第48回 益子萌さん
(平成25年度外務省委託平和構築人材育成事業研修員によるリレー・フィールド・エッセイ企画 第2回)
国連開発計画ジンバブエ事務所(UNDP Zimbabwe)
平和構築担当官(Peacebuilding Officer)
事務所では、いたるところに潘基文国連事務総長と
ロバート・ムガベ大統領の写真が並べて飾ってある
益子萌(ましこもえ): 東京都出身。カナダで高校から大学院までを過ごす。ビクトリア大学政治学部(国際関係・比較政治)修士課程修了。これまでにNGO、国連、世界銀行、独立行政法人国際機構(JICA)などのインターンシップや短期契約の仕事でベトナム、アメリカ合衆国(ニューヨーク、ワシントンDC)、シエラレオネ勤務を経て、2014年2月に外務省委託平和構築人材育成事業に参加。同4月より国連開発計画(UNDP)ジンバブエ事務所で平和構築担当官国連ボランティア(UNV)として勤務中。
1.国際社会から干されるジンバブエ
皆さんはジンバブエという国名を聞いたときに、まず何を思い出すでしょうか?2008年に世界中でニュースになったハイパーインフレーションや、今年90歳を迎えたムガベ大統領の独裁政権など、あまり良いイメージはないと思います。2009年の米ドル通貨導入を皮切りにインフレは大分収まりましたが、相変わらず政治的にはとても難しい国で、公共の場でムガベ大統領の批判はおろか、政治の話をすることは出来ません。私たちいわゆる外国人は最悪の場合国外追放で済みますが、現地の人たちでムガベ政権に批判的な活動をした人がいきなり「行方不明」になった、なんていう恐ろしいことも耳にします。そんなジンバブエですが、元々はアフリカ有数の農業国であり、「アフリカの穀倉庫」と言われるほど豊かで発展した国でした。また、現在でも識字率は90%を誇るアフリカ一教育レベルの高い国なのですが、国民の80%が失業者という悲しい現実があります。そんなアンバランスな崩壊国家を作ったのは、1980年にイギリスから独立して以来ずっと続くムガベ政権です。
僅かここ30年の間に起こったジンバブエの独立、発展、そして崩壊は、ムガベ大統領なくしては語れません。ジンバブエの主要民族であるショナ族出身の大統領は自らも教員免許を持つ教育者であり、独立時に首相(現在は大統領)となり、白人と黒人の融和政策をはじめ教育と保健に力を入れ、ジンバブエをアフリカ有数の発展国家に成長させました。しかし2000年以降は反白人的思想を全面的に出し、実質白人農場の強制没収となった「土地改革」を実施、2003年にはイギリス連邦からも脱退しました。経済の悪化は国全体のインフラにも影響を及ぼし、病院、上下水道、電気、電話などの機能が徐々に低下、衛生状態は悪化し、コレラ・エイズが蔓延したのはつい数年前のことです。そして2008年にはインフレ率2.000.000%とも言われたハイパーインフレーションが起こり、国際通貨基金(IMF)にもさじを投げられ、前述の通り失業率は80%に達するという崩壊国家となったのです。
その当時と比べると現在の生活は大分まともになった様子ですが、現地の人たちは皆口を揃えて「昔は本当によかった。生活は苦しくなるばかりだ」と言います。一方で、当のムガベ大統領は40歳以上年下の妻と豪邸に住み、プライベートジェット機を飛ばして定期的にシンガポールで医療を受けて健康維持に励んでおり、(生きていれば)4年半後に95歳で迎える8期目の大統領選挙に出馬を表明したばかりです。このような反白人土地政策や過去の数々の不正選挙プロセスから、欧州連合(EU)、アメリカ、イギリス、オーストラリア、カナダ及び北欧諸国はジンバブエ政府高官の渡航禁止、資産凍結等の制裁措置を取っており、ジンバブエ政府は「ルック・イースト」政策と称して、特に中国やイランとの関係を強化しています。しかし、このような傾向はジンバブエが特別なわけではありません。長く続いた白人支配下で自国の為に戦い、独立の英雄となり、今度こそ黒人・現地の人々による「民主的な」国の建設を目指した結果、極端な反白人政策・独裁政治に走るジンバブエは、もとを辿れば植民地政策が招いたアフリカ諸国の「バスケットケース」(典型的な例)なのです。
高層ビルもあり、発展したハラレ中心地の街並み
一方で郊外に15分も走れば、野生のシマウマが
そんな国ジンバブエですが、もともとの発展度が高かったため、アフリカ大陸の中では暮らしやすいほうだと思います。日用品などの約80%が国境をまたいで存在するアフリカ随一の先進国・南アフリカ共和国から陸路で輸入されており、スーパーマーケットは品揃えも豊富です。こちらに来て3ヶ月が経ちましたが、食事に困ったことはありません。物価はコーンフレーク一箱が約5ドル程度と、北米と同じ値段なので高いと感じる人が多いのですが、私はそこまで不満を感じません。日本の皆さんは驚くかもしれませんが、アフリカはインフラが整っていないため物資の輸送費、設備費諸々等が高くつき、基本的に物価は日本を含むアジア諸国よりもはるかに高いのです。例えば、いわゆる外国人が住む、お湯が出てインターネットが使えるアパートは、基本的に月1000ドル以上はします。でも街にはお洒落なバーなども数多くありますし、週末も楽しめます。また、国内にはあの有名なビクトリアの滝やグレートジンバブエなどの世界遺産も多く存在するなど、ジンバブエはとても自然が豊かで美しい国なのです。
ビクトリアの滝
2.国連開発計画(UNDP)と仕事について
国連開発計画(以下、UNDP)は世界177の国と地域で活動し、ミレニアム開発目標を中心に民主ガバナンス、危機予防と復興、エネルギーと環境、HIV/エイズ、女性のエンパワーメントなど様々な地球規模の問題に対し啓発及び政策提言を行う、主要国連機関の一つです。
中でもUNDPジンバブエ事務所には職員約70-80人が在籍しており、世界的に見ると中規模の事務所だと言えます。プログラム部門は大きく分けて1)民主ガバナンス、2)貧困削減、3)エネルギーと環境、4)HIV/健康と開発の4つの部署から構成されており、どれも国連とジンバブエ政府が4年毎に共同で制定する国家開発援助の枠組み(Zimbabwe United Nations Development Assistance Framework:ZUNDAF)に基づき活動しています。その中でも私は民主ガバナンス部署にあるガバナンスとジェンダー主流化課に所属しており、平和構築プログラム担当官という肩書きのもと、平和構築プログラムに携わっています。上記の通り様々な欧米諸国から制裁を受けるジンバブエでは、国連の存在はかなり大きく、中でも一番政治的な組織であるUNDPは、この国の独裁政権と直接関われる貴重な機関です。
カントリーディレクター(右)と、同僚(中央)
今まで様々な人権侵害・政治犯罪を繰り返してきたジンバブエ政府ですが、2012年に改正された憲法により「平和調停委員会」(以下、委員会)を発足し、国の民主化、平和と発展への第一歩を踏み出しました(国の現状をやっと重く受け止めたのか、欧米諸国からの援助再開を請うためのアピールなのか様々な見解がありますが)。しかし予算と能力がなく、発足して2年が経っても委員会はまったく機能していません。そこでUNDPが2014-2015年度の2年間で5億円の予算をつけ、この委員会の運用化、能力強化を通して国の長期的な民主ガバナンス(統治)強化を支えるべく「平和構築プログラム」を立ち上げたというわけです。
主なパートナーがジンバブエ政府の為、「民主ガバナンス」プログラムとは呼ばずに(裏を返すと「反汚職」と聞こえ、政府の支援が得られないため)、「平和構築」プロジェクトの中に「レジリエンスの構築」「雇用促進」「女性のエンパワーメント」「防災予防」など思いつく限りの開発用語を織り交ぜオブラートに包んだ包括的な戦法をとっています。プログラムは先月の末にやっと正式に調印され、現在本格的な運用化に向け、日々政府官僚ほか援助団体と協議を繰り返し、委員会メンバーの選出、具体的な活動案(委員会メンバー及び関係省庁の能力強化、雇用促進を目的とした情報センター設立、女性の生計手段の確立など)、目標と指標などを模索中です。同時に多岐にわたるNGO市民社会団体と協力し、平和と民主ガバナンスについての啓発のため、委員会の存在と理解を国民に広げるためのワークショップなどを開催しています。
まだ着任3ヶ月目ですし、プログラムが本格的に始まっていないため、現段階での私の業務は書くことが多く、上司と協力のもとジャーナル記事をいくつか出版したほか、政府関係者に提出する報告書・白書の執筆などをよく行っています。また、部署内でも、人権と地方自治に特化したグループ(human rights thematic groupとlocal governance thematic group)に所属し、主な利害関係者との協議、調整業務や、ワークショップの企画、準備と開催などで日々追われています。同僚にも恵まれ、自分からNGO等と連絡を取り合い意見交換をする場も沢山ありますし、全ての会合において必ず発言を求められ、そして意見を尊重してもらえるので、とてもよい経験をしています。これから本格的にプログラムが始動するにつれ、特に貧しい地域での活動も増え、それに伴った地方行政や村長・首長などとの会合のための地方出張も増えてくると思うので、とても楽しみにしています。
女性のエンパワーメントのための部署内イベント
3.おわりに
政治の中でも特に民主ガバナンスは、国際協力の中でも特にその正当性、効率性に議論のある難しい分野だと思います。まず第一に、国の政治というのは基本的にその国の国民が自発的に変化をもたらすべきであり、国連の中でも発言権の強い「欧米諸国」が、昔の植民地であるとともに、まったく異なった歴史と文化を持つ国々を「民主化」するというのは、トップダウン(上意下達式)の思想であるという見解があります。確かに、独立国の統治権を軽視した様な政策は、場合によってはその国の不安定性を深めるだけです。そして第二に、この分野の仕事というのは途上国においても政府官僚など基本的に上層階級を相手にした活動が多いため、受益者が見えにくく、時として誰のための支援なのか分らなくなることがあります。また、政治分野の仕事はその性質として長期的な国家開発に対する投資が多く、短期間では成果が見えにくいため、食料援助や難民、子供の保護など、ほかの国連機関が行う社会的弱者・困窮者の緊急援助や人道支援と比べると陰に隠れがちです。しかし、忘れてはならないのは、ガバナンスは“cross-cutting”な(すべてに共通した、横断的な)問題であり、食糧危機、難民問題、児童労働などはもとを辿ればすべて、歪んだ国の在り方、まさに統治に関する問題によって起こるものだということです。
私は、「グッド・ガバナンス」こそが、長期的には地球上で医者よりも多くの人間の命を救い、人道支援のような応急処置的な支援を超えて、途上国に持続可能な平和と発展をもたらす一番の方法だと信じています。国連は非常に政治的な組織で、当然問題もありますし、まだまだ私が知らないことばかりです。しかし、常に論争が絶えない開発政治分野の中で開発銀行や政府機関よりは比較的中立性があり、NGOよりも更に地球規模で活動できる国連で、今後も世界のより良い国家つくりのために貢献できたら幸いです。また、そんな抽象的で野心的な理想を私のようなまだ駆け出しの若者が堂々と語れる国連に、ロマンを感じます。
次世代を担う子供たちとも平和について語る
最後になりましたが、その第一歩を踏み出す為の素晴らしい機会をくださった外務省委託平和構築人材育成事業に心から感謝いたします。
[注]本稿は、2014年7月21日現在の情報をもとにしています。また、本稿はあくまで筆者の個人的立場と考えに基づいて書かれたもので、所属機関の見解を代表するものではありません。
(2014年10月26日掲載、担当:石井はるか・廣本のどか、ウェブ掲載:高橋愛)