同じ時期のインターンと共に
第47回 上野明菜(うえのあきな)さん
サセックス大学 大学院 開発教育学 修士修了
インターン先:UNESCOバンコク事務所アジア太平洋地域教育支局・教育政策課
期間:2012年10月中旬〜2013年1月中旬 (3カ月間)
1.はじめに
2012年10月から2013年1月までの3か月間、ユネスコ・バンコク事務所の教育政策・改革課(Education Policy and Reform (EPR))ユニットでインターンを行いました、上野明菜と申します。この体験談が、国連機関でのインターン(特にUNESCOなどの政策系)を希望する方々に少しでも参考になればと思います。2.インターンの応募と獲得〜準備・渡航まで
私は、在シンガポール日本国大使館にて2年間、日本で高校教員として4年間勤めた後、大学院で開発教育学を専攻しました。シンガポールの「人こそが資源」という考えに基づく教育重視の政策が国家の発展に大きく貢献した事実に感銘を受けたことや、出張先の途上国で保健・医療が不十分な状態を目の当たりにして、開発における教育の位置づけとは?その役割とは?という疑問が浮かんだことが進学のきっかけです。
大学院卒業間近になって、学生である今しかできないことはインターンであり、研究分野である東南アジア諸国の初等教育の質、教員教育について政策側から見るにはユネスコ・バンコクであると思い、応募しました。大学院では、教授法や教材の質に関する授業を選択し、政策の授業を取れなかったため、教育政策分析とは何かを学ぶ目的もありました。また、論文執筆中にユネスコのデータや文献を参照することが多く、編集側のデータ収集、分析方法そのものにも興味がありました。
インターン募集が発表されたのは大学院修了直前。偶然、大学院の先輩がユネスコ・バンコクの職員の方とつながっていたので連絡を入れてくれました。その後すぐに応募し、電話面接を経て決定しました。応募時のCVでは、大学院で履修した授業名・内容よりも、実際に行ったリサーチや論文のテーマを選んだ理由など、自分は何を考えてどのように行動する人間かを伝えられるように書き、職歴欄では成果とスキルに重点を置きました。電話面接では表情が見えないため、明るい声ではっきりと話すことを心がけました。またCVと同様、自分がインターンとして入ったらどの様に貢献できるか、なぜインターンをしたいのかを自分の言葉で伝えることが大事だと思います。
実際、面接で印象に残った質問は、「あなたは何ができますか?」と「あなたのやる気について聞かせて下さい。」でした。特に前者はインターンといえども即戦力を求める国際機関らしい質問だと思います。渡航費や生活費などインターンに係る費用は全て自己負担だったので、経済的に厳しい面もありました。しかし、本部のあるパリではなく物価の安いバンコクだからこそ実現できたと思います。スペインのインターン生は政府からの費用援助があるそうで、日本政府も国際機関の邦人職員数増加を目指すのであれば国連インターン生に対する支援も今後検討して頂きたいです。
タイの首都バンコクは、近年急速に経済成長を遂げる東南アジアの大都市ですが、物価は日本や他の先進国と比べると断然安く、治安も普段ルールを守って注意をしていれば特に不安は感じませんでした。物価は、例えば屋台やフードコートで1食120円〜200円、BTSと呼ばれる電車は1区間約50円、家賃は中心部の便利な立地で1人暮らし用の部屋なら月3万円程です。日本のあらゆる物が簡単に、比較的安く手に入る上に親日国であるため、日本人にとってこんなに住みやすい外国の都市はないと思います。よって、インターン中に住環境でストレスを感じたことは一度もありません。
3.インターンの内容
ユネスコバンコクの教育分野は6つの課に分けられ、その1つであるEPRはアジア太平洋諸国のためのより良い教育政策推進を主な任務としています。他にも、教育の質(教員教育など)、中等教育、職業訓練教育などのテーマに従事しています。当時5名いたインターンには直属の上司にあたるスーパーバイザーが割り当てられ、その方の担当分野に関する業務を補佐しました。私は面接時の希望通り教育政策の分野を主に担当し、まず約50ページの中国の教育政策レポートの概要作成を担当しました。慣れてきた頃にはASEAN+6の教育政策レポートの一部を担当し、日本を含むアジア諸国の学校内・学校外学習時間と教員の労働環境を調査し、教育制度を比較・分析して結果を文章にしました。
このように、各国の教育省や研究機関からデータを集めて分析、文章化するというデスクワークが主でしたが、大学院時代のリサーチ経験が活かせたと思います。一方で英語を母国語とするインターン生は、会議のスピーチライターとなるなど語学力を活かす仕事もこなしていました。英語のレベルで任される仕事の重要度が違うこともあり、気を落としたりもしましたが、それは自分の能力に対する反省や今後の目標につながりました。
また、教育政策の実行者である教員、受益者である子どもたちと接する機会が皆無で最初は残念に思いましたが、モンゴルで行われた政策関係者向けワークショップのアンケート結果を通して、ユネスコの教育活動に対する感謝と期待を感じ取ることができた時はやりがいを感じました。
4.国連職員(教育スペシャリスト)の働き方
チームワークと協調性が必要な仕事というよりは各自が独立して仕事を進め、専門性と能力を活かして組織から期待されている結果を達成することが重要であると思いました。専門家の仕事は、個人の力量が露呈しやすく、はっきりとした評価が下されるという面では厳しく、一方で担当分野の線引きがはっきりしているので自分で毎日の仕事量を調整しながら業務に取り組めるという利点もあると思います。しかし、インターン生は大学院での授業やクラスメートとの共同課題など集団的な行動が多い学生生活の直後であったためか、もっとチームで仕事をする機会があっても良いのではという意見もありました。
また、職員の方々はワーク・ライフバランスも大切にしている様子でした。レポートの提出や出張、国際会議が目前に迫っている時には夜中の2時3時まで働くこともありますが、終われば休暇を取り完全にリセットをする。特に幼い子どもを持つ職員の方々は家で仕事を続けたり、子どもをオフィスに連れてくるなどして家族と過ごす時間を持つ工夫をしていました。夕方頃にはオフィスが子ども達の元気な声であふれていることもありました。このような柔軟性は今の日本では一般的ではないでしょう。
一方で、教員経験のある人がユネスコ職員にはまだ少ないという声も聞いたので、今後はもっと増えることを願います。また、以前「私の提言」で登場した宮沢一朗さんをはじめ、日本人職員の方々にも大変お世話になりました。皆さん様々な経験を積み、一国連職員として、日本人としていろいろな思いを胸に仕事をしていることを知りました。
職員の方々の経歴は様々で、NGO,教育コンサルタント、YPP(日本人はJPO含む)など大学院を卒業した後は途上国で勤務経験のある方が多いという印象です。また、自分の家族を持つまでは、世界中を飛び回ってできるだけ現場を見るべきだとアドバイスをくれる方が多かったです。
5.ユネスコ・バンコクの教育における役割
世界遺産のイメージが先行するユネスコですが、教育分野では主に「万人のための教育(EFA)(2000-2015)」や持続的開発のための教育(ESD)への取り組みを推進してきました。近年特に注目されている分野は、2012年度のグローバル・モニタリング・レポートのテーマでもある「若者とスキル〜教育を仕事につなぐ〜」です。初等教育の普及は一定の成果が見られますが、その先の教育と個人のスキル向上のための教育が議論されています。アジア太平洋諸国は人口差や経済格差が大きく、文化や使用言語も異なり、各国が抱える教育課題も様々です。その中で、若者に必要なスキルとは何か、それを提供できる教育と学習とは?を再考する時にあります。
人やモノが自由に行き交い、新しい技術が次々と生み出される現代の教育目的は、もはや経済的観点だけでは足りません。多様性への尊厳、価値観とアイデンティティーの確立、批判的思考力、問題解決力など総合的に生きる力を伸ばす教育が求められています。それらのスキルと能力は「21世紀スキル」と呼ばれ、世界が注目しています。また、議論は「教授」から「学習」へ、「何を教えるか」から「どのように教えるか」へと移っています。
その「21世紀スキル」がテーマの会議が、インターン期間中の2012年11月に開催されたのですが、その時のご縁でその続編となるBeyond 2015: Transforming Teaching and Learning in the Asia-Pacific Region(2013年10月開催)に日本の研究者(東京工業大学所属)として参加・発表することができました。現在は、当会議のための日本の教授法に関するレポートを執筆中です。日本の新学習指導要領「生きる力」は参加国の注目と関心を集め、たくさんの質問を受けました。下記のアドレスから日本のプレゼンテーションを含む11か国のパワーポイント・スライドがご覧いただけます。http://www.unescobkk.org/education/educationbeyond2015/expert-meeting-oct-2013/
6.国連インターンを希望する方へ(必要なスキルとは?)
「語学力」
国際機関は総じてレポートを書く機会が多いので、特に英語の作文力を伸ばしておく必要があります。具体的には、ホームページにアップされている記事や出版されているレポートを作成できるレベルです。また、基本的なITスキルはもちろん、ウェブサイト作成・更新などの広報に関わるスキルも重宝されるようです。また、英語以外の国連公用語がビジネス・レベルで使えると仕事の幅が広がります。しかし、語学力を伸ばすのは時間がかかるので、インターンとして飛び込んで、国連機関で働くにはどれくらいの語学力が必要なのかを知る方が良いとも思いました。
「情報収集・分析力」
(1)自国の専門分野に対する政策を理解し、他人に説明できること、(2)普段から専門分野の新しい動きに敏感になること、(3)専門分野について議論や意見交換できる環境を普段から作っておくことが大事だと思います。
「発信力」
具体的には、自己主張、リーダーシップ、アイデアの提案と実行力を意味しますが、国際的な仕事環境においては、これらの自分の成果を同僚や上司に積極的にアピールすることが特に必要だと感じました。
「日本人としての自分を意識すること」
決して一概には言えず、あくまでも個人的見解ですが、過去4年間の海外生活で自分も含め、日本人を客観的に観察して気づいたのは、国際的な環境で自分の意見を主張し、交渉し、同意を得る力を持つ人が少ないことです。つまり創造力、批判的思考力、表現力の向上が必要で、他方で一般的に高い評価を受けるのは協調性、忍耐力、責任感、冷静さです。国際機関のような場所では、このような日本人の長所・短所を理解した上で意識的に行動することも重要だと思いました。この点、私は毎日レポートの編纂作業に追われ、他にもできる仕事を自分から提案していくことができずに反省しました。
最後に一言
ユネスコは教育の質を少しでも良くしようという熱い思いを持ちながら、かつ冷静に課題・政策分析を行い、マクロの視点で今後の教育にダイナミックな変化をもたらしたいという人に向いていると思います。他のアジア諸国のインターン生が多い中、日本人は当時私一人でした。高い教育水準を持つ国として、今後はもっと日本の若者が教育分野でアクションを起こして世界に出るべきだと強く思います。
2014年5月25日掲載 ▲