「国際精神保健:開発・人道における精神保健・心理社会的側面ならびに国連職員のメンタルへルス」
井筒 節さん
国連管理局・心理官
2010年3月5日開催
於: 国連人道問題調整事務所内(ニューヨーク)
国連フォーラム主催 勉強会
質疑応答
■Q■ 心理官が国連内で1人しかおらず、常駐の精神科医がいない事に驚きを覚えるが、どのように考えているのか。
■A■
心理官は確かに1人だが、スタッフカウンセラーは世界中に約100人いる。また、WHOなど専門機関にもスタッフカウンセラー等が配置されている。常駐の精神科医はいないが、外部機関とコンサルタント契約をしているほか、NYU精神科との密接な協力関係があり、救急対応ほか、レジデントを週に3回派遣してもらうなどして、適宜対応している。2006年のIASC精神保健・心理社会的支援タスクフォース創設以降、国際赤十字やセーブザチルドレンなどNGOと協力する取り組みも始まった。ガイドラインが制定された事も大きな成果である。
■Q■ 精神の健康と経済状態の関係性について聞きたい。旧ユーゴスラビアの人々の様子を見ていると、時間だけでなく経済的な向上も精神の癒しに関係してくると思われる。
■A■
経済発展によって紛争後の優先事項である「安心」が生まれるのは事実であり、精神保健上重要な貢献となる。ただし、どんなにお金があっても、人間のQOL(生活の質)にはその他の感情的側面(憎しみ、恨み、恐怖、不安、悲しみなど)が大きく関わる。開発においては、「経済」と「人々の感情」両方を考慮していく事が重要。ジェンダーなども重要な視点の一つであり、これら人権問題においては、常にその精神保健的側面に目を向ける必要がある。
■Q■ メンタルヘルスを定量的に図る方法はあるのか、またメンタルヘルスを計測する試みはどれだけされているのか。
■A■ WHOや研究者によって作られた精神医学上の尺度がある。簡便なものとして、6問でその人のうつや不安度合いが推定できる尺度(K6)などがあり、様々なプログラムの評価等に精神保健上の評価を取り入れることは難しくない。
■Q■ 紛争後のトラウマについて聞きたい。紛争後の真実委員会で犠牲者の家族が証言する事があるが、メンタルヘルス的にはどのような効果があるのか。
■A■ 非常に難しい問題である。人それぞれの癒しのプロセスがあり、真実委員会等で苦痛を共有する事により逆に長期的な精神疾患や憎しみなどが増える場合もある。ケースバイケースで対応していく必要がある。重要なのは、真実委員会等において、メンタルヘルスの専門家をパネルに配置する事、またプログラムの組み立てにメンタルヘルス的な視点を取り入れて行く事である。メンタルへルスには、日ごろの日常的心がけ等も重要であるが、精神医学的専門知識が必要とされる側面も多く、心のケア等を行う場合、訓練を受けた専門家と協力することが欠かせない。善意で行われる心理社会的介入が、専門的知識に基づくものでない為、逆に精神保健上有害である場合もよくみられる。様々なプログラムに、精神保健専門家を巻き込んでいくことが重要。
■Q■ 国連職員のメンタルヘルス対応について聞きたい。守秘義務に関してだが、国連職員は自分の組織内の人(心理官やカウンセラー)を信用して全てを話す事が出来ていると思うか。また、多様なバックグラウンドを持つ国連職員に対してどのように対応しているのか。
■A■
守秘義務に関する規定は、外部医療機関と同様のものがある。一方で、国連は治外法権が確立しているので、どこの国の法律も適用されない。人事局等とも密接な協力関係があるが、守秘義務の遵守については、常に注意が払われ、スタッフの通院情報、医療情報等がスタッフの預かり知らぬところで他部署に伝わることは一切ない。電子カルテシステムのセキュリティを向上するなど工夫をしながら日々改善している。例えば、スタッフカウンセラーが書いたカルテを医者ですら閲覧する事が出来ない。多様なバックグラウンドに関しては、国や地域によって差はあるものの、人間の反応はコアの部分では同様であると日々の業務から改めて感じている。語学の問題はもちろんある。例えば、先般のハイチにおける地震では、精神保健・心理社会的支援を必要とするスタッフの多くがフランス語かクレオール語を話す人々であったため、フランス語・クレオール語を話すことができるカウンセラーを世界中のPKOミッション等から一時異動させ、現地に送ったりした。カウンセリングにあたる職員の男女比も考慮されている。
■Q■ 任地で暴力の被害にあったがすぐに対応ができない場合どうしているのか。
■A■
現地に必ず医療(精神保健を含む)のフォーカルポイントがいる。現地の医療フォーカルポイントの判断により、国外での治療が必要な場合などは、24時間体制でニューヨークにおいて承認、緊急対応ができるシステムになっている。
■Q■ 途上国支援にメンタルヘルスを取り入れる際、国によって考える精神疾患を判断するレベルが違うと思うが、どのように対応しているのか。
■A■
精神疾患に関してはICD-10というWHOによる診断基準が確立しており、世界的に標準化をはかっている。各国の法律や政策、文化・状況に基づいて、精神保健上の問題の規模、表現形、医療システムの質の違いなどはある。国連は、地域の既存のヘルスワーカーが精神保健的な配慮・対応が出来るようなキャパシティビルディングやガイドラインの制定に重点的に取り組んでいる。
■Q■ 途上国で精神科医が不足している認識はどれだけあるのか。また、精神科医に的を絞ったプロフェッショナルの育成についてどのように考えているのか。
■A■
精神科医は絶対的に不足している。精神科看護師、臨床心理士、精神科ソーシャルワーカーなども更に足りない。WHOは精神科医を増やそうと努力している。一方で、精神科に特化した人材を新たに育成するには時間・費用がかかるため、国連としては、既にヘルスワーカーなどとして働いている人員(HIVや妊産婦保健に関わる保健師や、プライマリへルスケアに関わる医師など)に、メンタルヘルスに関するトレーニングを積極的に行い、彼らが精神保健的対応を行えるようにする事が重要。
■Q■ 既にいる人員へのトレーニングは自殺の予防にはなってもうつ病の解決にはならないと思うが、どのように考えているのか。
■A■
プライマリヘルスケアに関わるヘルスワーカーなどへの精神保健トレーニングは、抗うつ薬や抗精神病薬などの向精神薬の処方から、認知行動療法のような精神療法に関するトレーニングを含む。よって、うつ病や精神病への対応も含め、包括的に対処できるようにすることを目的としている。現在、精神疾患の治療法に関するガイドラインをWHOを中心に(UNFPA等が資金・技術協力をしている)作成している。
■Q■ 国連内の力関係がメンタルヘルスへの取り組みに影響を与えているのか。
■A■
今の所、国連本部では残念ながら表立って積極的にメンタルヘルスを推進している国はない。WHOではイタリア等がサポートしてきた。WHOのメンタルヘルス部門の資金を日本が拠出していた事もある他、UNFPAにおいては、津波後の心のケアに日本が拠出をしたり、UNDP(国連開発計画)・UNFPA執行理事会などにおいても、日本は積極的に精神保健をプログラムに統合する必要性を提起してきた。インド洋津波や阪神大震災の影響は大きく、また、UNFPA等が取り組み始めた影響もあり、昨今の国連決議などでは、精神保健に関する文言がより多く含まれるようになってきた。最近では、UNFPAのトップがメンタルヘルスにつき積極的な取り組みをみせ、公式ステートメントを発出するなどしている。世界精神保健デーには、国連事務総長、UNFPA事務局長、WHO事務局長が共同でステートメント・プレスリリースをだすなどした。ハイチ大地震の影響も見られ始めており、国連職員の精神保健についての関心も、国連内部で高まっている。
議事録担当:成松
ウェブ掲載:渡辺