第34回 「気候変動と貧困」

隈元 美穂子さん
国連開発計画(UNDP)エネルギー・環境グループ 地球環境ファシリティー 
Technical Specialist/Asia Portfolio Manager
2007年3月5日開催
於:ニューヨークUNDP FFビル
国連フォーラム勉強会

写真①

■1■ GEFについて

1992年の地球環境サミットを受け本格的に始動し始めた地球環境ファシリティー(Global Environment Facility: GEF)(本部:ワシントンDC)。気候変動枠組条約(UNFCCC)などの資金メカニズムであるGEFは、各国政府の拠出により、気候変動、国際水域汚染、オゾン層破壊、砂漠化への対策、生物多様性の保全などのための資金を供給している。主たる実施機関は、世界銀行、UNEP、そしてUNDP。UNDPは、2007年1月時点で、気候変動適応に対し、政府に対する協力やコミュニティに根ざした活動を、アフリカやアジアを中心とした43カ国で行っている。

■2■ 気候変動問題の概要

(パワーポイント資料による説明) 1800年頃から、人の活動により二酸化炭素の大気中濃度が次第に上昇を始め、1930年頃からはその上昇率が急激に高まっている。この二酸化炭素の大気中濃度の上昇と気温上昇との間には、強い正の相関がみられ、因果関係が指摘されている。世界全体を見ると、様々な気温と降水量の変化が見られる。例えば、 アフリカのある地域では気温上昇と降水量低下が見られ、砂漠化がさらに進む一方、アジアのある地域では台風やハリケーンといった異常気象が増加し、自然災害につながる といった現象がみられる。このような気候の変動はこれからも継続、もしくは悪化すると言われている(詳しくは各国政府が作成したNational Communicationsを参考 )。気候変動の影響は多様で、特に対策に必要となる技術や資金の乏しい発展途上国、貧困層に最も影響するとされており、短長期的な 双方をにらんだ早急な対策が必要とされている。

先月(2007年2月)、パリにてIPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change: 気候変動に関する政府間パネル)の第4次報告書が発表された。その主な内容は、(1)1906年から2005年までの100年間に気温が0.74度上昇したこと、(2)人間の活動によって排出された二酸化炭素等の温室効果ガスが温暖化の原因である可能性が90%以上であること、そして(3)気温と海面水位についてのシミュレーションを行った結果、このまま何の対策もなく経済成長が続くと、21世紀末までに平均気温は2.4度から6.4度の範囲で上昇し、海面水位は26cmから54cmの範囲で上がる一方、環境と経済が共生できる社会を実現すれば、気温の上昇範囲は1.1度から2.9度、海面水位の上昇範囲は18cmから38cmに抑えることができるというものであった。

また、英国で発表されたスターン報告書によると、気候変動による被害額は世界のGDPの約20%を上回る恐れがある。一方で、現在、気候変動問題に対処するために必要とされる費用は世界のGDPの1%程度であり、早期に環境問題に対する対処を行うことで経済的に大きなメリットがあることを示している。つまり、この報告書は経済発展と環境保護が相互に深く関連しあっていることを明確に示している。

さらに、国際赤十字社は、気候変動に関連する被害によって貧困に追い込まれ難民となる人々は、現在の2500万人から2億5000万にまで増えると予測している。

写真②

■3■ 気候変動と貧困

気候変動によって打撃を受けやすいセクターは、(1)農業 (2)水 (3)保健 (4)災害防止 (5)海岸開発などがあげられる。また気候変動がもたらす負の影響は、特に途上国、中でも貧困層に打撃を与える。例えば、途上国における貧困地域は、その収入を農業に頼っていることが多い。しかし、気候の変化が生じると、従来生産していた作物が穫れなくなり、収入が大幅に減少したり、食料不足によって飢饉が生じたりしうる。またインフラの整備が遅れている地域では、洪水や渇水等の水資源問題によって貧困層の生活が打撃を受けることが考えられる。また、気温の上昇によって、マラリアやデング熱といった感染症の発生リスクが高まる可能性もある。さらに、温暖化の影響による自然災害の増加も見過ごすことができない。台風等の自然災害への対応も、被害を最小限に抑えるための技術等が備わっていない貧困地域においては遅れている。

例えば水資源の問題を理解する為に、特に温暖化の影響を大きく受けると言われているアジア地域についてお話したい。南アジア諸国は生活の水源の多くをヒマラヤの氷河に頼っているが、ヒマラヤ山脈の氷河は温暖化の影響を受け既に67%が解氷しているといわれており、今のペースでいくと、2035年までに氷河は全て溶けてなくなってしまうと予測されている。この場合、短期的には解氷水が洪水となり地域を襲うなどの影響があるほか、長期的に見ると水源が枯渇するという大きな問題が起こりうる。ある調査では水量が現在の1/3になるとも言われている。

また、アジアは元来気候災害が多い地域でもあり、1970年以降約50万人が自然災害により命を落としている。温暖化による大規模台風の増加、頻発する集中豪雨による降水量の増加、また海面上昇による津波の被害の拡大などが予測される。これらの被害は先進国よりも途上国により大きな影響を与えるとされ、例えば、日本であれば、資金力・技術力によって被害を最小限に防ぐことができる一方で、途上国では、資金や技術・知識がない故に、一度の自然災害による損害が拡大しやすい。

写真③

■4■ UNDPの取り組み

気候変動に対する対処には、Mitigation(温暖化及び温暖化による負の影響の緩和)とAdaptation(温暖化への適応)があり、その双方から取り組むことが重要である。現在のMitigationに関する取り組みとしては、気候変動の原因とされている温室効果ガスの排出を少なくする為のプロジェクトの支援があり、例えば 、発電所の熱効率向上、化石燃料に代わる新エネルギーへの転換、持続可能な交通の開発等がある。Adaptationの取り組みとしては、気候変動によって被害を受けやすい地域を援助するプロジェクトを行っている。例えば、農業と食料確保に関するプロジェクトでは、気温や降水量の変化による農作被害を踏まえた代替作物をめぐる政策的支援、また、水資源については、渇水、洪水の際の早期対応のためのインフラ整備をめぐる支援、公衆衛生の分野では気温上昇によるマラリアやデング熱感染増加への対応準備等がある。また、これらと併せて、人々の環境に対する意識を高めるための試み(アドボカシーや環境教育など)も欠かせない。

先ほどのヒマラヤの氷河が解けて現地のコミュニティに被害が出ているブータンでは、プロジェクトを通じて氷河が解けて水位が上昇している箇所の水を徐々に逃がすことで、一気に鉄砲水となって洪水を起こすことがないようにするなどの活動を促進しているほか、自然災害の被害を軽減する為に早期警報システムを作るなどの活動を支援している。

温暖化問題は、途上国と先進国の間の主張の差異の存在や、長期的な視野が必要であり多くの人々が緊急性を体感しにくいなどの壁を有しているが、今後は、当該国政府やコミュニティのキャパシティーを重視した上で、国連機関間をはじめ、バイの援助機関、NGOなどの市民社会組織(Civil Society Organization:CSO)、そして地域の人々との連携体制を整え、活動を行っていく必要がある。

最後に、個人レベルでどのような貢献が気候変動問題にできるかという点において、以下の ウェブサイトを紹介したい。

  • NextGenerationEarth(Earth Institute of Columbia University)http://www.nextgenerationearth.org/home サイトにサインアップすることで温暖化防止へのコミットメントを示すことができる。
  • Inconvenient Truth http://www.climatecrisis.net/takeaction/carboncalculator/ 「Carbon footprint」のコーナーは、各自の生活パターンを入力することによって、二酸化炭素をどのくらい排出する生活を送っているかがわかる。
  • UNFCCC(国連気候変動枠組み条約のサイト) http://unfccc.int

質疑応答

(Q) GEFの活動の柱、例えば気候変動と砂漠化は、お互いに関連しあっているが、何故独立しているのか。

(A) 資金の流れとして、そのように分けているが、プロジェクトの作成や実施段階でお互い連携している。

(Q)UNDPが行っているMitigationは、温室効果ガスの排出量が多い先進国も対象としているのか。もしくは途上国への技術協力なのか。

(A)UNDPでのMitigation分野に関する活動は、 途上国の取り組みに対しての政策上の支援である。

(Q)UNDPと米国の関係はどうなっているか。

(A)UNDP-GEFチームには米国人スタッフも多くいる。またGEFは多くの拠出金をアメリカからえている。これからの米国政府の気候変動に対する取り組みに多いに期待したい。

(Q)GEFが多くの拠出を米国から得ているというのは意外(これまで気候変動問題には決して積極的でなかった) 。GEFはどのような法的枠組みでできているのか。

(A)米国は京都議定書には批准していないが、UNFCCC自体については批准している。京都議定書の未批准をめぐっては、米国が気候変動問題に後ろ向きであるとする評価があるのはご存知の通りである。一方、GEFは1992年に開催された地球環境サミット(国連環境開発会議)におけるリオ宣言によって設立され、気候変動枠組み条約のみならず、生物多様性に関する条約(UNCBD), 砂漠化防止条約(UNCCD) のための活動を指示しており気候変動に限らない機関である。GEFは意思決定の組織として独自のカウンシルを持っており、カウンシルメンバーはアメリカだけではなく各国メンバーによって構成されている。

(Q)現地コミュニティのサポートを行う際、地元の人たちとの軋轢等はないのか?例えば文化、社会的な問題など、現場ではいろいろ出てくると思う。 例えば、温暖化対策として焼き畑を禁止しても、それがそのコミュニティに長く続く風習であった場合には結局元に戻ってしまっているケース等があると聞いている。また、他の組織との連携における問題点は。

(A)コミュニティの文化や特性によって地元との問題が起きるという可能性は常にある。しかし、プロジェクト作成は基本的に当該国が行い、UNDPはそれを支援する役割。よって、文化的・社会的視点を反映させた実行可能性の高い枠組みを用いているものと考えている。他機関との連携に関しては、実際のところ、非常に限られている。そのような状況を打開するために、各国各組織は様々な活動を実施している。例えば、以前担当したベトナムの森林保護ではベトナム政府の指導のもと、 ドナーが連携を強めるための合意書を締結。整合性をとる努力を行っているが、課題はまだ多い。最近では、国連改革の流れの中で、UNは、これらの問題を解決すべく、ベトナム、パキスタンなどを含む国々でOne UNのテストケースを行っている。

(Q)国境をまたぐ取り組みはどうなっているのか。

(A)国境をまたぐ問題は少なくはない。 必要に応じて、国別ではなくリージョナルプロジェクトを作ることもある。特に、UNEPはリージョナルプロジェクトに力を入れている。ただ、国境を超えることによるオペレーション上の管理の難しさもあるのも事実。 UNDPの多くのプロジェクトは国単位である。

(Q)UNDPの取り組み中のAdaptationに対してお金を出している基金というのはGEFの他に何があるのか。

(A)Adaptationについては SCCF(The Special Climate Change Fund:特別気候変動基金)、LDCF(Least Developed Countries Fund:後発開発途上国基金)がある。今後、Adaptation Fund(CDMの利益の2%が当てられ、CDMが上手く動いた場合は、このファンドが一番大きくなると言われている)が動き出す予定である。GEFは利点もあるが、問題点も多い。例えば(1) 実際に資金が供給されるまでに時間がかかること、(2) プロジェクトデザインが複雑であること、などがあげられる。

(Q)1996年の京都議定書後の10数年の変化をどのように感じるか。

(A)気候変動問題は、地球環境サミットが開催された1992年には盛り上がっていたが、その後、数年で壁にぶち当たった。気候変動問題は先進国が引き起こした問題だと主張する途上国対先進国という政治的な問題が主たる原因である。また、米国が議定書への署名を拒否するという政治的な要素による停滞期もあった。しかし、その後IPCC第4次報告書を含む様々な研究によってエビデンスが示されるようになり、またスターン報告書によって経済と環境の共生といった問題意識が明確にされた。こうした一連の努力やアピールによって政策担当者の理解も進み、現在また気候変動問題の議論が盛り上がって来ていることを感じている。ただ、開発の世界にはトレンドがあるのも事実で、現在のモメンタムを維持し、今後の具体的な取り組みにつなげていく必要がある。

(Q)ブータンの話があったが、今後ブータン自体は国としてどうしていくのか。ずっとUNの取り組みを続けていく訳にはいかないと思うが。

(A)難しいのは気候変動という問題の特殊性である。途上国は、気候変動は先進国が作りだした問題であり、GEFの資金で先進国が支援・対策をするのが筋、との認識を持っている。ただし、自国の能力で対応ができるようになってきた中堅国に対しては、Exit Strategy、つまりUNがどのタイミングでその国から引き上げるべきかを考慮しながらプロジェクトを進めていくことは重要である。

(Q)UNDPでは、気候変動問題に関して、個人レベルの意識改革にどのように取り組んでいくのか。
(A)気候変動問題とそれが引き起こすさらなる貧困問題については、個人のアウェアネスを高める努力は常に必要である。GEFの多くのプロジェクトには、意識向上の活動が入っている。個人、特に決定権を持つ政治家の意識向上は重要である。

議事録担当:堤/吉田
写真:田瀬