第44回 大原 理代(おおはら りよ)さん

第44回 大原理代(おおはら りよ)さん

コーネル大学労使関係学部
インターン先:国際労働機関(ILO)駐日事務所(東京)
インターン期間:2009年2―8月

■はじめに■

2009年7月にアジア経済研究所開発スクール(IDEAS)の国内研修を修了し、同年8月からコーネル大学労使関係学部(Cornell University, School of Industrial and Labor Relations)の修士課程に進みました大原理代と申します。2009年2月から8月にかけて携わった国際労働機関(ILO)駐日事務所(東京)でのインターンについてご報告させて頂きます。

■インターンシップの応募と獲得まで■

労働移民・ジェンダー分野に関心がある私の目標は、より豊かな生活・雇用機会を求めて国内外を移動する労働者が公平かつ快適に働ける環境作りに貢献することです。そして、それら分野をカバーし実際にプロジェクトを行っている国際労働機関(ILO)で働くことは労働環境改善に繋がる一つの道だと考えていました。

自身の思い描く目標を実現するために、大学卒業後、商社の財務業務に従事し、日本における外国人労働者を支援するNPOでボランティアをしながらIDEASに通いました。IDEASでは、マクロ・ミクロ経済学、統計学、アジア・アフリカ研究者による最先端の地域研究の講義、アジア諸国からの研修生と産業や貿易についての議論を通して、途上国の開発について専門的な知識を習得し実務への架け橋を築きました。

この度のインターンは、IDEAS所属中の2008年12月に開催されたジェトロ創立50周年記念国際シンポジウムにIDEASから参加したことが大きなきっかけとなりました。そのシンポジウムにおけるILOの報告「東アジア地域統合における専門職人材の移動」及びパネルディスカッション・質疑応答に大変興味を惹かれた私は、UNシステムの中でのILOの位置付けや駐日事務所の役割をより知る為、報告者の方に面談をお願いしました。その当時、ILO駐日事務所では特にインターンを募集していたという訳ではありませんでしたが、履歴書等を送付した約1カ月後、ジェンダー・移民分野で仕事があるとのご連絡を頂き、IDEASに通う傍らインターンに従事しました。

■インターンシップの内容■

ILO駐日事務所は、日本政府・使用者・労働組合等と協力し、世界の社会労働問題とそれに関するILO本部(ジュネーブ)等の調査・研究・成果を伝える日本国内向け広報活動を主な仕事としております。インターンとしての私の主な仕事は、広報活動の一環としてILO本部等の英語資料の日本語への翻訳及びほぼ毎月行われるイベントの運営を通して、日本の多くの方々に世界の社会労働問題とILOの取り組みについて知って頂くことでした。

翻訳の多くは労働問題に様々な角度から焦点を当てる毎回のイベントのテーマに即したもので、背景の絵柄を含め原本を忠実に再現する必要があります。始めは、ILOの専門用語や独特の言い回しの対訳について、ILOが出版した日本語の書籍やメールマガジンから関連テーマを見つけ出し、一つひとつ参照し訳していたので時間が掛かりましたが、次第に自分で用語集を作る等工夫して少しずつスピードを上げていきました。駐日事務所には労働に関する書籍・レポートが数多く保管されており、どこまでも興味を掘り下げられる環境であったため、私は翻訳のテーマに即して参照し、翻訳した内容に深みを出すように心掛けました。そして、専門の方のチェックを経た翻訳の最終版を見て、関連テーマの語彙の蓄積に励みました。この経験を通して、翻訳における重要な点は、細かい単語や言い回しにこだわるのではなく、いかに日本語として分かりやすく主題を伝えるかということだと学びました。また、毎回のイベントテーマ及び翻訳は国際労働についての最新のトピックを扱っていたため、それらを深く調べ読み込んだことは知識の糧となり大変価値ある経験となりました。

2009年はILO創立90周年にあたることから、ILOそのものの歴史等ILOに関する特集が組まれ、著名人を招聘した大々的な式典が行われた年でした。その記念すべきイベントの事前準備から当日の運びまで携わることができ、私自身もILOの仕事に対する理解を深めることができました。その他に、国際女性デー(3月)、ジェンダーと強制労働(4月)、児童労働(6月)、労働安全衛生(7月)及びILO集中空席募集・採用システム(8月)といったイベントの会場準備・受付・誘導・片付け等を手伝いました。いずれのイベントも滞りなく遂行され大盛況のうちに幕を閉じ、広報活動経験が豊富な駐日事務所職員の方々の仕事の運び方を間近で見ることができ、とても勉強になりました。私も、少しでも良いイベントにしたいという思いから、配布資料の配置方法を含め些細な点にも気を配り、参加者がイベントに集中できる環境を作るように心掛けました。また、イベントでは一度は予期せぬことが起こるもので、臨機応変に動くことの重要性を改めて認識しました。

さらに、日本における外国人労働者に対する世界経済危機の影響について、データを収集し分析する業務にも携わることができました。ILO本部に提出するレポートのドラフトを作成するために、日本における労働に関する統計データの構成・種類及び利用方法を身につけ、外国人労働者に対する最新の施策を追いました。民間企業での実務経験はあったものの、国際機関ではどの程度の裁量をもって仕事を進めてよいのかについて把握していなかったため、上長とコミュニケーションを密に行い業務を遂行しました。上長とのやり取りを通じて、指示に従うだけでなく、自分の考えを自由に議論・主張していいことを学び、主体性を持って仕事を進めることができました。推敲途上においては様々な方々から的確かつ有用なアドバイスを頂き、調査の分析に活かすことができました。今回の調査・報告業務によって、テーマに対する理解はもちろん、責任を持って仕事を進める喜び・やりがいを味わうことができ、私自身の自信にも繋がりました。

駐日事務所代表、次長と

■経験と感想■

以下、ILO駐日事務所でのインターンを通して特に印象に残った四点、人・情報とのつながり、コミュニケーション、働き方、及び地理的要素について述べたいと思います。

まず、ILOのインターンでは、人・情報とのつながりを通じて多くのものを得ることができました。前述の通り、駐日事務所は世界の労働問題と日本をつなぐ窓口であり、政府・使用者・労働組合等の代表幹部、UNシステム・ILO本部の重鎮が出入りします。幸いオフィスは比較的オープンな空間であったため、そういった方々と出会える機会が予想以上にありました。仕事の合間をぬって直接お話し、世界の労働の課題、児童労働はじめとする特定分野の現状など多岐に渡って生きた情報を得ることができました。また、夏期休暇を利用して帰国したILO本部で働く日本人職員の東京講演に立ち会い、本部での仕事の進め方・生活の様子など国際機関の実態を伺うことができました。さらに、労働体系の法律整備に関する政府・使用者・労働組合・NGOとの定例会議、経済分野における政府との連携強化を目的とする会議、最新の国内の労働問題に関する記者会見等に参加する機会があり、あらゆる角度から労働問題に触れ大変刺激を受けました。

次に、コミュニケーションスキルの重要性についてお話します。駐日事務所内部は、広報、渉外、翻訳、IT等高いスキル・ノウハウを持つ少数精鋭の職員で効率よくかつ効果的に組織されていました。定例会議では自由闊達な情報・意見交換がなされ、上下左右とも互いに尊重し合い、円滑なコミュニケーションが行われていました。各職員の仕事は独立しているため、担当分野以外の仕事内容を共有する機会は通常限られているのですが、定例会議に出席できたことで、ILO駐日事務所の仕事の全体像、各職員の仕事内容、駐日事務所と本部の関係及びILO全体の動きをタイムリーに把握することができました。また、特定地域やその労働事情について高い専門性を有するプロフェッショナルも所属しており、アフリカにおける協同組合の動き等、特定のプロジェクトについて詳しく知りたい場合には迅速かつ丁寧に教えて頂きました。

さらに、働き方について述べます。駐日事務所では、勤務時間・休暇の使い方が職員各自に委ねられた成果重視の勤務体系がうまく機能しているように感じました。この成功の一因として、各々がほぼ独立した職務を担当する専門家であることが挙げられると思いました。(因みに、インターンの場合、一定期間の就労に対し一定日数の休暇が頂けます。)また、ILOでは、職員がジェンダー、移民、労働法等の専門性を深めるトレーニングを受講することが奨励されており、労働者のモチベーション向上、キャリアアップの機会も充実しています。専門性の向上と勤務意欲の維持を重視するILOの施策が駐日事務所でうまく機能している様子を目にして、ILOが描く理想が現実と一致していることを実感しました。各国連事務所によって様子は異なるかもしれませんが、国際機関における、上下左右の効果的な連携、専門性を活かした効率的な働き方、将来につながるキャリアアップの機会を目の当たりにし、将来における私自身の仕事の仕方をより具体的に想像できるようになりました。

また、地理的視点からメリットを感じた点は、他の国際機関とともに国連大学の中に所在しているため、イベントや情報収集等で横の連携が必要な場合すぐコンタクトが取れ、すぐに連携が図れる点です。(但し、セキュリティが厳しくなったことから用事が無い限り建物内を歩き回ることは禁じられました。)加えて、事務所は表参道に位置するため、他の組織を訪問する際、交通の便にも恵まれています。

本部・駐日事務所職員の方々と

■その後の将来と展望■

ILO駐日事務所でのインターンの経験から、経済危機が引き起こした世界の労働問題に一刻も早く対処しなければならない重要性を実感し、解雇・失業、非正規雇用、労働機会の創出、雇用者の労働者搾取、多様な価値観を持った労働者間の軋轢といった研究テーマに興味を持ちました。しかしながら、それでは研究対象が広範に渡りすぎるとのインターン期間中に出会った方々からのアドバイスから、ミクロ的アプローチを取ることにしました。つまり、グローバル化の下、多文化が重なり合う労働環境が世界中に展開する中、異なる文化・価値観を持つ個人から成る就労環境の整備が十分とは言えないため、その理解を深め対処策を講じるべく人事管理(特にダイバーシティマネジメント)・組織行動学・国際労働比較を修士課程で勉強することにしました。私には途上国や人材分野での現場経験が十分ではないため、近い将来、それら経験不足を補うインターンに携わることを希望しています。そして大学院修了後は、ILO等の国際的な機関で、多様な価値観を持つ人々の快適な職場作りに繋がるような職務に就きたいと思っています。

これからインターンを希望する方へのメッセージ インターンを募集していない機関でインターンを希望する場合、仕事を自ら作り出す必然性が伴うため、己の意欲を示し業務に積極的に携わることが重要となります。よって、万一採用されたとしても、自分から積極的に行動しない限り、得るものが少なくなる危険性があります。何を習得したいのかという自分なりの目的意識を明確にして応募し、無事採用されたなら、自身の興味の在り方次第で業務内容を拡げることができます。私の場合は、文頭で挙げた通り、ILOに対する理解と労働問題に関する総体的な知識・スキルの獲得という目標に加えて、駐日事務所の仕事に少しでも貢献したい、役に立ちたいと思いから日々の業務に意欲的に携わりました。

最後になりましたが、僭越ながら、希望する進路へと進むための重要な鍵について私なりに感じたことを述べたいと思います。このインターンを通して、努力の必要性はもちろんのこと、それに加えて人とのつながり(縁)という要素が将来の可能性を大きく左右するように感じました。人的なつながりを深く広めつつ、前向きに自分の目的・やりたいことを追求していけば、初めの志と一見違っていようとも、満足する道は拓けると信じています。

2011年12月04日掲載
担当: 高田、釜我
ウェブ掲載:陳穎