「平和構築-復興から開発への移行」
山本 愛一郎さん
JICA米国事務所長
黒田和秀さん
世界銀行脆弱・紛争影響国家ユニット上級社会開発専門
児玉千佳子さん
UNDPジェンダーチーム・プログラム・マネジャー
司会: 田瀬和夫さん
国連人道問題調整部 人間の安全保障ユニット課長
2009年4月11日開催
於: 日本国際協力機構(JICA)米国事務所内
DC開発フォーラム/国連フォーラム共催 合同勉強会
質疑応答
■Q■ 紛争から開発へ移行するにあたって統計制度の導入を国家としてどの段階で整備していくべきかについて、現状どのような議論が行われているのか。
■A■
(児玉さん)アフガニスタンの初期の段階では、統計は整っていなかった。統計整備は重要ではあってもアフガニスタン復興支援の中で優先順位が決して高かったとはいえない。パレスチナでは統計局のキャパシティはかなり高かったのでユニセフやUNFPAなどはプロジェクトの一環として、統計局と協力しながらオンザジョブでキャパシティビルディングや情報収集をしていた。
(山本さん)統計の分野は復興では最も後回しにされている。まずは生命の安全が確保された後、水、食料、少し経つと教育やインフラなどの整備が優先される。実際にベースラインデータがなく数年後のドナー評価で困るという状況が起こっている。東ティモールでは東ティモール暫定行政機構が行政を肩代わりしたため、各国連機関が持っているデータを集め、国家の再構築を始めた。アフガニスタンでは元々統計がなかった。イラクは官僚国家であらゆる統計データを持っていたが、米軍が官僚を解雇し、役所は住民の略奪にあい、データはどんどん失われていった。米軍が守った役所は石油省のみだった。統計が後回しにされるという状況はなんとかしなければならないと危惧している。
(黒田さん)統計は非常に重要であるが、データが集められて統計となってしまうと、それが信用されてしまうので気をつけないといけない。世銀はCPIA(Country Policy Institutional Assessment, 国別制作制度評価指標)で統計データを出し、それぞれの国々の貸付額などを決めている。
■Q■ 国際機関では紛争後の国家で集められた統計データをどの程度信頼してプロジェクトをすすめているか。
■A■
(田瀬さん)ダルフールでは国連機関のプレゼンスがない状態でOCHAによる人道支援を始めたため、NGOから聴取した情報を元に統計がない状態で活動する他なかった。コンゴ、チャド、中央アフリカなどでも同様の状況であった。
(児玉さん)UNDPではデータがないとプログラムを策定できないため、プロジェクト実施の一環で統計局と協力しながらデータを集めている。例えばパレスチナの貧困度のように、国際社会からの支援額に影響を及ぼすため、政府との共同が重要であった。
(山本さん)開発全般の話になるが、JICAではプロジェクトのターゲットを決める際、国際機関のデータを鵜呑みにするのではなく、プロジェクト形成の段階において現地で社会学的な聞き取り調査を行う。例えば、パキスタンでは聞き取り調査を行った事をきっかけに、女性障害者の隔離問題が明るみになり、パキスタン政府に報告された。収集されたデータは各国で共有していかないと意味をなさない。
(黒田さん)世銀でも国連でもより結果が重視される時代になっている。結果を数値化するためのデータは非常に重要である。世銀の中でポストコンフリクトパーフォーマンスインディケターを作る動きがあり、数年後の公表を予定している。
■Q■ 中央集権と地方分権のジレンマの中でSSR(Security Sector Reform)がどのように関係しているのか。また、アフガニスタンでのSSRにおいて現状どのような問題が発生しているのか。個人的にはSSRを通じて治安や雇用を確保できると思うが、財政面の心配があると思う。
■A■
(児玉さん)SSRを雇用創出の観点から考えたことがなかったので面白いと思う。ただ、財政とのバランスを考えないと財政危機の問題が発生する事に気をつけないといけないと思う。紛争後の国家建設の過程で、軍閥など非正規軍・治安部隊が地方で治安サービスを提供している状況があるが、本来なら国家機能として国が提供していくべきである。軍・治安サービスを国家機能として提供できるよう能力強化すると同時に、実際にサービスを提供している軍閥などを解体することで治安の低下、力の空白がうまれる危険性がある。私が赴任していた当時のアフガニスタンでは警察が最低限必要な機材、例えば車両・無線といったものから持っていなかった。必要な治安を提供するのに必要な数の警察官をまかなう給与もなく、警察官の「法」に対する認識も低かった。また治安「セクター」として見た場合、治安と関係する様々なアクター(警察、検察、刑事裁判、刑務所等)のコーディーネーション、能力強化も重要である中、ゼロから始める紛争後の国においては課題が山積みとなる。
(黒田さん)給料の少ない警察官による汚職の問題がある。グルジアでは警察の給料をあげた事により治安が回復してきたが、財政面の持続性に懸念が生じている。グアテマラでは内戦終了後に政府がSSRやDDR(Disarmament,Demobilization and Reintegration)などの制度を作らなかったため、内戦時より現在の方が犯罪による死亡者が多い。紛争後の国家建設においては優先順位をつけて行く事が大切。
(田瀬さん)治安要員や国連職員による性的搾取などの犯罪が発生している。そのため、国連では職員に対して徹底的に人権トレーニングを実施している。また、 人間の安全保障基金ではスーダンのアフリカ連合軍に対して人権教育を開始した。ただし、警察など法執行機関でパワーを持っている人による人権侵害については、意識を変えていくのはとても難しい。
(黒田さん)各国が派遣しているPKO部隊の人権レベルをあげていく取組みも必要。
(山本さん)PKO部隊などの治安要員を人権やジェンダーの面において訓練していかないとSSRは難しいと言える。
■Q■ パレスチナにおいて市民と政府間の対話(ダイアローグ)が取り入れられたとの話があったが、市民の中に宗教指導者は含まれているのか。また、平和構築においての宗教の位置づけについてどう思うか。
■A■
(児玉さん)私が先ほど述べた選挙法改正に関するダイアローグを促進するプロジェクトには宗教指導者は含まれていなかった。HIV/AIDSのスティグマに対処する際に宗教指導者を含めた対話を進めるプロジェクトはUNDPのアラブ地域で行っていた。また、パレスチナでも国連機関ジョイントプログラムでは特にUNICEF, UNFPA, UNIFEMなどが宗教指導者の影響力に着目し、彼らとともに人権やジェンダー,HIV/AIDSなどの教育を現地の人々に行っていた。アフガニスタンでも同様な取り組みがあった。個人的には国連が彼らをパートナーとして考えるようになった歴史はまだ浅いと思うが宗教指導者の果たす役割は大きいと思う。
(山本さん)宗教が紛争の原因とよく言われるが、実際のところは社会格差や経済格差など蓄積した不満に対して何かが引き金となり、宗教紛争に発展していっている。例えば、アイルランドの血の日曜日事件もイギリス政府が行ったカトリック教徒に対しての社会差別や雇用差別が元々の原因であった。宗教問題に発展しうるような差別を早い段階で是正する早期警告システムがあればある程度紛争は防げるのではないか。
(田瀬さん)紛争が貧困を起こすのは明らかであるが、貧困または宗教が紛争を起こすのかについてはなかなか証明が難しい。山本さんが言うように宗教問題の前に、既存の排他主義(exclusion)や社会的疎外(marginalization)が何かを引き金として紛争に発展していくというケースが多い。紛争後の取組みにおいては宗教指導者も含め様々なグループを対話の中に包含(inclusion)していく事が重要。
■Q■ 児玉さんの話の中でCDA(Conflict Development Analysis)の話が出たが、統計データがない場合または数的に計れない問題に対してはどのように中立性を保って紛争の原因を分析しているのか。また紛争の原因というのは本当に分析できるのか。
■A■
(児玉さん)CDAで紛争の原因を分析する際、数値化されたデータからのみ紛争原因を追求するのではなく文献を通じた歴史の認識、対話(ダイアローグ)を通じた人々の認識から紛争の原因を把握することも行う。統計や文献から紛争の原因を探ることも重要だが、一見「中立性」がない様に思われるかもしれない、人々が何が原因と思うかといった認識の方がむしろ重要と個人的に思う。
(黒田さん)原因を追求する事も大切だが、将来的にさらなる紛争を避けるために国際機関がどのように貢献していけるかを考える事が重要である。
(山本さん)開発が紛争を助長しないように、紛争予防に繋がるような開発を進めていく事が開発機関の努めである。ジェンダー、環境、紛争など様々なレンズを持ち開発に取り組んでいく事が重要。
■Q■ 復興支援にあたって、どのような支援体制が望ましいか。セキュリティコストなどの話が出たが、民間と政府の協力体制についてどう思うか。
■A■
(児玉さん)現実として治安は復興・開発の条件となるアフガニスタンで地方の治安が原因で復興支援が地方まで及ばないという問題があった。その際、軍と文民(援助関係者を含む)で構成されるPRT(Provincial Reconstruction Team)をアフガニスタンの地方に展開していた。この構想が発表された当時、軍に保護されながら、軍と一緒に支援を行う事によって中立性を保てず、逆に攻撃のターゲットになりうるという懸念がNGOから寄せられ反発もあった。しかし、治安が確保されないと実際問題として人道・復興支援ができない中、治安問題は平和構築において非常に難しい問題である。
(山本さん)援助には人、物、金の3つの手段がある。経済学の観点で言えば、財政支援が一番効率的であり無駄が起きない。次に物、最後に人である。ただ、世の中そのように単純には機能せず、人命を守るために発生するセキュリティコストなど、それぞれの国毎に必要な人と物とお金の配分を検討していく事が重要。また、状況に応じて援助の経済効率を考えて行く事も必要。
(黒田さん)以前に比べて、国家、国際機関、NGOや財団など、紛争後の支援に関わるプレイヤーが格段に増えた。これらの組織がどのように協力して支援を展開していく事を考えるのは非常に重要。
■Q■ 軍人が復興援助に携わることについてどう思うか。また、アフガニスタンでの復興支援に成績をつけるとすればどのような評価になるか。
■A■
(児玉さん)平和構築の中心となるStatebuildingでは先ほども述べたように国の治安・法の支配能力強化が重要となるので軍人の関わりは必要。ただ、軍人と文民では考え方にギャップがあるため、そこをどうやって埋めて、協力していくことを考えていかなければならないと思う。アフガニスタン復興支援に成績をつけるのは、当事者として中立的に見る事ができないと思うので非常に難しい。批判的なコメントも聞くが、個人的に今までやってきた支援は無駄ではないと信じている。平和構築、復興支援も国・地域によって違うが、アフガニスタンのように何もない状況からはじめる平和構築は時間も資金もかかるということを最初から認識した上で、長期的な視点で捉え支援を続けていくべきと考える。支援する側の負担をよく耳にするが、支援はその受け手の人生に影響を左右する程度のインパクトを持ちうる。支援にかかわる場合にはその責任も重くうけとめるべき。
(山本さん)アメリカではODAの21%を国防省が使っている事実があり、軍と民の関係は最も問題視されているテーマの一つである。手段と目的の観点でみると、軍は戦争に勝つために援助をし、開発機関は貧困削減などを果たすために援助をする。基本的に軍と民は相容れないと思っている。しかし、治安が悪化している中で軍のバックアップは頼りになる。目的は違えど手段の段階で軍と民がどのように協力していけるかを考えていく事がこれから必要。
(黒田さん)世銀の中では今のところPRT(Provincial Reconstruction Team, 兵士と文民からなる開発チーム。アメリカ、オランダなどが派遣している)に協力できないとの結論が出ている。アフガニスタンに関して言えば、ジェンダーバランスや乳幼児死亡率の減少など統計的に見て評価できる面もあるが、治安の問題があり全体的には悪化していると言える。
■Q■ 中東和平の中で日本の貢献のあり方、日本人の宗教観から生じる立ち位置の違いについてどう思うか。日本または日本人がどのように中東の平和構築に貢献していけると思うか。
■A■
(黒田さん)日本も中東も歴史が深いという面で共通点がある。共通点を探して援助に生かしていくべき。また、平和構築において日本やドイツはなぜ成功したのかよく話題に出る。開発に関わっている者として質問されたら答えられるよう日本人として最低限の事を知っておくべき。
(児玉さん)中東和平に関して、日本は他の国に比べてレガシー(歴史遺産)を負っていないため、イスラエル、パレスチナ両方から信用を得られる立場にある。「平和と繁栄の回廊構想」のように日本の利点を生かした支援はとても面白いと思う。ただ、中東和平はアメリカの役割が非常に重要。イスラエルに対して影響力を持っているのはアメリカだと思う。
(田瀬さん)日本も頑張ってはいるが政治的になかなか難しい。Winning Hearts and Mindsという言葉あるが、人々の心に訴えかけていく事を日本人として出来るのではないか。
議事録担当:成松
ウェブ掲載:渡辺