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戸田淳子さん
国連児童基金(UNICEF)本部
Office of Emergency Programmes, Operation Centre,
Emergency Officer

戸田淳子(とだ じゅんこ):慶応義塾大学 総合政策学部 卒(2001)。慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科修士課程 修了(2007)。>UNICEFバングラデシュ事務所Child Protection Divisionにてインターンシップ(2002)。ロンドン大学 東洋アフリカ学院(SOAS)大学院交換留学(2002-2003)。2001年より、株式会社三菱総合研究所、株式会社独立総合研究所にて研究活動に従事。2007年10月より現職。

Q. まず国連(UNICEF)で働き始めた経緯を教えてください。
いつごろから、どうして国連で働こうと思ったのですか?

高校1年生のころ、勉強が面白くなく、「これからどうしよう?」と漠然と考えていた時期があり、「好きなことにかかわる仕事をみつけられれば、一生働かなくて済む」といったような主旨のことを誰からか聞いて、びっくりした覚えがあります。そこから、自分が好きなものは何なのか、自分が最も関心が深いものは何なのかを探す旅が始まりました。高校を卒業するころには、自分が最も興味を惹かれるのは、「子ども」、「教育」、「国際」の3つの要素を含むものだということがわかりました。ちょうどその頃、ルワンダでは大虐殺が起きており、想像を絶する世界があるのだと衝撃を受けたのを覚えています。高校生なりにいろいろと考えた末、大学は、国際関係も含め、幅広く勉強できる総合政策学部があるところを選びました。大学では、ODA専門家である草野厚教授の授業がきっかけで、国際関係の中でも、「開発援助」という専門分野があることを知り、その中で、「教育」も一つの重要な専門分野であると知ったのです。その後、大学院に進み、在学中に日本ユニセフ協会が海外インターンシップ制度に応募し、バングラデッシュへ派遣していただきました。

バングラデッシュに着いてみると、教育を受けることができる子どもたちは比較的恵まれている子どもたちで、教育を受けることができない子どもたちが大勢おり、その理由がそれぞれ想像以上に深刻な理由だという現実をつきつけられました。売春宿で生まれ育った子どもたち、レイプされて村や家族から追放された子どもたち、親がいない子どもたち等、幼くても独りで生きてゆかねばならない子どもたちが大勢いたのです。このインターンシップをきかっけに、教育と平行して、厳しい環境から子どもたちを守る活動の必要性を痛感し、UNICEFが実施している「子どもの保護」(protection)の分野に興味を持ちました。インターン中の2か月の間に、自分の年齢の半分ぐらいにもかかわらずに、セックスワーカーにならざるをえなかった子どもたちを訪問し、話を聞く機会をたくさん得ました。その社会の外部者としてできることは限られているにせよ、その社会の外部者であっても「子どもの基本的権利」を守る活動の必要性と意義を直接肌で痛感する貴重な経験となりました。

また、このインターンシップを通じて「国際機関で働くなら、自分の出身国の政府との働き方を覚えないといけない」と考えるようになり、インターンシップ後は日本に帰国して、政府と働く経験を積めるシンクタンクに就職することにしました。そこでは、日本政府の依頼を受けて、各国の安全保障にかかわる調査研究に携わりました。


Q. UNICEFの現職のポジションはどのようにして得たのですか?

シンクタンクで働き始めて5年経ったころ、バングラデッシュでお世話になったUNICEFの元JPOの方と再会する機会があり、いまのポストの空席情報を紹介していただき、応募したら採用されたというわけです。このポストは、開発の中でも安全保障(security)に近い分野ですので、日本で携わっていた前職を生かすにはちょうどよいポジションでした。ほんとうに運がよかったと思います。


Q. UNICEFでは具体的にどのようなお仕事をされているのですか?

今働いているUNICEFのニューヨーク本部 Office of Emergency ProgrammesのOperation Centreは、96年に立ち上がり、99年から24時間体制として本格稼働しはじめました。この頃起きていたコソボ紛争中に、現地への出張者を含む派遣職員との連絡がとれず、一部の職員が犠牲となる苦い経験をしており、危険地域へスタッフを派遣している組織の管理体制強化の一環として、24時間体制が立ち上げられました。ですからこのセンターは、世界の157カ国へ派遣されているスタッフにとって、24時間連絡がとれるいわば「110番」のような存在です。24時間体制なので、日勤の管理職2名と事務スタッフ2名をのぞく、7人のスタッフと夜勤も含め交代で対応しています。また、出身国も多様で、合計11名のスタッフで、12カ国語に対応しています。緊急事態が起きると、現地からの第一報を受け、本部もしくは、その地域を統括している地域事務所の幹部に速報を入れます。発生直後の初動オペレーションでは、現地と本部及びその他の事務所との連絡のハブ(hub)として機能します。夜の場合でも、必要であれば、幹部を叩き起こしいいとのゴーサインがでています。また、平時はニュースをモニタリングして各国の情勢分析をし、現場及び本部から現地をサポートしているスタッフへの早期勧告(early warning)を行っています。フィールドオフィスが多いUNICEFは、他の国際機関に比べても職員の危機管理について、本部の意識が高いと思います。過去に、このセンターがフィールドオフィスに入れた早期勧告情報が、フィールドオフィスから現地政府へ第一報として伝わり、早期避難に役立った事例もあると聞いています。

Q. いままでで一番たいへんだったことは何ですか?緊急支援の様子はどんな感じですか?

いまのポジションで働き始めてまだ3か月しか経っていませんが、その中でも印象深かったのは、昨年12月末はじめに起きたアルジェリアの事件です。第一報が入ったときは、ちょうど夜勤中でした。このとき、アルジェリアの首都にある国連機関が多く駐在するビルがテロ攻撃を受け、無事だった現地UNICEF職員から、「これは大惨事だから、必要な幹部たちを叩き起こしてくれ」と、発生直後の現場から連絡があり、これが国連諸機関の本部として受けた第一報となりました。このときは、初動時において、ニューヨークにある国連諸機関の本部と現地の国連諸機関との実質的な窓口として機能しました。今や、国連自体がテロリストの攻撃の対象となるご時世ですので、これにあわせて、国連もテロ攻撃などの緊急事態への備え、対応をしていかなければならなくなってきているのが現実です。

一番難しいことですが、やはり実際に緊急事態が起きると、現地からどんどん情報きますが、状勢が混乱しているので、それぞれの連絡に対する確実な対応をしていくことです。現地以外からの多くの問い合わせには情報の交通整理を行いつつ、現地から入ってくる貴重な速報に対しては、混乱している及び疲労困憊の現地職員の話を落ち着いて聞きながら、情報を引き出していく必要があります。緊急事態こそ、その瞬間ごとに冷静でかつ的確な判断が、人の命に影響するので、精神的にはかなりのプレッシャーがあります。対応している間は業務をこなすことで精いっぱいですが、第一報の電話の向こう側から聞こえてきた現場の生々しい音は、やはり勤務後、帰宅してからも、耳に残り、現地のその後の動向気になります。事態が落ち着いてからもその後数日間は夢の中に事件の状況が出てくるなど、世界の向こう側で起きている緊急時とはいえ、なかなか落着けないこともあります。

しかし、UNICEFにきてびっくりしたことは、私たちのように緊急事態に対応する職員に対する心のケアが整っていることでした。現地には、事件発生の3時間以内に、隣国からのストレスカウンセラーの派遣準備が整っていました。また本部で対応した私に対してでさえ、一緒に対応した上司から、「何かあったら、昼夜問わず3分以内にストレスカウンセラーにつなげるから、遠慮せずに必ず連絡するように」と言われました。わたしが所属する部署は、フィールドおよび本部でも緊急事態の修羅場をくぐってきた人達がおおいので、緊急時に人間がどのような状態に陥るかをとてもよく理解しています。従って、ストレスカウンセラーにかかることは、ネガティブなこととしてではなく、プロフェショナルとして仕事する上で、必要なケアとして、理解されていることに何より驚くとともに、ほっとしました。ですから日々の仕事は非常にプレッシャーのある仕事ですが、自分が働いている状況を理解してくれる周囲の人達にめぐまれています。


Q. UNICEFはどのような組織ですか?

着任早々、上司から「決して残業は評価しない」と言われたことが印象深かったですね。というのも、残業がマイナスの評価にならない職場は、結局家庭の犠牲の上に成り立っているので、「子どもにやさしく」というユニセフの理念に反するというのです。目からウロコでした(笑)。このように、日頃からオンとオフをはっきりさせ、勤務時間外にはしっかりと休息をとり、いざという緊急時には力を発揮できる人が評価される職場です。電話が鳴る度に、「緊急事態の第一報かもしれない」という思いがよぎるので、緊張(と臨場感?!)の連続です。また、国際機関の中でも、UNICEFはミッション感覚(使命感)の強い人が多いと思います。職員を採用するときにはその個人の価値観がUNICEFのミッションに沿っているかをみています。つまり、子どもを対象に、いかに関心をもって生きてきたのかという視点で、これまでの活動や経歴が検証されるわけです。

また、UNICEFは「子どもと母親の環境を改善する」という非常にはっきりした目標があるせいか、「子どもたちが当然もつべき権利」を守るために、熱心で前向きに働いている同僚たちに恵まれています。それに、文化的に多様なバックグランドをもつ人たちと働くことができるのもこの仕事の醍醐味です。実際、私の部署にいるスタッフの出身国は、ルワンダ、パレスチナ、アルメニア、イタリア、スウェーデン等といったようにまさにバラバラで、彼らが生まれ育った国について聞くだけでも、勉強になります。


Q. 将来どのようにキャリアアップしていきたいですか?

いまはUNICEFの本部にいますが、次は子どもに近い現場で働きたいなと思っています。このまま緊急対応の分野でいくのか、以前から関心のあった子どもの保護(protection)の分野で進むかも思案中です。いずれにしても現場に近いところでまた働きたいですね。


Q. 現在取り組んでおられる緊急支援について、国連が貢献できること、日本ができることは何でしょうか?

昨年11月にバングラデッシュを襲った巨大台風の例のように、通信技術の発達とこれまでの経験がいかされ、このような大型自然災害に備えて、現地政府も大量の住民を避難させることができるようなりました。しかし、「人の命(lives)は救えたけど生活(livelihoods)は救えなかった」という事例が増えてきています。早期勧告、大量避難の結果、確かに何万人の命は救えましたが、彼らは村に戻ったら、家も家畜も失い、生活の手段をすべて失い、また貧困の生活に舞い戻ってしまうケースが増えています。人道支援組織である国連が今後果たして生活手段まで救うべきか。救うために何ができるのか等、また新たな課題となっています。また地球温暖化の結果、季節外の雨期、これまで発生しなかった地域での感染症の発生等、結果的には貧困につながる課題があらたにでてきています。今後途上国の直面する現実が多様に変化していく中、早い段階からのその原因と現地の人たちへの影響を検証し、これまでの援助のあり方にとらわれず、柔軟な発想をもって、効果的な援助のあり方を考えていく必要があると思います。


Q. これから国連で活躍したいと考えている若い人たちにメッセージをお願いします。

いまままで自分が実践して役に立ったことが一つあります。やりたいと思う仕事に求められるスキルや経験を「因数分解」してみるということです。ひとつひとつ「因数分解」してみると、自ずと何が必要で、どこでそのスキルや経験を身につけられるかが見えてきます。そして、自ずと歩むべき道がみえてきます。私の場合は、国連で働くスキルや経験を次のように分けてみました。まず一つ目は、政府と交渉する力です。日本人として国連で働く意義の一つは、日本政府と交渉して資金などを調達してこられるかどうかです。また、国連は各国政府と二人三脚で仕事をする組織なので、政府と仕事してきた経験は重要です。二つ目は、先ほどお話ししたように、希望する組織の理念に沿った経験があるかどうかで、三つ目は現場で即戦力になる具体的なスキル(語学力、専門性、管理能力など)があるかということかと思います。私の場合はバングラデッシュのインターンシップを終えたとき、自分の政府と働く経験が必要だと思い、日本のシンクタンクで働きました。今振り返ってみると、私はこのいわば、「因数分解」のような考え方を通じて、やりたい仕事に就く上で必要なスキルと経験を効率よく積むことができたと思います。

また、UNICEFに入ってから気がついたことは、ユーモアとコミュニケーションの大切さです。誰も暗い人と仕事はしたくないですよね(笑)。私の職場は緊急対応が多いので、「ユーモアがないとやってられない」という状況にいた人が多いので、面白い人たちが多いのかもしれませんが、一緒に楽しく仕事ができると、結果的にミスコミュニケーションが少なく、仕事も効率的です。職場を見渡しても、やはり、コミュニケーションが上手な人のところには重要な情報が集まっています。やはり、多くの人から「この人には話しやすい」、「この人と話すと元気になる」、「この人と話すと学ぶことがある」等と思ってもらえることができるようになると、自然といろんな人が話にきてくれ、自然に自分のところに情報が集まるようになるのだと最近、気づきました。

ですから、若い方たちには、今からいろいろなレベルのコニュ二ケーションを意識して、日頃の仕事なり、勉強なりで実践して身につけていくことが大切だと思います。国連にはいろいろな人が居ますから、それぞれの人が理解をしてくれる「距離感」を掴むということが重要です。そのためには、気難しい相手であっても日頃からいろいろな人と接して、その感覚を身につけていくしかありません。またコミュニケーションを円滑にするには、自分が提供できる引出しを多くもっていることも大切です。そういう意味では日本人は有利だと思いますよ。興味を持たれているけどあまり知られていない国民だからです(笑)。みんな日本のネタでしたら、何でもおもしろがって聞いてくれます。


Q. 週末の過ごし方は?

ニューヨークは、アメリカの中でもまさに世界中の人々が肩を寄せ合って生きているところですよね。ここで生活する人、芸術も多様ですし、ここで人々が食するものも多様ですね。これほど多くの文化が一つの街に集結しているという意味では、魅力的な街だと思います。従って、仕事のオフは、ここで知り合った友だちとの時間を大切にし、一緒においしいものを食べに行くなど(笑)、いろいろな話をすることが一番の栄養剤になっています。また、アパートのドアマンやタクシーの運転手さん、お店の店員ともよく話します。「Everyone has a story to tell」と誰かが言っていたように、ニューヨークには本当にいろいろと興味深い人たちがいますので、日々驚きの連続です。


(2008年1月26日、聞き手:芳野あき、コロンビア大学公共政策院大学、幹事会で本件企画担当。写真:田瀬和夫、国連事務局で人間の安全保障を担当、幹事会コーディネータ)

 

 

2008年3月26日掲載

 


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