、企業経営者5〜6人、政治家2〜3人、学界等3〜4人、マスコミも3〜4人。マスコミの人間は大抵司会を担当させられる。私は2003年から参加しているが、昨年司会をした。そのセッションは、"The Quiet Revolution of Junichiro Koizumi"。"Quiet"ではなく"Noisy"ではないかと主催者に抗議したが、小泉氏が進める改革は日本を静かに革命しているのではないかと、これまた鋭い反論があり、この題でやった。

ダボス会議の良い点、役に立つ点は、その時の世界の関心事、世論をキャッチできること。そして、その時の世界、または一歩進んだこれからの世界を展望し、または展望できる知識を持っている碩学、頭脳の話を聞けることだ。

2003年はイラク戦争の開戦直前に開催され、ヨーロッパで戦争反対論が強い中、アメリカからの出席者は防戦に追われた。2004年はイラクの戦後復興がうまく行かず混乱が広がり、パレスチナ問題など中東問題の核心を解決する必要性が叫ばれた。2005年は中国の台頭、2006年はインドの台頭が話題の中心なり、それぞれ大代表団を送り込んだ。

 

■3■ 今年のダボス会議と国際組織の存在意義

さて、今年は何が焦点だったか。テーマは"The Shifting Power Equation,"「シフトする力の均衡」だった。例えば、経済では中国・インドが台頭し、国際外交舞台では、アメリカの威信の低下により力の分散化が進んだ。社会的にも、インターネットの発達による個人のエンパワーメントとネットワークの拡大、それに伴う企業などの組織から個人への力のシフトが進んでいる。あらゆる側面で、力の均衡点が移動・変化していることがテーマとなった。

この現象はまさに世界がグローバル化していること、国や個人や組織の結びつきが益々強く、深く、広くなり、世界が一体化していることを示している。ひと言で言えば、グローバル化への対応がテーマになった会議と言える。

一方で、グローバル化で世界が結びつくと、摩擦や問題が生じる。ルールが必要になり、問題を調整、または事態を改善の方向に持っていこうとする仲介者、触媒者・カタリストが必要かつ重要になってくる。ダボス会議でも、こうした調整をすることの重要性、またそれを公正、fairな立場で調整する存在の必要性が確認された。

基調演説をしたメルケル独首相は、世界が直面している問題に共同して取り組む重要性を強調した。「早く行きたければ一人で行け。遠く行きたければ一緒に行け」というアフリカのことわざを引用し、国際的な枠組みの中で、貧困、エイズ、貿易不均衡、地球温暖化などの課題に取り組む必要があること、またそれがもっとも効果的で、唯一解決可能な方法であることを述べた。

この調整者としての国際組織の重要性、国際的な枠組み構築の必要性は、予想外のセッションからも浮かび上がった。

一つの例は、"Who Will Run the Internet?"というセッションだ。現在ICANN (Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)というアメリカ西海岸にある民間の非営利法人が、全世界のインターネット・アドレスを調整・管理している。現在の体制では50億件の管理が上限だが、ほぼ満杯状態になっている。爆発的に増えるアドレスの管理を今度どうするのか、世界的なネットワークの調整者がアメリカの法律の下にある民間の一団体で良いのかなど、様々な議論が出た。

また、マイクロソフトの新基本ソフトVistaの海賊版が中国で出回り、中にはプログラムを破壊する危険なソフトを内蔵しているものもある。こうしたサイバー犯罪の防止や規制にどう取り組むべきか、ネット上の金融取引の安全性をどう保つかなどが話題になった。

このように、世界の市民、企業の通信手段の核となったインターネットを国際的にどう調整、管理していくのか。直接の利害関係を持たない公正な立場で、正当性を持って対応する何らかの国際的な組織が必要になってくるのではないか。そうした意識が、このセッションの核心にあった。

別のセッション、"Early Warning and Crisis Preparedness"では2、3年前の東南アジアの津波被害、鳥インフルエンザ、飢饉、干ばつなど、国境を越えた災害・疫病などの問題への対処が話し合われた。早期警戒のために、例えばグーグルの検索機能を使って、限られた地域からのネット上の問題提起をスクリーニングすることで災害の端緒をつかみ、それを共有できるようなシステムの構築が考えられている、との話しがあった。

そして、誰がどのように、危険にさらされる恐れのある当事者たちに伝えるのか、という問題も提起された。例えば、国によっては政治的な理由から疫病や飢饉などの情報を意図的に隠す傾向がある、との指摘があった。これは恐らく、2002年、中国がサーズ(Severe Acute Respiratory Syndrome、重症急性呼吸器症候群)で暴露した情報公開の不足を指しているものと思われる。こうした国のサボタージュも含めて、被害拡大をもたらす要因にどう対応して人々を守るのか。何らかの国の枠を越えた公正な組織、しかも様々なプレーヤーをもれなく包み込み、抱え込むような多層的、多重的なネットワークの必要性が強調された。

特筆すべきは、ブレア首相が安保理の改革の必要性を明言したことだ。演説の中で、彼は次のように言っていた。「地球規模の課題は、効果的でマルチラテラルな行動を可能にする地球規模の道具・手段を必要とする。ドイツ、日本、ブラジル、インド、さらにはアフリカやイスラムの国家が入っていない安保理は、世界の人たちが見て、やがて正当性を失うばかりではなく、効果的な行動を阻害する」。
(A UNSC without Germany, Japan, Brazil or India, to say nothing of any African or Muslim nation, will, in time, not merely lose legitimacy in the eyes of the world, but seriously inhibit effective action.)

P5(常任理事国)のイギリスの首相が公の席でここまではっきりと安保理改革、特にアフリカやイスラムの国を含める重要性を指摘した背景には、ダルフール紛争に国際社会が効果的に対応できなかったことに対する危機感があったのだと思う。

そして、ブレア首相の胸の中には、アフリカの貧困やエイズ、地球温暖化、テロなど、世界の人々が自分と直接かかわり合いがないと考えていた問題の多くが、実は自らの生活をも脅かす事態になっており、国際社会が抱える共通の問題がさらに深刻化している、との認識があるのだと思う。

ブレア首相は、イラク戦争ではブッシュ大統領に同調し、国内でも「ブッシュのプードル」と呼ばれ評判が悪かった。だが私は、彼は地球規模の視野とビジョンを持った、現在の国家指導者の中では傑出した政治家だと思う。今回のダボス会議でも、積極的にアフリカ問題のセッションに参加していた。

そのブレア首相が演説の中で、さらに次のことを述べていた。「地球温暖化、テロ、貧困、どれも国家が自らの狭い国益にとらわれていると解決できない問題だ。必ず地球規模の価値観が絡んでくる。21世紀初頭の世界の明確な特徴は、世界の国家が相互依存を義務づけられていることだ」、「地球規模の問題への対応は、地球規模の価値観に基づいた地球規模の同盟によってのみ効果的に対処できる」。聞けばこの通りだが、こういうことを言って様になる政治家はなかなかいない。大事なのは次の下り。

「しかしわれわれは多国間の行動を効果的にする道具、手段を嘆かわしいほどに欠いている。われわれは相互依存の現実を認識し、目的を描き出し、その価値を説明できる。欠けているのは実施能力、実行能力、協調して行動する手段だ」
"But we are woefully short of the instruments to make multilateral action effective. We acknowledge the interdependent reality. We can sketch the purpose and describe the values. What we lack is capacity, capacity, the concerted means to act."

つまり、皆問題はわかっているのに動かない・動けないこと、動くためのツール、プラットホームが欠けていることが問題なのだ、と言っている。また、ブレア首相は、政治家はこうした問題に対処する政治的な意思がないとよく批判されるが、政治的な意思はある、ただそれに全力投球できる時間がないのだ。それをやれるのは地球規模の同盟しかなく、国や国家連合、国連だけではなく、NGO、財団、慈善団体、企業、個人のネットワークを構築し、実行に移す能力を高める必要がある、と強調していた。

このように、今年のダボス会議では、これまで以上に国際的な協力、協調行動が死活的になっているとされた。

私は、様々な国際組織を束ねる国連の存在が、益々重要になってくると思う。新しい国連事務総長パン・ギムン氏は、あるテレビ番組で、自身の役割を、Harmonizer, Coordinatorだと言っていた。「謎の微笑」でまだよくわからない、という人が多いと思うが、国連は様々な組織を結び付け、調整する重要な役割を持っているので、アジア的な和の心、調整の心を持ったバンさんは、この意味でも適任だと思う。

皆さんの中には国連で働いている人、これから働こうという人、そのほかNGOなどの国際組織で働こうという人、様々だと思うが、こうした国際的な機運の一端を担って頑張って頂きたい。

最後にダボス会議への批判に関して。所詮は世界の大企業の集まり、金持ちクラブではないか、という見方に対する私なりの意見を述べたい。確かにそのような一面はあり、今後は会議で議論したことを実行する能力、Capacityが問われていくと思う。但し、企業の意識は確実に変わってきている。企業というと金もうけが仕事というイメージが強く、またその通りなのだが、新しい生き方を模索する動きがあることをお伝えしたい。

企業の社会貢献というと、日本ではメセナ(芸術文化支援)などが思い浮かぶ。アメリカでは、ロックフェラー財団、最近ではマイクロソフトのビル・ゲイツ夫妻が設立したビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団による慈善活動が有名だ。

しかし、こうした従来のCSR(Corporate Social Responsibility)のイメージを超え、本業そのもので環境保護や平和構築、貧困撲滅等に貢献しようという意識が広がってきている。

この背景には、アフリカのエイズ患者への特効薬の投与で、製薬会社が安く製品を提供することに否定的だった問題や、銅やアルミの採掘・精錬会社による公害や途上国の労働者の扱いの問題がある。だが、最も大きな要因は、地球温暖化だと思う。それが引き起こすかもしれない環境への破壊的な作用が、人々の経済活動にも大きな影響をもたらすと考えられている。人々の経済活動に支えられている企業としては、まさに自らの死活問題だという意識が広がっている。この意味で、企業も温暖化問題のstake holderになっている。

このため、企業はCO2など温室効果ガスの排出を抑える活動、地球温暖化防止に役立つ技術開発、代替エネルギーの開発、さらには貧困や紛争の防止・抑制に役立つ企業活動などを模索し始めている。紛争があれば経済活動はできない、貧困が続けば物は売れない訳で、企業も紛争解決、貧困解消に無関心ではいられない。そうした意識の高まりを、ダボスでは年々感じる。

これは国際組織にとって極めて大きなチャンスではないか。企業を国際社会、世界の様々な問題に対応するアクターの一員として取り込み、そのネットワーク、ノウハウ、マンパワーを活用する、そうした国際組織の調整能力、ネットワーク構築能力、ひいては想像力Imaginative Power、創造力Creative Powerが問われていると思う。


 

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議事録担当:山岸 写真:林



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