宇野智之(うの・ともゆき):イギリス生まれ。早稲田大学理工学部機械工学科卒業。いすゞ中央研究所に入社し、ハイブリッド自動車の開発を担当。その後、東京大学新領域創成科学研究科 国際協力学修士課程修了。オックスフォード大学(MSc in Nature, Society and Environmental Policy)修士課程修了。大学院、野村総合研究所の研究員を経て、2007年JPO試験に合格。2008年6月より国連開発計画(UNDP)インドネシア事務所勤務。 |
Q. 国連で働くことになったきっかけを教えてください。民間業から国連というキャリアですが、環境がテーマにあるように感じました。
私はイギリスで生まれ、13年間同国で育ちました。日本とイギリスでは環境の捉え方が違いますし、日本の神道・仏教とキリスト教との自然観の違いもあります。例えばイギリスには建築群の景観保護という強い意識が昔からありますが、日本でそのような考え方が広まってきたのは最近のことです。日本の場合、自然を守るというよりは自然と一体で、私たちも自然の一部と考えますよね。環境に対するこのような日英間の捉え方の違いを幼少のころから体験していたので、私は環境保護というテーマに興味を持つべくして育ったのだと思います。
いすゞ中央研究所に入社したのはハイブリッド自動車の研究がしたかったからです。バイクが好きだったので、バイクや車関係で環境に貢献できないかと考えていました。ハイブリッドは、トヨタの場合だと乗用車で、エコというイメージで購入する方も多いと思いますが、いすゞ自動車がつくっているのは商用車であり、顧客は1,000台単位で購入することが多いのでそういう考え方は最優先ではありません。環境にやさしい、エコであるというイメージ以前に、経済的でかつ技術力が伴っていないと買ってもらえないんですね。経済的でかつ技術力があり、さらにエコであるという本当に役に立つ技術を開発しなくてはならないので、まさにハイブリット技術の研究が求められていると思い、入社しました。
同社では3年半ほど働きましたが、その間も国際的に何かしたいと思っており「コア技術の開発では日本の外に出られない」、「ここで一生過ごすのか」という想いがありました。また、国連のこともずっと脳裏にありました。そんなとき国連には日本人職員が少ないという話を聞き、その理由が議論や交渉ができる高い語学力が必要という以外にも、給料の面でそこまで良いと言えないからだと知って、「それだったら俺がやるよ」という気持ちが芽生えました。日本は国連に拠出金をたくさん出していますが、資金だけでなくおそらく世界一の環境技術も持っているので、その技術を途上国に供与することはできないかと考えたのです。
そうした思いが膨らんでいた頃、たまたま新聞で東大の新領域創成科学研究科(GSFS)の国際環境協力コースの募集要項を目にし、受験したところなぜか受かってしまい(笑)、そこから国際協力の世界に入ることになりました。いすゞ中央研究所にいた時から環境分野で国際的に貢献したいとは思っていましたが、どうすればよいのかわかりませんでした。それが新聞の募集要項を見つけてから、ドアが開いたという感じですね。
GSFSで2年間勉強しましたが、環境思想という部分で物足りなさを感じたので、その後オックスフォード大学へ留学し、1年間で環境政策の修士号を取得しました。留学修了後、JPO試験を受験中に短期契約の仕事を探していたところ、折よく野村総合研究所で金融リサーチの仕事を見つけ、契約社員として入りました。ところがヨーロッパにおける環境ビジネスの発掘など環境に関係する仕事ができるようになり、おもしろくなってきたので正社員になりました。そんな時JPOの合格通知が届き、しばらく悩みましたが、金融危機の影響で仕事内容が環境ビジネスからリスク管理に移行していた時期でもありましたので、やはり国連に行こうと決めました。
Q. 今のお仕事について教えてください。
UNDPは京都議定書で定められたクリーン開発メカニズム(CDM)の支援をしています。先進国で二酸化炭素の削減をすると費用がかかりますが、途上国はまだ最新技術を導入していないので、同じ100ドルでも途上国で実施した方が効率よく二酸化炭素を削減することができます。先進国が途上国に資金を投下して削減した排出削減分をクレジットという形で評価し、そのクレジットを先進国に還元するという仕組みがCDMです。
UNDPではCDMがあまり浸透していない国や、リスクが高い国の支援をしています。その中で私が関わっているMDGカーボン・ファシリティー(2007年6月設立)では、CDM の恩恵をあまり受けていない国や地域、例えばアフリカなどでCDMをもっと発展させること、またすでにCDMが発展している国で新たなCDM手法の導入を支援したり、住民や環境へ恩恵を広げたりすることが主な仕事です。工場では経理担当者や管理者がいるのでリスクは低いのですが、コミュニティを相手にプロジェクトを行おうとすると経理担当者もいないし、誰が住民を管理するのかという問題が出てきてリスクが高い。このような状況だと民間企業は参入を見合わせCDMが進まないので、UNDPが支援を行うというわけです。また、プロジェクトを実行するにあたり資金が必要ですが、工場が自分で資金を借りることができない場合にはUNDPが支援に入り、ビジネスプランの作成などをサポートします。
インドネシアも CDMが少ない国の一つです。今まで20件しか事業が実施されていません。中国でこれまで300件以上もの事業が行われていることを考えれば、まだ発展の余地があると思います。
Q. 宇野さんはプロジェクト管理を担当されているのですか?
私は現在、4事業の管理を担当しています。そのうちの1つ、MDGカーボン・ファシリティーでは管理だけでなく、プロジェクトの発掘、実施からモニタリングまで、すべてのプロセスに関わっているので、いくら時間があっても足りないですね。CDMのプロジェクトは、回ろうと思えばインドネシアの全プロジェクトサイトを回る必要がありますが、それは不可能なので業界団体と協力しています。
2008年9月に国連主導で開始された「森林減少・劣化に起因する温暖化ガスの排出とその抑制方策計画」(UN-REDD)も、一つの大きな柱です。今までのCDMの枠組みでは、木を植えると温暖化防止に貢献したとみなされますが、切られる予定だった森を切らずに済むようにすることは、CDMとして認められていませんでした。切られる予定だったことを証明するのが難しいんですよね。これに対し、伐採が進んでいる森林で年間の伐採量を減らしたらその量に応じて報酬を支払う、というのがREDDの仕組みで、UN-REDDはこのREDDの仕組みを支援しようというわけです。
例えば椰子油プランテーションを経営している人に、森林伐採削減の見返りに報酬を支払うことで伐採量を抑えてもらいます。しかし、森林管理のよい地域でもともと資源の1%しか森林伐採が進んでいない場合、その地域には理論上1%分しか報酬をあげられませんが、逆に管理が悪い地域はより多くの報酬をもらえることになります。そうすると管理の悪い地域に対してより多くのお金をあげる、という倫理上の問題が生じます。
また政府が森林伐採をしてはいけないと法律で定めているにも関わらず、伐採が進むケースもあります。例えばボルネオは世界で三番目に大きい島ですが、管理・監視する森林官が非常に少ないため、規制の徹底は困難です。これに対しても、「国の怠慢」に対して資金を供与するのかという議論もありますし、伐採が進んでいるところに資金をあげるなら、逆に資金をもらうために伐採を進めてしまうのではないかといった問題があります。
住民は生活のために、目の前の木を非持続的に切ってお金を儲けようとすることがあります。そこで先進国は伐採を止めるべく、住民の生活パターンをより森林にやさしいものにするための資金を提供し、彼らの生活向上を目指しています。オランウータンの保護にもつながりますよね。UN-REDDはFAO(国連食糧農業機関)とUNEP(国連環境計画)、及びUNDPの3つの機関のパートナーシップですが、インドネシアはパイロット事業実施国の一つなので、これからがたいへんです。
また国連では、プロジェクトの企画書を書くためにプロジェクトがあると言われるほど、企画書が重要視されています。数億円もの資金が必要なプロジェクトだと企画書を書くにもプロジェクト・チームが必要で、そのチームの管理もしなければいません。その他に京都議定書を批准した国は温暖化防止の現状を報告しなければならないのですが、その報告書を書くプロジェクト・チーム管理も仕事の一つです。政府の能力強化がUNDPの使命なので、政府の担当者を支援しながら一緒に報告書を書いています。
Q. インドネシアへ赴任されて5か月ですが、大変だったこと、印象に残っていることはありますか。
やはりUN-REDDのパイロット事業実施国になれたことが印象に残っています。インドネシア政府からこの事業に参加したいという正式な手紙をもらうために奔走しました。最初は中堅の役人に当たり、そこから上へ上げていったのですが、誰から手紙をもらえばよいかの見極めが一番難しいところでした。林業省が決定権を持っているようでしたので林業省から合意を得るのがよいと思いましたが、他の関係省庁間や省庁内での調整に苦労しました。
そうは言っても、インドネシア政府の役人はすごく接しやすいですね。父系社会なので、上司のことはBapak(お父さん)やIbu(お母さん)と呼びますし、家族のように接して忠誠を誓うところが日本に似ています。日本より強いかもしれません。部下の面倒もとてもよくみますし、私にとっては働きやすい環境です。細かな社会的つながりを見ることができますから。
Q. インドネシアの生活はいかがですか?
もともとタイの農村でホームステイをしたこともあって途上国での生活は好きなので、とても気に入っています。インドネシア人は明るいですし、商売上手ですね。商売や生活手段を様々な機会に探していて、たくましいです。例を挙げれば、ジャカルタでは渋滞時に幹線道路を車で走る時は3人以上乗っていないとだめというルールがあるので、幹線道路に入る手前の道端にバイトが立っていて、バイトに1人100円払い車に乗せてルール違反を回避することが普通に行われています。運転する側も警官に捕まった時の罰金を考えると、バイトを使った方が安いんでしょうね。また、ジャカルタはよく洪水になりますが、洪水になると自分で橋をかけて通行料をとる人や、渋滞している時に脇道から出ようとすると、交通整理のお兄さんが出てきて他の車を止めてくれ、それに対してお金を支払うという商売もあります。インドネシアの「インフォーマル・エコノミー」はたくましいと思います。
私生活はというと、どのモールに行っても同じものしか売っていないので、買い物はつまらないですね(笑)。休暇には妻と一緒に島に行ったりしています。海がたいへんきれいで、行ったからにはダイビングをしないと、という強迫観念にかられるくらいです。観光業が流行って珊瑚が死んでしまうところもあるようですが、汚染されていないところもあります。地元の人しか知らないところにはまだきれいな珊瑚礁が残っていて、そういうところに遊びに行っています。
Q. いろいろな利害関係がある人・組織をうまく調整して成功に導く秘訣を教えてください。
本当の意味での利害関係の対決というのは少ないと思っています。どちらかというと情報がないことが問題だったりするので、情報を引き出したり、見方を変えてみることで解決できる場合が多いと思います。例えばUNDPが実行したい事業をインドネシア政府が拒否した場合、一見利害関係の対立に見えますけど、その根本原因を探ってみると解決の糸口が見えてきます。
政府の反対理由が、仕事の負担が増えるだけでメリットが少ないからだとしたら、UNDPは政府に対してこの事業は実はこんなメリットがあるよと説明してみたり、こういう見方をすると将来こんなことができるよ、などと説明をしたりして解決することができるので、実際に「対立」しているということはあまりないですね。
こうした解決方法は過去のコンサルティングの仕事から学んだのですが、本当に役にたっています。問題を掘り下げていけば共通の理解が得られるし、政府といっても一枚岩ではなくいろんな人がいて、Aさんはやりたくないと言ってもBさんはやりたいかもしれませんよね?そうすれば違う部署と交渉すればいいし、BさんがAさんの上司だったらなおさらうまくいきます。いろいろな手段でうまく調整できると思っています。
Q. 国連の魅力を教えてください。
すごく国際的なところですね。世界の人が集まって何かやろうとしている、というのが好きです。廊下でいろいろな言語を聞いたりすると、たくさんの国の人が集まっているんだなと感じることができます。また、国連は人や環境に特に配慮した開発をしていると思います。ミレニアム開発目標(MDGs)を掲げて、それを達成するにはどうしたらよいかを真剣に内部で議論することは他の会社や機関ではあまりないと思います。これが民間企業だと、まず「お金になるの?」という方向に話が進んでしまいますから。国連には資金も政治力もあり、これまでの多くの経験の中から役に立つ事例を学ぶこともできるし、開発をする時にはどういう形であるべきか、ということを純粋に考えて実践できる場であるとも思います。
国連は大きな組織力でその使命への御旗を掲げている感じがするので、代表として頑張らなくてはならないという責任を感じていますね。この大きなブランドを汚してはいけないというのが自分のどこかにあって、律せられています。また、国連の正当性を維持し続けるためには倫理に則ってきちんと行動しなくてはなりませんが、実際にそういう人たちが多いと思います。国連の使命に共感した人が多く集まっているのではないでしょうか。
Q. 国際社会で働くことを目指す人にメッセージをお願いします。
「守りから入る」というのが将棋にありますが、まず日本のことをよく知ることが重要だと思います。国際機関で人と議論をして、自分の立場をきちんと相手に伝えるためには、仕事だけではなく、人間として尊敬されなければだめだと思います。自分の国・文化を何も知りませんというのでは、相手の国のことも深く理解しづらいでしょうから尊敬を得ることは難しい。国際舞台で仕事をするのもよいですが、自分の国についてよく知り、プライドを持って自分の国の良いところはこういうところです、悪いところはこういうところです、と言えることが、精神的な面で大事な気がするんですよね。そうしないと薄っぺらな議論しかできなくなると思います。国連では効率だけでなく哲学的な議論もあって、「なんで自然を守らなくてはいけないの?」、「自然って何?」という議論になっていくと、深く考えて芯になるものを持っていないと、議論しても流されてしまう気がします。
またどんな仕事でもよいですが、ホウ・レン・ソウ(報告・連絡・相談)や時間管理など、基本的な仕事の仕方を一回どこかできちんと学んだ方がよいと思います。プロジェクトを管理したり、人を管理したりするとなると、社会一般で求められている常識的な業務管理がとても必要になってきます。どんな分野でもいいですが、3年くらいは働いた方がよいのではないでしょうか。そうしないと、もし国連に入れたとしても周囲に迷惑がかかると思うんですよね。自分自身にとっても、求められている仕事ができないと次を任せてもらえなくなるので、ある程度のステップを踏んでから国連に入るのがよいのではないでしょうか。
あとは信念ですね。国連じゃなくても自分のやりたいことができればよいと思います。日本の社会にいるとリスクが取りにくいかもしれません。でも信念があれば、「今やらないと後悔する」と思って飛び出るしかないですよね。信念を持って一生懸命やっていれば、やたいことはできるのではないかと思います。
(2008年11月4日、聞き手:宮脇麻奈、コロンビア大学公共政策大学院。幹事会で本件企画・勉強会担当。写真:田瀬和夫、国連事務局・人間の安全保障ユニット課長、幹事会コーディネータ。 ウェブ掲載:津田真梨子)
2009年2月2日掲載