「国際刑事司法の動向と新しい流れ」
藤原広人さん
国連旧ユーゴ国際刑事裁判所(ICTY)検察局犯罪分析官
2010年1月19日開催
於: ニューヨーク国連日本政府代表部会議室
国連日本政府代表部/国連フォーラム共催 合同勉強会
質疑応答
■Q■ 被害者信託基金の現状はどのようか。また「TFVによるReparationsの決定」といった場合の、具体的な決定主体は何か。
■A■
・
2008年時点でのデータによると、基金の規模は総額3,050,000ユーロ(EUR)(約3億8,180万円)であり、これまでの受益者の総数は、ウガンダとDRCの計34プロジェクトで38万人となっている。
・基金は、ICC締約国会議(ASP)が、個人資格に基づき選出した、世界の5つの地域を代表する理事と、理事を補佐する事務局により運営されている。現在の理事は、シモーヌ・ヴェイユ女史(仏)、タデウス・マゾビエツキ元ポーランド首相、デズモンド・ムピロ・ツツ・ケープタウン大主教(南ア)、アーサー・ロビンソン元トリニダード・トバゴ大統領、ブルガー・アルタンゲレル元モンゴル大使。
■Q■ 被害者信託基金が、ICCと国内裁判所の役割分担に与える影響についてどう考えるか。また、ICCが被害者信託基金という国際協力における「平和構築」に近い支援に乗り出すにあたって、どのように既存の支援とは違う独自性を持つべきと考えるか。
■A■
・私見では、Reparation Programsの実施主体として国内裁判も含めうるので、国内裁判とICCがうまく協力していけることが望ましい。
・被害者信託基金の独自性は、やはり刑事司法との関連の中で、平和構築における被害者と加害者の対話の醸成といった視点がある、ということではなかろうか。
■会場からのコメント■
・2000年ごろ、人間の安全保障基金から、ボスニア人とセルビア人の和解・共生を目的に支援をしたことがある。この事業は、見落とされていた「和解・共生」という目的を、UNHCRが補完的に行ったものである。今後、ICCがこの目的に焦点を当てて支援に乗り出すことは有意義であると思う。
■Q■ 修復的司法という方向性は、道徳的・規範的に望ましいものと考えるか。
■A■
・
刑事裁判(矯正的正義)というスキームだけを通じて、引き裂かれた社会を修復するのはほぼ不可能。そればかりか、むしろ亀裂を深めるという指摘もある。国際刑事司法に携わる当事者たちも、設立当初の熱狂が冷めてみると、被害者と加害者の和解をはじめとして、国内社会に対して、国際刑事裁判が期待されていたような益を達成していない、ということに気付き始めている。これらのことからも、修復的司法という方向性は望ましいものと考える。
・一方で、国際刑事司法という法律の世界からみると、やはり被害者信託基金といった存在は異色であり、法律の「純粋性」を汚すものと考える人もいる。被害者信託基金の法的位置づけを今後、どのように詰めていくかは課題であろう。
■Q■ 被害者を救済する必要性は、国際刑事司法の各種国際法廷で共通と考えられるが、判決の執行における被害者の救済等、現実の履行段階においては、やはり事情が異なってくるのか。
■A■
・一般的には有罪確定者の服役先は、基本的には各国のボランティア・ベースで行われている。たとえばICTYでは、各国と個別に引き渡し協定が定められているので、その協定にしたがって行われる。刑の執行にかかる費用に関しては、たとえばシエラレオネ特別法廷(SCSL)の例では、@有罪確定者の受入国と特別法廷との間の行き来(法廷での証言の場合も含む)及び、A有罪確定者が死亡した場合の本国への送還以外については受入国が負担することとされている。
・被害者への金銭補償については、ICTY・ICTRは基本的にノータッチである。ICCにおいては、理論的には可能であるが、実際的にどのようなプロセスを経るかは、現実例がないため不明。
■Q■ 国際刑事司法における実体法(刑法、刑事訴訟法等)はどのように定められているのか。また、ICTYが安保理決議によって法的拘束力を付与されているとはいえ、実体法に関して各国で要件等の差異がある場合、どのように処理するのか。
■A■
・手続きについて、ICTYでは、最初に裁判官選定をし、その後裁判官により手続法の制定が行われた。各国国内法との関係では、バルカン半島ではデイトン合意でICTY協力義務が定められているので問題は生じない。その他の地域については、司法共助という形となる。
・
ICCでは、実定法、手続法の双方が国際条約として定められている。各国国内法との関係は、司法共助として処理される。
議事録担当:錦織
ウェブ掲載:岩崎