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第1回
長谷川 祐弘さん
包括的な平和構築支援の必要性
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HOME私の提言> 第2回

「日本発で平和構築への企業の取り組みを推進しよう」

佐藤 安信 さん
東京大学教授 大学院総合文化研究科「人間の安全保障」プログラム担当、
弁護士 長島大野常松法律事務所 (非常勤)顧問

略歴:佐藤 安信(さとう・やすのぶ)。東京都出身。法学博士(ロンドン大2000年)、法学修士(ハーバード大89)、政治学士(早大82) 84年から弁護士(東京弁護士会)として日本および、ニューヨーク(NY州弁護士会91)、アムステルダム、ブラッセルなどで法律実務に携わる。その間国連難民高等弁務官事務所、国連カンボジア暫定統治機構、欧州復興開発銀行の各国際機関で法務官など歴任。99年に名古屋大学大学院国際開発研究科に奉職し、05年に東大に転任。02年から平和構築研究会を主催。

水田 愼一 さん
?三菱総合研究所 海外事業推進センター 国際戦略研究チーム 政策アナリスト、
東京大学大学院総合文化研究科「人間の安全保障」プログラム博士後期課程

略歴:水田 愼一(みずた しんいち)。東京都出身。早稲田大学政治経済学部卒業後、外務省入省。同省北米第一課を経て、米国にて在外研修(ニューヨーク大学大学院修士課程修了(政治学修士))。東欧課、南東アジア第二課にてコソボ、東ティモールの紛争解決や復興支援に従事。大臣官房総務課を経て02年10月同省退職。同年11月より現職。現在は、民間の立場から平和構築をはじめとする外交・経済協力政策や通商政策にかかる調査研究・コンサルティングに従事している。また、大学院にて平和構築分野(紛争国の民主化)の研究に取り組んでいる。

 


1.背景
2.問題点
3.分析
4.提言


1.背景:平和構築*1 とビジネスとのつながり

「平和構築と企業」はたまた「平和構築とビジネス」と聞いてどれだけの人がピンとくるであろうか。平和構築といえば、多くの場合、政府や国連、NGOが主たるアクターとして活動を行うものと思われている。しかし、紛争経験国の現場を経験した人であれば、紛争国におけるさまざまな事象に多かれ少なかれ民間企業が関わっていることを、身をもって感じたことがあるのではないかと思う。分かりやすい例で言えば、ドナー国や国際機関が主導して行う復興開発支援の多くも、実際に実施するのは発注を受けた民間建設会社やコンサルタント会社である。また、情勢が安定してくれば商業機会を求めて様々な外国企業が参入してくるし、地場の経済活動も活性化する。企業活動が活性化することは、雇用を創出し、平和と安定を促進するために極めて重要である。企業が果たす役割は、紛争後にとどまらない。紛争前や紛争中でも、企業の活動が半面、紛争を助長したり、いわゆる戦争経済のような紛争の構造要因に結びついている例も多い。またこのような闇経済は、国際的な犯罪シンジケーションなどによって、先進国の利害と結びついている可能性もある。最近日本でも話題とされる人身取引や麻薬問題などはその一部分ではないか?逆に言えば、企業が本気で取り組めば、紛争を抑制したり、紛争解決を促したりすることができるかもしれない。このように企業は実は様々な形で紛争との関係を持っているといえよう。平和と企業との関係は、それこそ一大学問領域を創造できるくらいの論点を含んでいると思われる。

2.問題点:平和構築の対話・協力の場に企業という重要アクターが欠けている!

このように平和構築とビジネスとの間に重要な関係が存在する一方で、平和構築と企業との関係がどのようになっていて、どのような企業活動が平和構築に対して良い影響や悪い影響を与えるのか、企業が従うべき行動規範とはいかなるものなのかといったことについて、まだまだ十分な研究や取り組みが行われてきているとはいえない。英・独等の諸外国では、「平和ビジネス(Business of Peace)」、「平和のためのビジネス(Business for Peace)」といったテーマで平和と企業・ビジネスとの関係について、企業も巻き込む形で研究・取り組みが行われるようになってきているが、このような動きはまだまだ緒についたばかりである。一方で、日本ではこのような取り組みは今のところほとんど皆無といってよい。


確かに、日本でも、平和構築の一側面において企業が積極的な関わりを持ってきているような事例もある。ジャパン・プラット・フォーム(JPF)は、日本の民間セクターが紛争・災害時の緊急人道支援に取り組むために積極的なイニシアティブを示してきた代表例である。しかし、JPFが取り組むのは主として緊急支援であり、最近になって一部復興支援に関わる活動にも取り組むようになってきたとは言え、紛争予防や中長期的な復興・開発支援を含めた企業の関わりを推進するための枠組みとはなっていない。


また、日本における問題は、そもそも平和構築を主題とした対話・協力の場への企業関係者の関心・参加が現時点では極めて限られているということであろう。近年、平和構築分野への関心の高まりを受けて、この提言が掲載されている国連フォーラムやその姉妹フォーラムである平和構築フォーラム、筆者の一人である佐藤安信が主催者を務める平和構築研究会をはじめとして様々な対話・協力の場が生まれ、活発な議論が行われるようになってきている。しかし、これらの対話・協力の場で参加者として名を連ねているのはたいてい政府・援助機関関係者、国連機関関係者、NGO関係者、大学関係者といった面々であり、民間企業関係者については、援助に直接従事する開発コンサルタント等の一部の業界の人たちを除きほとんど参加者が得られていないのが実情である。たとえば、国連フォーラムのメーリングリストに参加している約1200人*2 の中に企業関係者が含まれている割合は2%に過ぎない。

 

3.分析:国際社会では平和構築とビジネスに対する関心が少しずつだが高まりつつある

日本企業の平和構築への関心の低さを見ると、そもそも企業関係者に対して平和構築への関心を持ってもらおうと思うことに無理があるのではないか?という声も聞こえてきそうだ。しかし、世界に目を向けてみると、平和構築とビジネスとの関係の重要性について少しずつではあるが関心が高まりつつあることが分かる。


平和構築とビジネスとの関係について、総合的かつ多角的に研究に取り組んだ成果としては、プリンス・オブ・ウェールズ・ビジネス・リーダーズ・フォーラムインターナショナル・アラートが中心となって2000年にまとめられた「平和のビジネス:紛争予防・解決におけるパートナーとしての民間セクターの役割(The Business of Peace: The private sector as a partner in conflict prevention and resolution)」*3 が代表的であり、平和とビジネスとの関係について直接焦点をあてた包括的な研究レポートしてはこれまでで唯一のものといっても良い。


また、最近になり、平和とビジネスとの関係に直接の焦点を当てた取り組みが目立つようになってきた。たとえば、2006年9月には、ドイツ連邦経済協力省(BMZ)、英国国際開発省(DFID)、ドイツ技術協力公社(GTZ)、インターナショナル・アラートの4者協力の下で、「民間セクター開発と平和構築(Private Sector Development and Peacebuilding)」という名の国際会議が世界各国から140名以上の専門家の出席を得る形で開催された*4


さらに、最近の動きとして興味深いのは、ビジネス・スクールが取り組むべき重要な教育テーマの一つとして「平和とビジネス」を取り上げようという国際的な動きがあることである。マネジメント教育に関する国際的な第三者評価機関であるAACSB *5は、2006年に「善の世界:ビジネス、ビジネス・スクールと平和(A World of Good: Business, Business School, and Peace)」という報告書を発表した。同報告書では、ビジネスと平和との関係に関わる研究やそのための奨学金を奨励すること、ビジネス・スクールと平和研究に取り組んでいる他機関との協力を構築すること、平和概念をビジネス・スクールのカリキュラムに取り入れること等を提言として打ち出している。今後は、この提言を受けて、世界各国の主要なビジネス・スクールで平和とビジネスに関する研究や教育活動が積極化することが予想される。


日本でも企業の法令遵守義務(コンプライアンス)および企業社会責任(CSR)が近時声高く言われている。グローバルなビジネスでは、最近の「テロとの戦い」のための国際協力の拡大と強化もあって、マネーロンダリングなどの金融取引における犯罪の抑止が国際的にも規制対象とされてきており、日本も少なからずその影響を受けている。最近は、CSRも企業の対外的な活動ばかりでなく、社員の人事考査に反映させる企業も現れている。さらには投資活動にもこの影響が出てきている。つまり、企業の直接的な責任は当然として、間接的な責任としての貸し手責任としてばかりでなく、投資家の投資責任として、誰のどのような活動に資金が使われるかを監視しようという試みである。たとえば、"Know Your Customer"という規制が徐々に一般化しつつある。


他方、日本の民生技術が軍事転用化される危険があることも最近NHKの特集 *6 などでも指摘されつつある。日本は、非核三原則や、武器三原則などによって、軍需産業に関わらないことを国是としてきているが、日本の技術が大量破壊兵器やテロの道具に応用される可能性が懸念されている。公的な規制だけでなく、悪用しようとすると機能しなくなるような技術による自動防止機能を開発するなどのニーズも高まっているといえよう。逆に言えば、非軍事的な分野での日本の技術力による平和貢献が期待されているともいえる。たとえば、地雷除去や、難民・避難民への救援のための技術など日本の技術が平和構築に積極的に貢献する余地はまだまだあるように思われる。

4.提言:日本発の企業の平和構築イニシアティブを!

筆者たちは、平和構築においてビジネスが果たす役割の重要性を強く認識するとともに、日本においてこのテーマへの取り組みが遅れていることに危機意識を感じ、現在、「平和構築とビジネス」研究会の立ち上げに向けて準備を進めているところである。すでに、2006年7月に東京大学産学連携本部の主催により、右研究会立ち上げ提案会を開催し、出席者の方々から大変貴重なご意見を頂いた。その後、提案会でのご意見を踏まえ研究会の内容について検討を加えるとともに、提案会への企業参加者が残念ながらあまり多くなかったことから、企業関係者からの積極的な参加を得るべく関係方面への働きかけや意見聴取を行い、現在本格的な研究会の立ち上げに向けて準備を行っているところである。来る研究会では主として次のことを実現したいと考えている。


一つ目として、企業向けの「紛争とビジネス」ガイドラインの作成である。平和構築の文脈で企業が果たしうる役割や与えうる影響について、産業セクター毎にそれぞれのセクターの関係者を招いて検討を行い、それぞれのセクターにおける企業のビジネス・チャンスや企業が従うべきガイドラインの明確化を図りたいと考えている。平和に関わる活動に関心がある企業関係者は少なからずいる。しかし、多くの企業関係者にとっては自分に何ができるのか、自分が何をすべきでないのか明確でないのが現状である。しかも、何ができるか何をすべきでないかは、それぞれの産業セクターによって異なる部分が多い。石油・ガス等の天然資源が紛争の火種となっている地域においてこれらの産業で活動する企業が持つビジネス・チャンスや従うべきガイドラインと、外国人労働者などを扱うサービス産業が持つそれとは明らかに違うであろう。


二つ目として、上のガイドラインの根拠となるものとして企業社会責任(CSR)の中に、「環境」と同様に、「平和」の観点を盛り込む、いわば、「企業平和責任」のような概念を「国際的な企業行動規範」として作り上げるための提言を出したいと考えている。平和構築とビジネスにかかる国際的な企業行動規範を実現するための方法の一つとしては、この研究会を通じて「企業の平和責任憲章」のモデルを策定し、日本の民産官学の共同提案として国際社会に訴えていくことを提言することも一つの方法として考えられよう。ただ、このように全く新しいものを提案していくことにも意味があると考えられる一方、「国連グローバル・コンパクト」のように既にある国際的な企業行動規範の中に新たに平和構築にかかる条項を、たとえば、11番目の原則として盛り込むよう日本から働きかけていくことを提言することも一案であると考えられる。さらにこれを進めて、ISOのような認証制度への平和の観点を導入し、一般の投資活動に影響を与えるというビジネスモデルを研究する。エコ・ファンドのような、ピース・ファンドの設立を促し、積極的なビジネス・チャンスとして企業に提示することなどが考えられる。また、開発における、いわゆるフェア・トレードを平和の課題にまで広げた、ピース・トレードのようなことも考えられるかもしれない。市場経済の論理に絡め取られないようにしながら、いかにこれらを活用していけるかを真剣に考える必要があろう。


三つ目として、この研究会をきっかけとして、日本の民産官学が平和構築に協力して取り組むための恒常的な協力・研究・教育拠点を設立したいと考えている。この拠点は、政府、援助機関、国際機関、NGO、大学、企業等から得られる平和構築に関わる情報を集積し、相互に情報提供を図るとともに、具体的な協力を進める際の調整の役割を担うことが期待される。平和構築のための創造的な研究とその応用、および必要な人材育成や教育の戦略を練るのである。また、平和とビジネスとの関係に関する研究を含め平和構築にかかる様々な課題にかかる研究を政府・企業からの補助・寄付金や委託金によって実施する機関とする。さらに、日本のビジネス・スクールその他の大学院で平和構築にかかる教育を普及するための協力拠点として位置づける。難民奨学金などを官民で設立して、紛争などから逃れてくる難民・避難民を留学生として受け入れたり、客員教授として招聘することで、より深い理解に基づく現実的な政策とその実施に結びつける。英、独等の諸外国で平和とビジネスにかかる取り組みが進む中で、日本としてこれらの諸外国の取り組みと協調・協力していくために日本におけるこのような拠点設立が必要であろう。


平和とビジネスに関する取り組みは、世界的にもまだ萌芽が見られる程度の状況である。しかし、国際的な動きは、平和とビジネスが今後ますます重要課題として位置づけられる方向に向かっている。日本でも、私たちが準備を進める研究会に対して各方面から強い関心と期待が寄せられており、日本でも平和とビジネスとの関係については今後ますます関心が高まっていくことであろう。


ここで重要なのは、かつての様々な政治課題・開発課題と同じように、欧米先進国での動きを日本が追随するのではなく、むしろ憲法9条という特異な規範をもつ国の国民として、企業として、私たちがより早くより積極的にこの課題に取り組んでいくことであろう。使い古された言葉であるが、日本は世界第二位の経済大国である。日本経済は国際社会に依存し、日本経済が国際経済に与える影響は極めて大きい。その日本が、経済分野での平和構築イニシアティブを主導していくことは、平和国家日本としての比較優位を生かし、近隣のアジア諸国へのイメージアップを期待できることでもあり、また戦争の被害者すべてに対するある種の責務であるともいえる。日本の民産官学が一体となって、日本発の平和構築イニシアティブを推進していくことを強く提唱したい。


*1 ここで平和構築とは、紛争後の活動のみをさす狭義の平和構築ではなく、紛争前から紛争中、紛争後のあらゆる段階を含めて、その国に平和と安定をもたらすために行われる様々な活動を含む広義の平和構築を指す。
*2 2006年11月2日現在で国連フォーラム・メーリングリストへの参加者数合計は1204名。
*3 要約が右リンクより入手可能:http://www.iblf.org/docs/BusinessofPeace.pdf
*4 同会議のアジェンダ、配布資料等の詳細については下記リンク等を参照.。 http://www.gtz.de/en/unternehmen/16903.htmhttp://www.businessenvironment.org/dyn/be/besearch.details?p_phase_id=108&p_lang=en&p_phase_type_id=6
*5 The Association to Advance Collegiate Schools of Business:AACSBはマネジメント教育に関する国際的な大学評価機関として、米国の主要大学により1916 年に設立された協会であり、国際的な第三者評価機関として世界一の歴史と権威を有している。
*6 2006年7月10日のNHKスペシャル:危機と戦う テクノクライシス:軍事転用の戦慄 ロボット


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2007年2月19日掲載
担当:中村、菅野、宮口、藤澤



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