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国際仕事人に聞く第3回
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「国際仕事人に聞く」第4回では、独立行政法人国際協力機構(JICA)より国連開発計画(UNDP)に出向され、南南協力ユニット、シニアアドバイザーとしてご活躍されている柳沢香枝さんと、在米国日本大使館とバングラデシュ日本大使館勤務時代に開発援助に携わっておられた外務省総合外交政策局・国際平和協力室長の紀谷昌彦さんの対談をお送りします。豊富なご経験をもとに、多国間(マルチ)開発援助と二国間(バイ)開発援助の比較、日本の開発援助の特徴、日本を含む開発援助全般の課題と今後の展望について議論していただきました。(2007年11月13日於ニューヨーク)
注:この対談における発言はすべて対談者の個人的見解に基づくものであり、対談者が所属する組織を代表するものではありません。

柳沢:国連やJICAなどが実施している開発援助は行政の一形態ですから、行政モデルという観点からその特徴を捉えると面白いと私はいつも考えています。行政における最も基本的な要素は市民と政府という関係です。単純化すると、市民は税金を納め、行政側はその対価として公共サービスを提供するという一対一の関係が成り立ちます。しかし、政府開発援助(ODA)の場合、国民は納税しますが、その便益はその国の国民に直接は還元されず、第三者(被援助国)にもたらされます。これは、むしろ民間セクターにおける株主、企業、顧客という関係に似ていると思うのです。そしてこの関係は国連を通じての開発援助にも当てはめることができます。

まず国連の場合ですが、関心が異なる援助国が集まって、国連機関をどう活用し、開発援助という手段で何を実現すべきかについて討議し、それぞれの意見や要求を明確に発言します。それらの調整は大変に難しい課題です。例えばUNDPの場合、事業計画が株主である援助国の関心・利益と一致しなかった場合には、特定国への支援額を減額されたり、計画自体を受けられなかったりすることもあります。さらに顧客である開発途上国もこの議論に加わってくるので、問題はより複雑になります。

一方、日本の二国間援助では、株主にあたる国民は、自分が納めた税金を用いて政府が開発援助を通じて何を実現すべきかという点に関しては、それほど強い要求を出すわけではありません。例えば国会で、ODAの事業計画について、どの国にどれだけの資金を投入し、どのような方向で援助をすべきかという具体的な議論が展開されたことはまだありません。日本のODA額は減少傾向にあり、それは深刻な問題ですけれども、その内容については、たとえばJICAが新しい方向性を打ち出す場合、予算要求と承認という官僚機構の中の過程を経るだけで、その実現が可能になることがほとんどです。その一方で、株主である日本国民は、援助資金の不正使用がないか、無駄に使用されてないか、またODAによる効果がどの程度あったのか、など、援助資金の具体的な使用状況には強い関心を持っていると言ってよいと思います。このため、JICAでも説明責任や透明性を高めるために様々な努力を行ってきました。他方、資金の使用の透明性といった点に関しては、国連機関の説明責任はそれほど高いとは言えず、その点を国連は今変えていこうとしているところだと理解しています。

柳沢 香枝(やなぎさわ かえ) 

国連開発計画(UNDP)南南協力ユニット シニアアドバイザー。
東京外国語大学中国語学科卒、ジョンズホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)修士(国際関係論)。国際協力事業団(JICA、現独立行政法人国際協力機構)入団後、中国事務所、技術協力事業(研修事業部、医療協力部)、企画業務(企画部)、調査業務(社会開発調査部、無償資金協力調査部)等に従事。中国国際センター業務課長、東アジア・中央アジア課長、ウズベキスタン事務所長を歴任後、2005年10月よりUNDPに出向し現職。
注:JICA所属部の名称は全て当時。

また民間セクターがブランドを大事にするのはもちろんですが、援助機関もブランドを持っています。例えば国連のビジネスモデルを考えた場合、「中立で普遍的な機関」というブランドイメージをもとに国連の事業が成り立っていると言っても過言ではないと思います。それは、このブランドイメージによって、政府ばかりではなく財団、企業など様々な関係者を国連の事業に巻き込むことができるからです。ミレニアム開発目標(MDGs)(*語句説明1やUNDPが提唱してきた人間開発(*語句説明2なども、国連のブランド力を高めるうえで大きく貢献しています。ただ同時に、このブランドイメージが失われると、国連の存在意義もなくなってしまうのではないかという危機感は持ち続ける必要があります。一方、二国間援助を行う日本にも「日本」のブランドがあると私は思っています。いろいろな途上国の人々と話してきた経験から申し上げますと、彼らは日本が欧米の先進国とは異なる開発の道筋を提示してくれるのではないかと期待しています。従って日本はブランドイメージをより良くするために、欧米諸国とは一味違う援助を提供できるという部分を強調していくことが大切だと思います。

また、現在国連では「ひとつの国連:One UN」(*語句説明3に向けて改革が行われており、各機関はそれぞれの職務をまっとうしなければ組織自体が消滅してしまうかもしれないという危惧を持ちつつも、互いに協力し合い業務と改革を進めていかなければならないという、大変微妙な立場にあります。その点、日本は間もなく国際協力銀行(JBIC)とJICAが統合され、それによって個々の国が抱えている問題を包括的にとらえ、それに対する最適な支援計画を立てることができるようになります。また単一の援助機関としては資金力において世界銀行に次ぐ世界第二位の規模の組織となります。これも日本の強みだと思います。

紀谷:私は外務省員として二国間援助を経験し、また多国間援助とも広く連携を進めてきました。その経験から、マルチ・バイは一見違っているようで、実は根本的概念には共通点が多いと思っています。バイに関して、英国、日本、アメリカではそれぞれ援助の方法や動機が異なりますが、同様にマルチにおいても子供、保健、食糧など分野ごとに援助方法は異なりますし、組織としての様々な動機もあります。つまりマルチだから、バイだからとひとくくりに語ることはできず、従って一概にどちらが優位かと議論することにも疑問が残ります。両者は、差異よりもむしろ共通点に大きな意義があります。つまり、開発援助では、途上国自身が開発を進めていくことが大切です。いかに途上国が開発を実現するかという共通の目標があり、その実現のためみんなが頑張っているという意味においては、マルチもバイも違いがないと思います。

紀谷 昌彦(きや まさひこ) 
外務省総合外交政策局・国際平和協力室長。

東京大学法学部卒業、英国ケンブリッジ大学修士課程修了(国際関係論、国際法)。1987年外務省入省後、国際連合局、在ナイジェリア大使館、防衛庁防衛局、外務省欧亜局、大臣官房、経済局に勤務。2000年より在米国大使館で開発・環境問題を担当。2003年より在バングラデシュ大使館で開発援助の現地機能強化を推進。2006年4月より現職。

もちろん、共通の目標があるからといって、日本の援助が国連や世銀と同じにならなくてはいけないということでは全くありません。逆に、同じではいけないと思います。国連や世銀などマルチの機関が進める開発への取組と協調しながら、日本の二国間援助では独自の付加価値をもって貢献し、その結果途上国が発展するということが、日本のODAが達成すべき目的ではないでしょうか。マルチもバイも、共通の目的を見据えて、パートナーシップを推進することが大事だと思います。

共通の目標を持つこと以外にも、マルチ、バイの援助には似ている部分が多いと思います。共通の課題に取り組んでいるのですから、ある意味当然かもしれません。第一に、マルチであれバイであれ、援助国や執行機関はある程度のリスクを負うことが必要です。援助は必ずしもすぐ効果が見えるものではありませんし、災害や紛争などで効果がゼロになってしまう危険もありますから。もちろん、このようなリスクを最小限にするための努力が不可欠です。第二に、マルチ、バイでともに大事なのはいかに相手の懐深くに潜り込んでいくかということです。開発援助では相手国の人々と良い知恵を出し合い、話をまとめ、そして他の援助機関や国の要望を調整してその構想枠内に取り込んだうえで事業を遂行していくことが重要です。これができるかどうかは、実はマルチ、バイの援助機関の枠は関係なく、それよりも各機関内で働く個人の資質次第かもしれません。例えば、途上国での援助の現場では、援助国・機関は相互に協力し、その中で選ばれるリーダー役は、結局みんなの意見を踏まえて相手政府と話し合い、相手国を立てながら支援していくところまで進めて行かねばなりません。その成果を出せる能力は、交渉を行う各個人の才覚にも大きく掛かってくるように思われます。つまり、世銀そのものではなく、たまたま今は世銀に務めているAさんの手腕によって事業が成功したというような話は良く聞きます。このような話も、一緒に働いている相手や被援助国の人間の懐に潜り込まなくてはならないという、マルチ、バイに共通した特徴を表しているのではないでしょうか。

こうした根本にある共通点を理解した上で、マルチ、バイの各機関や国の強みを考えてみましょう。例えばUNDPの一つの強みはMDGs全般をとりまとめ推進している点であり、日本については、戦後復興を経て先進国の仲間入りをしたという象徴的な国として途上国を勇気付ける役割や、額に汗して協力してみずから働く姿を見せる、国づくり、人づくり、心のふれあいという援助手法が大きな強みだと思います。こうした強みを踏まえて、各援助機関や国は独自の付加価値を活かし、成果を出していくのです。日本も、二国間援助だけでなく国連や世銀などを通じたマルチ援助も行っています。各形態を通じて、日本の援助の普遍性や付加価値を、どのように開発の実現という成果につなげ、発信していくかが課題です。

私がバングラデシュで勤務していた頃、援助の規模は1位が世銀、2位はアジア開発銀行、3位は日本、4位は英国国際開発省(DFID: Department for International Development)でした。バングラデシュ政府との関係は、マルチだからバイだからというより、基本的には援助額で大きく決まっていたように感じます。つまり、一般論ではありますが、援助できる金額が多いほど、相手政府との対話がしやすいのです。しかし私にとってバングラデシュでの勤務は、援助金額の多寡だけにとらわれず、日本だからこそ出来ることが多々あることを実感し、日本が出来る援助の潜在性を開拓した2年間でした。日本は、開発援助分野への貢献度をより広く理解してもらうために、日本のブランドイメージをもっと良くし、かつ活用する必要があります。より一層の努力をすれば日本は今後開発援助において更なる活躍ができると思います。

柳沢:紀谷さんは政策レベルで活躍されてきたのでそのようにお感じになったのだと思いますが、私が実務レベルに携わってきて感じたことは少し異なっています。日本は「顔の見える援助」という言葉に象徴されるように、日本という国や日本人の経験に基づく援助を進めてきましたが、その事が障壁になっている場合もあります。条件が異なる開発途上国では、必ずしも日本の経験が有効であるとは限らないため、本当の意味で役に立つ支援を行うためには、他のアプローチも開拓していく必要があるのではないかと思います。また、日本政府がアフリカに対する援助予算を増額しても、喜んでアフリカに行ってくれる日本人専門家はまだまだ少ないというのも現状です。その結果、私がJICAで国別援助の事業計画に携わっていた時も、この国にはこのような援助を行ったほうが良いという理想的な青写真が出来ても、日本にノウハウがあり、人も出せる分野であるということを事業実施の前提条件にすると、日本国内では人材が得られず、結果として計画の実現が困難になる場面がありました。

その関連で、ウズベキスタンに勤務していた時に感じたことは、必ずしも日本人が途上国に行かなくても出来ることはたくさんあるということです。ウズベキスタンは辺縁に位置するとはいえ超大国であった旧ソ連邦の一部であったため、現地に優秀な人材がたくさんいます。また、歴史的、政治的な特殊性から、その地域の事情に通じていない人間には理解しがたい現象や問題も多くあり、日本人的見地から助言してもあまり意味がないこともあります。そのような場合には、現地の専門家が主体的に且つ全面的に関わるようなプロジェクトができればいいなあと思っていました。

しかし残念ながら現在のところJICAでは現地の専門家の知識、経験を最大限活用して開発を進めるような制度がまだできていません。一方UNDPの場合、プロジェクトに関わる人材は世界中から調達可能であり、現地の専門家を活用することも十分可能です。このような人材の活用方法の方が成果が出せるのであれば、日本の援助も、一部はそのような方向に変わっていっても良いのではないかと思います。ただ、事業の質の管理を考えると、現地のカウンターパートの能力を、じっくり時間をかけて強化していくという点では日本の従来の技術協力のやり方が優れているように思います。

紀谷:専門家の派遣や研修員の受け入れをはじめ、日本の技術協力の持つ様々なツールを効果的に活かしながら、常に改善に取り組んでいくことが大事だと思います。

また、日本ならではの援助についてですが、日本の復興の例を途上国に単純に当てはめれば良いということではありません。バングラデシュでも感じましたが、途上国の人たちが日本を信頼する一つの理由は、日本人が彼らの話を真摯に聞いてくれるという姿勢です。単に日本の経験を押し付けしまうと、逆に信頼を失墜させてしまいます。日本の、相手の問題を一緒になって考え開発を進めるという手法は誇れるべきもので、この手法を活かしつつ、現地の本当の要望を見極めて一番相手のためになる援助政策を実施していくべきではないかと思います。

柳沢:そうですね。しかし、現在日本のODAが削減傾向にある中で、例えば広報用刊行物に日本人の写真がないと駄目など、国民の支持を得るためには「顔の見える」援助を求められることが多いというのも現状です。勿論、それも重要なことだと思いますが、じっくりと相手国の話を聞き、相手の立場に立って考え、相手の持っている力を最大限活かしていくことが本当の意味での国際貢献になるのだ、という認識に変わっていくと良いのではと思います。

また、紀谷さんのおっしゃったとおり、開発問題への取り組みという点に関してはマルチ、バイという色分けはできないと思いますが、顧客である途上国に対する姿勢という点では、大きく違う点があると私は思っています。JICAは途上国の人と一緒に汗をかき、ともに働くことを目指す組織を標榜していますが、JICA職員及びJICAの事業に関わる人の心のうちには、日本は援助する側であり、資金を背景に絶対的に強い立場に立っているという認識があり、そのうえで途上国の人々と一緒に働くと言っているのではないかという気がします。しかし国連では途上国出身の職員も大勢いて、スローガンではなく現実としてともに働くことが当たり前であるうえ、彼らが自分の上司であり業績の評価もするということも当然あります。このような状況は日本に限らず二国間援助の世界で働いてきた人には想像がつかないのではないかと思います。残念ながら二国間援助機関で長く働いていると、国力と人間力が同等だと無意識に思い込んでしまうのではないでしょうか。私自身、UNDPに来てから、途上国の人を同僚や仕事上のパートナーとして持ち、それを通じて途上国にも優秀な人材がたくさんいるのだと実感できたことは大きな収穫です。日本は他国と比べると腰の低い援助国だとは思いますが、それでもやはり、強者の立場に立っているのではと思うことがあります。

紀谷:個別の状況にもよりますが、バイだと権力的、マルチだと腰が低い、ということではないように思います。国際開発金融機関(Multilateral Development Bank: MDB)(*語句説明4などにも当てはまる批判ですが、大きな組織を笠に着て、と思われることは、いずれの場合もあるでしょう。これは、必ずしもマルチだからバイだからというものでなく、組織文化による面が大きいと思います。

柳沢:そうですね。ただ出資割合によって一票の重みが異なるMDBと、全ての国が同等の一票を持っている国連とは性格が異なると思います。またUNDPの場合、自分の出身国にある事務所に国際スタッフとして勤務することはできませんが、出身地域の他の国の常駐代表になることは多く、そういう点でも途上国の人から親近感を持ってもらえるのではないかと思います。

紀谷:資金量の重みも関係しているように思います。途上国で仕事をしている時、資金量に応じて相手政府の態度が違ってくると感じました。また国連諸機関は場合によっては相手国の政治についての批判、評価をしなくてはいけないこともあり、相手国と国連の間で若干の緊張関係が生まれたりもします。これは国連に限らず、世銀でもそうかもしれません。私がバングラデシュにいた時は、世銀はバングラデシュの経済成長の潜在性に着目して融資に積極的でしたが、一部の国連機関は人権問題とリンクして対決姿勢を強めていました。個別の国や状況により異なると思います。

柳沢:二国間援助でいうと、日本は首相交代などによって援助政策が大きく変わることがなく、相手政府にしてみればそういう安定感が信頼するに足る部分だと思います。反対に、たとえばアメリカの場合は国内政治によって援助額が極端に増減しますので、その分信頼度が低くなってしまうように思います。

紀谷:今挙げられた例は、先にも話しました日本の二国間援助の特長であり、他国と比べて日本は相手国に日本の政策を理念先行型で押し付けることはしない、もちろん忠言はするが、個別の状況を十分に理解した上で行う、ということだと思います。マルチでもバイでも押し付ける援助は敬遠されますし、援助してもわだかまりが残ることもあります。一方日本は比較的安定した援助金供給に加え、親身になって話を聞き相手国の立場に立って支援していくという誇れる特長があります。二国間援助は、日本の国益のために行うことはもちろんですが、それを実現するためにも相手にとって役立つ援助をするということが大前提です。

柳沢:もう一点、日本の援助の今後の課題に関してですが、これまでの開発援助の潮流を振り返ってみると、90年代以降だけでも構造調整に始まり、貧困削減、MDGsと次々に新しい課題が打ち出されましたが、最近は、やはりインフラも、農業も、民間セクターも重要だということでまるで時計が2,30年前に戻ったかのような議論がなされています。このような議論が繰り返される背景には、開発援助に対する国際的な支持を維持するために2-3年おきにヒット商品を出していかないとならないという事情もあるのかも知れませんが、途上国の立場からすれば、まるで実験場にされたような感覚を持つのではないかと思います。日本は他の援助国と協調していくことが必要ではありますが、こうした次々に目先が変わる議論に過度に同調する必要もないと思います。たとえば人材育成や産業育成、また科学技術など、日本が開発の中核だと思っていて、実際に相手国のためになり、歓迎されるものに関しては、ぶれずに一貫して推し進めていくべきだと思います。

紀谷:日本が援助の中核だと考えている点について、発信を強化することも重要です。日本が国際援助、開発の大きく変動する潮流を見ながら「それは間違っているのではないか」と感じた場合には、国際会議の場で率先してそれを発言していかなければいけません。日本にとって今必要なのは意見を発信し、潮流を自ら作っていくことだと思います。そのためには、日本の開発援助に対する姿勢の普遍性を理論武装し、それに賛同する仲間を増やしていくことが必要です。その点で私は2008年10月からJBICと合併し発足する新JICAのシンクタンク機能に期待しています。また、開発問題に関わる様々なアクターが集まった「新しい日本のODA」を語る会(*語句説明5)の提言は、「卒業のための援助」として、援助はやめるために行うべきだという日本がとるべきODAの基本姿勢を明確にすることを訴えています。日本で開催される第4回アフリカ開発会議(TICAD IV)やG8北海道洞爺湖サミットといった場でも、日本のアプローチについての積極的な発信が行われることを期待しています。

柳沢:現在という時代においては、開発を途上国だけの問題として先進国で起こっていることと切り離して考えることが難しくなっています。例えば気候変動もそうですが、温暖化の原因をつくってきたのは主に先進国で、それによる被害を受けているのは発展途上国です。先進国が提供しているODAの額というのは、一般的な経済規模に比べれば微々たるものです。たとえばアメリカのウォールストリートで働く人々に一冬に払われるボーナスより、1年間に途上国にわたる全ODAの額の方が小額だという議論もあります。であれば、ODAという貢献だけでなく、先進国の内部で途上国の開発を阻害する原因を減らす努力も必要だと思います。

また開発援助において、自分に達成できないことを他者に求めるのは無理があります。JICAは数年前にISO14000を取得しました。このことによって、途上国に対して環境保護の大切さを訴えるにあたり、自分達も環境に配慮しているという姿勢を見せることができるようになりました。ところが国連ニューヨーク本部に関していえば、紙を大量に使い、真夏には凍えるほどの冷房をきかせ、電源をこまめに切るという努力も全くされていません。国際的な環境問題を話し合う場である国連こそ模範となる行動を取るべきで、国連ビルが訪れる一般市民の人達にそのような模範を提示できる場に変わるといいなあと思います。

紀谷:現在日本では、働く貧困層(ワーキングプア)が増加している中で、なぜ海外に援助する必要があるのか、という議論がありますが、これは率直で重要な問いだと思います。開発援助は社会政策のひとつです。日本にとって、国内の社会政策が大切であるのと同様に、国際的な社会政策である開発援助も大切であり、だからこそ両方を同時に進めていく必要があるのだということが、一つの回答でしょう。このような主張を説得力を持って行うためには、他国への援助だけでなく、国内の働く貧困層の問題についても真剣に取り組むことが前提となります。

柳沢:そうですね。もう一点、日本が開発援助を行う意義を考える際に考慮しなくてはいけないことは、開発援助は援助国、被援助国双方が利益を得るように進めていくことが大切だということです。現在、援助を双方にとって有益なものにするために、民間セクターを開発の重要な担い手として取り込んでいこうという議論が盛んになりつつあります。例えば日本企業がアフリカに進出し、現地の特性を活かして製造した物を日本で販売するというようなケースです。この場合、貧しいアフリカの人々が作ったからという同情からではなく、質が良いから買う、継続的に愛用するというレベルでの市場が形成できれば双方に利益がもたらされると思います。

紀谷:大事なのは、「富の移転」ではなく、「富の創造」だということですね。富の移転は、将来の富の創造の触媒となって、初めて大きな意味を持ち得ると思います。もし可能であれば、富の移転、つまり援助なしに、途上国が富の創造の実現へのサイクルに入ることが理想で、その一例がグラミン銀行(*語句説明6)などが行っているマイクロファイナンスです。社会の問題を解決するために、管理手腕を最大限に発揮して、いかに富の創造を実現していくか。富の創造を促進するために、ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団の貢献に代表されるような民間部門がはたす役割も含め、開発へのアプローチを強化できれば良いと思います。この「富の創造」については、民間セクターに大きな経験の蓄積があり、そこで援助分野においても民間セクターが注目されているのです。ただ、民間セクターが援助分野に進出し活躍するようになるとODAはもういらないかというと、そうではありません。インフラの整備や基礎教育の推進、ガバナンスの改善など、「富の創造」のサイクルを機動させる最初の触媒として、ODAはやはり不可欠なのです。




【語句説明】
1. ミレニアム開発目標(MDGs)
2000年9月ニューヨークで開催された国連ミレニアム・サミットに参加した147の国家元首を含む189の加盟国代表は、21世紀の国際社会の目標として国連ミレニアム宣言を採択。このミレニアム宣言は、平和と安全、開発と貧困、環境、人権とグッドガバナンス(良い統治)、アフリカの特別なニーズなどを国際的な課題として掲げ、21世紀の国連の役割について明確な方向性を提示した。そして、この国連ミレニアム宣言と1990年代に開催された主要な国際会議やサミットで採択された国際開発目標が、2001年9月の国連事務総長報告書において、ミレニアム開発目標(Millennium Development Goals: MDGs)という一つの共通の枠組みとしてまとめられた。MDGsは、2015年までに国際社会が達成すべき8つの目標(貧困削減、基礎教育の普及など)を掲げている。2005年9月にはニューヨークでMDGsを含む国連ミレニアム宣言を見直する首脳会合が開催された。
参考 :http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/doukou/mdgs.html


2. 人間開発
開発の目的は経済成長だけではなく、人々が各自の能力を十分に開花させ自由に生産的かつ創造的な人生を開拓できるようにすることであり、そのために、開発プロセスの中心に人々の存在を据えるという考え方。これに基づきUNDPは1990年に人間開発報告書(Human Development Report: HDR)を創刊。経済的指標だけでなく、教育、保健、ジェンダーなど人間生活に関わるさまざまな指標を用いて人々の生活の質を測り、各国の発展度合いを年次報告、分析、政策提言している。
参考 :http://www.und.or.jp/hdr/

3. 「ひとつの国連」
開発・人道支援・環境分野の国連システムの一貫性に関するハイレベル・パネル (High-level Panel on UN System-wide Coherence)は、2006年11月9日に事務総長に提出された報告書「Delivering as One」で、国連諸機関が各国で業務の重複を避け業務コストを下げることによって効率的に開発目標に達するため、「ひとつの国連(One UN)」という連携強化方策を提案。2007年より、アルバニア、カーボヴェルデ、モザンビーク、パキスタン、ルワンダ、タンザニア、ウルグアイおよびベトナムの8カ国で、「ひとりのリーダー」「ひとつの事業」「ひとつの予算」「ひとつのオフィス」などを目指して国別プログラムや予算枠組みの統合が試行されている。
参考 :http://www.un.org/events/panel/index.html (英語)

4. 国際開発金融機関(Multilateral Development Bank: MDB)
開発途上国に財政支援や経済・社会活動に関する専門的な助言を提供する機関。一般に世銀グループと4つの地域開発銀行(アフリカ開発銀行、アジア開発銀行、欧州復興開発銀行、米州開発銀行グループ)を指す。

参考 :http://siteresources.worldbank.org/EXTABOUTUS/Resources/MultiDevBanks-J.pdf

5. 「新しい日本のODA」
政界、マスコミ、産業界、NGO、学会、官界、援助実施機関の関係者、総勢120余名によってつくられた「『新しい日本のODA』を語る会」という集いで、2006年7月に始まった。JBICとJICAの統合が決定されるなど日本のODAの変革に直面している現在、国際的な視点、国民の視点、援助現場の視点という3つの視点から、日本のODAが抱える問題点や改善への提言などについて意見交換をする自主的な集まりであった。2007年10月には、参加者の多数意見を集約して、『国際協力を変える30の提言』としてマニフェストを取りまとめた。

参考 :http://www.grips.ac.jp/forum/oda_salon/index.htm

6. グラミン銀行
1983年に経済学者ムハマド・ユヌスがバングラデシュに設立した銀行。貧困層を対象に、生活の質の向上を目的とし、マイクロ・クレジットと呼ばれる低金利の無担保融資を行っている。この銀行の功績が認められ、同銀行は2006年ムハマド・ユヌス氏と共にノーベル平和賞を受賞。

参考 :http://muhammadyunus.org/content/view/32/50/lang.ja/(英語/一部日本語)

写真:田瀬和夫、国連事務局OCHAにて人間の安全保障を担当。幹事会・コーディネーター。

担当:佐々木・横山・朝居

 

 

2008年2月4日掲載



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