サイト内検索


第44回
池田直史さん
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)南スーダン事務所 保護官補
第43回
森純一さん
国際協力機構(JICA)ハノイ工業大学技能者育成支援プロジェクト専門家

第42回
合澤栄美さん
国際協力機構(JICA)広報室報道課   


第41回
帯刀 豊さん
UNHCRバスラ/イラク事務所  


第40回
牧 秀崇さん
日本国際協力システム


第39回
矢田貝久美子さん
UNEPジャマイカ事務所


第38回
京靖子さん
アルメニア開発機構(ADA)


全タイトルを見る⇒




第45回 石井はるかさん
国連開発計画(United Nations Development Programme: 以下UNDP)カンボジア事務所・ 
ジェンダーに基づく暴力(Gender-Based Violence: 以下GBV)専門官


バングラディッシュでOSSCについての議論の後。南南協力の一環。

 




石井はるか(いしい・はるか)東京都出身。早稲田大学で社会科学を学び、米国ニュースクール大学院にて国際情勢学・人権専攻修士課程を修了。国連本部事務局経済社会理事局・障害者権利条約、香港の人権NGO、国連人権高等弁務官事務所(ジュネーブ)女性差別撤廃条約にてインターン・勤務などを経て、2011年6月より国連ボランティアのGBV 専門官として、UNDPカンボジア事務所にて勤務。

 

<はじめに>

まず初めに、幸運にも私が現在のポストで働く機会に恵まれた経緯から簡単に紹介させていただきます。私は「広島平和構築人材育成事業」の研修生として、UNDPカンボジア事務所での国連ボランティアのGBV 専門官 として派遣されました。広島平和構築人材育成事業は外務省委託の人材育成事業であり、研修生に選ばれると国内での研修の後、国連ボランティアとして1年間国連機関や国際機関、NGO等に派遣されます。そのような経緯により、当初2011年6月より一年間の予定で現在の職務に就きました。なおUNDPカンボジア事務所事業内容などの背景知識につきましては、文末に記述しておりますのでご参照ください。

 

<GBV専門官としての職務>

UNDPカンボジア事務所の事業の柱は、貧困削減、ガバナンス、そして環境の三つです。私はその中でも、ガバナンスに位置づけられる「ジェンダー平等のためのパートナーシップ(以下事業名の略であるPGEIII[1] )」という事業を担当しています。 ここからは、私の具体的な職務について少し説明します。

〜GBV被害者へのサービスの向上に向けて〜

カンボジアの女性省[2] 大臣は、GBV被害者が一か所ですべて必要なサービスを受けられる施設(One Stop Service Center: 以下OSSC)の設立が必要か、そしてそれが可能かどうかについて、高い専門技術と調整能力を持つUNDPに調査を求めました。UNDPはこの要請に応え、 GBV被害者との対話はもちろんのこと、国連機関や様々な各国開発機関、NGOなど多様な関係者100人以上に対して大規模な対面調査を行いました。関係者の中にはOSSCの必要性や実現可能性、そのような施設ができた場合の持続性等に疑問をもっている方もおり、関係者との協議過程は複雑、困難を極めました。

具体的には、初期の段階より女性省、社会福祉省、教育省、司法省、保健省をはじめとした関連省庁・関連国連機関や国際機関、NGOなどを調査特別委員に任命し、女性省大臣を議長に迎え数多くの協議を行いました。これらの会議では調査の目的から始まり、対面調査時の質問事項や実現可能性、またその調査結果に基づいた事業形成の提案や推薦まで、幅広い議論が長時間かけて行われました。その甲斐あって、初期にはOSSC設立に関して意見が分かれ、合意の形成はほど遠い状況でしたが、最終的には多くの関係者の間で共通理解と支持を得ることができ、女性省大臣にも無事認可されました。

また、南南協力(South-South Cooperation) [3] の観点より、すでにOSSCが設立されている国へ関連省庁の多数の副大臣を含めた調査出張を行いました。事前調査の結果によりバングラデシュが訪問地として選ばれ、私は責任者として日程案策定からUNDPバングラデシュ事務所、同国女性・子ども省、NGOとの調整や、この調査出張を支援して下さった国連児童基金(UNICEF)、国連人口基金(UNFPA)、GIZ(ドイツの開発援助機関)との調整など多岐にわたる業務を行いました。OSSC設立は各関連省庁からの協力なしでは成立しないものであり、この調査出張により各省庁の関連政府高官が実践的な知識を得たことは、その後の実施過程において不可欠なものでした。

さらにこの調査終了後も、OSSC設立推薦事項実行に向けて関係省庁やドナーに対して度重なる協議を行い、理解の促進に貢献してきました。その結果、あるドナーの協力のもと試験事業(パイロット・プログラム)が実施されることが決まり、そちらにも引き続きUNDP・PGEの担当として技術支援を行っています。さらに、このOSSC設立推薦事項を次期「女性に対する暴力撲滅国家行動計画」に含めるため、UNDP・PGEの担当として諮問委員会や政府主導のGBV専門官委員会に所属し、技術支援を続けています。

また、追加の関連調査としてOSSCとHIVという研究がUNDPバンコク地域事務所の主導のもと行われ、関連省庁の関係者に研修を実施し、HIVとGBVの関連性の理解を深め、次期「女性に対する暴力撲滅国家行動計画」にHIVの要素を含めるという活動も国連女性機関(UNWOMEN)や国連合同エイズ計画(UNAIDS)とともに行っています。


家庭内暴力に関するコミュニティの能力強化に向けた活動の説明を村長や関係者にしているところ

 

〜アジア太平洋地域におけるGBV「予防のためのパートナーシップ」〜

UNDPはまた、UNWOMEN、UNDP、UNFPA、国連ボランティア計画(UNV)が共同で行う、アジア太平洋地域におけるジェンダーに基づく暴力の予防に関する「予防のためのパートナーシップ」の一環としてさまざまなGBVに関する調査研究にも貢献しています。この「予防のためのパートナーシップ」という事業は長期的な成果として、アジア太平洋地域の特に男性と少年の行動や態度の変化を通しジエンダーに基づく暴力の蔓延の減少を目指しています。さらに男性と少年を予防活動に組み入れるための組織の強化やジェンダーに基づく暴力の予防に対する政策の強化にも取り組んでいます。

カンボジアでは、「予防のためのパートナーシップ」の一環として、例えば新たに策定される女性に対する暴力撲滅の国家行動計画の実施を効果的に効率よく支援をするために、地方から中央レベルまでの政府関係者に対し現在の「女性に対する暴力撲滅国家基本方針」やジェンダーに基づく暴力に関する知識や態度の調査、男らしさとジエンダーに基づく暴力の関連性の調査に技術支援を与えるなどして関わっています。

〜GBVを違った視点からみてみる〜

GBVが社会に与える直接的・間接的費用とその効果に関する調査研究にも技術支援を提供しています。GBVは被害者や被害者家族に対してだけではなく社会全体に影響を及ぼし、代償を与えます。このようにGBVを違った観点、経済的観念からも調査し分析することは、GBVの問題をジェンダー・人権の問題としてだけ考えるのではなく、社会全体の問題であるととらえ、より多くの主体や政策立案者の関心をとらえるためにも大変重要な取り組みです。


トレーニングの後、コミュニティにて村民が家庭内暴力についてのグループワークを行っているところ

 

〜「家庭内暴力に関するコミュニティの能力強化」〜

カンボジア女性省の「家庭内暴力に関するコミュニティの能力強化」という活動も支援しています。この活動はNGO、他の国連機関や開発機関の手の届いていない地域において、女性省の県支部、地域支部との協力体制のもと、コミューン長[4] や村長、コミューン協議会より任命されたジェンダー担当者[5] 、ボランティアの村民に家庭内暴力に関する研修を提供して、コミュニティにおける人々の家庭内暴力に関する認識・理解を深め、地域において家庭内暴力に対処する能力を高めようという活動です。

さらに、研修を受けた後に彼らは各村に戻り、研修で得た知識を村民と共有し、コミュニティで被害者の要望に基づいて、被害者が必要なサービスを効率よく受けられるための情報制度を構築するということが活動の目的となっています。また、家庭内暴力に関する研修を提供すると同時に女性省支部の職員の能力強化を行うことにより、UNDPの支援終了後も女性省の職員が他の州・地区・コミューンで同じ活動が行えるような持続可能な活動を目指しています。


家庭内暴力に関するコミュニティの能力強化ネットワーク会議にて、警察との関係強化

 

この活動は、カンボジアにおいて多くの家庭内暴力の被害者がまず助けを求めるのは村やコミュニティの長であるという調査結果に基づき、コミューンと村の長の能力を高めることを目的としています。カンボジアではNGOの活動地域に偏りがあり、居住地域によって家庭内暴力被害者の方が受けられるサービスにかなり違いが出てしまうという問題があります。また、州都でしか受けられないサービスも多いのですが、離れた村に住んでいる村民にとって州都まで必要なサービスを求めて出向くということは金銭的にも精神的にも容易なことではありません。そのため、コミューン長や村長などコミュニティの能力を強化することは家庭内暴力被害者の要望に効率よく応えるために不可欠であるといえます。

これらは、過去にHIV/AIDSの研修として同じ技法がとられ、非常に高い効果を得られたため、カンボジア社会における大きな問題の1つでもある家庭内暴力の問題にも適用できるのではないかと、実施しているものです。ただ、低識字率の問題等により研修マニュアルの作成などに時間がかかり、この活動はまだ始まったばかりで試行錯誤していますので、また違う機会に皆さんに詳しく説明したいと考えています。

以上、私の具体的な職務について簡単に紹介しました。UNDP事業におけるGBV要素はあまり大きくないため、国連ボランティアである私にかなりの権限が与えられ非常にやりがいのある仕事をしています。前述のようにカンボジアにおいてGBVの分野は多くの国連機関や国際機関が活動を行っており、国連ジェンダー調整会議をはじめ様々な協議機会がありますが、UNDP・PGE担当官としてこの様な会議に出席し、他の機関の取り組みにも積極的に関与できるのは私自身にとり貴重な経験です。さらに新たに作成される「女性に対する暴力撲滅の国家行動計画」の作成特別委員会にも関わっており、毎日が大いに勉強となっています。


家庭内暴力に関するコミュニティの能力強化に向けた活動の場で、村長自ら積極的に村民と議論しているところ

 

<政府担当者とともに働くということ>

次に、政府担当者と共同チームで働くということについて少し触れたいと思います。 PGEIIIはUNDPの事業の中でも国内の関係者の役割を重視する実施形態(NIM[6] )で行われています。NIMは政府側の担当部局であるカンボジア女性省が主体となって事業を実施し、UNDPは政策助言や活動の実施・促進支援などの技術支援を通して関わるというものです。NIMは国家のオーナーシップを高め、政府の担当者との距離を縮め、実際の要望に基づいた能力構築が可能であるという点ではたいへん大きな利点があると同時に、多くの困難を秘めています。

例えば、政府担当者は所属している課の活動や他のドナーとの活動などの合間に国連との事業に関わるということであり、実際にUNDPの活動に割ける時間は極めて限られているという現実があります。特にこの点については、女性省の能力ややる気のある職員は複数のドナーの窓口に任命されていることも多く、ともに働くというのもなかなか簡単にはいきません。

またUNDPと女性省ではさまざまな規則が違いますので、一つひとつの規則を細かく説明し理解してもらわなければなりません。中でも財務に関する規則は違いが多く、理解を促すのに非常に苦労します。さらに最も難しい問題としては、さまざまな問題について女性省とUNDPが必ずしも同じ意見を持っているわけではなく、混合チームにとって複雑な状況が生まれることも多々あります。加えて、事業を通して政府担当者の能力を分析し、作成した計画に基づき能力強化を行いますが、一度技能や能力を身に付けた政府職員がNGOなどの給料や待遇の良い仕事に移ってしまうといった難しい問題とも直面します。

その上私の場合、PGEIIIの事業部長の副大臣とGBV担当の副大臣が違い、副大臣間の調整も難しい問題の一つです。このようなことは政治的に繊細な問題ですから細心の注意を払い、すべての関係者と良好な関係を築くことができるよう日々努力しています。忙しい時などには「自分ですべてやってしまった方が早いのに」というジレンマに悩みながら、日々能力強化の難しさを実感しています。このように難しい点は多々ありますが、国連はこの地での仕事を減らし、最終的にはカンボジア政府がすべてを担っていくわけですから、政府担当者の能力強化に関わるというのは重責であり、大きなやりがいを感じます。


活動に参加する村民のボランティアの選別の為のインタビュー

 

<終わりに>

私の場合は外務省平和構築人材育成事業に研修生として支援していただいた1年間が終了後、UNDPの要請により契約を延長することができ、UNDPが経費を負担する国連ボランティア・GBV専門官として現在に至るまで勤務を続けております。UNDPが契約延長を申し出てくれたことは、毎日手探りながら必死にやってきたことが評価された、という思いで感極まるものでした。また、契約を延長した時に政府の担当者が、「はるかと働くのは厳しいけれどもっともっと一緒に働いていたい」と言ってくれた時には、それまでの苦闘や苦悩が吹き飛ぶ思いでした。

日々の生活はめまぐるしい忙しさで、何かと余裕をなくしがちですが、そんな時にふと触れるカンボジアの人々の優しい言葉、また家庭内暴力に関する研修を行っていた際に、自分のコミュニティから家庭内暴力をなくしたいと熱心に語るボランティアの方に触れたり、構築しはじめた情報制度によって家庭内暴力被害者に効率よく必要なサービスを提供できたと聞いた時などは、自分がなぜこのような仕事に就きたかったのかという原点を思い出すと同時に、このような活動に関わることができて本当に良かったと涙が出る思いでした。

カンボジアでは毎日が勉強であり、一筋縄ではいかないことも多く、頭を抱える日々ですが、一つひとつの経験から学び、自分なりに少しでも成長していければと思っています。まだまだ駆け出しの私ですが、このような経験を通してさらに知識を増やし、微力ではありますがGBVの問題に私なりに誠心誠意取り組んで、少しでも貢献することができればと考えています。

 

<背景>

〜UNDPカンボジア事務所と私が従事している事業との関係について〜

UNDPカンボジア事務所の事業の柱は、貧困削減、ガバナンス、そして環境の三つです。私が担当するPGEIIIはそのうちのガバナンスに位置づけられています。 PGEIIIは2011年から2015年までの取り組みであり、カンボジアの国別事業行動計画の成果3「2015年までにジェンダー格差を減らし、すべての女性、男性、少女、少年は平等の権利を享受し、行使することを目標にする」に対応しています。

余談ですが、国連開発枠組み(UNDAF)2011-2015という、開発に関する国内共通の問題について、国連と政府の合同の評価結果に基づいて作成された文書があります。 カンボジアのUNDAF2011-2015はジェンダーを分野横断的な問題として捉えるだけでなく、ジェンダー平等を5つの成果のうちの1つに定めたという非常に画期的な文書となっており、カンボジアにおいて国連がジェンダーに重きを置いているというのがみなさんにもお分かりいただけると思います。

参考までにUNDAFの成果3は、1)既存のジェンダー主流化枠組みの強化 2)女性の労働条件の改善 3)女性の参画の促進 4)GBVの問題への取り組み 5)ジェンダー平等を促進する調和のとれた援助環境づくり、の5つの要素を通してジェンダー格差を減らし、男性と女性のさらなる平等な権利の享受の達成をめざすというものです。長くなりましたが、私の働いているPGEIIIはこのような背景を基にカンボジア女性の選択肢を増やし、社会的地位の向上を促すとともに、女性の権利のさらなる保護を促し、男女共同参画と女性のエンパワーメントを目指すというカンボジア女性省の任務を技術支援を通して支援しています。

〜PGEIIIについて〜

PGEIIIは 大きく分けて3つの要素で構成されており、1つ目に主要な分野においてジェンダー平等を志向する政策・予算を打ち出し、その実施を支援し監視すること、2つ目に女性の経済的エンパワーメント、特に女性が経営する小規模ビジネスの支援やジェンダーの視点を考慮したビジネスの開発を支援すること、そして3つ目に私の担当しているジエンダーに基づく暴力(GBV)に対する予防策や救済的措置の拡大を支援すること、を掲げています。

具体的にこの事業の実施部隊は女性省の職員とUNDPの職員の混合チームとなっており、事業部長として女性省の副大臣、運営責任者として女性省男女平等化課長がおり、UNDPからはジェンダー政策顧問と事業運営の専門家が参加しています。
さらに、PGEチームの事務所自体が女性省の建物の中にあり、国家のオーナーシップを強く反映した事業になっています。3つの事業要素それぞれにおいて、UNDPの専門官1名と女性省の担当官2名がチームを組んで取り組む体制となっていて、私が担当する要素の場合はGBV専門官である私と、女性省法的保護課の副課長及び課長補佐で構成されています。



 

[1] PGEIII: Partnership for Gender Equity III

[2] カンボジア女性省: Ministry of Women’s Affairs: National Machinery for the promotion of gender equality and the empowerment of women.ジェンダー平等(男女共同参画)・女性のエンパワーメントを促進するカンボジア省庁。

[3] South-south Cooperation: 南南協力-とは、開発途上国同士が、政治、経済、社会、環境、技術などの分野において、相互に協力するための枠組みであり、二国間あるいは多国間で行われます.(UNDP, JAPAN)http://www.undp.or.jp/undpandjapan/tcdc/

[4] カンボジアの行政区分は州・地区・コミューン・村という単位になっています。

[5] ジエンダー担当者はコミューン評議会により任命され、女性と子どもに関する問題の窓口とされています。

[6] NIM: National Implementing Modality

本稿は、2013年3月の情報をもとにしています。.本稿はあくまで筆者の個人的立場と考えに基づいて書かれたもので、必ずしもUNDPの見解を代表するものではありません。

 

(2013年6月28日掲載、担当:花村百合恵 田瀬和夫 佐伯康考、ウェブ掲載:田瀬和夫)