第23回 鈴木 泰生さん
UNICEFジンバブエ事務所
水衛生担当官
すずきたいせい 米国ポートランド大学生物学部準医学課程卒業。豪州シドニー大学大学院国際公衆保健学修士課程修了。卒業後、特定非営利活動法人ADRA Japanのプログラム・オフィサーとしてリベリアおよびスーダン・ダルフールにて駐在。その後、東京事務所にてプログラム・マネージャーとして緊急支援事業を担当。スーダン南部、インドネシア、ペルーでの調整にあたる。2006年度JPO試験に合格し、2008年2月よりUNICEFジンバブエ事務所の水衛生セクション(WASH‐Water, Sanitation and Hygiene)にて水衛生担当官として勤務中。
ジンバブエの首都ハラレに着任してから、早5ヶ月が経とうとしています。赴任した2月はまだ暑く、半袖のポロシャツで業務をしていましたが、6月に入ってから寒さも増し、アフリカの冬がやってきました。ジンバブエはアフリカ大陸の南部に位置しますが、首都ハラレは標高約1,500メートルと高いため、夏は涼しく、また冬の寒さは厳しくならず、とても過ごしやすい気候に恵まれています。肥沃な土を利用した農業が盛んにおこなわれていましたが、2000年以降国の情勢が不安定になり、現在は多くの問題を抱える国となってしまいました。このフィールド・エッセイを通じて、皆さんにジンバブエの事を知ってもらうきっかけになればと思います。
1.ジンバブエと国際機関
ジンバブエは1980年に独立した比較的「若い」国です。「アフリカの穀倉庫」と呼ばれるほど農業が盛んで、他国からの留学生も多く、休暇をジンバブエで楽しむ人々も多くいましたが、2000年におこなわれた土地改革をきっかけに経済が急激に悪化し、現在のインフレ率は計算できない程になっています(報道などでは168,000%や2,000,000%などとも言われています)。これに加え、過去数年間に発生した干ばつが、経済の悪化に拍車をかける結果となってしまいました。経済の悪化は国全体のインフラにも影響をおよぼし、病院、上下水道、電気、電話などの機能が徐々に低迷しつつあります。スーパーの棚からは商品が姿を消し、今ではパンを買うための列、ガソリンを求める列、現金を引き出すための列と、人々はごく一般的な生活をするだけで精一杯です。このように「物が無い」状況の中ジンバブエの人々は、既に大きな問題となっているエイズおよびエイズ孤児問題のみならず、主に北部で発生する洪水によるコレラなどの伝染病と隣り合わせの生活を余儀なくされています。
このような状況を緩和すべく、ジンバブエではUNICEFをはじめ、多くの国連機関が活動しています。経済の悪化などを理由に、多くの国がジンバブエ政府に対し直接援助をおこなうことが困難なため、国連機関に対する期待が高まっており、各国連機関が専門性を活かし、協力しながらジンバブエが抱える問題に取り組んでいます。過去数年の間に支援事業数および年間予算も急速に増え、UNICEFジンバブエ事務所のスタッフも年々増加しています。現在約120人のスタッフ(うち国際スタッフ約20名)が日々の業務にあたっています。
2.UNICEFでの仕事
UNICEFジンバブエのプログラム部門は大きく分けて5つのセクションから構成されています(Child Protection [CP]、HIV/AIDS、Basic Education and Gender Equality [BEGE]、Young Child Survival and Development [YCSD]、Water, Sanitation and Hygiene [WASH])。私が所属する水衛生(WASH)セクションは、年々増加するマンデートを理由に数年前YCSDから独立したため、UNICEFジンバブエ内では比較的新しいセクションです。国際スタッフはセクション・ヘッドと私2名のみですが、現地人のプログラム・オフィサー2名とプログラム・アシスタント1名の他、専門家としてコンサルタントが4名所属しています。うち1名はブラワヨという、ジンバブエ第二の都市に駐在、もう1名はIOM(国際移住機関)に出向し、事業のコーディネートにあたっています。
水衛生セクションがおこなっている事業は、大きく4つに分けられます。
A:Policy DevelopmentとStrategic Planning
ジンバブエの水・衛生環境を改善・持続させるため、現地行政と協力しながらPolicyを作成しています。また、優れた技術をより低コストで提供するのを目的とし、現地行政および水衛生関連の事業を展開するNGOなどと、井戸に設置するハンドポンプの構造やラトリン(水洗ではない穴だけのトイレ)建設の技法などを話し合っています。加えて、どの団体がどこでどのような事業をおこなっているかをまとめたAtlasを毎年発行しており、数年に一度、井戸などの水源を示す地図(Inventory)の作成もおこなっています。
B:緊急事業
経済が悪化すると同時に、年々水衛生セクションにおける緊急事業も増加しています。主に北部で発生する洪水によるコレラの対応および予防、ハラレ郊外などインフラ設備が極端に悪化している場所への給水車による水の供給、土地改革により住居を追われた人々に対する水と衛生設備の提供、自然・人的災害を想定した緊急物資の備蓄など、緊急事業の活動は様々です。
C:コミュニティにおける水衛生環境整備
主に開発事業を指しますが、NGOなどパートナー団体と協力し、地方での井戸掘削、ハンドポンプ式井戸の修繕、ラトリンの設置・修繕、衛生教育トレーニング、現地行政のキャパシティ・ビルディングなどをおこなっています。
D:学校における水衛生環境整備
開発事業の中でも、学校における水衛生環境整備に関する事業には特化しており、私はこの分野のマネージメントをおこなっています。現在UNICEFでは、主に公立小学校におけるChild Friendly Space(子どもたちに優しい環境)を推進しています。これは、子どもたちが安全且つ安心して学校に通うことができるように学校の整備を整える、というイニシアチブです。もちろん、安全な飲み水および適切な衛生設備(子ども用のラトリンと手洗い場)はChild Friendly Spaceには欠かせない要素です。私はBEGEセクションと協力して、UNICEFが事業を展開している学校を訪れ、各学校の水衛生設備の状況を確認するとともに、学校における井戸掘削、ハンドポンプ式井戸の修繕、ラトリン建設と修繕、手洗い場建設と修繕などの活動進捗をモニタリングしています。
この分野でおこなっている事業のひとつに、人間の安全保障基金の助成による事業が挙げられます。この事業は、校内の菜園を充実させることで、子どもたちの農業と食・栄養に関する知識を深めるだけでなく、収穫物を学校の収入源の一部にしてもらおう、というのがねらいです。そのため、FAO(国連食糧農業機関)およびパートナーNGOと協働で事業をおこなっています。UNICEFの水衛生セクションは、清潔な飲料水の提供および手洗い場とトイレの設置を、各対象校にておこなっています。現在、5つの地区にて各10の公立小学校を対象に事業をおこなっています。先日、対象地域のひとつであるザカ(Zaka)地区を訪問し、事業の進捗状況を視察してきました。ザカにはJICAの専門家および協力隊員もいることから、日本人の専門知識と経験が、現場で大いに活かされています。そのため、学校菜園はよく手入れがされており、作物もすくすくと育っていました。支給されたジョウロで水を撒きながら草取りをする子どもたちの笑顔は、元気でいっぱいでした。
3.事業地の現状
ジンバブエに来て感銘を受けたのが、住民の積極性ですが、地域によってその度合いに大きな差があることを、先日おこなった調査で実感しました。上記で紹介したザカ地区では、事業対象校を増加する予定なので、新たに10校にて調査をおこないました。調査のために訪れた学校では、先生やコミュニティの人々が積極的に学校設備の向上に力を入れており、僻地にもかかわらずどの学校も独自にそれぞれが、できる限りの活動をおこなっていました。一方、チェグトゥ(Chegutu)地区はハラレから1時間半程しか離れていない場所ですが、小学校の状況は悲惨なものでした。そもそもチェグトゥ地区は農業が盛んにおこなわれていた場所ですが、土地改革後は農業が低迷してしまい、住民の生活も困難な状況におかれています。多くの学校が農場で働く人々の子どもたちのために開校され、農場のオーナーがある程度の責任を持ちながら学校の整備をしていたようですが、現在は整備をする責任者もいない学校もあります。屋根やドアがない学校、教材や学校用家具が無い学校が多くあり、加えてコミュニティのモチベーションも低いため、校長先生などのやる気も低いように感じられました。このように、同じ国でも異なる地区によって置かれている状況が違い、人々のモチベーションにも温度差があることが、身にしみて理解することができました。
4.事業展開における「壁」
何と言っても、経済の悪化が大きな「壁」となっています。急激なインフレにより、事業で使用する物資のほとんどが国内で入手することができません。また、見積もりを依頼しても、その有効期限が1日のみだったり(コーヒー1杯の値段が数時間後に上がっていることもあったり・・・)、物資購入の契約を結んだにもかかわらず物資を提供することができなくなってしまう業者がいたりと、目の前に立ちはだかる「壁」は日々高くなるばかりです。UNICEFでは通常、できる限り国内で物資調達をおこないますが、特例として多くの物資購入を南アフリカのプレトリア事務所を通じておこなっています。
物資購入のみならず、現地行政を含むパートナー団体への支払いも「壁」のひとつとなっています。アメリカドルでの支払に制限があるため、パートナーへの支払いはジンバブエドルでおこなわれていますが、銀行に振り込んだ時点で既にインフレが進んでおり、価値が下がってしまっていることがほとんどです。もちろん、振り込まれた金額をすぐに使用することもできないので、数週間後にこの資金を利用して何か購入しようとすると、物価が上がっているため予定していた物が全て購入できないこともあります。これに関しては、なかなか解決策が見つからず、ジンバブエで活動するすべての機関・団体が頭をかかえてしまっている状態です。
最後に、現在の政治状況も大きな「壁」として立ちはだかっています。3月下旬に大統領選挙がおこなわれましたが、結果として6月下旬に再選挙をすることになりました。3月下旬の選挙では、治安の悪化を考慮して国連を含む多くの団体が移動を制限し、多くの活動が一時中断しました。さらに現在は、再選挙に関係する治安の悪化が進み、国連および援助団体の活動・移動に制限がかけられてしまっています。治安の悪化により支援を必要としている人々が増える中、支援を提供している機関・団体は協議を重ね、できる限りの支援を提供している状態です。
5.高まるモチベーション
このように物事がスムーズに進まないジンバブエですが、UNICEFスタッフはジンバブエの子どもたちの保護と将来を考え、モチベーションを下げることなく業務にあたっています。先日、プログラム部門に所属するスタッフ全員が参加するミーティングがありましたが、その中で「今後どのように支援を裨益者へ届けるか」という議題が持ち上がりました。色々とアイディアを出す中で、現地人スタッフの多くが「このまま何もしないで座っているよりかは、危険を承知してでも、自分たちがフィールドに出て物資配給をするしかない」という意見が出ました。モチベーションを下げることなく、ジンバブエの子どもたちのために議論を交わす現地人スタッフに、深く感銘しました。
6.今、ジンバブエの子どもたちは−
経済の悪化に伴い学校に通えない子どもたち、土地改革によって住居を追われてしまった子どもたち、両親が亡くなりエイズ孤児となった子どもたち、大統領選挙の混乱に巻き込まれてしまった子どもたち。多くの子どもたちは、困難な状況に置かれているにも関わらず笑顔を絶やさず、日々生活しています。そんな子どもたちを見るたびに、逆に勇気をもらっています。ひとりでも多くの子どもたちが安心して生活できる状況になるよう、真摯に仕事に取り組んでいきたいと思います。
(2008年8月28日掲載 担当:井筒)