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一戸 良江さん
国際労働機関(ILO)本部・計画運営局
プログラム分析官

 

一戸良江(いちのへ・よしえ):青森県出身。慶應大学法学部政治学科在学中、米国ワシントン大学へ1年間留学。その後オランダの社会研究院(Institute of Social Studies)にて開発学修士号を取得。その後2000年にFAOアジア・太平洋地域事務所にて、インターンを経てコンサルタント業務を経験し、2001年から3年間、在スリナム日本大使館(当時)で専門調査員として勤務した。2002年にJPO試験に合格、2004年よりILOにて対外関係を所掌、2006年に現在の部署に異動。JPO終了後ILOに正規採用され、現在に至る。

Q. 今の仕事に就くことになったきっかけを教えてください。 

国際労働機関(ILO)にはアソシエート・エキスパート(JPO)としてきたのがきっかけです。なぜILOにしたのかはやや長い話になってしまうのですが(笑)。私は大学のときにアメリカに一年留学したあと、当時関心を持ち始めた農村地域の開発に係る諸問題と農民運動についてもう少し勉強したいと思い、大学院へ進むことにしました。選んだのはオランダの大学院。アメリカ以外の異文化を体験をしてみたかったのと、特にアメリカと日本の両方の大学の指導教授が勧めてくれたのが主な理由です。オランダはリベラルな国として興味深いですし、市民レベルでも開発問題や国際協力に対する関心が高く、開発先進国なんですよ。

修士号取得後は、とにかく自分の専攻分野で実務経験を積みたいと思い、幾つか応募してみたなかで、国連食糧農業機関(FAO)のアジア・太平洋地域事務所でリサーチ・ボランティア(インターン)をすることになりました。それまでこれといった職歴もなかったですし、一度国連の仕事をしてみたかったんです。

FAOではオランダ人の上司が私を受け入れてくれました。日本人でオランダの大学院へ行ったなんて珍しい、と思ったみたいです。そしてその人は労働組合運動に携わった経験がある方で、「FAOもいいが、ILOも面白い仕事をしている」という話をしてくれたんです。それ以来、農民も労働者であるという観点から、また、政府とともに労働者と経営者の代表(政・労・使)がそれぞれ投票権を持って参画する機関だということで、ILOに興味を持つようになりました。どんな人に出会って何がどう作用してこうなるかっていうのはわからないものですね。

最初に本部からキャリアを始めることができるのもILOを選んだ理由の一つです。これは私にとっては経験から学んだ重要な要素でした。外務省の委嘱により、南米のスリナムという国にある日本大使館(当時)で専門調査員をしたことがあるのですが、同大使館へ赴任する前に本省の中南米局カリブ室(当時)でしばらく研修させていただいたんです。その間、省内の関係部署・担当者はもちろん、他の関係省庁・政府機関も訪問し、ブリーフィングを受けたり、赴任後に期待される役割等について伺う機会を得ました。スリナムへ赴任してから、本部や関係機関の仕事のやり方や人を少しでも知っているほうが、現場に行ってからも何かと連絡・意思の疎通がしやすいということを実感しました。

ちなみに、専門調査員時代にいた日本大使館は、当時、おそらく世界最小の日本大使館だったのではないかと思います。邦人職員がたった3人しかいなかったのに大使館としてのフル業務をこなすのは本当にたいへんでしたが、同時に多くのことを学ぶことができました。外務省で何年も勤務経験のある職員が受け持つような仕事を任せてもらい、また、長年の経験を積んだ頼りになる現地職員からの協力を得、実に濃密な3年間を過ごさせていただきました。そのときの実務経験の中で、特に開発協力プログラムの実施業務に強くやりがい感じたことも、今のキャリアの選択につながっています。

それから、短期、あるいはひと仕事いくら、といった契約の仕事を経験してきて、自分の雇用状態・生活が安定していないと、やはり仕事そのものに十分なエネルギーを注げないということも身をもって実感しました。その意味で、ILOでJPO後に正規採用されたのは自分にとっては大きなことでした。

Q. 今どのようなお仕事をなさっているのですか?

組織全体の活動計画と予算を組んでその執行管理をする部署に所属しています。組織として掲げる目標の達成を重視する組織運営(results-based management)を推進するのも主な任務の一つです。会計年度は2ヵ年で、年度毎に実施報告書も取りまとめます。今年度は、さらに、来年度から3会計年度、6ヵ年にわたる戦略的政策枠組みを策定することになっており、その取りまとめも担っています。

予算と一口に言っても様々な種類がありますが、私の部署が担当しているのは組織運営の中枢を賄う通常予算とその補完予算、技術協力プロジェクトのサポート・コストの、配分・再配分ならびに執行計画・管理です。これらの様々な予算について、「どのような目的でどのように使ってください」ということを、具体的な指示として組織内に伝えます。それに基づき、私を含めた数人のプログラム分析官が、それぞれ担当する本部の部署あるいはフィールド・オフィスと協議し、各予算の執行計画・管理について具体的に助言します。また、活動計画内容の変更に伴う予算配分の変更や追加的な予算の要請がある場合には、関係部署・地域の活動計画、予算状況を分析し、適切な助言あるいは承認を与えます。

予算は、ドナーの任意拠出による非通常予算を除き、基本的に会計年度毎に閉めますが、予算配分の変更や追加予算に関する決定、たとえば人件費に係るものなど、内容によっては、一会計年度を越える影響が出る可能性も大いにあります。今ここで承認すること、しないことが、中・長期的に人事や組織構造にどういう影響をもたらすのか否か、多角的に考えることが求められると思います。

今年でILOに入ってから5年目になりますが、いまはフィールドに出るための準備期間と捉えています。最初の約一年半は、対外関係を所管する部署で、ILOのことを「外」に伝えつつ、ILOが掲げる目標、原則、活動内容など、基本的な「内」のことを理解することができました。その後、より具体的に活動計画の策定や予算組みがどのように行われているのか、実際にそのプロセスに携わることで理解したいと思い、現在の部署に異動しました。

上司にもいわれたことですが、今の部署はいろんなことを学べる学校のようです。細かい手続的なことは年度により変わることもありますが、その根本にある基本・原則には一貫性があります。いまの仕事のよいところは、そのような基本・原則を学びつつ、比較的若手ながら、ILO内の各部署・地域、ひいては組織全体の戦略的経営の一端を担えるというところです。

Q. 将来はどのようにキャリアアップされたいですか?

私は大学院で農業・村落開発について学ぶ過程で、特定の地域や問題領域を専門としてキャリアを積むか、それともそういった専門家と開発協力を必要とする国・人々とのつなぎ役として開発行政に携わるか、迷いました。それが専門調査員時代に政府開発援助(ODA)に実際携わってみるなかで、そういった仕事に強くやりがいを感じ、自分は後者に適性があるのではないかと思いました。

現在は本部で組織全体が見られる仕事をしているのですが、やはり現地のプログラムを調整する仕事、特に国・地域レベルで実際に物事がどう動いているのか見てみたいと思いますね。ILOは本部が大きく、政策や指針づくりは本部の仕事なのですが、それがフィールドで本当に意味のあるものなのか、うまく機能するのかしないのかなど、自分でも実際に経験したいと考えています。そしてまたフィールドでの経験を携えて本部に戻り、組織全体の政策・指針づくりに関われたらいいなと思いますね。

今、ILOでは次の6か年の戦略的政策枠組みを決めつつあるのですが、ディーセント・ワーク(decent work: 働きがいのある人間らしい仕事)を具現化する、というのが大きな柱になってくると思います。decentというのは難しい言葉ですが、この文脈では、一定水準の、公平な、などという意味で、仕事に関する基本水準・原則を守り、推進していこうという考え方だと捉えていいかと思います。ILOでは、この「ディーセント・ワーク」実現のために(1)雇用の創出、(2)社会保障など社会保護の拡充、(3)職場における民主的参加と政府・労働者・使用者間の対話、(4)労働に関する基本的人権の保障、が必要不可欠な要素であるとの考えの下、これらを戦略目標に掲げており、それぞれの分野でILOの専門家が活躍しています。ちょっと抽象的な言い方かもしれませんが、私はそういった専門家の仕事と、ILOの政・労・使のメンバーのニーズとを、効果的・効率的に結びつける役割を担えるようになりたいと思っています。

Q. いままでの中で思い出深い仕事や職場はなんでしたか?

やはりスリナムでの3年間の経験ですね。今の仕事に興味を持ったのもこの時の実務経験がもとになっていると思います。当時はドナーの立場でしたから、その観点から資金をいかに効果的かつ適正に使うか、ということをひたすら考えていました。いろいろな開発協力の制度(スキーム)もお金もある中で、その国の実情に合った実施方針・戦略を練ったり、開発協力効果の持続性を考えて案件を作成したり、スリナムにおける他のドナー国・機関や地元のNGO・市民社会団体と協調して事業を形成・実施していったりと、非常にやりがいのある仕事でした。それまでは、調査・研究を中心とした仕事をしていたので、スリナムでアイディアを具現化する手助けができたのは、特に感慨深かったです。

それから、今の職場、ILOはさすがに職員にとってたいへん労働環境が良いと思います。私が特に個人的に感心するのは、職場と家庭の距離が近いところです。例えば、学校が休暇に入ったときなど、子どもを職場に連れてきて一緒に昼食を食べるという光景が見られます。そうした環境がひいては職員の家族の福利にも影響するのではないでしょうか。何のために働いているのかという目的意識も明確で、こういう職場は働きやすいし気持ちがよいですね。日本では家族のことを職場に持ち込むことがタブーのようになっているのではないでしょうか。もちろん国連でも遅くまで仕事することはありますが、自分の生活と仕事とのバランス感覚が大事だと思います。

Q. ILOに入って難しいと思うことはなんでしょう。

特にILOだから、という訳ではないと思いますが、JPOとして期限付き(原則2年)で入ったこともあって、現在の正規ポストを得るまでには紆余曲折がありました。初めは2年で何ができるんだろう、国連が合わないと感じるかもしれない、と思っていたんですね。将来ILOに残りたいと思うかどうか、また残れるかどうかは、働いてみないとわからない、と。

実は、対外関係の部署に勤め始める前から、現在所属する部署のポジションにも興味があって、いろいろな方にそのことを話していました。そうしたら、それを覚えていてくださって、同部署での人事異動に絡んでチャンスがあるのではないかということを教えてくださったメンターのような方がいたんです。また、私の働き振りを評価してくれていた当時の上司もたいへん理解のある方で、私の異動を応援してくれ、さらに、新しい部署の側でも選考試験の機会を与えてくださって、その結果、私を受け入れて頂けることになりました。そのような経緯で、始めはまだJPOとして働いていたのですが、その間にパフォーマンスを評価していただき、その後公募された現在のポストに応募したところ、正規職員として採用されるに至りました。

ここに来るまでに本当にいろいろな方に助言やサポートをして頂きました。タイミングもよかったのではないかと思います。

Q. 現在取り組んでおられる分野において、日本が貢献できることは何だと思われますか?

今の仕事の分野では、予算提案を通してもらえるかどうか、決定された予算に対して遅滞無く分担金を支払っていただけるかどうかが重要なことの一つなので、最初に思いつくのはやはりお金のことになってしまいます(笑)。なんといっても日本は加盟国中、分担率第二位の国ですから。

それは別としても、日本がディーセント・ワークの実現について貢献できることとして、個人的には大きく2つあるのではないかと思います。一つは、国内の労働・雇用問題への取り組みです。ILOはいわゆる開発機関ではなく、開発途上国のみならず先進国における問題にも取り組みます。例えば日本では、過労死に至るような雇用・労働条件や、非正規雇用、移民労働者の問題など、日本独自あるいは他の先進国にも共通するような様々な問題があります。国内におけるディーセント・ワークの実現に取り組むと同時に、二つめとして、途上国に対する財政的・技術的支援、特に日本が豊富な経験・知識を有する分野でその知見を生かした国際協力を行っていくことが、特に期待されると思います。

また、ディーセント・ワークが実現されていないところで比較的安価なモノやサービスが生み出され、それが市場における競争力として正当化される危険性が現実としてあります。これは日本のような先進国国内でもありえることですが、特に、途上国において先進国の市場向けにそういった現実があるということを先進国の人間として、自分自身も含め、もっと考える必要があるのではないかと思います。ILO憲章に、「…the failure of any nation to adopt humane conditions of labour is an obstacle in the way of other nations which desire to improve the conditions in their own countries…(いずれかの国が人道的な労働条件を採用しないことは、自国における労働条件の改善を希望する他の国の障害となる)」という文言があります。これはまさに、ディーセント・ワークが実現できていない国の労働状況を改善していくためには、国際的な相互依存関係を理解する必要があるということではないかと理解しています。

Q. 地球規模の問題に取り組もうとしている若者に対してメッセージをお願いします。

私は、とにかく何でもやってみて、ときには流れに身を任せてみるのもいいんじゃないかと思います。自分の学歴、経歴でずっと同じことをするということも素晴らしいとは思いますが、なんでもやってみて、自分に合っているかどうかを肌で感じて理解しようとするのも大事ではないでしょうか。そのきっかけはあちこちにあると思います。色々な経験をしてきた方々の話をよく聞き、そして自分が関心あることをいろいろな人に話す中でも、世界は広がっていくと思います。

(2008年6月30日、ジュネーブにて収録。聞き手:中山莉彩、フォーラム幹事会。写真:田瀬和夫、国連人間の安全保障ユニット課長・幹事会コーディネータ。ウェブ掲載:柴土真季)

2009年3月15日掲載

 


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