ポスト2015年開発目標
外務省国際協力局参事官(地球規模課題担当)
南 博さん
1983年東京大学法学部卒、1991年ケンブリッジ大学修士取得。1983年外務省入省。中国、英国大使館で一等書記官として勤務後、外務事務次官秘書官、経済局サミット担当企画官、欧州局西欧第二課長、国際社会協力部国連行政課長、同部政策課長を歴任。ジュネーブ代表部公使、ロシア大使館総括公使を務める。2010年6月から内閣参事官としてパッケージ型インフラ海外展開担当後、2012年1月より現職。
本年9月25日、ニューヨークの国連本部において行われたミレニアム開発目標(MDGs)特別イベントで、成果文書が採択されました。この文書においては、ポスト2015年開発目標について、貧困撲滅と持続可能な開発を目的とするとともに、策定のための政府間交渉を2014年9月からの国連総会冒頭に開始し、2015年9月の首脳級サミットで採択されるということが決定されました。この結果、ポスト2015年開発目標の成立に至る道のりが明確になったと言えます。
昨年6月のリオ+20の成果文書「我々の求める未来」の交渉において最後までもめたのが、持続可能な開発目標(SDGs)の部分です。とりわけ、SDGsをどうやって決めていくのか、またポスト2015年開発目標との関係がどうなるのかが議論の焦点でした。前者については、30名のメンバーによるオープンな作業部会を国連の下に作ること、後者については、ポスト2015年開発目標と整合的なものとして統合されることが決定されましたが、かなり不明確な内容でした。
リオ+20の後、SDGsを議論するためのオープン作業部会(OWG)を立ち上げるべくニューヨークでは議論がなされましたが、どのようにして30名のメンバーを選ぶかについて多大な議論と時間を要し、当初の想定より半年以上遅れて、本年3月にようやく議論が開始されました。一方、ポスト2015年開発目標については、リオ+20のフォローアップとは関係なく、国連事務総長の下に、27名のメンバーから成るハイレベルパネルが設置され、昨年9月から議論を開始しました。したがって、本年前半の段階においては、SDGsとポスト2015年開発目標との関係、その統合に至るプロセスは必ずしも明確ではなかったのです。
立ち上がりに苦労していたSDGsのOWGが議論を始めたところ、来年2月まではSDGsに含まれるべき個別テーマの掘り起こしの作業を行うこととなりました。一方、ポスト2015年目標に関するハイレベルパネルは本年5月に報告書を出しましたが、残念ながら各国政府に対する影響力はそれほどないことが明らかになりました。なぜなら、ハイレベルパネルは、事務総長が個人的資格で人選したメンバーから成る会議体であり、そこでの議論の成果物は国連加盟国にとっては直接関係がないものだからです。SDGsのOWGは、メンバー数は30名ということになっていますが、実際には1議席を3カ国程度で回り持ちしており、70カ国が議論に直接関与しています。議論も完全に公開されており、実質的に、国連でよく言われるところの、open, transparent and inclusiveな政府間交渉という要件を満たしていると言えます。
この結果、国連においては、SDGsのOWGがポスト2015年開発目標に向けた主要なプロセスと目されるに至り、総会に提出する報告書を議論する、来年3月以降9月までの時期がかなり重要性を持ってきています。今、OWGでは各テーマについて各国がどのような点を重視するか、という議論を行っています。このプロセスが来年2月に終了し、それ以降報告書作成のプロセスに入り、交渉モードに入っていくことになります。そうすると、SDGsにどのテーマのどのようなゴールとターゲットを具体的に入れるか、ということに議論が集中していくわけで、精力的な交渉が行われることになると予想されます。
ハイレベルパネルの報告書では、ポスト2015年開発目標として、貧困、女性、教育、保健、良い統治、平和、など12の目標をバランス良く整理しています。OWGの議論は政府間交渉ですので、政治的な考慮が入り込み、妥協の産物となりますので、バランスが良いもの、きれいな目標体系ができるかどうかはわかりません。
加えて、ポスト2015年開発目標が、SDGsを土台にして作られるということになると、MDGsとの根本的な違い、すなわち普遍性が生じます。MDGsは開発途上国のみが対象であり、かつ貧困撲滅が最大の目標でした。しかしながら、SDGsは先進国も対象となり、かつ持続可能な開発がもう一つの目標になるわけです。そうすると、実際に行われる政府間交渉において、開発途上国としては自国の貧困撲滅をめざす一方、先進国の過剰な消費・生産を抑えるべしと主張するでしょうし、先進国としては自らの経済活動にタガをはめられないようにする、ということになるでしょう。きわめて尖鋭な南北対立の交渉となることが予想されるわけです。
またさらに、この開発目標の問題と表裏一体の関係にあるのが、開発資金の問題です。2001年にMDGsが決定され、その翌年にモンテレーで開発資金会議が開催されたのは決して偶然ではありません。リオ+20におけるもう一つの重要な決定事項は、持続可能な開発のためのファイナンシング戦略に関する政府間委員会の設立です。この委員会も立ち上げに大変時間を要しましたが、本年8月に最初の会合が開催され、これもまた来年9月までに報告書を総会に提出することが予定されています。すなわち、SDGsに関する報告書、資金に関する報告書の二つが非常に重要な基礎文書となり、それを受けて事務総長が報告書を作成し、総会の下での政府間交渉を経て2015年9月の開発目標の採択、という流れになるわけです。
しかしながら、開発資金の問題も、これこそ簡単な問題ではありません。2002年のモンテレーの開発資金会議は、英独仏がODAの対GDP比0.7%目標の達成にコミットし、米国もミレニアム・チャレンジ・アカウントの設立を打ち上げるなど、華々しい成果をあげましたが、今はどこの先進国もODAを拡大する余裕はありません。加えて、途上国への資金フローにおいて民間資金の役割が増大している中で、果たしてODAの重要性はどこにあるのか、ODAの対GDP比0.7%目標の意味はどこにあるのか、民間資金を増やす方策は何か、革新的資金調達のさらなる可能性はあるのか、などなど論点は多くあります。このような論点に明確な指針を与えられるような報告書が望まれますが、ニューヨークでの開発資金の議論は結局のところ、先進国のコミットメント、ODAの対GDP比0.7%目標をどのように書くか、ということに終始してしまうことが往々にしてあります。
もう一つ重要な論点として指摘したいのが、国内格差の問題です。貧困撲滅をうたうのであれば、中所得国における絶対貧困層の問題は避けて通れません。しかしながら、国連において国内格差の問題を議論することは、内政不干渉の問題とからみ、非常に難しい問題を惹起する可能性があります。さらに、上記の開発資金の問題と関連しますが、中所得国に対しては伝統的なODAの役割は限定的であり、民間資金の動員が重要になりますが、そのような議論がニューヨークできちんとできるだろうか、という疑問があります。
最後の論点として、技術移転の問題に触れておきたいと思います。ご承知の通り、開発資金と並んで技術移転も必ず途上国側から提起される問題であり、これもまた典型的な南北対立の問題です。2015年に向けて技術移転の問題にどう向き合い、どのような合意を形成していけるのか、ということも重要な課題となります。
日本政府は、ポスト2015年開発目標の議論に積極的に参加し、多くの投資を行ってきました。現在、人間の安全保障を指導理念の一つとすること、保健分野においてユニバーサル・ヘルス・カバレッジを重視すること、防災を重視すること、などが大きな主張のポイントです。今後、2015年に向けて約2年間議論が続くことになりますが、政府のみならず、いろいろなステークホルダーが参加して、日本としてあるべき開発目標についての主張を続け、合意に反映していく努力が必要だと考えています。
2013年11月17日掲載
担当:奥村礼子
ウェブ掲載:藤田綾