パプアニューギニア・スタディ・プログラム

東京報告会

東京報告会

1.概要
日時:2019年3月10日 13時~16時
場所:東京大学駒場キャンパス

最終回(第4回)となる報告会は、これまでの総まとめとしてパプアニューギニア・スタディ・プログラム(以下PSP)の活動を紹介した後、PSP渡航者メンバー2名によるプレゼンと、パネリストを招いてのパネルディスカッション、最後には会場全体でのディスカッションが行われた。

2.PSP紹介

渡航者の一人である松原氏より、スタディ・プログラム(以下SP)の特徴、何故今回の行先がパプアニューギニア(以下PNG)となったのか、PNGの特徴のひとつであるワントクについて、PSPのスケジュールなどについて紹介した。

3.渡航者個人発表

①「PNGから考えるイノベーション」発表者:亀山 健 氏

参加者の興味を引く、様々な写真を使ったPNGの紹介からプレゼンが始まった。続いて、発表者が何故PSPに参加したかを述べてから、PNGを題材にしたイノベーションについての解説があった。解説では「産業」について触れられ、最近のLNG発見などにより農林水産業からオイル・ガス中心産業へのシフトがあったことが説明された。しかし、その裏では、大規模開発による環境破壊が進んだことや、現地の人の雇用に関する問題や、契約不履行などの問題が起こったとされる。

また、産業における問題は、ガバナンス不足によるものではないかとの仮説に基づき、「政府のガバナンス」についての解説がなされた。具体的には、汚職や賄賂、交渉能力や実行力の無さが挙げられ、企業をはじめとする民間組織に対する規制がかけられることなく、好き放題な状態であるとの見解が示された。特に「意思」と「能力」の欠乏が大きな影響を与えていると言及した。

さらに、上記の現状を踏まえ、人々の倫理観や能力を形成する「教育の重要性」について触れた。各分野でPNGでは問題が山積しており、「個々を順番に」ではなく、「教育を改善しながら目の前の課題解決」が求められるとの主張があった。

この課題解決においては、各種インフラ不足によって困難が伴うが、テクノロジーを用いた解決の可能性について説明がされた。実際、冒頭の説明で使われた写真は、指紋認証による個人IDをブロックチェーンに登録することで、社会サービスへ個人を組み込むシーンであり、少しずつイノベーション分野での変化が起きていると紹介された。イノベーターとユーザーの十分なコミュニケーションの上でのテクノロジーの適用が必要であり、時間をかけてでも教育に注力しながら、国際社会からのサポートを受けつつイノベーションを進めるべきであるとの意見が共有された。

②「PNGにおける教育」発表者:清水 文香 氏

まずは発表者からPSP参加理由の紹介があり、続いてPNGの教育について現状の紹介が行われた。PNGでは、制度改革により就学率などに改善は見られたものの、取り組むべき課題は多く、更なる改善が必要であるとのことであった。また、そもそもワントクの相互扶助システムの存在や限られた雇用機会のために、教育の重要性の認識が欠如しているという問題提起があった。

一方で、渡航中は現場の方々の努力を目にし、現場は政策の度重なる変更で疲弊していることなど、渡航で明らかになった様々な点が共有された。渡航前、渡航を通じて、PNG独自の教育の重要性や自律性を促進する教育が必要ではないかとの提案や、「マクロレベル」では地方分権化、ワントクに代わる社会保障システムの構築が重要であること、「ミクロレベル」では、教育成果の可視化が重要であるとの提言があった。

Q&A(一部のみ要約したものを記載)

1)訪問場所であるOISCAについて
――現地での活動資金不足や過去にオーストラリアからの影響を受けたたために、農業が発展しない現状について質疑が行われた。

2)ワントクと自発的な、内発的動機づけとなる環境作りについて
――ワントクのもたらす負の面や、統治下の歴史から人々に諦める癖ができてしまっているという問題があることに関する質疑が行われ、これらの問題は成功体験を通じて変わっていくのではないかという意見も共有された。

3)SPのいい点と悪い点
――様々な課題を論理的に結び付けて考えられるようになった。国際協力や世界の課題解決に携わる色々な人とのコネクションができた。

――独立記念日に渡航したために、訪問場所が限られてしまった。

上記以外にも「ワントクと人々の過ごし方」や、「ブダル大学の学生の進路と考え方」などについての質疑も行われ、非常に盛況であった。

4.パネルディスカッション

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ゲストパネリスト: 井筒 節 氏 (東京大学特任准教授/元国連・世銀職員)
パネリスト:黒田 和秀 氏 (PSPアドバイザー/同志社大学客員教授/元国連・世銀職員)
パネリスト:田中 葵 氏 (PSP参加者)
ファシリテーター:小坂 真理子 氏 (PSP参加者)
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まず、田中氏はPSPへ参加を決めた理由を以下のように語った。第一の理由は、就職活動に疲れた時期にPNGの国連大使の民族衣装の写真を見て、自分の生活とかけ離れた生活をしている人に会ってみたいという思いが芽生えたこと。第二の理由は、NGOのインターンで訪問した新彊ウイグル自治区において、50以上の民族の人々が同じ地区に住まわされていたことが印象的で、800以上もの民族の人々が歴史的に淘汰されずにPNGで暮らしている理由を知りたいと感じたことの二点から、応募を決めたという。

また、これまで世界各地で人道支援の経験がある黒田氏からは、お父様がラバウルから生還しており、子供のころからPNGの話を聞いていたことや、世銀に所属していた際に島しょ国を取り上げると、必ずPNGについてのデータがあったことが紹介された。また、渡航前に治安の世界ワースト5位に入っているという首都ポートモレスビーのことで非常に気にしていたという話もあった。しかし、現地での移動は全てミニバスで行うなど、リスク管理によって何事もなかったこと、多様なバックグラウンドのメンバーのおかげもあり、準備万端であったことも併せて紹介された。

第一の論点では、治安について議論が行われた。PNGではジェンダーギャップについての悲惨なデータがあり、女性の2/3以上がDV、50%以上がレイプ被害の経験があるとされる。しかし、「被害者意識がなく、問題として認識されていないことが問題ではないか」との問いに対しては、井筒氏より女性への暴力は文化とは違った対応が必要だとして、他の課題とは別の視点で捉えるべきだとの考えが共有された。ただし、認知だけを高める、被害者に被害者であることを伝えるだけでは不幸になる人が増えるだけであり、認知の向上だけではなく、保護する方法や根本にある加害者側を変える教育が大切である。点で改善するのではなく、外堀から埋めていくことが大事である。同時進行で進めなければならない。そして、これらを進めることが難しいと認知する必要があるとまとめられた。

二つ目の論点では、開発援助とは何か、するべきかどうかについて議論が展開された。やりすぎによる迷惑になっては意味がないが、世界から取り残される国が出ることは避けなければならない。例えばPNGは現在中国資本が多く関与しているが、中国はあらゆる情報を持って入ってくるものの、応対するPNGの政府は情報をあまり持っておらず、適切な対応・反応ができるのか、情報処理ができるのかが問われている。

この論点から、発展途上国に対して何ができるかという問いが導かれ、井筒氏より、PNGを国連のフレームワークで見ると上手くいっていない、しかし経済指標だけで人口も少ないPNGを正確に評価できるのか。ポジティブな点に焦点を当て、人々の豊かさを見ていくべきではないかという、従来の考え方で国の状態を正確に測れないとの主張があった。

最後に、第三の論点として「私たちの価値観を押し付けてはいけない一方で、受け入れ難いことも中にはあり、どのように第三者が当事者を変えていけるのか」というテーマについて話し合われた。黒田氏より、世界の共通点として、例えば今は「気候変動」について考えるべきだとの意見があった。例として、森林の保護については、ある国で技術不足で保護できないのであれば、それは支援すべきであり、結果として気候変動を緩和できる。PNGでも影響はでており、世界レベルで気候変動には取り組まねばならない。色々な支援が必要であるとのことであった。

5.全体ディスカッション

ファシリテーター:
田瀬 和夫 氏(SDGパートナーズ代表取締役CEO、国連フォーラム共同代表、
       元国連人道問題調整事務所・人間の安全保障上級顧問)
倉嶋 麻里 氏(PSP参加者)

「開発において何が優先されるか」をテーマに、参加者一同でディスカッションが行われた。このテーマにおいては開発が必要であるという前提であるが、不要であるという考えもある。開発は不要であるという主張の一番の落とし穴は、拾い上げられていない声があると言うことであり、弱者の声が出てこない状況下で開発をいらないといって良いのか?という点である。

議論では、知らない幸せもあるが、知ることで自分自身が本来持っている権利や選択肢を知ることができるという意見なども示された。障がい者の権利など、オプションの存在を作っていくことが大事であり、知ることによる悲壮感も伴う場合もあるが、その際に頼れる選択肢を複数用意しておくということが大切であるという議論が展開された。加えて、自分で変えていかなければならないという意識を持つことが重要であり、当事者自身が本来持つべき権利を知ることで、その変革の意識が芽生えるのではないかと考えられる。そしてその変革の重要性に気付く機会を積極的に作る、保護していくといったことが今後必要であると示された。

開発における優先度については、順番を決めて行うというより全部同時に始めないといけないと、全体の議論で改めて認識された。どれかを切り離すことはできず、短期・中期・長期といった時期やアプローチの対象を考慮しながら、効果的な施策を実践しなければならないと締めくくられた。

6.総括

赤星 聖 氏(PSP実行委員長)

参加者皆さんに少しでも学びがあれば良かったと思う。PNGという自然・文化豊かな国に対して外部から国際協力を行う是非がPSPを貫くテーマであったが、これを参加者の皆さんと話し合えたことは良かった。

国際協力について考えてもらったが、同時に日本社会にも問題があるのではないか、日本においても「人権は保証されているのか」という視点でも考えてみてほしい。女性、障がい者、子どもといったカテゴリ分けはわかりやすいが、それだけでは拾い上げられない人々もいる。PSPでは本日のようなディスカッションを1年間続けてきた。今日参加者に体感していただいて、様々な感想、気づきを得たと思う。本日のように徹底的に議論をして、その国について学んでいくというのがSPの特徴であり強みである。このようなディスカッションをしてみたい、という方はぜひ次年度のSPへの参加を検討していただきたい。

本日は積極的な質問や議論へ参加してくださり、ありがとうございました。

7.参加者所感

非常に経験豊かな黒田氏の事前のPNG治安対策の話を聞き、いかに訪問が難しい土地に私たちが渡航したのかを再認識したとともに、とても稀有な経験をできたものと再度認識した。パネルディスカッションにおける井筒先生の『(PNGを)西洋の価値観でみることの限界』という言葉は、渡航中に報告書執筆者が感じた「どうやったらこんなに複雑で深刻な状態を変えられるのか…」という気持ちを思い出させた。

私たちの価値観で見たときのPNGは、問題が山積しており、「〇〇を解決せねば」や「人々は△△が問題であることを認識しなければならない」という感情を抱きがちだが、あくまでもこれらは私たちの価値観に立った時の話であり、それらをどのように解決してくか、そこが本当に難しい。国際社会の支援の在り方は細部まで気をつけなければ逆効果になり得ることを改めて感じた。支援側が、被支援国の人々の良さを消さずに、国際社会が持つ共通の正義を浸透させるために必要なことは何なのか、これからも考え続けていきたい。