第31回 倉内 裕子さん
UNDP乾燥地帯開発センター (Drylands Development Centre) プログラム・オフィサー
倉内裕子(くらうちゆうこ):大阪府生まれ。国際基督教大学(ICU)教養学部国際関係学科卒。米国イェール大学林学・環境学スクール環境学修士号取得。米国ワシントンD.C.のWorld Resources Instituteで、インターン、プロジェクトコーディネーターとして勤務した後、世界銀行ケニア事務所でコンサルタントとして環境プロジェクトの企画・設計・管理および環境ドナー連携などに従事。2006年度JPO試験に合格し2008年より現職。ケニア・ナイロビ在住。
1.乾燥地帯の抱える問題
乾燥地帯【Dryland】は極乾燥地、半乾燥地及び乾燥半湿潤地の総称で、地球の陸地面積の40%以上を占めています。これらの地帯には世界人口の3分の1にあたる約20億人が暮らしていますが、そのうち8億から10億人は途上国に生活し、大半が貧困状況に置かれています。統計で見ると、同地帯の年間平均水利用可能量は必要最低水準の65%にしか満たず、乳児死亡率は他の地域の2倍に上ります。また、長引く干ばつや地域紛争、食料価格の高騰などの影響により、現在アフリカの角地域だけで約1,700万人の人々が食糧危機に瀕しています。人口増加や、気候変化に伴う異常気象、気候変動の影響などを考慮すると、その数は今後も増加すると予想されます。
2.UNDP乾燥地帯開発センター (Drylands Development Centre: DDC) の役割
私の所属するDDCは、乾燥地帯の貧困削減と持続的開発という共通の課題に従事するUNDPや他のパートナー機関を支援する専門組織です。2001年に前国連スーダン・サヘル事務所(UNSO)を引き継ぎ、UNDPの「エネルギーと環境ユニット」内に設立されました。同時に、より効率的にクライアントのニーズに応えるため、ニューヨークから乾燥地帯を多く抱えるアフリカのケニアにオフィスが移されました。ちなみにアフリカは陸地面積の約43%、ケニアは約80%が乾燥地帯に分類されています。
DDCは、乾燥地帯が抱える問題の多様性と複雑さを反映し、特にアフリカとアラブ諸国を中心に、地域、国、草の根と様々なレベルで、政策提言、プロジェクトの企画および実施支援、キャパシティービルディング、知識管理・普及など幅広い活動を行っています。なかでも重点項目は以下の3点に分かれます。
マサイ族の子供たち。牧草地保全とエコツーリズムを組み合わせた事業の収益金でコミュニティーに学校や移動診療所が作られました。
@乾燥地帯の視点の開発戦略、政策、施策への組み入れ (Mainstreaming)
ドバイ、ケープタウン、バマコのように乾燥地帯の都市化が進む反面、多くの途上国では依然として乾燥地帯=非生産的という考えが根強く、公共事業や投資が農業収益性の高い非乾燥地域に偏る傾向があります。交通・通信手段や教育・医療設備の欠如は、乾燥地帯の政治・経済・社会・地理的孤立をさらに深め、発展の波に取り残される事態を招いてきました。また、生産性の高い地域をモデルとした一元的な政策や実施戦略が、乾燥地帯特有の社会システムと相容れず、状況を悪化させてしまうケースもあります。例えば土地制度改革に伴う農地の私有化促進は、遊牧民と定住農民の資源をめぐる対立や紛争を激化する要因の一つになっています。一方で、飢饉など災害の規模や頻度、それに伴う緊急食糧支援などのコストは年々増加し、結果として住民の人道援助への依存度を高め、開発への取り組みをより困難にします。このような状況を踏まえDDCでは、乾燥地帯の多様性や経済への貢献度、発展の可能性に関する認識を高めるアドボカシー活動を推進しています。また砂漠化対処条約に係る国家行動計画の制定や、これらの計画を国・地方両レベルの中・長期開発戦略に組み込むプロセスを支援するとともに、支援各国の乾燥地帯を国家開発戦略の主流に据える取り組みの事例や課題を基にガイドラインを策定し、さらなる “Mainstreaming (主流化)”の促進に役立てています。
A乾燥地帯災害リスク軽減
土地利用状況の変化、資源の過剰搾取、気候の変動や変化などの負担は、元来脆弱な乾燥地帯の生態系をさらに脅かし、生産性を低下させる原因になっています。降雨量の減少や不規則な降雨・気候パターン、異常気象の増加などにより、乾燥地帯に住む人々は頻繁に短期的(洪水・森林火災など)・長期的(干ばつ・紛争など)災害にさらされています。こうした現状を鑑み、DDCでは現在ケニア、エチオピア、ジンバブエ、モザンビークの4カ国でUNDP各国事務所を通じて、気候変動適応プロジェクトを支援しています。乾燥地帯の伝統的な環境適応策や技術と、近代的な気象予測・早期警報メカニズムを組み合わせ、地域に根ざした統合的な災害リスク軽減システムを構築するというのが、このプロジェクトのねらいです。さらに地域レベルでは、アフリカの干ばつリスク管理分野に従事するアクター間の連携を強化するためのネットワークを構築しました。年次会合や、ウェブフォーラムの企画、ニュースレターや他の出版物の作成を通じて、知識共有やベストプラクティスの促進を進めています。現在同ネットワークは政策決定者、専門家、研究者、NGO・CSO、パートナー機関など1,500人を超える参加者を有しています。
B乾燥地帯住民の生計の改善と持続的自然資源管理
乾燥地帯は干ばつ、水不足、砂漠化、貧困など諸環境の悪化に直面する一方で、家畜・農業産品に加え、天然自然資源、野生動物や多様な文化を利用した観光業など、数多くの生計手段向上の可能性を秘めています。しかし前述のように、乾燥地帯の孤立した環境はしばしば経済的自立を阻んでいます。DDCは現在東アフリカを中心に、女性グループのエンパワーメントと経済的自立支援の一環として、代替生計手段の発掘・導入や産品の市場アクセス改善を促進しています。同時に、資源の過剰利用による自然環境の劣化を防ぐため環境教育・啓発活動を行い、自然資源の持続的な管理や紛争予防・解決のためのコミュニティー協同組合の設立、運営をサポートしています。市場化された産品の例としては、家畜の革製品、蜂蜜、アロエを使ったスキンケア商品、マサイ族の手工芸品やエコツーリズムのための設備などが挙げられます。市場交渉力の強化や、仲買人の廃止、売り手と買い手の関係強化などの支援の結果、牧畜民の家畜購買による利益が向上するなど、いくつかの村落ではプロジェクトによる成果が目に見えはじめています。
牛やヤギの皮は、乾燥地帯に住む人々の重要な収入源となっています。皮を洗い加工する様子(上)。実際に作られた革製品(下)。
3. 仕事内容と課題
上述のとおりDDCの活動は乾燥地帯一色ですが、日常業務は、夏でも涼しい高地にあるナイロビを拠点に、デスクワークを中心に行われています。DDCは、地域事務所に派遣されているスタッフを含め、職員数が15人以下(財務、行政、ITスタッフなども含む)の小規模なオフィスです。それゆえ、Eメールや電話を通じたUNDP地域・各国事務所とのやり取りのほかに、フィールドワークや会合への出席、政府やパートナー機関との会議など、多くの業務をスタッフ間で柔軟に分担して行っています。
DDCの特徴は、乾燥地帯というテーマを中心に、国や地域の枠を超え、政策・実践の両側面に関わるところにあります。私は上記項目のうち、主に乾燥地帯災害リスク軽減と持続的自然管理業務に従事していますが、担当事業の一部を挙げても、上記の4カ国気候変動適応プロジェクトのリージョナルコーディネーション、アフリカ干ばつリスク管理ネットワークの運営、地球サミットのフォローアップ機関として設置された持続可能な開発委員会の本会合で発表するための、乾燥地帯の気候変動適応性に関する政策提言書の作成と関連イベントの企画、ケニア政府の災害管理政策の策定支援、マリ・イエメン両国における地方分権下の自然資源管理促進プロジェクトの企画および実施支援など、非常に多岐にわたります。その他にも、担当分野以外の仕事に携わる機会が多くあり、まさに“Learning by Doing(行動しつつ学習する)”を実践する毎日です。
乾燥地帯は一様に多くの問題を抱えていますが、それらの状況やニーズは非常に多様かつ複雑で、先に述べたように“one size fits all”的な対処法ではなかなか有意義な結果が生み出せません。限られたリソースとプログラムサイクル期間内で成果を出すためには、UNDP内外の成功・失敗例から得られる示唆を最大限に活用することが極めて重要であり、この「知識」と「実践」の橋渡しの役割がDDCに強く求められています。例えば中国の干ばつ早期警報システムをそのままアフリカ諸国に複製させることは困難ですが、中国が現在の仕組みを構築する過程で顕在化した政策や組織連携上の課題や克服の過程などに学び、同じ問題に直面する可能性を軽減させることはできます。そのため、常にアンテナを張り巡らせ、どこに知識と実践が存在し、これらをどうつなげるか考察するよう心がけています。
日々の業務を通じて乾燥地帯開発に関わる様々な「イノベーション」に触れ、そこから地域に普及可能な方策や技術のモデルを提示し、国際交渉や政策決定、具体的プログラムの形成・実施に組み込んでいく。そのプロセスに携わるのは、エキサイティングであると同時にチャレンジングでもあります。知識を実践につなげるには、政治的意思(political will)、リソースの有無、該当国の政治・経済・社会情勢の把握、各国事務所の開発援助枠組における乾燥地帯問題の優先順位、他のパートナーとの連携、そして何よりも受益者である乾燥地帯に住む人々の状況など、様々な要因を考慮しなければなりません。特に現実問題としてDDCのオフィスは支援国(ケニア以外)から地理的に離れており、各国のUNDP事務所と密接に連携しているとしても、メールや電話のコミュニケーションにはしばしば限界を感じます。
荒廃牧草地の再生事業の一例。フェンスの右側が再生後数ヶ月の牧草地です。
4. 最後に
冒頭に書いた様に、乾燥地帯の現状は決して良好とは言えず、今後も気候変動や環境システムの変化がもたらすリスクは増加すると見られています。しかし、アメリカやオーストラリアの乾燥地帯では、気候・地理条件がアフリカのそれと類似しているにもかかわらず、高い生産・収益性を確保してきたのも事実です。将来の食糧安全保障が乾燥・半乾燥地農業・牧畜の改善にかかっていることが多くの研究で示唆され、乾燥地帯への新たな関心や期待が集まっています。そんな中でDDCを通じて同地帯のために働く機会は非常に貴重であり、常に自分に何ができるか、なにをすべきかを自問自答しながら仕事に取り組んでいます。特にフィールドに出て、困難な開発の課題に懸命に挑む人々の生き生きとした姿を見ることが、刺激になり更なるモチベーションにつながっています。
貧困を削減するために必要なのは魚を与えることか、それとも釣具を与え釣りの方法を教えることか、議論されることがしばしばあります。もちろん辺境の乾燥地の中には、深刻な干ばつや紛争のため開発援助が行き届かず、魚を配る(人道支援)よりほかに方法がない場合もあります。しかし、数年前までは人道援助に頼っていたコミュニティーで実施されている小規模潅漑農業プロジェクトを見学した時、お土産にと渡されたずっしりと大きなマンゴーの重さは、乾燥地帯のポテンシャルなのだと感じずにはいられませんでした。そして、将来はジュースやジャムを作って地元マーケットで販売したいと話す村長の笑顔に、何百年にも渡ってこの地に住む人々の底力を見たような気がしました。
ビーズを使った伝統手芸品を作る女性グループ。これらのアクセサリーは現在ナイロビでも販売されています。
(2009年6月14日掲載 担当:猿田 ウェブ掲載:秋山)