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第12回 菊川 穣さん
UNICEFエリトリア事務所 HIVエイズコーディネーター



(オフィスにて)

略歴: きくがわゆたか 1971年神戸生まれ。University College London(ロンドン大学ユニバーシティーカレッジ)にてBA(地理学)、及び、同大学教育研究所(Institute of Education)にてMA(教育社会学−政策研究)を取得。卒業後は、約2年間、国内で民間シンクタンクに勤務し、各種官公庁から委託された教育分野を中心とした調査研究に従事。98年から、JPOとしてUNESCO南アフリカ事務所で教育担当官として2年間勤務。その後、UNICEFに異動し6年半弱。レソト、エリトリアでの現地事務所では、HIVエイズ分野を中心とした業務に関わる。


国連フォーラムの皆様こんにちは。私は、現在、ユニセフ(UNICEF: 国連児童基金)エリトリア事務所で、HIVエイズコーディネーターとして働いています。もともとの専門は教育政策で、東京でのシンクタンク時代、そして、プレトリアのユネスコ(UNESCO: 国連教育科学文化機関)時代は、様々な教育分野における調査研究に関わる仕事が主でした。しかし、ユニセフに異動してからは、エイズ予防教育をきっかけにHIVエイズの分野に関わっていくことになります。よって今回のフィールドエッセイでは、国連にとっての重要課題の一つである、アフリカにおけるHIVエイズ対策、特にその調整業務について私のユニセフでの経験を中心に書いてみます。


(UNFPAとのジョイントプログラム(JP)のフィールド視察にて)

UNAIDSの報告によると、全世界で約4000万人いるといわれるHIVエイズと共に生きる人達(People living with HIV/AIDS: PLWHA)。その内、約2500万人が、サハラ以南のアフリカに住んでおり、この事実が、サハラ以南アフリカ社会経済システムに与える影響は計りきれないものがあります。言い換えれば、旱魃、貧困、地域紛争とあらゆる苦難に見舞われる中、なんとか築いてきたサハラ以南アフリカ諸国の開発への道筋を、HIVエイズという感染症が閉ざしかねないというほど自体は深刻な状況です。

そういう中、初動の遅れが批判された国連ですが、現在では、まさにAll UNによる総動員体制。UNAIDSのメンバー構成を見るまでもなく、ほとんどすべての国連機関がなんらかのHIVエイズ対策に関わっています。エイズの影響が最も深刻な南部アフリカ諸国のように、エイズによって、教育、保健医療、農業等、あらゆる分野で技術を持つ労働者が失われている状況では、単なる感染症対策という枠を超えた、各セクター横断的な対策が必要ですから。


(スーダンとの国境に近い町でクナマ族の兄弟)

しかし、HIVエイズ対策はなかなか一筋縄では行きません。対策の中身を見ても、もともと非常に高価だった抗レトロウイルス剤を使った治療が途上国でも行われるようになったのは、ここ3−4年のこと。セックスワーカーや兵士等、特にHIV感染リスクが高いグループを対象に、予防活動が、いわゆるABCアプローチ(Abstinence:禁欲、Be faithful:貞操、Condoms:コンドームの使用)を中心に実施されてきていますが、宗教、伝統的文化との葛藤があります。また、性交渉が主な感染ルートであることや、依然エイズが完治できない病であることに起因する、PLWHAに対する社会からの強い差別、偏見が、効果的なHIVエイズ対策を難しくしているのも事実です。

各セクター横断的な対策というのも、考え方自体を否定する人はいません。しかし、これを実施するとなると、これまた、調整のための調整を多数の関係者の間で行わなければならないため、そのための労力、時間も馬鹿になりません。UNAIDSが、各国連機関の間での重複を避けるためにまとめた分業マトリックスによると、なんと11の国連機関(UNAIDSコスポンサー10国連機関、すなわちUNHCR、ユニセフ、WFP、UNDP、UNFPA、UNODC、ILO、ユネスコ、WHO、世界銀行に、UNAIDS自体を加えたもの)が、17の分野で関わっているのです。例えば、教育機関を通した予防活動は、ユネスコ、ユニセフ、WHO、UNFPA、ILO、WFPが関わっており、ユネスコが調整役(リード機関)、学校外での予防活動は、同様の機関プラス、UNODCが関わっているが、調整役はUNFPA等…。このマトリックスを見た、日本の中央省庁で働く知人は、その複雑さに仰天していました。


(ユニセフのドライバーと紅海沿岸にて)

本部レベルのマクロな政策調整ですら、この複雑さですから、況やフィールドの状況をやです。例えばこんな感じです。

…学校でのHIV予防活動が重要だ、よし、ユニセフとしては、ライフスキル教育のプログラムを教育省と一緒に作ろう。そうそう、UNFPAは、セクシュアル・リプロダクティブヘルスの分野でカリキュラム改革に貢献できる、しかし、誰か担当者はいるの? おお、WHOも保健省を通して何かやろうとしているけど、教育省の担当者は聞いていないって怒っているよ。え、世銀の人に聞くと、彼らもライフスキル教育プログラムを支援しているようだけど、教育省の人は何にも言ってないな…、グローバルファンドからもお金がついているという話もあるし…。そもそも、リード機関のはずのユネスコはどこ???…

国際NGOや二国間援助機関の数が非常に少ないエリトリアのような小さい国で、こんな状況ですから、ウガンダやモザンビークのような大きな国での状況は、それはそれは大変なようです。実際のところ、こういったHIVエイズ分野で各種機関が入り乱れる状況を憂慮し、多くの途上国政府は、大統領府に国家HIVエイズ調整局のようなものを作り、各援助機関、そして、各関連省庁間の調整を図ろうとはしています。しかし、これまた、各関係省庁の人材の質、やる気、理解度がバラバラであったり、お互いのエゴがぶつかる対立も少なくありません。


(50℃の砂漠でのタイヤ交換!)

国連機関に対してのUNAIDSの位置づけも似たようなものがあり、おそらく国家エイズ調整局の運営よりさらに困難だと思われます。各国のUNAIDSのトップは、国別調整官(UNAIDS Country Coordinator: UCC)で、国連常駐調整官(UNRC)に報告する意味においては、整合性と威厳をもっていますが、調整される各国連機関のHIVエイズ担当官は、人事上はUCCになんら報告の義務はないし、予算的にも決定権はありません。確かに、こういった問題を改善するために、まずは、各国レベルで、各国連機関の担当者とUCCから構成される国連合同チーム(Joint UN Team on HIV/AIDS)を作り、このチームが、国連合同HIVエイズプログラム(Joint UN Programme on HIV/AIDS)を実施するというシステムを制度化しようとしています。事務総長から各国のUNRCにこのためのレターが届くなど、まさにフィールドレベルでの国連改革として期待されている面もあるようですが、多くの国連機関(ユニセフも含む)は、ちょっと様子見のところがあるようです。それもそのはず、ある意味でのこの計画は革命的で、各国連機関のHIVエイズ担当官は、皆、UNAIDSに出向!国連のHIVエイズに関わる活動は、これから、すべてUNAIDSが実施、というシナリオが究極にはあります。だいたい後者の合同エイズプログラムって、UNAIDSの正式名称ですから…。

さらに困難なのは、こうした調整の問題はユニセフという組織の中でも起こることです。実際、HIVエイズ分野は各セクター分野にまたがっており、いろいろな分野のいろいろな職員がHIVエイズ分野に関わっています。保健医療セクターは、母子感染予防やら、抗レトロウイルス剤を使ったエイズ治療などを行い、教育セクターは、学校やコミュニティーにおけるHIVエイズ予防のための教育。そして、子どもの保護の分野では親をエイズで亡くした遺児に対しての特別の福祉事業をするのが重要な仕事です。しかし、ユニセフにおいても教育、保健、子ども保護等、職員は皆それぞれの分野での専門家であり、セクター横断的な調整というのは、なかなか大変なのです。みな経験のあるベテラン職員たちですし、年齢も上であったりと、調整にはいろいろと苦労は絶えません。


(ティグリニア族の子ども達)

調整という仕事は、普通、自分自身が管理職になってからしますよね。つまり、アメと鞭(人事権や予算権)を持っているから、調整業務が可能だというロジックだと思います。よって、代表か副代表が、自分の仕事をやってくれれば、多く調整業務は楽になるのにと愚痴も言いたくなりますが、私自身は、日々楽観的に楽しく仕事はしています。それは、やはり得るものが多いと思うからです。誰も、他者を調整したいと思っても、調整されたいとはあまり思いませんよね。私としては、このロジックを逆手にとり、みずからは調整されるように振舞おうと心がけています。

対外的には、この分野はユニセフだけでできるけど、敢えて他機関(ユネスコ、WHO、UNFPA)を巻き込もうとか、その場合、出来るだけ、ユニセフはでしゃばらずに可能な部分は他人に任せようとか。ユニセフ内部でも、自分は報告書や計画書を書いたり、ドナーとの連絡等、資金の調達業務には責任をもちますが、一旦調達したお金は、各セクターの皆さん責任もって期限までに決められた通り使ってくださいね、とか。こうすることによって、自分が学べることは多くなります。特に、自分がされて嫌な調整指示は、人にしてはいけないということを、いくつかのパターンを通して学べるのが貴重です。

それから、大切だと思うのは、何のための調整をしているのか、常に問い続けることですね。フィールド勤務であっても調整の仕事は、ある意味で会議室でおきています。下手をすると、調整が至上目的になってしまいかねない状況もあるのですが、そこは踏ん張るようにしています。行き詰った時は、プログラムの現場を訪ねて自問します。


(UNFPAとのJPの現場にて)

ユニセフとユネスコが業務調整することで、一人でも多くの生徒がエイズ教育を受けられるようになる。ユニセフとUNFPAが協働することにより、一人でも多くの兵士がコンドームを使えるようになる。世銀の資金で薬を購入し、ユニセフとWHOは医療関係者の訓練を支援することによって、より多くの子ども達が抗レトロウイルス剤治療を受けられるようになる。UNAIDSによる調整で、政府の担当者の計画立案業務が簡単になる。究極には、こういったプロセスにより、ドナー各国の税金や募金がより有効に使われるようになる。

幸い、こういった調整業務の仕事を評価してもらったのか、現在、私は、UNDGのジョイントプログラムに関するグローバルリソースパーソンの一人に選んでもらえました。UNAIDSの、東南部アフリカ地域のアドバイザー達を対象としたワークショップでプレゼンテーションを頼まれたり、昨年11月にNYであった、ジョイントプラグラムをより効率的に計画運営するための訓練モジュールを作るための会議に参加することができました。こういった場面でも、忘れないようにしたいと思っています、エリトリアの子ども達のこと、そして、先進国のドナー達のことを。

 

(2007年1月18日掲載 担当:井筒)


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