南スーダンの平和構築と開発への取り組み −国連PKOの現場からの視点ー
国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)
平原 弘子さん
ミシガン大学にて環境政策の学士号、桜美林大学大学院にて国際関係学の修士号を取得。外務省主催のアソシエート・エキスパート試験に合格後、JPOとして国連環境計画バーゼル条約事務局(ジュネーブ)やユニセフ本部の水・衛生関係の部署に勤務。その後リベリア、ダルフール、キプロスのPKOミッションを経て現職。
1.アフリカでのPKO、「平和構築」か「緊急援助」か
2.決して「一様」ではない南スーダン情勢
3.UNMISSの活動を取り巻く環境
4.南スーダンの長期的な安定・発展のために今取り組むべきこと
5.終わりに
※この記事は2015年4月に行われたインタビューに基づき作成されています。したがって、掲載時(2017年2月)の治安・社会情勢とは異なる記載がある場合があります、ご了承ください。
これまでリベリア、ダルフールでの国連PKOにて勤務してきましたが、南スーダン(UNMISS)も含め、それぞれ違った背景や特色がありました。
ダルフール(UNAMID)*1 では社会的に周縁に追いやられた人々の側にPKOが入っており、本部も(スーダン共和国の首都)ハルトゥームではなく(北ダルフール州の州都)エル=ファーシルに置かれました。我々国連職員は現地の人々と近い環境で彼らの仕事や生活基盤を見ながら交渉を進める一方、ハルトゥームにいないことでスーダン政府とのつながりが薄くあまり耳を傾けてもらえませんでした。また、ダルフールはアフリカ連合(AU)との合同ミッションでしたのでAUに配慮するという側面も少なからずありました。
一方リベリア(UNMIL)*2 は、国を動かす大統領や閣僚、カウンターパートとなる主要なリベリア人のほとんどが国連や外国での経験を持ち、国連を受け入れる体制ができていました。私がいた2004年頃は、「こういうふうにやりたいんですが」と言うと「この省のレターヘッドに手紙を書いて持ってきてくれればサインしますよ」という返事がくるといった具合でした。
現在私が所属する南スーダンミッション(UNMISS)は、PKO開始時は一部の地域を除いて特に目立った武力衝突がありませんでしたので、当初は早期復興を含めた国造りを中心に計画・活動していました。しかし、突然2013年に内戦が勃発したことから活動の内容がガラッと変わりました。
ミッション開始当初のマンデート(権限)の根幹は、州自治の拡張と、公共機関の能力強化の2つでした。現在は、@人権及び人権侵害のモニタリング・報告、A調査、B停戦のモニタリング、C人道支援物資配付の補助、の4点が中心です。今はUNMISS基地内に多くの避難民が滞在していますが、彼らをどう守るか、巨大なキャンプをどう管理するかがUNMISSのメインとなり、これらは「平和構築」をするために準備してきた前マンデートと比べると、「民間人保護」中心に据えているという点でだいぶ異なります。こうした経緯から、南スーダンの平和構築はプランの立て直しが必要であるという印象です。国際的な注目はほぼすべて人道支援にいっており、資源のほとんどがこうした支援に充てられているという現状です。
*1 UNAMID:ダルフール国連・AU合同ミッション(2007年ー)
*2 UNMIL:国連リベリア・ミッション(2003年ー)
州都から離れ、地方都市へのフィールドミッション
南スーダンは10州*3あり、そのうち4州(ユニティ州、ジョングレイ州、上ナイル州、ジュバのある中央エクアトリア州)が紛争の中心とされています。しかし、それ以外の州は実はそれほど武力衝突も起きていないんです。
例えば、私が活動する東エクアトリア州は、南スーダン紛争の中心グループであるディンカ族とヌエル族が住んでいません。紛争もなく、政府も国際機関にとても協力的で、国連と政府の関係が悪いとか、人道支援活動がストップされたなどの問題は起きていないんです。逆に内戦が起こってからの方がもっと「一緒にがんばりましょう」という雰囲気になり、信頼関係も強くなっています。また、この地域は難民としてウガンダとケニアに避難を希望している人がたくさん訪れますが、この地域には留まらずウガンダ・ケニアに逃れるため、影響はありませんでした。
平和構築をやっていかなければいけないという点で私がいま懸念していることは、比較的平和な地域における国際機関や援助の空洞化です。外から見ると南スーダンは紛争していて人が逃げ惑っていて平和構築どころではないと思われがちですが、全く影響を受けていない地域もあるんです。そういった地域というのは2013年12月の紛争勃発前からもやはり注目を浴びていませんでした。上記4州のような地域は内戦が起こる前から一部の部族が衝突するなど小さな紛争がずっとあったので、確かに、独立後、真っ先に介入しなければならないのはこうした地域だったのかもしれません。東エクアトリア州は紛争などは何もなかったためか、国連機関や人道支援・開発NGOからの関心も薄く、常駐機関も少なく、規模も小さいものでした。内戦が起こると、戦闘が激しかったところに国際社会の注目が集まり、平和構築や開発がそこに集中し、東エクアトリア州ではもともと数少なかった常駐機関も活動をさらに縮小または閉鎖してしまいました。現地の人々にとっては「紛争なんてないのに」という気分です。国際社会にはひとまとめに「南スーダンはこうだ」と思わずに、現在の状況を鑑みて地域ごとの対応を検討してもらえればと思っています。
東エクアトリア州は中央政府の紛争の直接的な影響はないのですが、慢性的な経済不振のため、最近治安の悪さが問題になっています。ここでは武力衝突への対応とは違う形での支援が必要とされています。例えば、以前のマンデート下では、州自治の拡張と公共施設の能力強化、法の支配の分野に取り組んでいました。PKOミッションはプロジェクトを実施せず、活動の大半はスタッフによる技術支援です。警察との取り組みでは各国の警察官や刑務官がきて、矯正施設や警察署で一緒に座って取り調べの調書を取ったりしていました。この活動はオン・ザ・ジョブトレーニング(OJT)の感覚で非常に効果的で、これをしてあれをしてということを手取り足取り行っていました。私の場合は州知事がカウンター・パートなので、「この政策をするにはもう少し色々な意見を聞いたほうがいいんじゃないか」「法律顧問がいないみたいだけど、憲法の専門家をおいたほうがいいよ」「人権保護にもっと重点をおくべきです」などアドバイスを直接しました。州知事は元軍人で国際社会との協力の経験も薄かったのですが、信頼関係を構築するにしたがって、州政府のマネージメントに我々のアドバイスが反映されるようになりました。
しかし、現在はこうした法の支配分野の能力強化や、政府に対するサポートがマンデートから外されています。国連は中立の立場なので政府の能力強化だけを行う事は難しいのですが、紛争をしていない州にある州政府の治安維持を含むサービス供給能力の向上は、人権保護や平和構築を目指す上で非常に大切です。州政府の能力を高めることによって、州住民の生活レベルあがり、紛争予防能力を高めることになると考えるからです。
地方都市クロンの教会主催のピースビレッジにて
現在、「国際社会が自分たちの国をコントロールしようとしてるんだ」いう不信感が政府の間に幅広くあり、現場での国連に対する活動に向かい風となっています。広報活動、草の根活動、また日常の政府間とのディスカッションを通して、信頼関係を築き、国連の活動が、より有意義で効果的な平和構築へのサポートに繋がるようになればと思っています。
さまざまな困難に直面しながらも、UNMISSはそのマンデートの遂行に努力しています。特に民間人保護は最重要事項であり、あらゆる手段を使っての取り組みがなされています。いまだかつて避難民に門扉を開いたというミッションは前例がなく、手探りではありましたが、その時その時に一番良いと思われる活動をし、たくさんの人々の命を救うことができました。民間人保護に重点を置く現在のマンデートは救命・保護という点で非常に重要ですが、紛争の影響を受けていない地域でどう活動していくかが課題となっています。インフラ、特に道路に関しては、南スーダン全体を見ても、整備されているところが少なく、PKO活動にも影響を与えています。例えば東エクアトリア州の州都・トリットは首都ジュバから140キロ程ですが、雨期の車の移動は時に7時間以上かかることがあり、流通、また、治安維持を遂行する上でのネックになっています。
政府と地方都市コミュニティーの会議に出席
4.南スーダンの長期的な安定・発展のために今取り組むべきこと
東エクアトリア州では今現在、紛争は起きていません。もし東エクアトリア州で状況がすごく良くなったとしたら、国内のその他の地域に「平和な状態を保ったらどう変われるか見てごらん」と示せるのではないかと思います。現状を悲観してあきらめて国外に出てしまう人も多いので、国内である程度希望を持てるような環境を作ることは、とても大事なことだと思うのです。
南スーダンの長期的な安定化を図るためには、人間開発(human development)が必要です。長期的なことは、今始めなければいけません。東エクアトリア州で会った人々で、国連の現地スタッフやある程度お金持っている人は、みんな子どもをウガンダやケニアの学校に行かせています。けれども、ウガンダやケニアに行かせるお金を使って国内に学校を立てて、先生が足りないのなら国外から雇えば、自国での教育分野の発展に貢献できると思うのです。自国開発への根本的な意識改革が出来れば、自ずと道は開けるのではと思っています。
経済発展の分野に関しては、原油依存型からの脱却に重点をおいた産業の発展が、将来の南スーダンの経済発展に繋がるのではと考えています。南スーダンは世界で一番牛の数が多い国だと言われていますので酪農製品や、牛皮製品の開発などいいですね。牛は食べる以外に使わないので皮も捨てていると聞きます。羊やヤギなども皮を使っていないですね。また、手先が器用な人が多いのでビーズ工芸品を作成して、流通に乗せることが出来ればいいですね。特に女性を支援するようなプロジェクトも小規模ビジネスとして入ってくるとすごく良いと思います。平和が保たれるようになれば、この広く美しい国を観光大国にすることも可能です。
あとは農業ですね。土地は豊かで何を植えても育ちます。世界では有機栽培の野菜への需要が高まっていますが、まさにすべてがオーガニックです。特にトマト、モロヘイヤ、菜の花、ピーナッツなどが美味しいですね。南スーダンでしか取れないと言われる木の実などもあって、それはマラリアにも糖尿病などいろいろな効能があるそうですので、医薬品業界も注目するかもしれません。こうした分野への国際協力がもっと盛んに行われればと思うのですが、紛争中はそのような援助に予算を優先的につけることは難しいようです。
もし東エクアトリア州で農業プロジェクトをやることになったらとても効果があると思います。紛争もしていないですし、ジュバからウガンダへの舗装道路が通っており道路状態もよくなっています。農場プロジェクトとメインロードの整備を行って穀倉地帯のようにすることができれば十分安定に寄与できると思います。現在実施されているプロジェクトは単一の種類の野菜や穀物を長く作っているんです。そのため気候が良くない年や干ばつの年は全部だめになってしまう。その意味で、もっと作るものも多様化する必要があります。海外の農業専門家を加え、地元の農家の人々に密にアドバイスをしていくような、そういった草の根ベースの活動が必要です。
現職・ベンティウ事務所にて
メディアや国際社会の注目は紛争の起きている地域ばかりに注がれていますが、南スーダンをひとくくりにするのではなく、もっと細かい単位で地域に密着した対応が必要です。内戦で活動が全面的にストップしてしまいましたが、争いの起きていない地域ではその間に様々なことができたのではないかと思います。
そして、今だからこそ、人間投資。インフラであれば紛争で壊されることもあるけど、人間への投資は壊されません。人は一度習ったことは忘れないしどこに行っても使えますからね。国際社会がそういうことに関心があるんだと、人道支援だけではなくてあなた方の開発にも携わりたいんだと、小さいことでも奨励することが大事だと思うんです。
現在
2016年の2月から東エクアトリアを離れ、国内最大の避難民保護区を持つベンティウへ異動となりました。インタビューが行われた2015年から、状況は大きく変わり、紛争は全国に広がる向きを見せています。そんな現状に向き合う今でも、人への投資と地域環境に見合った援助・サポートは非常に重要だと考えています。人道支援以外にも南スーダンのために今できること、例えば農業支援などがあるのではないでしょうか。
※この記事は2015年4月に行われたインタビューに基づき作成されています。したがって、掲載時(2017年2月)の治安・社会情勢とは異なる記載がある場合があります、ご了承ください。
2017年2月11日掲載
担当:石黒朝香、渡辺直美
ウェブ掲載:中村理香