ポスト2015開発アジェンダ:既得権に切り込み、不平等是正とガバナンスの機能回復を
(特活)オックスファム・ジャパン アドボカシー・マネージャー
山田 太雲さん
世界94カ国で人道・開発支援を行う国際NGO『オックスファム(Oxfam)』の日本法人で政策提言や各種発信活動を担当。主に貧困層の教育・保健サービスへの権利を実現のための政府開発援助(ODA)の改善を、国内外のNGOと連携しつつ、日本政府に働きかけている。G8/G20サミットや国連会議など、開発問題に関する国際政治プロセスをウォッチ。経済危機後の多国間協調の後退やグローバル・ガバナンスの機能不全について警鐘を鳴らす。 2002年より現職。 2000年、英国立セント・アンドリュース大卒(国際関係学修士)。
ミレニアム開発目標(MDGs)の後継枠組みとなる「ポスト2015アジェンダ」について、オックスファムは、国際開発の長期的トレンドを左右する重要なテーマとしてアドボカシーに力を入れています。以下、その内容をご紹介します。
MDGs時代のおそらく最大の遺産は、先進国援助の増額と改革でしょう。冷戦終結後、西側諸国ODAは停滞していましたが(日本を除く)、特に2005年G8グレンイーグルズ・サミット以降は、大きな増額を見せました。対象国・分野についても、サブサハラ諸国や低所得国、基礎社会サービスの比率が増しました。これらの動きが、被援助国政府のリーダーシップと組み合わさったとき、例えば乳幼児や妊産婦死亡率の目覚しい改善を見せたネパールやシエラレオネのような事例を可能にしました。
しかし、援助の社会セクター重視の流れ自体は、MDGs採択の少し前から起きていたことであり、「MDGsが新しい援助トレンドを作った」とまでは言い切れないようです。むしろ、以下の方が正確な経緯なのではないでしょうか。
1. @西側諸国の援助セクターの目的探しや、A援助削減と構造調整政策による社会セクター切り捨てにより、アフリカを中心に貧困と政情不安などが広がったことへの反省と危機感、B途上国の国際場裏での主張の積極化、そしてC地球規模課題に対する多国間協調に対する期待の高まりなど、冷戦終結後の様々な要因が相まって、90年代の一連の社会開発関連会議、OECDの新開発戦略などを経て、社会開発が国際アジェンダに押し上げられた。
2. MDGsは、このプロセスに首脳レベルの政治コミットメントを付与する装置として作られたが、それが社会開発重視の潮流をさらに加速させた。
それでは、各国政府の当該分野政策における変化はどうだったのでしょうか。まず途上国ですが、多くの国で保健医療や教育など、MDGsで中心的に位置づけられた分野で大きな予算増やMDGs指標の改善が見られたことは確かです。しかし、その変化の原因がMDGsの存在にあるのか、それとも民主化や経済成長、エリートの世代交代などによるものなのかは判然としません。ただ、オーナーシップの強い途上国においては、MDGsを積極的に国内アジェンダ化する動きもあったようです。例えば2012年のUN OHCHR調査によると、タイはMDGsを国内文脈と国際人権基準に合わせ、特に所得貧困と教育の普及、女性の地位向上と周縁化された人口群の状況改善について、具体的かつ野心的なターゲット設定を行いました。
先進国については、上述の援助増額に加え、特に社会セクターの政府制度強化に必要な経常経費補填を可能にすべく、債務軽減と財政支援型援助が拡大し、被援助国政府が開発の全体戦略について主導権を握れるよう、国際援助調整メカニズムを構築する動きなどが進展しましたが、MDG8に含まれた貿易ルールの改正などはほとんど進みませんでした。WTOを始めとした貿易交渉においてMDGsが政策妥当性の判断基準として引用されることも、ほとんどなかったのではないでしょうか。
一方、政府に行動を求める立場の市民社会からは、オックスファムを含め、アドボカシー・ツールとしてのMDGsの有用性を指摘する声が多く上がっています。特に、アフリカ連合(AU)やOECDのように、加盟国間の競争を促進するメカニズムを有する機構の加盟国や、隣国との競争が政策決定の大きな要因となる国においては、その傾向が強かったようです。
(写真1)タンザニアのローカルラジオ開設プロジェクト (Geoff Sayer/Oxfam)
2016年以降の新枠組みは、現行MDGsが準備された数年間とは大きく異なる現代世界の文脈を踏まえた上で、人類が直面する喫緊かつ最大の問題に取り組みつつ、同時に、数十年後の目指すべき人類社会のビジョンへの道筋をつける助けとなる必要があります。
ただし、この議論には落とし穴もあります。多くのアフリカ諸国においては、様々な不平等によって、成長の恩恵が社会各層に均霑せず、格差が深刻化しています。不平等と格差の放置は、社会を分断し、政治を不安定にし、経済の足腰を弱くします。また開発資金については、国内に富が蓄積するのに伴い、当該国国家の責任と国内資金の重要性が相対的に増すことは確かです。しかし、例えばマラウイの国家予算をすべてエイズ対策に振り向けたとしても、同国のエイズ関連必要経費の17%しか満たすことができないという例を見れば明らかなように、外部資金への依存度は依然として高く、民間投資とODA双方の比較優位などを踏まえた、冷静かつ責任ある対応が求められます。
(写真2)マラウイでトマトを売る小規模農家の女性(Abbie Trayler-Smith)
近年顕在化している開発諸課題を考えるとき、伝統的な「貧困国の絶対的貧困」という枠組みでは本質も答えも見出せず、むしろ「富裕層による社会責任逃避のグローバル化」といった問題設定が妥当になりつつあります。例えば、教育や保健医療といった必須社会サービス分野の公的予算切り捨てと民営化による格差拡大が良い例です。構造調整からMDGsの時代にかけて、市民社会は「応益負担」(利用者負担)の拡大が貧困層の社会権を阻害するとして、政府に対して社会サービスへの予算配分増を通じた無償化を求めてきました。しかし、経済危機よりこちら、社会サービスの財源に関する市民社会の問題意識は租税問題に拡大しています。ドミニカ共和国では、急速な経済成長にも関わらず税収が増えていないこと、そして所得・法人税よりも付加価値税に税収を求める税制改革が行われていることに対して国民の不公平感が高まり、黄色い傘をシンボルにした財政正義キャンペーンは、国民の95%が認知するほどに拡大しています。社会サービスの「応益負担」の解消には、財政の「応能負担」原則の確立が必要であるとの認識に至ったのです。欧州11カ国に金融取引税(FTT)を導入させる原動力となった「ロビンフッド・タックス・キャンペーン」や、あからさまな租税回避行為が明らかになったスターバックス社へのイギリス市民の大規模なボイコット運動なども、共通の問題意識に根付いており、これらの運動が国境を越えて連携を強めつつあります。
(写真3)スコットランドでのキャンペーンの様子(Kieran Battles/Oxfam)
すでに多くの政府や国際機関、シンクタンクや市民社会組織が、ポストMDGsへの提言を行っていますが、オックスファムも、以上のような認識に立ち、「ポスト2015枠組みは、地球環境上の制約内で、貧困と不平等を終わらせ、人権を実現するために、経済、社会、政治的な開発の方向を大きく転換させるものとなるべき」として、包括的な提言[3]を発表しています。日本においてオックスファム・ジャパンは、MDGsの達成を求めてアドボカシーとキャンペーンを展開してきたNGOネットワーク「動く→動かす」(2013年1月現在、71団体加盟)による「5か条の提言」[4](以下参照)の作成を牽引、政府や国会議員、国内問題に取り組む市民社会組織に対して提案しています。
「動く→動かす」 ポスト2015年開発枠組みに向けた5か条の提言
第1条 |
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第2条 |
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第3条 |
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第4条 |
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第5条 |
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1. (特活)オックスファム・ジャパン ウェブサイト:
http://www.oxfam.jp/
2. ディスカッション・ペーパー“How Can A Post-2015 Agreement Drive Real Change?”:
http://oxf.am/Uot
3. オックスファムのポスト2015枠組みに向けた政策提言:
http://oxf.am/post2015
4. 動く→動かす「ポスト2015年開発枠組みに向けた5か条の提言」
http://gcapj.blog56.fc2.com/blog-entry-265.html
写真1. タンザニアのローカルラジオ開設プロジェクト
タンザニアのローカルラジオの試験開設で話す女性。スワヒリ語と英語のほかに、地元の言語でも放送され、身近な話題を伝えた。(Geoff Sayer/Oxfam)
写真2. マラウイでトマトを売る小規模農家の女性
オックスファムの中小企業支援を受けてトマトを栽培、販売するようになった女性。(Abbie Trayler-Smith)
写真3. スコットランドでのキャンペーンの様子
2005年にエジンバラで行われたキャンペーンの様子。(Kieran Battles/Oxfam)
2013年5月5日掲載
担当:藤田綾
ウェブ掲載:藤田綾