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渡部 真由美さん
国連事務局
 人道問題調整部 人間の安全保障ユニット

渡部真由美(わたべまゆみ):神奈川県生まれ。英国国立ロンドン大学ロンドン政治経済学院(LSE)経済学部卒業後、日本のNGO等でのボランティア活動やメディア・リサーチャー業務を経験。1999年から2002年までコソボにて緊急人道支援、復興支援に従事(ADRA JAPAN)。2003年英国国立ヨーク大学政治学院・戦後復興研究修士号取得。国際協力機構(JICA)勤務を経て、2003年度JPO合格。2004年より国連PKO局地雷対策部、2005年より国連人道問題調整部人間の安全保障ユニット勤務。

Q.国連で勤務することになったきっかけや経緯について教えてください。

小学生のときに家族で訪れた広島の原爆資料館で、まだ戦争や原爆に関する知識を持っていなかった私が展示されているものを見て強烈に「生」と「死」を意識し涙を流しました。なによりもこれがわたしの中での原点だと思います。

いまでもそうですが、戦争がもたらす悲劇、そしてその悲劇で傷つく人々に何ができるのかということを考え続け自分の生き方を探していました。帰国子女が多い国際色豊かな高校に進学し自分を取り巻く世界が少しだけ広がりかけた時、国連職員になった高校の先輩の話を聞き「いったいどうしたら国連職員になれるのだろう」と漠然と考えはじめました。

国連への就職には英語力と専門性が必要だということがわかると、日本の大学で4年間勉強することよりも海外の大学で学ぶことに興味を持ち始め、最終的にはイギリスの大学に進み経済学を学びました。留学中、自分の中で思っている国連と世界の人が語る国連の間にギャップを感じたのを今でも覚えています。

日本では「国連は素晴らしいもの、美しいもの」という国連神話的なものが存在しますし、私も同じような思いを持っていたように思います。しかし、多文化社会のロンドンで多く価値観に触れる中で、国連は国際平和・開発・貧困撲滅などの理念のもと活動している一団体、一組織でしかなく、自分がやりたいことは「国連に入ること」ではなく「国際平和などの分野で貢献すること」なのだと気づきました。

また、経済学を学ぶ中で、著名な経済学者マーシャルが言った「Cool Head but Warm Heart(冷静な頭脳と暖かい心)」という言葉に出会い、その後の私の生き方に大きな影響を与えてくれました。分析は冷静な頭脳で行い、その分析を行う理由は暖かい心にあるのだという意味です。プロジェクトマネージメントを行う立場の者として現場にいたときに、冷静な判断と熱い思いを持ち続けることができたのはこの言葉のおかげです。

イギリスの大学卒業後、そのまま修士課程に進むことも考えましたが「まずは現場を経験してから修士課程に進んでも遅くはない」という先輩たちのアドバイスもあり、日本に帰国しNGO等でボランティア活動をお手伝いしていました。「この仕事に興味があるのなら、まず支援を必要としているひとに一番近いところに行きなさい」という大学時代の指導教官の言葉が忘れられずにいたところ、1999年紛争直後のコソボにADRAという国際NGO日本支部の緊急人道支援コーディネーターとして現地に派遣されました。

阪神大震災が日本のNGO元年といわれていますが、課題はたくさん残ったにせよコソボ紛争後の支援は日本が世界の現場で活躍しそれが認められた大きな一歩だったように思います。緊急援助や人道援助ということで現場の一番たいへんなところを経験しただけでなく、本当に「支援を必要とする人々」に一番近くなれた3年間でした。現場で国連がどのように動くのか、NGOがどのように動くのか、現地の人々がどのように思うのか、実際に経験することで多くを学ぶことができました。この経験が今の基礎になっており、国連・NGO・本部・現場どこにいても変わらないスタンスができあがりました。何のための支援なのかを、そしてなによりも誰のための支援なのかを常に現場ありき、現場ベースで物事をとらえるようになりました。

JICAでのジュニア専門員の仕事中にJPOに合格し国連へ入ることになりました。NGOでのキャリアや大学院での研究を続けることも考えていましたが、最終的になぜそこまで国連にこだわったかというと、自分が高校時代から思っていた国連というものを自分の目で中から見ないで「国連はこうだ」と将来語りたくなかったからです。

Q.現在はどのような仕事をされているのですか?

国連事務局人道問題調整部人間の安全保障ユニットのJPOとして、人間の安全保障基金に申請される案件のコンセプトノートの段階での審査を担当しています。コソボにはこれまで総額6000万ドルを超える資金がこの基金から拠出されましたが、現地に駐在していたときUNDPと連携してこの基金のプロジェクト・マネージメントをしていました。そのころに比べると現在の基金運営は大きく変わっていますが、当時経験したことは現場やプロジェクト形成を理解することにおいては今でも多いに役立っているように思います。

現場の担当者は何を目的にプロジェクトを形成するのか、そしてそのためにはどのような活動計画を立てるべきなのかを明確に分かっていることが重要であり、さらにそれを本部で審査する人間が文書から読み込めることが大切だと思っています。また、現在とても大切な仕事と認識しているのは、どのようにしたらこの基金から資金が下りるのかを現場の人々により分かりやすくアドバイスすることです。この基金のお金は、ニューヨークの国連本部に眠っているものではなく、なによりも現場の人たちに一刻も早く届けるべきものですから。

Q.国連で働く魅力はどのようなものですか?

これだけ多くの人が、国境を越えて国際社会の理想を語り合える場所であることに国連の偉大さを感じます。職員の多様性や、世界平和を加盟国みんなで実現しようと定める国連憲章も魅力です。そのような憲章のもと、自分の日々の仕事が必ず何かの役になっているはずだと確信し誇りを持って平和を語れるということはとても素晴らしいことだと思います。

Q. 一番印象に残っている仕事は何ですか?

人間の安全保障基金の支援を受けて、タンザニアで行われているプロジェクトの中間評価を行うために現地に行く機会がありました。本プロジェクトが支援が必要とされるタンザニアの奥の奥地まで届いているということだけでなく、5つの国連機関(UNDP、UNICEF、UNIDO、WFP、FAO)がこの合同プロジェクトをどれだけ真剣に受け止めているのかを感じました。支援する人々の立場にたてば、合同プロジェクトというものは理にかなった当たり前のことなのかもしれません。しかしながら常に「縦割り」と非難される国連カルチャーですので、現場の人々の視点からニーズを分析しそれぞれの機関の専門性を持ち寄り同じ目的意識のもとプロジェクトを実施することはとても画期的なものだと思います。タンザニアの例では、合同プロジェクトを推奨しているこの基金が現場で何か良い方向に進む「ハブ」のような役割をしているのは明らかでした。また、本部にいる人間が2週間ほど現場を視察してすべてをわかるわけではないかもしれませんが、現場の人々の真剣な眼差しと熱意に触れ本部にいる自分の襟を正す機会にもなりました。

Q.国際協力に携わっていて一番大変だったと思ったことは?

やはり緊急・人道支援の現場だったと思います。すべての人を助けられるわけではないなかで、大きな選択を常に求められていました。この瞬間に自分が判断できなかったがためにひとつの命が失われるかもしれないという恐怖もありました。そういう意味で、現場では常に自分の限界と戦わなければいけません。苦しいからといって立ち止まるわけにはいきません。

現在でも、自分がここで下す判断が現場では大きな意味を持つのかもしれないということを考えながら仕事をしています。本当に人々が必要なものや、プロジェクトを動かすスタッフが何をしようとしているのかが分かっていないところに支援をすることはできません。世界には、支援を必要としている人がたくさんいます。限られたリソースだからこそ、それを有効に使わないといけないのではないでしょうか。それゆえにプロジェクト審査は慎重にしなければいけないと思っています。

組織内には仕事だけでなく、人間関係をはじめたいへんなこともたくさんあります。それは国連に限らず、どんな仕事をどこでしていても同じではないでしょうか。完璧な職場を見つけるのは難しいものです。しかし、それをただたいへんだと思い不平不満ばかりの日々を過ごしていたら何も始まりません。そのときできることをできる限りする、それが重要だと思います。自分はなぜ今この組織にいるのか、何を達成したいのか、そしてその先に見えるものは何なのか、自分の生き方にうそをついていないか。これらを常に考え、その答えを追い求めることで、仕事上どんな大変なことがあっても前に進めるエネルギーになるのではないでしょうか。

Q. 本部と現場の相違や国連組織について思うことを教えてください。

同じ組織内であっても本部と現場の間の壁はまだとても高いと感じることが多いです。現場の人は「本部の人は現地の状況をわかってない」とフラストレーションを溜めており、一方で、本部の人は「現場の人は組織内のやり方をわかっていない」という思いを持っているかと思います。お互いのコミュニケーションや相互理解にまだまだ課題が残る今日、その解決のためにも本部の人に現場を経験する機会をさらに提供させようとするいまの国連改革は重要だと思います。私自身は、現場の人とコミュニケーションをとる際には現場の判断をできる限り信じ、トップダウンにならないように常に心がけています。そしてなによりも、同じ人間を相手にしていることを忘れてはいけないのではないでしょうか。「ありがとう」の一言で人間の感情は緩やかになるものですから。

Q. 現在取り組んでおられる分野で日本ができる貢献についてどう思われますか?

現在日本が外交の柱として掲げる人間の安全保障は一言では表現できない難しさがあるかもしれません。しかしながら、この概念のもと日本から拠出された基金で世界のたくさんの人々が幸せになっています。多くの人にその貢献を知ってもらいたいと思います。日本の援助により幸せになった人々のストーリーが伝われば、日本人としての誇りと自信にもつながるのではないでしょうか。今の国際社会の中でなにか貢献できるという自信が日本という国を強くすると思います。そのためにも、現場のいいプロジェクトを支援し、そのストーリーを日本にも伝えるお手伝いをしていくことがいま私ができることのひとつなのだと考えています。

Q. グローバルイシューに取り組むことを考えている若者への一言お願いします。

自分が何をやりたいのか、どこで何ができるのか、をもう一度考えてください。一つの勇気が大きな一歩につながります。前向きに進んでいこうというポジティブさがないと、この世界で生きていくことはたいへんです。国連でできることもあれば、NGOでもできることもあります。もし、国際協力の世界で働きたいと思うのであれば、ぜひ現場には一度足を運んでみてください。普段自分が当たり前のように思っている生活が、実は恵まれているだけだと気がつきます。

人間の生きる強さ、やさしさ、そして温かさに触れることで、現場の人々に教えられることのほうが逆に多いのです。グローバルイシューに取り組むということは、なにも難しい学術書やポリシー・ペーパーを読むことだけでなく、現場で五感をフルにつかってみて感じることで自分が何ができるのか、やりたいのかが見えてくることが多いのですから。

組織というものは目的ではなく手段です。目的意識をはっきり持っていれば選択肢はいくらでも広がると思います。国連という場所はひとつのオプションにすぎないという認識があれば、自然といろいろな道や可能性が広がっていくと思います。道が広がることは、困っている人たちに暖かい支援の手を差し伸べることにつながることだと信じています。

大学や大学院でいろんなことを勉強して国連に入りたいと思ったときに一度立ち止まって考えてください。何のために国連に入るのか? 国連で何をやりたいのか? 国連じゃなくてもできることをやりたいのではないのか? 国連は素晴らしいところです。できることはたくさんありますが、実は目的意識さえはっきりしていればどこにいてもやれることはあるのです。そして重要なことは、いつどこにいても人との出逢いを大切にし、ふたつとない自分の生き方を見つけることでしょう。

(2006年10月14日、聞き手:春谷恵理圭、国際連合日本政府代表部勤務。幹事会・インターンシリーズおよびメーリングリスト担当、写真:田瀬和夫、国連事務局OCHAで人間の安全保障を担当。幹事会・コーディネーター。)

2006年10月30日掲載


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