「国際精神保健:開発・人道における精神保健・心理社会的側面ならびに国連職員のメンタルへルス」
井筒 節さん
国連管理局・心理官
2010年3月5日開催
於: 国連人道問題調整事務所内(ニューヨーク)
国連フォーラム主催 勉強会
■1■ 開発・人道における精神保健
■2■ 国連職員のメンタルへルス
■ 質疑応答
国際精神保健は国連の中でも新しい分野であり、これから着実に発展して行く。開発や人道支援、国際の平和と安全に関する活動を進めて行く中でも、感情など一人一人の感情や心の状態に目を配っていく必要がある。
1)精神保健(メンタルヘルス)とは
精神保健とは人の感情や心、そして思考や行動に関わる事柄である。精神疾患をめぐる事柄も含むが、より広いQOLや日々の感情に関する事象を指す。心の問題は、脳内で起こっているものであり、「心」と「体」の切り分けは、実は恣意的なもので、心と体はつながっている。
精神疾患とはうつ病、不安障害、外傷後ストレス障害(PTSD)、統合失調症、摂食障害、知的障害、自閉症、認知症、アルコールおよび薬物依存症などを指し、世界で4人に1人が一生に一度以上経験すると言われている。驚く事に、世界の年間自殺者数は約100万人であり、戦争(31万人)、殺人(52万人)を大幅に上回る。ミレニアム開発目標(MDG)の一つでもある妊産婦死亡数(MDG5、52万人)と比較してもその深刻度合が分かる。人間は「感情」の生き物であり、感情は人々の思考や行動に大きな影響を与える事を理解する必要がある。
2)健康(保健)の定義
世界保健機関(WHO)による健康の定義(1946)、また国連による健康権の定義(ICESCR, 1966)には身体健康と共に精神保健も含まれる。
3)人間の安全保障(1994〜)
国家の安全保障だけでなく人々の @欠乏からの自由 A恐怖からの自由 を提起した概念。特に恐怖とは人々の「感情」であり、精神保健にも目を配る必要性が国際社会で認知されるようになってきた。
4)国際精神保健について
精神保健上の問題は国際社会の優先事項の結果として生じると共に、これら優先事項の根本原因の一つでもある。
世界で4億5千万人が精神保健上の問題を有しており、プライマリヘルスケアを訪れる5人に1人は何らかの精神疾患を有する。特に、自殺は若者の死因の第3位である。途上国には若者が多く、積極的に取り組んでいかなければならない問題である。WHOが発表している、障害調整生存年数(DALYs: disability adjusted life years)でもうつ病は第3位の疾患であり、2030年までに1位になるとされている。
国際精神保健では様々な問題が議論されている。例えば、(1)自然災害(地震・津波・台風など)後のうつ、不安や心の傷 (2)人権侵害(レイプ・拷問・差別など)後の心の傷 (3)戦争・紛争、及びその結果としての難民生活などによるストレス (4)貧困による精神保健的影響、また精神保健上の問題が貧困に与える影響の悪循環、などが挙げられる。憎しみや恐れといった精神保健上の問題は、自爆テロ等の根本原因の1つである。また、途上国の援助においても貧困や紛争・災害による「国民総うつ病」状態であっては、資金援助だけでは意味をなさず、人々がモチベーションを高め、相互扶助を促進するためには、心の側面に介入することが不可欠である。
5)精神保健政策を持たない国
多くの途上国では精神保健政策がなく、システマチックな精神保健対応はされていないことが多い。国民10万人あたりの精神科医の数が0〜1人という国が多い。宗教家や祈祷師がその役割を担っているケースが多々ある。
6)国連における精神保健に関する活動
UNFPA - WHO 精神保健共同プログラム
これまで国連の「専門機関」であるWHOが積極的に精神保健に関するガイドラインの制定などに取り組んできたが、残念ながら「実施機関」がなかった。2006年に 「UNFPA - WHO 精神保健共同プログラム」が創設され、UNFPA(国連人口基金)の活動にメンタルヘルスを統合していく事になった。主要精神疾患への治療パッケージの開発(mhGAP)、アウェアネス向上、ガイドラインの作成や技術協力など政策やプログラムへの精神保健の統合などが行われている。
機関間常設委員会(IASC)緊急時の精神保健・心理社会的支援タスクフォース
2006年に創設され、タスクフォースが制定したガイドライン「 IASC Guidelines on Mental and Psychosocial Support in Emergency Settings」には災害時の国連やNGO機関などの精神保健に関する統一指針が示されている。各アクターの活動を調整し、より効果的な活動が行われる事が期待されている。
■2■ 国連職員のメンタルヘルス
1)国連職員のメンタルへルス上の問題
原因として(1)多文化・多国籍の職場 (2)紛争・災害・甚大な人権侵害や極度の貧困に対する対応 (3)出身国や家族や友人から離れた生活 (4)危険地を含む海外出張の多さ (5)非日本型の契約形態(異動の多さ、同僚との競争など)(6)官僚主義 (7)テロなどの標的になりうること、などが挙げられる。
2)国連における精神保健サービス
2010年3月現在、国連ニューヨーク本部医療サービス部には医師8名、看護師10名、スタッフカウンセラー2名、心理官1名が配置されている。主に、医師は体、心理官は精神、と責任範囲が違う。原則として、スタッフカウンセラーがスタッフへのカウンセリングやストレスマネージメントワークショップなどを実施する。心理官は、事務総長に対する国連の保健関連業務に関するアドバイザーである管理局メディカル・ディレクターに対し、精神保健・心理社会的側面につき、コンサルテーションを行うのが主な仕事。精神保健に関する政策を作成したり、プログラムの実施を行う。現在は、スタッフカウンセラーが足りないため、心理官も治療に携わっているのが現状。常駐の精神科医はいないが、嘱託の精神科医が定期的にコンサルテーションを行うほか、NYU精神科レジデント(医師)を受け入れるなどしている。多くの国事務所に医師もしくは看護師、またスタッフカウンセラー(またはストレスカウンセラー)がいるが、配置に関しては現地事務所の判断・財政状況等に左右される。UNVとして医師を雇うこともある。心理官やカウンセラーが提供している精神保健サービスには、カウンセリング、他院への紹介、治療目的の国外退避、病欠認定、セキュリティスタッフの武器携帯許可などがある。ストレスマネージメントワークショップなども開催されている。
3)国連職員のメンタルヘルスの特徴
相談内容は多岐にわたる。例えば、(1)職場の人間関係(特に上司との関係)に関する相談 (2)家族をめぐる相談(離婚、異動に伴う子どもの反応など)(3)うつ病や不安障害を中心とする精神疾患(4)人道危機・紛争・その他暴力(誘拐、レイプ、身体暴力、武力攻撃など)などによるトラウマ関連疾患、などが挙げられる。長期療養や医療国外避難の審査はニューヨーク本部にて行う。様々な国から送られてくる診断書の判断の難しさがある。
4)「心」と「国連」
「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和の砦を築かなければならない」( 国連教育科学文化機関(UNESCO)憲章 、1945)
■ 質疑応答
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議事録担当:成松
ウェブ掲載:渡辺