渡航後第2回勉強会:BHN・教育
1.勉強会概要
渡航後第2回勉強会では、Basic Human Needs(BHN)班および教育・ジェンダー班から渡航を経ての考察を発表し、参加者間で関連するテーマでディスカッションを行った。各班とも、渡航後第1回勉強会での思考の整理を踏まえて、議論を発展した勉強会であった。
2.BHN
2-1.発表内容
渡航前は、PNGにとってのBHNは水資源、電気、インターネットなどのインフラであると考えていた。しかし、ラバウル/ココポのような地方に滞在した経験を通して、必ずしもPNGにおけるBHNはインフラには限られないはずだと、仮説を修正することになった。
仮説を組み直す中で、地方では色濃くワントクが残存していることから、「人と人とのつながり」こそが地方に住む人々のBHNでないかと考え直した。ポートモレスビーのような都会では、ワントクの意識が薄くなっているため、BHNはインフラとみなしうるかもしれないが、地方ではインフラもない状態の中、人々が幸せそうに暮らしていた。ワントクに顕著に見られるような「人と人とのつながり」が地方にはあり、それこそがBHNなのではないかという考えに至った。
地方では安定した現金収入がある人は限られるなかで、必需品は近所で融通しあいながら生活している。それだけなく、ラバウル火山の噴火時にもワントク内の助け合いが功を奏し、犠牲者を少数に抑えることができた。これらの事実から、インフラの発展だけでPNGの人々のBHNが満たされる訳ではなく、必要なのは人とのつながりなのではないかという仮説が新たに提案された。
2-2.ディスカッション
「人と人との有機的なつながりを生かした開発の形とは?」というテーマで参加者全体でディスカッションを行った。特に、(1) ワントク以外のつながりの創出、(2) コミュニティーと人権、(3) テクノロジーの利用、といった観点から議論がなされた。
(1)「人と人とのつながり」には良い面もあるが、開発とは相容れない面もあるのではという問題提起がなされた。コミュニティーのリーダーを支援し、そこを起点に施策を行えばよいのではないかという意見も出たが、ワントクには、誰か一人に集中的に投資することでワントク内に富をもたらすという仕組みがあり、それゆえに構成員全てが平等に発展できないという側面もある。また、メンバーがポートモレスビーで訪れたセトルメントでは、出身地域が違っても同じワントクとして迎え入れている状況を垣間見ることができた。従って、ワントクよりもメリットがある繋がりを創出するのも開発の方法の一つであり、ワントク外の成功事例(ロールモデル)の存在や、似た興味・メリット等を持つ人が繋がることができる仕組みがあると良いのではないか、という論点が出された。
(2)コミュニティのつながりについて、アドバイザーから、コミュニティー内の人のつながりは人権の封殺などのネガティブな結果を生む可能性があると指摘が入った。コミュニティーには、外部と接触することができずに隠れてしまっている、非常に地位の低い人が存在し得る。そのため、コミュニティーの良い部分だけをどう開発に生かすか考えるのはとても難しく、無理に個人主義を追求すると格差が拡大する流れができやすい。教育のためのロールモデルという観点でいうと、そのようなコミュニティー内で権利が失われていた人(女性など)を含めて、コミュニティーの色んな人がロールモデルになる、という人権に基づいた開発のあり方について述べられた。
(3)つながりを確保する手段としてテクノロジーに頼ることも可能だという意見も出た。地理的に離れていてもテクノロジーを使えば、容易にコミュニケーションや共同作業が可能になる。しかし、モチベーションが先にあってからでないとテクノロジーは機能しないので、そもそもPNGに人とつながりたいモチベーションがあるのかという議論に発展した。ある参加者は、パプアの人の中に当たり前にある事だから、積極的に求める段階に至っていないのではないか、日本のように人とのつながりが失われたわけでないために、現状において危機感を抱いている人は少ないのではないかという意見を述べた。
2011年の震災以来、日々の命を救うという点からコミュニティー構築などの考え方が災害復興や人道支援の文脈に出てきていると、アドバイザーから総括的なコメントがあった。現在、難民キャンプでの支援の形はキャッシュベースに移りつつあり、「買い物をする」というプロセスを通して人のつながりを復活させる取り組みなどもある。国際協力の世界に携わる人材が、コミュニティーについて深く考えていることは良い傾向であるとのコメントで締めくくられた。
3.教育とジェンダー
3-1.発表内容
渡航前は人々が教育の重要性を認識していないことが教育の普及を阻害していると考えていたが、渡航してみると教育に熱心な人も多いことが分かった。教育の進みを止めているのは政策の一貫性のなさや、ワントクの仕組みが背景にあることが分かった。
渡航では、教育省・大学・小学校を訪問し、現場では教育を良くしようと取り組んでいる人や、熱心に勉強する生徒たちを見ることができたほか、教科書の作成に取り組んでPNG独自の教育を進めようとしている人を見ることができ、教育の重要性はある程度認識されているとの印象を持った。一方で、教育省の上層部レベルで教育方針が変わってしまい、現場レベルで教育を良くしようとしているものの、政策と現場の実態の間にギャップが生じているという問題を推察することとなった。
渡航後第1回勉強会でも、多様な部族で成り立っているPNGにおいて、画一的な教育を行うことは難しいという観点から、教育における地方分権の必要性が見えてきた。また、PNGでは目指す姿に近づくために教育を受けるという視点が欠けているため、ロールモデルの存在や職業体験プログラムが重要であることにも気づいた。更には、ワントクの仕組みこそが教育への投資が阻害される一要因ではないかとも考えた。ワントクの相互扶助は、働いていない人の面倒を見るという生活保護的な仕組みであり、その存在のために人々は教育に投資しないのではないかとも考えた。それを踏まえると、国民の教育への投資を促進できるよう、政府としては、社会保障制度の構築が必要ではないかという結論に至った。
3-2.ディスカッション
発表では、ワントクがセーフティーネットの役割を果たすPNGにおいて、個人が働かなくても生活ができる仕組みがあるなかで、各家庭での教育への投資が十分行われにくいという考え方が提示された。そのような環境で、政府はどうあるべきかというテーマで参加者全体でディスカッションが行われた。特に、(1)教育提供の価値、(2)雇用・産業との関係、(3)解決の方向性、という観点から議論がなされた。
(1)教育の目的は、職業や経済的な生活の豊かさの獲得のためにあるのか、知識を身につけること自体が価値なのか、という問いかけがなされた。ある意見では、目に見える価値として就職や生活の豊かさなどがあるが、それを超えた目に見えない価値(知的好奇心)にどう目を向かせるかが大事だという発言があった。
(2)ワントクがあるから教育に投資しないだけでなく、仕事がないから教育に投資しないという流れも考えられるのではないかという指摘も出た。現状として、裕福な人が自分のワントクにその富を還元することで、稼いでいない人は裕福な人に依存してしまう構図があり、政府としてどうこれを打開するかという論点が共有された。これを無理に打破し、競争を促そうとすると格差が広がってしまうため、生活保護や所得の再分配についても考える必要が出てくると議論された。別の参加者も同調する形で、雇用創出が一番の優先課題であるという意見が挙がった。実際にブダル大学等で見聞きしたことを踏まえると、教育を続けるインセンティブがないことが見えてきたが、雇用はそのインセンティブになり得る。実例として、ラバウルではサンドラーさん(現地大手スーパーマーケット経営者)が600人の雇用を生み出している。このことから、政府が雇用を生み出すことによって、個々人が教育を受けて所得を手にし、自分やその子供たちに再投資ができる、というようなサイクルを作ることができるのではないか、という意見が出た。
アドバイザーからは、雇用を作るための投資の必要性と、教育をめぐる悪循環について説明があった。バングラデシュでアパレルの関係で雇用が多く生まれているのは、現地の人が器用で人件費も低いという理由で資本が集中しているからである。ルワンダも、ITの可能性を見抜いた投資家が国内外からリソースを注入した結果である。パプアニューギニアには資源があるが、資源で成功した国は世界を見てもほとんどない。採掘産業は付加価値を生み出さないため、労働者も搾取されるだけである。従って、何らかの付加価値を生み出せる産業創出が必要だが、その為には教育を受けた労働者が必要である、というように議論が循環してしまう。従って、このサイクルのどこから手をつけるのかが課題なのである。採掘産業で儲かっている人たちは現実問題存在するので、そこから徴税を行うべきという仮説を立てても、ガバナンスが弱いため富裕層から徴税できない。しかも、そのガバナンスの弱さも教育を受けた人材が不足していることに起因している。
(3)上記の議論を踏まえて、では最初に何から行えばよいのかというテーマに発展した。一つは、起業家精神(Entreprenuership)を持った人材をサポートすることで、有望な産業の種を成長させるという案が出た。産業レベルではなく、個人レベルで、選べる仕事の認知度を高めたり、奨学金を整備したりすることが大事だという議論もあった。PNGでは一部の優秀な人材は、国外に流出してしまっているが、国内に戻ってくるインセンティブが必要だという議論も生まれた。そもそもPNGの独立も現在の制度も、旧宗主国のオーストラリアによって与えられたものであり、自分達でも生活を良くしていくことができるという意識づけが、後々教育を受けるインセンティブになるのではないかという意見も共有された。
アドバイザーからは、サステナビリティを国のテーマにして、持続可能な開発を行う企業に開発を委託することどうかと提案があった。例えば資源を持続的に開発してくれて、人材を育成し、儲かる仕組みを作ってくれるような企業の力を借りてPNGを発展させていく、という流れもできそうとの内容である。たまたま現在の世の中では、持続可能な開発を行う企業に高い基準をもって投資させることができる時代になっているとの指摘を頂いた。
4.所感
BHNが人と人とのつながりであるという考え方は、非常に的を射ていると思った。PNGだけでなく、基本的なインフラが整っている日本でも常に人とつながりたいと思う若者は存在感を増しており、ある意味人間の心理として共通して言える事柄なのではないか。日本では都市部では特にコミュニティーが希薄化しており、それを問題視する議論も多いが、コミュニティーというものが内包する人権侵害の危険を考えると、あるべき社会の姿に向けてどうコミュニティーと向き合うべきか考えた、深い内容の勉強会だった。
教育についても、ワントクがあるために、各個人が教育を受けるインセンティブが存在しなくなるという構造に気付けたのは面白かった。また、教育の受け皿としての雇用の創出の意義を考え直すこともできた。教育を促すために学校を建てるという解に安易に飛びつくのではなく、社会や経済から総合的にアプローチすることが教育にとって不可欠であると認識できた勉強会であった。