第16回 菅野 文美さん ヨーロッパ系銀行東京支店(元プラン・インターナショナル中国事務所)中国でリーダーのプロフェッショナル・スクールを作ろう!コミュニティとNGOリーダーの養成と情報管理システムの構築

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プロフィール

菅野 文美さん

東京都出身。東京大学文学部社会学科卒。コロンビア大学国際公共政策修士。2005年11月からユニセフ北京事務所教育コンサルタントを3カ月務め、2006年3月から2008年8月までプラン・インターナショナル中国事務所にて国際教育アドバイザーを務める。2008年10月から、パブリック・ファイナンスを専門とする、ヨーロッパ系銀行東京支店のクレジット・リスク・アナリストに就く。

1.はじめに

このケース・スタディは、わたくしが、2008年8月までの2年半の間、国際NGOのプラン・インターナショナル中国事務所に在籍し、中国の農村でコミュニティ主体の教育開発をおこなった経験をまとめ、課題を分析し、提言を書いたものです。

プラン・インターナショナル(www.plan-international.org)は、人道主義にもとづき、子どもとともに地域開発をすすめる国際NGOです。本部をイギリスに置き、先進国17カ国で個人・企業・政府の援助機関などから資金を集め、途上国49カ国で、教育・保健・生計・水と環境と衛生・子供の権利の保護の分野から、総合的な地域開発を進めています。プラン・チャイナは、中国の貧困省の一つである陝西省を中心に活動をしており、2007年度の予算は約7億2千万円でした。

中国と言えば、世界中の人々に、その経済の発展ぶりを再び印象付けた、北京オリンピックが終わったばかりです。1978年に改革開放路線が打ち出されて以来、中国は、目まぐるしい経済発展を遂げており、2007年のGDP(PPP)は日本を抜いて世界2位でした。では、なぜ中国でプランのような国際NGOが活動しているのか、疑問に思われる方も多いと思います。

そこで、中国の輝かしい光の影にある、3つの事実に着目してみたいと思います。一つ目は、中国が約1億3千万人の貧困者を抱えていることです。この数は、中国の総人口の約15%、世界の絶対貧困者人口の9%に当たります(1)。二つ目は、中国の内陸と沿岸部、農村と都市部の間の格差が広がっていることです。1980年代後半には、都市の所得は農村の2.2倍だったのが、2004年には3.4倍になりました。GNI係数は、過去20年間で30から48まで増えました(2)。この格差は、資産や所得といった経済指標だけではなく、あらゆる社会指標にも表れています。たとえば、豊かな省では、高校進学率がほぼ100%ですが、貧しい省では40%にも達しません*(3)。

そうは言っても、このような貧困と格差の問題は、中国政府自身が解決すべきで、外国の援助に頼るべきではない、という声をよく聞きます。全くその通りで、実際、中国政府は、近年、経済成長だけでなく、貧困削減や格差是正にも政策の重点を置いています。例えば、中国政府の貧困削減予算は、1980年に10億元であったのが、2006年には134億元に増えています。また、教育においても、中国政府の予算は1990年と比べて10倍に増えました。農村部の学校設備投資も急増し、わたくしが活動していた陝西省の老朽校舎修繕費は、2002年から2004年にかけて590倍に膨れ上がりました。そして、2007年には、全国の貧困学生に対して、義務教育の学費・雑費を免除しました。

しかし、三つ目の事実は、政府のこうした努力にもかかわらず、貧困の問題はいまだに解決しておらず、格差はかえって広がっています。
政策効力の限界の主な原因として、トップ・ダウンな政策決定の仕組みと、不透明な説明責任制度が挙げられると思います。つまり、広大な中国において、中央が地方についての正確な情報を得るのが難しかったり、中央の政策が地方の多様なニーズに合わなかったり、地方政府が限られた財源で政策を効果的に実行するための能力が不足していたりします。小学校入学率についても、一部の貧困地域では、統計をとる学期初めは、数値目標達成のために、先生が必死に生徒を学校に呼び寄せて、数週間後には、貧しさのため、学校の生徒の数が減ることも過去にはありました。政策実行の成果を、何を指標にして、誰が誰を評価するのか、必ずしも科学的ではなく、不透明です。

そこで、NGOの主な役割は、多様なニーズ、特に見落とされがちな社会的弱者のニーズを政策に反映するために市民が間接的に政策決定に参加できるようにしたり、地方政府が効果的に政策を実行できるようにしたり、説明責任や透明性を高めるために市民や政府が科学的に政策実行をモニタリングできるようにしたりする、各種関係者(ステークホルダー)の能力発展が主になります。そして、現場で何がうまくいって、何がうまくいかなかったか、その原因を実証的に研究することで、政策提言をする役割もあります。つまり、中国の実情に即した市民社会作りの促進を目指しています。

このような能力発展、政策提言、それによる市民社会作りの促進を、「教育」を通じて体現しようとしたのが、今回紹介させていただく、「陝西省学校改善プロジェクト(Shaaxi School Improvement Project, SSIP)」です。では次に、陝西省学校改善プロジェクトがどのようなプロジェクトだったのか、その活動をご説明いたします。

2.ケーススタディの経過と成果

陝西省学校改善プロジェクトは、オランダ政府から約2.2億円の援助を受け、2003年から5年間にわたって、陝西省の農村部の小学校147校および中学校14校で実施されました。その目標は、教育の質を改善すること、子ども・先生・村人・現地政府の問題分析および意思決定の能力を伸ばすこと、本プロジェクトの成果や教訓を実証的に研究し、政府に政策提言すること、です。

プロジェクトは、政府とのパートナーシップのもと、管理されます。行政区分のレベルの高い方から述べると、省レベルでは、陝西省教育庁の政策指導のもと、プラン・チャイナのカントリー事務所が、プロジェクト全体を監督します。県レベルでは、各県教育局が局内に本プロジェクトの事務所を設立し、その県でおこなわれるプロジェクト活動を直接管理します。プラン・チャイナのフィールド事務所は、教育局に対する能力発展と、プランのカントリー事務所との間のコーディネーションを担当します。このように、各レベルで、政府がプロジェクト管理に直接関わるようにする目的は二つあります。一つは、国際NGOが警戒される中国で、政府の後ろ盾を得ることにより、プランの現場での活動の正統性を得ること。もう一つは、地方政府役人の能力を伸ばし、将来、政府がプロジェクトの経験を有効に活用できるようにすることです。

それでは以下に、プロジェクト活動のうち主な三つをご紹介いたします。一つ目は、子ども・先生・村人が一緒に学校管理に参加する、学校発展計画。二つ目は、地元の専門家による、地元の教師のニーズに合わせた、手作りの教師トレーニング。三つ目は、プロジェクト成果の実証的な研究と政策提言です。

2-1.学校発展計画(School Development Plan, SDP)

学校発展計画作り:子どもが絵を描きながら学校の問題を分析する

学校発展計画は、校長先生だけでなく、生徒・先生・保護者・住民といった学校に関係する様々な人々が学校の管理に参加する方法です。まず、これらの関係者から選ばれた学校発展委員がファシリテートし、学校がどのような問題に直面し、何が原因なのか、どの問題を優先して解決すべきか、を皆で分析します。比較的弱い立場にある人々の声も反映されるよう、子どもと大人、女性と男性は分かれて話し合います。これらの関係者が分析した主な問題を解決するために、学校発展委員が、学校の一年および三年の行動計画、いわゆる学校発展計画を作成します。例えば、多くの学校は、教師のためのトレーニング、子どもの課外活動、衛生的なトイレの建設を計画していました。

次に、県教育局とプランは、どの学校発展計画を優先して、資金をいくら割り当てるべきかを、5つの指標に基づいて検討します。1)関係者の学校発展計画作成への「参加度」、2)政府の教育政策、3)プランの理念、4)生徒数、5)当学校の過去のプロジェクト関連の活動の実績、といった指標です。つまり、より多くの関係者が深く意思決定に関わって作られた学校発展計画で、政府の予算がつきにくいところ、かつプランの理念である弱者や持続的な能力発展に重点を置いた提案に、より多くの資金を提供するわけです。そして、地元のモニタリング・チームが、各プロジェクト校の学校発展計画の実施状況を評価し、実績が良ければ、その翌年の資金提供に有利になります。

学校発展計画は、地元住民や生徒のニーズを学校管理に反映させることで、学校の教育をより効果的に改善する、というねらいもありますが、それと同じく重要なのは、この過程を通じて、関係者の問題解決および意思決定の能力を養うことです。政府も、本プロジェクトで開発された参加度調査(4)などの具体的な指標・ツールを使って、市民の声を教育の資源分配に反映させる方法を身につけます。 本プロジェクトの外部研究者による最終評価報告書(5)によると、子ども・村人・教師たちが、今まで教育のことは学校や政府まかせだったのが、自分たち自身が学校管理に参加する意識が高まり、自分たちの参加が学校に良い変化をもたらすと考えるようになった、と評価しています。わたくしも、2年半の間に、各プロジェクト県で2-3回、地元のプロジェクト関係者と学校発展計画に関する会議を開きましたが、多くのプロジェクト県の教育局は、最初は手間のかかる学校発展計画を煙たがっていたのに、最後は、積極的にこの方法を利用したい、と態度が大きく変化しました。国や省からこうした貧困県への教育用の交付金が年々増えており、正直どのように使えばいいかわからないので、このような方法に基づいて使い道を決めることで、費用対効果の向上をねらいたい、というのです。例えば、ある県教育局は、プランの資金と自らの資金を統合させたり、中央政府からの交付金を学校発展計画に基づいて支給したりしていました。したがって、このような住民が参加する、実証的な資源分配の方法が、多くの住民と政府に受け入れられた、と言って良いでしょう。

2-2.教師トレーニング

教師トレーナーのトレーニング記念撮影( 2007 年春)

中国政府は、基礎教育の質の改善のため、カリキュラム改革を進めており、全国各地で教師に新カリキュラムのトレーニングをしていますが、その効果には限りがありました。これまでのプランによる教師トレーニングの効果も芳しくありませんでした。典型的なトレーニングは、外地から専門家が派遣され、夏休みに一カ月ほど、学校教育の現場で働く教師にトレーニングをする、というものです。しかし、トレーニング内容が都市の学校を想定していたり、専門家が大学の先生などで現場での経験が乏しかったりし、農村の先生のニーズに合いません。また、これまで何年間も生徒に教科書を丸覚えさせる授業をしてきた先生に、1か月間のトレーニングの後すぐに、専門家の指導なしに、生徒を参加させる授業をしなさい、と言っても、無理な話です。

そこで、わたくしたちは、まず、地元の先生たちからトレーナーとなる人を厳選し、現地トレーナーの能力発展を徹底しておこなうことにしました。現地トレーナーには、新しい教育法だけでなく、地元の先生たちのニーズを調査し、その結果に基づいて地元独自のトレーニングをおこなう方法、さらに、トレーニング後も地元の先生の直面する課題に合わせて長期的な支援をする方法を身につけてもらうことで、トレーニングの効果と持続性の向上を狙ったのです。

トレーニングの内容は、「子ども中心の教育法」で、政府の進める新カリキュラムとほぼ同じ内容ですので、以前から教師トレーニングの成果の伸び悩みに頭を抱えていた政府は、このトレーニングにすぐに飛びつきました。実際、地元モニタリング・チームによるトレーニングの評価によれば、トレーニングを受けた先生たちからの評判が良く、彼らの子ども中心の教育法に対する意識が向上した、と良い結果が出て、県教育局や省教育庁から、プロジェクト地域外にも本トレーニングを広めたい、との要請が相次ぎました。そこで、一定の基準を満たす現地トレーナーに、トレーナー・オブ・トレーナーの資格を与え、新しい地域のトレーナーを養成してもらいました。

2-3.プロジェクトのモニタリング・評価と政策提言

上にご紹介した活動は、コミュニティの能力発展に重点を置く、いわゆるボトム・アップのアプローチでした。ただ、いくら限られたプロジェクト地域で成果が見られても、プロジェクト地域の住民が養った能力を発揮し続けられる環境を整備し、その経験を更に他の地域にも広めなければ、社会の大きな変革は望めません。ですから、中央政府の政策に影響を与える、いわゆるトップ・ダウンのアプローチも必要となります。政策を提言するからには、提言する材料がなければいけません。しかし、これまでプロジェクトが何人の先生をトレーニングした、などの短期的な産物の記録はあったものの、プロジェクトのどのような活動がどのように学校教育の質に影響を与えたか、といった実証的研究はほとんどされていませんでした。そこで、プロジェクトの成果や教訓を実証的に検証し、政策提言を試みました。

プロジェクトのモニタリング・評価は大きく2つのレベルに分かれます。一つ目は短期的なプロジェクト実施結果を見るモニタリング、二つ目は中長期的な結果を見る中間・最終評価です。短期的産物については、各プロジェクト県に、主に現地政府の学校監督部門の役人から成り立つモニタリング・評価チームが、各学校での学校発展計画の実施状況や、各県での教師トレーニング実施状況などを中心に調査し、プロジェクト実施の軌道修正に貢献しました。各県のモニタリング・評価チームを立ち上げたねらいのもう一つは、学校を監督する役人に、これまで入学率や教師の資格の有無など表面的な数値に偏っていた見回り方法から、自分たちの地域や学校の教育の目標に即した指標を開発し、授業参観表や子どもや村人からの聞き取り調査票などを作る方法を教え、実証的・総合的な学校教育の調査法を促進するねらいがありました。

一方、中長期結果については、中央政府の教育政策決定者に影響力のある北京大学や北京師範大学などの教授に、調査を依頼しました。特に、「教育の質の向上」という目に見えにくい効果をどのように測るのか、政府や援助機関に代替的な研究方法を提示することを試みました。例えば、中国政府の新カリキュラム改革には、「正確な価値観を育てる」とありますが、どのような「価値観」なのか、それらに学校教育がどのような影響を与えるのか、その評価法は示されていません。そこで、わたくしたちは、教育の最終目標として、子どもを「地球市民」(6)に育てることと仮定し、それに必要な価値観として「自信」・「衝突と協力」・「平等」・「権利と責任」、必要な能力として「分析力」や「創造力」などを設定し、フォーカスグループやゲームなどを使った評価法を開発しました(7)。

その結果、まず、現地モニタリング・評価チームの意識が大きく変化し、多くのメンバーが、プロジェクトで学んだ学校教育の調査法を、本業の政府の業務でも自主的に利用するようになりました。また、調査中に校長先生や先生、子どもや住民などに接触する機会が多い彼らが、モニタリングの結果やプロジェクトの背景にある意図を関係者に伝達する役目を担いました。さらに、UNESCOとUNICEFが主催したEducation For All Forumなど、全国レベルの会議で、子どもの価値観・態度や高度思考能力の調査を発表しました。ただ、政策に影響を与えるようになるまでには、更に長い時間を要すると思います。

3.問題と分析

陝西省学校改善プロジェクトは、2008年3月末をもって終了しました。プロジェクト終了後の今の大きな課題は、新しい方法を経験した関係者が、プロジェクトでの経験を活かして、持続的に行動様式を変えられるか、ということです。例えば、校長先生は子ども・先生・住民の参加を広く取り入れながら学校を管理していけるでしょうか、あるいは、先生たちはトレーニングで学んだ子ども中心の教育法を授業で活用し続けられるでしょうか。この課題の根には、いくつかの問題が潜んでいます。

3-1.現地トレーナーへの継続的なサポートの必要

人がこれまでの長い習慣を変えるには、長い時間を必要とします。たしかに、本プロジェクトの最終評価では、多くのプロジェクト関係者の意識が変わったとありますが、その新しい意識に基づいて行動も自主的に変えた人はまだ少数派です。例えば、先生が子ども中心の授業がしたいと思っていても、自身の経験と能力不足、もしくは授業をしているうちに、トレーニングでは想定しなかった新しい問題への直面、などから、実際には今まで通りの暗記授業をおこなっていることがあります。やはり、今後、現地トレーナーによる地元の先生たちのニーズに応えた継続的な支援が重要であることが確認されました。

しかし、現地トレーナーは、今、2つの問題を抱えています。ひとつは、更なる能力の向上の問題です。いくら厳格な審査によって、優秀な先生を現地トレーナーに抜擢しても、地元教師のリーダーとして、他の先生がたに対する影響力を発揮するには、その専門性とリーダーシップのスキルを実務とトレーニングで継続的に磨く必要があります。もうひとつは、政府からの認証の問題です。現地トレーナーは、もともと優秀ですので、自分の学校でも校長先生から多くの重要な任務を任されています。ボランティアで現地トレーナーとなっているので、本業が忙しくなると、他校の先生のサポートする時間がとれません。これは、現地トレーナーの資格が、まだ政府の正式な人事制度に組み込まれていないからです。

3-2.NGOスタッフのインセンティブ

コミュニティ主体の活動は、現場のコーディネーター役であるフィールドオフィスのスタッフの腕で命運が分かれます。コミュニティが効果的に学校管理に参加するためには、まず、スタッフはプロジェクトに関する適格で十分な情報をコミュニティに与え、コミュニティが自分たちで行動をおこしたいと考えるよう、彼らのやる気を引き出さなければなりません。そして、コミュニティ自身が行動計画を作り、実施するのを、サポートし、コミュニティの能力を育てていきます。その間、住民・政府・プランの間の意見の調整も要です。ですから、前もってプロジェクトの計画は立ちにくいですし、やたら時間ばかり費やして、長い間目に見える成果が出ないことがよくあります。それよりは、コミュニティの主体性なんて構わないで、新しい教室やトイレなどを建てたほうが、決められた期限までに約束した予算で形になる成果を出せます。

スタッフが、それでもコミュニティ主体の活動をすすんでおこなうためには、組織の人事制度が要になります。まず人事採用ですが、市民社会の未熟な中国で、組織の価値観である市民社会の促進を理解し賛同する人材を見つけるのはもともと難しいです。それに加え、優秀な人材が惹かれる労働条件を提示するよりも、ドナーのお金を預かっている以上、人件費をいかに抑えるかばかりを考えてしまうと、優秀な人材を採用しにくいです。また、人事評価については、予算を計画通りに使ったか、といった短期的で測りやすい指標がよく使われます。一方、コミュニティの主体性をどこまで引き出したか、といった目に見えない指標や、校長先生の学校管理の仕方や教師の教育法の向上など長期的な成果は、成果が測りにくく、人事評価に反映されにくいのです。ですから、現地スタッフにとって、面倒であまり得しない少ないコミュニティ主体の活動を進めるインセンティブが少なく、個人的な価値観ややる気に頼ることになります。

3-3.現在の政策とのギャップ

人々が行動様式を変えるとき、その新しい行動様式を支援する環境がないと、長続きはしません。政府の力が強い中国では、特に、新しい行動様式を支援する政策や制度が必要です。たとえば、校長先生が、プロジェクトを通じて、コミュニティにも学校管理に参加してもらうことで、学校がより良くなったと感じていたとしても、もしその学校発展計画が政府から要求される学校管理の方法と一致もしくは統合できないのであれば、忙しい校長先生にとって、学校発展計画は業務外の負担になります。また、いくら政府が子どもの総合的な力を伸ばす新カリキュラムを推進しても、それに伴い大学入試制度の内容も変えないかぎり、各県教育局および親は、生徒の試験の成績によって先生を評価します。中国では、中央政府が改革の政策を打ち出していても、それを現場で実行に移すための環境や制度が未発達なことが多くあります。しかし、誰がどのような分野でどのような試みをおこない、どのような成功事例があるのか、系統だった知識・経験の分かち合いをし、建設的に政策提言につなげる例が少ないと感じました。

4.提言:中国でリーダーのためのプロフェッショナル・スクールを作ろう!

困難な経済環境と、政府や上司の決めたことに専ら従う社会環境の中で、どのようにしたら、人が自分の人生やコミュニティをいい方向に変えていく信念と能力を備えられるのか。そのような疑問を胸にこれまでNGO活動をしてきました。そして、担当したプロジェクト内外で、自分のコミュニティのために立ち上がった人々に出会うたびに、ごく非正式な聞き取りをおこなってきました。その結果、今、最も強く感じることは、少数でも影響力のあるリーダーがコミュニティや社会を変える、ということです。例えば、本プロジェクトで、多くの現地の教師トレーナーが、自分たちの地域の先生を支援する使命感に燃えた背後には、一人の国際専門家の方の存在がありました。多くのトレーナーたちが、その専門家の、農村の教師を助けたいという真摯な思いと、自分に厳しく最高のサービスを受講者に提供する専門性の高さに心を動かされ、自分も自分のコミュニティのために尽くさなければ、と立ち上がったのです。そして、この現地トレーナーたちが、地元の政府と多くの先生の意識を変えました。優れた知識や技術を備えるだけでなく、人間的にも魅力があるリーダーを少数育成することで、人が人を変えていく連鎖作用を広めていくことができるのではないかと考えます。そこで、コミュニティとNGOのリーダーを育てるプロフェッショナル・スクールを作ることを提案します。このプロフェッショナル・スクールには3つの機能があります。

4-1.コミュニティ・リーダーを育てる

コミュニティ・リーダー養成のための奨学金プログラムを作ります。現地トレーナー養成の経験を生かし、奨学生を採用、養成、長期的に支援します。まず、採用は、能力だけでなく、市民社会についての価値観やリーダーとしての人間的な魅力を重視して厳選します。なぜなら、能力はあとから育てることはできても、価値観や魅力は生来備えたもので、後で養うのに限界がある、と現地トレーナーの選抜の経験から学んだためです。また、トレーニング内容は、第一段がコミュニティ開発について、第二段がコミュニティでのリーダーシップについて学びます。そして、中国の実情に即し、すでにコミュニティに存在する有効な智恵や経験を活用するために、学習方法は、全国各地のコミュニティ活動のケース・スタディ分析と実習を中心にします。生徒は、自分の活動について、もしくは実地調査を通じて、自らケース・スタディを開発する訓練を受けます。最後に、卒業後も、卒業生やコミュニティ・リーダーがどのような活動をしているのかについて生きた情報を管理し、卒業生間の建設的な議論を促進し、資源の重複の防止と有効活用をするためのネットワークを作ります。

4-2.NGOリーダーを育てる

問題と分析のところで述べたように、質の高いコミュニティ活動を推進するためには、NGOスタッフを支える人事制度を含めたNGOの組織管理が重要になります。そのために、NGOの中でも、リーダーの養成が要になるでしょう。その選抜、養成、卒業後のネットワークづくりは、上記したコミュニティ・リーダーとほぼ同じ手法ですが、一つだけ強調すべき点は、企業の参加を促すことです。例えば、企業の組織経営のケーススタディを分析したり、企業で数カ月実習をします。企業を強調する理由は二つあります。一つめは、NGOと企業がその経営方法を更に改善する参考になることです。NGOはプロフェッショナル化する際、企業の組織経営が参考になります。一方企業も、社員の価値観が多様化し、単純にお給料を上げたり昇進させるだけでは、インセンティブにならない社員が増える中、NGOのリーダーがどのようにお金以外の要素でスタッフをやる気にさせ、組織を経営しているのかも参考になるでしょう。二つ目は、企業の社会的責任などで企業とNGOの協力関係が増えていますが、企業とNGOの間で文化や目的が異なるため摩擦がおきるのを、私も経験しましたし、そのような話をよく耳にします。よって、NGOのリーダーや企業の担当者が、お互いのインセンティブや文化を学ぶことは重要です。

4-3.情報管理(ナレッジ・マネジメント)のシステムを作る

このプロフェッショナル・スクールは、政策提言の効果・効率を高めるための、情報管理の機能を担うのに適していると考えます。まず、教材として開発された大量のケース・スタディを材料とし、それらをカリキュラムの枠組みに従って分類することで、開発実務者が使いやすい情報を提供する技術と人材を有すること。そして、独立した学術機関であるため、情報の中立性が保てること。最後に、卒業生や教授を通じて、コミュニティから中央政府まで、あらゆるレベルの実務者とのパイプランを利用して、建設的な議論と相互理解を推進し、コミュニティ・NGOリーダー間の資源活用や政策提言のための情報を効果的に発信できることです。

5.まとめ

今夏、フォード基金の支援のもと、北京師範大学が、中国国内で中国独自の開発実務者を養成する大学院を設立しました。上述した提言は、以前より本プロジェクトの問題分析に即して温めていたアイディアを、北京師範大学のプロフェッショナル・スクール設立にも関わっているプラン・チャイナの教育マネージャーの高広深氏と議論を重ねて得たものです。北京師範大学の担当教授にも提案いたします。

以上、浅はかな経験に基づいて、未熟な提言を書かせていただきました。皆様のお智恵を借りることで、今後、人と社会に変化をもたらす術をさらに学んでまいりたいと思いますので、ご意見、ご指摘をいただければ幸いです。

元気なプロジェクト校の子どもたち

6.参考文献 :

  • (1)2005年の購買力平価(Purchasing Power Parity)をもとに、一日1.25USドル以下の消費で計算をする、絶対貧困の新しい国際基準。
    Ravallion and Chen, 2008, “China is Poorer than we Thought, But No Less Successful in the Fight against Poverty,” Policy Research Working Paper 4621, Washington DC, World Bank.
    Ravallion and Chen, 2008, “The Developing World is Poorer Than We Thought, But No Less Successful in the Fight against Poverty,” Policy Research Working Paper 4703, Washington DC, World Bank
  • (2) Luo and Zhu, 2008, “Rising Income Inequality in China: A Race to the Top,” Policy Research Working Paper 4700, Washington DC, World Bank
  • (3)Dollar, 2007, “Poverty, inequality and social disparities during China’s economic reform.”
  • (4)Luo and CCAP project team, 2008, “Shaanxi School Improvement Project (SSIP) Final Evaluation Report: An Evaluation for Plan International,” Center for Chinese Agricultural policy, Chinese Academy of Sciences 張秀蘭,屈智勇,王東明,2008,“陝西学校改進項目(SSIP)終期評估報告”
  • (5)子供の価値観の研究法は、OxfamのGlobal Citizenshipのフレームワークを参考に開発されました。
  • (6)Chan, 2006, “A Case Study on Children’s Values and Attitudes” Heng, 2007, “Pilot Study on Methodology to Measure Cognitive Abilities of Students” 陝西教育学院評估組,2008,“関于国際計画陝西学校改進項目(SSIP)学生認知能力発展状况的終期評估報告”
  • (7)国際計画陝西学校改進項目儿童態度価値観評估組,2008,“国際計画陝西学校改進項目儿童態度価値観評估的報告”

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2008年11月10日掲載
担当:中村、菅野、宮口、藤澤、迫田、荻、高橋、奥村