石井 香織さん
国連開発計画
アフリカ局アフリカ開発会議(TICAD)プログラム調整官
石井香織(いしいかおり):千葉県市川市出身。慶応義塾大学文学部卒。シドニー大学都市計画研究科修了後、JPOとして国連開発計画(UNDP)ミャンマー事務所に勤務。その後、国際開発高等教育機構(FASID)にて在ザンビア日本国大使館書記官、政策研究大学院大学とFASIDの国際開発大学院共同プログラム担当等を経験し、2002年より現職。経営学修士(南アフリカ共和国ウィットウォータースランド大学)。 |
国連で仕事をしたい、と初めて思ったのは小学生の頃です。家族と一緒に2年間ほどアメリカに住んでいたときに国連本部ビルを訪れる機会があり、国連に対するあこがれを持つようになりました。国連に勤務することを具体的に考え始めたのは、大学2年生のときにJPO募集の掲示を見てからです。専門性のある修士号を持っていることが応募の要件となっていましたので、学部を卒業後に都市計画の修士号を取り、JPOに応募しました。
JPOとして国連開発計画(UNDP)のミャンマー事務所に勤務した後は日本に戻り、国際開発高等教育機構(FASID)に就職しました。FASIDは実務と研究の両面から開発援助に貢献できる人材の育成を目指しており、私自身も様々な経験を積ませて頂きました。FASID本部では世界銀行との共同研修、政策研究大学院大学の設立等に携わりましたし、ザンビア大使館に書記官として出向したことは、自分のキャリアの方向性をアフリカに定める上での契機となりました。現在のUNDPのポストにも、当初はFASIDからの出向という形で就きましたが、2年間の出向期間が終了した際にFASIDを退職して正式にUNDP職員として勤務を続けることになり、現在に到っています。
Q.今はどのようなお仕事をなさっているのですか。
UNDPが日本政府、国連アフリカ担当特別顧問室(OSAA)、アフリカのためのグローバル連合(GCA)、世界銀行と共催しているアフリカ開発会議(Tokyo
International Conference on African Development, TICAD)のUNDP側のコーディネーターとして、主に日本政府との調整、TICAD関連の会議等の計画・実施に携わっています。また、UNDPはそのプロジェクト実施能力を買われてTICADを共催することになったという背景があるため、アフリカでのプロジェクト実施管理も行っています。そのほか、TICADをPRするためのテレビ番組制作や国際会議でのアドボカシー活動も仕事の一部です。
現在の仕事で一番気を遣うのは、各国の首脳レベルが集まる国際会議をいかに滞りなく進められるか、ということでしょうか。バンドン会議50周年を記念する首脳会議が昨年開催された折には、小泉前首相がプレゼンテーションを行う際のパワーポイント操作を担当しましたが、そのような国際会議では、UNDP本部だけでなく日本の外務省とも密に連絡を取り合い、UNDP職員でありながら日本政府代表を側面支援するということが要求されます。
Q.日本はアフリカとどのような関係を築いていくべきでしょうか。
TICADの仕事を通じ、日本が多国間外交を進めていくにあたってアフリカがいかに重要であるかということを痛感する場面に何度も出会いました。たとえば、国連という場でアフリカ各国が日本に賛同してくれれば、最大で53か国分もの票を得ることができます。日本にはTICADやODA等の実績があるため、アフリカ諸国は日本に対して概ね好印象を抱いているといえるでしょう。また、過去10年ほどの間、日本がアフリカに目を向け、アフリカの発展のために貢献しようと努力してきたことも、アフリカ諸国には伝わっていると思います。日本とアフリカには、共同体に基づいた価値観や家父長制等、文化的な面で似ている部分もあります。私はアフリカに戻るといつもホッとしますし、アフリカは「心のふるさと」だという感覚があります。
その一方で、日本が安保理常任理事国入りを目指すにあたり、いったんはアフリカ票を取り付けたにもかかわらず、反対の立場を取る中国からもアフリカ諸国への働きかけがあったために結果としてアフリカのサポートを得られなかったということも起こりました。中国だけでなく、インド、ブラジル、韓国等、様々な国が「emerging
donors(新興支援国)」としてアフリカへの支援を始めていますし、これらの国々とアフリカ諸国との貿易量も年々拡大しています。これまでの日本では、アフリカといえば貧困や紛争というイメージが強かったのではないかと思います。もちろんそうした課題が深刻であることに変わりはありませんが、それだけでなく、アフリカが日本に対して持ちうる政治的な重要性を理解することが大切です。そのうえで、日本がアフリカにどう対応していくのかということを積極的に考え、アフリカ諸国との信頼関係を築いていかなければなりません。
たとえば、アンゴラは原油の産出国ですが、アフリカの資源には中国だけでなくアメリカも注目していると言われています。アフリカは武器や麻薬の取引の中継地であるばかりでなく、国際テロリストの温床になっているという指摘もあります。また、ヨーロッパ諸国にとっては、アフリカからの難民流入は大きな問題でしょう。このように、世界中の様々な国が様々な思惑を持って、アフリカにアプローチしています。こうした状況の中で、日本がどのように存在感を示していくことができるのか、これまでの努力の成果が問われているといえるでしょう。
日本はアフリカ連合のサミットに2002年の発足以来出席し、議場外での交渉等も行っており高い評価が得られているようですが、アフリカでは、政治に対する影響力を持っている人々は強いネットワークを持っており、互いにつながっています。日本が主張したいことをストレートにぶつけるだけでなく、そうした政治への影響力を持つ人々を通じてアフリカ諸国のトップレベルに日本の意思を伝えていくことも一つの方法だと思います。
Q.UNDPで働くことの魅力は何でしょうか。
UNDPでは、職員組合が年に一度会議を開催しています。UNDPの総裁、UNDP本部、世界150か国近くあるUNDPの現地事務所がネットワークでつながれ、テレビ会議を通じて話し合うのですが、この会議に参加していると、多種多様な国籍の人が、世界中の様々な地域で、同じ目的のもとに働いているということを実感します。UNDPは地球の縮図のような職場であり、そのような環境で働くことは、刺激と魅力の両方を与えてくれます。
Q.逆に、大変だと感じられたことはありますか。多種多様な国籍の人がいるということは、各自がそれぞれの利害を背負って働いているということでもあります。そうした利害を調整しながら仕事を進めていくのは決して楽ではありません。また、日本社会では常識とされていても、世界では通用しないことがたくさんあります。たとえば、日本では自分に与えられた仕事にこつこつと取り組めばそれなりに評価されますし、まだまだ年功序列が残っている社会でもあります。ですが、国連のような組織では、様々な利害や政治的な思惑をめぐる駆け引きが盛んに行われているので、そうした駆け引きに動じることなく、自分の信念を守りながら信頼のおける人脈を徐々に広げ、一緒に気持ちよく仕事ができる環境を作っていくことを目指さなければなりません。
Q. グローバルイシューに取り組むことを目指している人へのアドバイスをお願いします。
現在自分が関心を持っている分野の専門性を高めるのもいいですが、5年後に何が求められるのか、ということを考え、開発援助の新たなマーケットを開拓していくことも重要です。もちろん、将来注目されそうだからというだけでなく、自分が好きなこと、自分に合っていると思えることを追求してほしいと思います。開発援助の世界は移り変わりが激しく、これまでになかったような新しい切り口が増えていますし、フロンティアは日々広がっています。たとえば、従来であれば開発援助といえば経済学から始まり土木やインフラ建設のエンジニアリングが主流でしたが、次第に社会開発、環境、ジェンダー、公衆衛生といった視点が採り入れられるようになり、今日ではガバナンス、法制度整備や平和構築が重視されるようになっています。私自身、現在UNDPでの勤務と並行して大学院の博士課程に在籍し、刑事司法を専攻しています。仕事との両立は時間的にも精神的にもハードですが、アメリカの刑事司法制度やテロ対策を学ぶのはとても面白く、様々な発見があります。こうして学んだことを、将来の仕事に活かしていきたいと思っています。
国連や開発援助の分野で働くことを目指す人には、まず日本の組織で働き、日本社会がどのように動いているかを理解したうえで国際社会に出ることをお勧めします。そうすることで、国連のような場で仕事をしていくにあたって比較対象の基準を持つこともできますし、日本人である以上、日本のことを理解していることを当然求められるような場面に遭遇することもあるからです。
私自身、これまでいろいろな方にお世話になり、それぞれの分野での第一人者といわれるような方々と一緒に働く機会にも恵まれました。そのうえで自分に言い聞かせているのは、お世話になった方には常日頃から連絡を取り続けることを怠ってはいけないということです。何か問題が起きた時、助けてほしい時にだけ連絡するようでは、信頼関係を築くことはできません。国連に限ったことではありませんが、仕事をするにあたり、人間関係は大変重要です。
また、常に自分の置かれている立場に留意し、慎重な言動を心がけてほしいと思います。自分の発言に責任を持つことはもちろん重要ですが、様々な立場の人がそれぞれの思惑に基づいて駆け引きを行っているような場では、自分の不用意な発言やちょっとした同意が、自分の意図から外れて一人歩きしてしまうことも多々あるからです。誰に対して何を言うかをよく考えて行動することが、信頼を得ることにつながっていきます。
(2006年10月9日、聞き手:大槻佑子、コロンビア大学にて国際関係学を専攻。
幹事会開発フォーラムとのネットワーク担当、
写真:田瀬和夫、国連事務局で人間の安全保障を担当。幹事会コーディネーター)
2006年10月23日掲載