国連事務次長(軍縮担当)
略歴:あべ・のぶやす 1945年、秋田県生まれ。東京大学法学部中退後、67年外務省入省。軍備管理・科学審議官や在ウィーン国際機関代表部大使、駐サウジアラビア特命全権大使を歴任し、2003年7月、日本人としては5人目となる国連事務次長に就任。
聞き手:小谷 瑠以
現在、ニューヨーク国連本部軍縮局にてご活躍の阿部事務次長に今日の軍縮・核不散分野について5月に約一ヶ月間開催された2005年核兵器不拡散条約運用会議(以下、NPT再検討会議)の結果も交えてお話を伺った。
私は阿部局長がトップを務める軍縮局にてこの夏インターンをしており、NPT再検討会議にも携わる事ができた。
核兵器不拡散条約は、アメリカ、ロシア(旧ソビエト)、イギリス、フランス、中国の5ヶ国を核兵器国、その他を非核兵器国と定め、究極的核兵器廃絶を目標としてこの2つのグループの役割分担を明記した多国間条約である。核兵器国は、核兵器の供与や開発製造の支援などが禁止され、核軍縮の義務が課されている。締約国である非核兵器国は核保有の権利を放棄し国際原子力機関(IAEA)の査察などを受けるかわりに、原子力の平和的利用の権利が与えられている。現在188ヶ国が締約しているこの条約は、1970年に発効されて以来、軍縮・核不拡散の礎として重んじられ、1995年5月には無期限延長が決定した。しかしこの条約の運用を検討する5年に一度の今会議は、3つの主要委員会全てにおいて実質事項に関する合意文書を作成する事が出来ず、事実上決裂した。
今会議では、本来は開会前に決定されるべき議題が、会議開始後の10日目にやっと決まった。この異常な遅れは、エジプトなどの非同盟諸国と西側諸国との意見対立の結果である。最終的には非同盟諸国が求めた論点が含まれない議題が同意され、それと共に非同盟諸国が幅広い議論が出来るよう示唆した議長宣言が出された。しかしその宣言の表現をめぐってもかなりもめ、その後も他の手続き事項がなかなか決定せず、結局実質審議が始まったは会議開始から18日目。更にそれからも私が担当した第一委員会では、各国の演説、作業文書の紹介、はたまた非難応酬で1日半が潰れた。この為実質論議及び最終文書の文言調整に当てられた時間は、第一委員会の例を挙げるとほぼ3日と極めて限られてしまった。第一委員会は委員長修正案を含む報告書に「合意出来なかった」と明記した上で本会議に報告し、会議の正式文書として提出し、表面上は決裂を回避した形をとれたが、他の委員会はそれさえも出来なかった。
ここまで最悪な会議は滅多にないと言われるほどの結果だったが、阿部局長は一貫して『この分野でやっていくには基本的に楽観的でないといけない』との立場を堅持されている。以下、同局長にさまざまな分野の問題についてお考えを伺った。
■1■ 軍縮局長の職務と役割
Q.通常の一日の業務の流れについて具体例を交えてお話しいただけますか?
A.今日を例として言いますと、まず出勤したら着信メールをチェックし、緊急を要するものから処理を始めます。それから今日は午前中1時間ほど事務総長室で政策委員会がありまして、そこで5月にほとんど成果なく終わったNPT再検討会議の結果をふまえて、9月の首脳レベル会議に向けて事務総長にいかに働きかけてもらうかを提言したり、他の参加者と一緒に議論したりしたんですね。これはいわば私の事務総長に対する政策的なアドバイスをする仕事の一つです。
それが終ってすぐ、軍縮局のスタッフと来年開かれる「検証に関する政府専門家会議」の出席者について相談をしました。これも一つの軍縮局の大事な仕事で、軍縮局が開く国連の会議、あるいは専門家の会議などをどのように組織するか計画を錬るんです。それが終ってすぐ地下の会議室で「国連小型武器トレーシングOEWG第3回会合」の議論を議長の隣でフォローしました。私はできるだけ会議に顔を出して動きを確認しながら、会議の大きな流れについて議長と相談します。
昼食後は会合にもう一度行きまして、会議がどうなっているかを見て4時にオフィスに帰ってきてから、国連軍縮局の軍縮センターの移転について、フィンランドの大使と相談する為にお会しました。基本的には軍縮センターといっても非常に小さな事務所で、独立維持は非常に経費もかかるしたいへんなので、アフリカセンターをトーゴから国連の事務所があるナイロビへ、現在ニューヨークにあるアジア太平洋センターをバンコクへ統合した方が能率的だということで、今検討しています。但し反対も出てくるでしょうし、意見調整をしようということで各国大使と相談しているわけです。
Q.大きな行事がある場合はどうでしょうか?NPT再検討会議での具体的な任務と役割は何でしたか?
A.NPT再検討会議のように非常に重要な会議になると私も一日中会議場にいます。そうすると先ほどお話したような局の運営の仕事は10時前か昼休みあるいは6時以降にします。期間中、会議そのものの事務局長は軍縮局ジュネーブ事務所のザレスキー氏を任命しまして、議長の隣にずっと座って議長をサポートして頂きました。その反対側に座って会議の全体の大きな流れについて議長と時々相談をするのが私の中心的な仕事でした。その他に、事務総長が初日に挨拶をしたんですけれど、会議が始まる前に事務総長室と議論をして、事務総長にこうこうこういう問題を取り上げてほしいと呼びかけてもらうよう用意をしたんですね。これも軍縮局の大事な仕事で、事務総長が会議やマスコミの前に出て軍縮問題について話すという時に、どういうプレゼンテーションをしてもらうかについて議論しアドバイスします。
■2■ 国連への外務省からの出向者として
Q.日本の政府関係者が国連の要職を務めることの利点は何だと思われますか?この分野に限らず政府職員を国連に送り込むことによって日本は自国の意図を反映できるのでしょうか?
A.軍縮の関係の交渉というのは基本的には政府間の交渉ですから、軍縮問題について議論をしたり理論を組み立てたりしているのは政府関係者が多いんですね。もちろんアメリカのように民間の研究機関が発達していてそこで研究している人もいますけど、そういう人も大体は政府で軍縮もやって時々研究機関にきてやっています。政府からまったく離れて知識や技術を身につけるのは非常に難しいので、国連も軍縮関連の担当者はそういう人材のいる所からリクルートしているわけですね。私もそういう意味で採用されたわけですけれども、一旦国連に入りますと国連のために働くわけであって日本政府のためではないので、私もそういう心掛けで仕事をしています。
日本から来てここで軍縮を担当をして割とやり易いのは、日本の軍縮問題に関する方針は国連の主流の考え方に近いからなんですよ。あんまり心の葛藤もなく悩まずにできるということは恵まれていますね。これが基本的に国連の主流とは違う方針の国から来た人だと非常に難しいと思うんです。いくら建前は国連としてやるといっても頭で切り替えないといけないですしね。
■3■ 被爆60年、世界状況の激変、国際社会にとっての脅威
Q.広島・長崎の被爆者や戦争体験者の世代の高齢化を念頭に現在、軍縮・核不散分野で国際社会が直面する脅威に、国際社会は具体的にいかなる措置を取るべきだとお考えですか?
A.軍縮というのは兵器によってどんな悲惨な目に遭うかを知ることが出発点なので、原爆であれば被爆の結果を残し、世界のできるだけ多くの人に知ってもらう、特に政治に携わったり世界の指導者になる人には是非ともよく理解して政策を決めてらうことが必要なんです。ですからNPT再検討会議でも日本からだいぶNGOの方が来られたし、展示もしましたね。ああいうことで条約の議論をする人々にも実際どういうことなのかよく理解してもらうことが非常に大事なので、この軍縮局もかなり精力的に世界各地のNGOや研究機関とも常に連絡をとって、いくつか協力してプロジェクトを進めています。それは今後とも続ける必要があります。
被爆体験世代が少なくなっている今、広島・長崎等でいろいろ文献にしたり画像にしたり記念館に展示したりと努力をしていますが、なかなか工夫しないと難しいのです。特に今は核実験は各国もうやめてますが、原爆水爆実験は当初は大気圏内でやっていたんですね。大きなキノコ雲ができて、しかも放射線物質が落下し望ましくなかったんですが、それによって人々はみな核兵器がどんなに恐ろしい物か目に見えていたわけです。ところがあれがその後禁止されて地下に潛ってしまって、今はインド・パキスタンなんかが実験しても地震が起こるだけですね。それ以上のことは人々は理解できない。そうなってくると、どれだけの害があるかを理解してもらう工夫をいかにするのかが非常に大事です。
それを踏まえた上で核を減らし核拡散防止をしなくてはならないのですが、9・11後はテロリストが核を使うんじゃないかと非常に危機感が高まっています。あるいは北朝鮮がNPTから脱退して核計画を進めているということがわかった段階で、またはイランに核疑惑が持ち上がった時に、拡散を止めなきゃいけないと。ところが拡散防止を今回の会議で議論しようとしてもなかなか各国はそれに乗ろうとしない。なぜかというと、軍縮がそもそも進んでないじゃないかという議論があって、それが進まないならば不拡散の努力にはこれ以上協力できないという国があるからなのです。
そういう議論は当初から予想されていたので、事務総長のメッセージの中に二つの問題両方に取り組むべきこと、しかもどちらかを片方の人質にとってはならないことをちゃんと入れたんですけどね、実際会議ではまさにそういう状況になってしまった。それが失敗の基本的な原因です。事務総長は今後ともこれを克服すべきだと訴え続けます。おそらく極端な国を除いたほとんど多くの国はそうはいっても核拡散を止めなきゃいけない、そのために協力すべきだと考えているし、核兵器保有国も増やすべきではないという考え方はあるのですが、それを明確に約束しなさいと迫られると皆ちょっと待って下さいとなるんです。そこをもう少し常識論に戻して、もう少し素直に努力できる環境をつくり直すというのが重要です。
■4■ 軍縮・核不散分野で国際社会の現体制が抱える問題
Q.近年のマルチラテラリズムの機能の低下が叫ばれていますが、その原因とは?各国のNPTの信頼が、今回の会議の結果により揺らいでしまったと思われますか?NPT体制全体に直に崩壊の危険が高まったと言えるのでしょうか?軍縮を求める非同盟諸国対一国主義的なアメリカ対マルチを好む欧州などの対立の原因、コメントをお願いします。
A. 今回の会議が上手くいかなかったのは、非常に厳格なコンセンサス・ルールがあって、一国でも反対すると会議が進まなくなる、というのが大きな要因の一つでしょう。これはジュネーブの軍縮会議がなかなか進まないのと同じで、手続き問題決定すら全員意見が一致しないといけないのです。このコンセンサス・ルールを変えようという動きがありますが、変えるのにもまたコンセンサスでないといけないのでなかなか動かない。コンセンサス・ルールは軍縮問題のように安全保障という国家の存亡に関わる非常に重大な問題については、ある意味ではやむをえない面もあります。
軍縮は国家の防衛という主権の中心となる問題なので、もしコンセンサス・ルールを緩めて多数決で決めても、おそらく反対国は離脱してしまうでしょう。そうすると仮に核兵器をやめようという決議を2、3の国が反対したにもかかわらず多数決で通しても、これらの国は核を持ち続けるかもしれない。そうすると何の意味もないんです。ですからそういう国に結論に従ってもらうには、やはりプロセスに入れなくてはいけない、やはりコンセンサスが必要になるというジレンマにあるんです。そこをどう克服するかが非常に難しい問題です。
北朝鮮のように一度コンセンサスで決めても離脱してしまう国もありますが、現システムでは抜けちゃうとどうしようもないんです。そこをどうするか。一つ言えることは、こういうマルチラテラリズムでNPT会議をやって何も結果が出なかったのは物事の流れとしては当然しょうがないので、関心国だけが集まって何かをしようという動きが強まるのはもう避けがたいということです。拡散安全保障イニシアティブ(PSI)の推進は、会議が失敗した状況を踏まえるとまったく好ましくないとも言えない。この動きがNPTと同じ方向に進み、条約を補完し強化する限りは悪いこととは言えないですね。
他には原子力供給国クループ(NSG)っていうのがあります。これは基本的に原子力関連資機材・技術の輸出管理ですけど、テロリストを匿っている疑義のある国などには流さないように規制を強化する。これは基本的にはNPTの趣旨に沿うわけですが、現実には疑惑を否定する国にも輸出が制限される可能性があり、それらの国は核の平和利用の権利が侵害されると不平を言っている訳です。その辺りの線引きが難しくなってくるんです。現状は輸出側が正しいと思う所で線を引いているのですが、輸入する側も話しあいに加わって公正に線を引くべきだと言う議論があります。それはまさに今回の会議で検討すべき項目だったんですが、それを含めて何も結論が出ずに終わってしまった。そうすると、皆で集まって結論が出なかったんだから自分らでやるしかない、となる訳です。
だからといってNPT体制が崩れるかと言うとおそらくそうはならないでしょう。但し、あきらかに信頼は薄れるだろうし、NPTに入る意味を疑問視する声は益々強まるでしょう。例えばエジプトのような国はそういう考えをもっているんですね。「自分はNPTに入ったために色んな輸入輸出制限を受ける、IAEAの査察も受けなきゃならない。なのに隣のイスラエルは条約に入ってないから特には問題はないとされ、核も持っているらしいし、まったく野放しになっている」と、不満は強まる訳ですよ。それが、エジプトが今回の会議で非常に抵抗した基本的な原因です。
それから、例えば北朝鮮が条約を脱退し核兵器の開発を進めていると、周りの国が「何で自分たちは妥協しなくちゃいけないんだ」と考えるのは自然の成り行きでしょうね。そもそも北朝鮮のような国が核への道に進まないように自分らは非常に複雑なIAEAの査察等を受け入れているのに、一体それを受けて何の意味があるのかと思うで しょうね。だんだんIAEAの査察なんてまともにやってられないといった国が増えてく る。ですから非常にマイナス効果が大きいんです。
ただし、だからといって日本等の国が政策を変更して核兵器の計画を進めるかというと、おそらくそうはなりません。やっぱり日本国民の総意がなかなかそうならないでしょう。ですからいろんな危機が訪れると言われていますけど、かといってそれはエジプトにしたってじゃあ明日脱退を宣言して核軍備が進むかと言うとそうは簡単にいかないんですね。NPTはすぐには崩壊しないと思いますが、だんだん説得力・影響力が弱まるのは避けられないでしょう。
■5■ 米国
Q.この分野でのアメリカのリーダーシップの重要性とは何でしょう?同盟国として日本ができる役割とは何だとお考えですか?
A.今回の会議に限って言えば、アメリカはおそらく核不散、特に北朝鮮・イランが核計画を進める問題を止めようという政策目標があったと思うのですけれど、会議で何ができるのかを冷静に政治学の手法に基づいてシミレーションをしてみれば、その目標は達成できないという結論に達したと思うんです。コンセンサス・ルールですからイランが反対をし、北朝鮮に同調する国なんかが反対したら何ら 同時に、逆にアメリカに対して核軍縮をもっと進めなさいという要求が出ることが予想されていたのですが、アメリカは国防省を中心に、今これ以上はっきり約束はできないという議論が非常に大きい。彼らも会議に臨むにあたってここは守らなきゃいけない、ここは取りたいという立場があったはずですが、分析してみると取る方は取れそうにない、そうなると守る方で譲ることはないという結論に至ったんじゃないでしょうか。現政権の中心的考えは、世界の民主主義・自由経済体制の維持にはアメリカが強くなければいけない、そのためには核も持たなくてはいけないというものなんです。ですのでそれを制約したり軍縮を進めようという議論については、今は気にしない方がいいという結論になります。今の核軍縮の状況を前に進めるためには、アメリカが考え直してくれないといけないですね。
しかし核兵器は非常に威力の大きい兵器で、どんなに小さく改良しても、相当の放射性物質による被害がでるわけです。そう考えるとアメリカのような文明国にとっては非常に使いにくい兵器なんですよ。しばらく前にNATO軍のコソボ空爆で、民間人が何十人と乗ったバスが誤って爆撃され被害が出た時にも、アメリカ国内でこういう攻撃はやめるべきだと大きな反響が出たんです。しかし考えてみると世界中にこんなに自国の戦争のやり方を批判できる国なんてそうないですよ。考えてみて下さい、太平洋戦争中の日本でそんなこと言ったらどうなりましたか?旧ソ連時代のソ連でそんなこと言えますか?
ですからいろいろ批判はありますけど、アメリカっていうのは人道的な問題、戦争による被害は最小減にすべきだという意見が非常に強い国なんです。そういう国であればあるほど核兵器が使えない。おそらくこれからどこかの国が核兵器を使うとなると、やっぱり非常に乱暴な独裁国家でしょう。今の共和党の政権は戦争を遂行するため悪いニュースは抑えようとしている。でも残りの半分の民主党はものすごく強く批判しています。少なくともそういうことができる国では核兵器はやっぱり使いにくいんです。私は、アメリカの長期的利益から言えば核兵器はなるべく使わないように、できるだけ早く減らすように、リーダーシップを取ったほうが賢明だと思います。そういう風にアメリカが考えを変えてくれれば軍縮・核不散分野で世界を引っ張って行けるしね。しかし今は残念ながらそういう考えが主流を占めていないんです。
日本は非常に難しい立場にあって、同盟国ですからアメリカの軍事力にも依存して防衛をする。その中には核戦力もあるわけで、今からそれを全面的に批判するわけにもいかないんですね。にもかかわらず、日本としてはやはり、国民の過去の体験、現在の世界情勢、それから先ほど申し上げた人道問題に関する先進国としての立場からすれば、やはり核はできるだけ減らして、しかもできるだけ早い時期になくす方向にもっていった方がいいんじゃないかという考えですし、それをアメリカに根気強く説得すべきではないでしょうか。そういった意味でも日本は、核実験禁止条約は早くアメリカも批准すべきだと常に訴えているんです。ですから同盟国であるけれど言うことは言うのが大事なんじゃないでしょうか。すぐには効果は出ないかもしれませんけど、長いこと言い続けるのが大事ですね。
担当:田瀬、小谷