第30回 沼沢 和宏さん UNDPインド事務所 プログラム・オフィサー

UNDP オリッサオフィス前にて

ぬまさわ かずひろ:略歴:静岡県出身。北海道大学農学部卒。2001年にアクセンチュア(ビジネスコンサルティング会社)に入社、戦略グループにて様々な業界の企業戦略に従事。2007年にフレッチャースクール大学院(タフツ大学)修士号取得、開発経済専攻。大学院卒業後2008年2月まで世界銀行にコンサルタントとして勤務し貧困削減分析のグローバルプロジェクトに参画。2006年度JPO試験に合格し2008年3月より現職。

1.はじめに

2008年3月25日にデリーに到着してから、ちょうど1年が過ぎようとしています。もともとろくに途上国の経験がなかった自分ですが、日々色々と学びつつ何かしらインドの貧困削減に貢献できるように尽力しています。2005年に北インドにバックパック旅行をして、2006年にマイクロファイナンスのNGO(BASIX)でサマーインターン(南インドのアンドラプラデシュ州)をしていたこともあり、現在UNDPインドで貧困削減に取り組めているのは幸運だと感謝しています。(要するにインド好きです(笑))

2.インドの貧困と数多くの課題

最近NY Timesでもとりあげられていましたが(1)、インドの貧困問題は非常に深刻です。約3億人の貧困層が存在するという規模の大きさがまず1点目。2004年時点で約9.7億人と推定されている世界の貧困層(1日1ドル未満(2))のうち、約30%がインドに存在することになります。

町から村に歩いて戻る村人と子供(道路が出来ても交通手段は徒歩のみ)

2点目は貧困層の多様さ、地域別の貧困要因の違い、増える都市部貧困層といった貧困層の広がりとともに問題の複雑さです。例えば農村の貧困家庭で子供は娘が2人いて世帯人数が6人(祖父母、両親、子供)で、父親は土地もなく日雇いで世帯収入が月間6千円程度(一人当たり千円)、母親は水汲み、家事と祖父母の世話で時間が全くない、娘は中学を卒業していても仕事が見つからないというケースもあれば、同じ世帯構成で子供(息子)は2人いても1人は既に独立して親に仕送りができ、父親はわずかに土地があり家族の一部の食料が自給でき、村に井戸があって母親の水汲みにかかる時間は少なく、そのため母親が家庭内でも多少労働ができるので、合計での世帯収入が同じ月6千円程度でも、収入の差以上に全く安定感が異なる、というケースもあります。こういった基礎的な違いにプラスして、地域別の違い(降雨量、農地の質、中間業者の買い叩き、市場へのアクセス、マイクロクレジットの有無、ジェンダー(女性が仕事をしやすいか)、カルチャー(結婚時の結納金、宗教的イベントへの出費/仕事の休止など)、アルコールの取得しやすさ(世帯主がアルコール中毒になるケースが多々ある)、医療施設・サービスの充実度(病気の際にどれだけ出費せざるをえないか大きな差がでるため、一部の貧困層は借金を余儀なくされる場合がある))がその地域間差を大きくしたり小さくしたりします。

都市のスラム(衛生面が劣悪なのが分かる)

3点目は労働市場と社会構造的な難しさです。インドの職業従事者の90%近くはインフォーマルセクターと呼ばれる分類の労働市場に携わっており、これらの仕事は政府に登録されていない自営の店舗で働いたり、道端で物・サービスを売り買いしたり、日雇いの労働者として働いていたりします。またインドでは社会的に誰でもどの職業にでもつける、というわけでもなく、貧困層の多くを占める一部の部族やカーストの人達は必ずしも完全な職業選択の自由があるわけではありません(それでも昔よりは改善されてきているようですが、田舎にいけばいくほど、保守的な州や地域ほど選択の自由度は下がります)

スラムの仕事(ゴミの中からコードや電子部品を仕分ける)

3.UNDPインド

私個人は貧困削減部に所属していますが、UNDPインドは他の国の事務所と同様に、民主的ガバナンス、エネルギー/環境、危機予防/復興などに取り組んでおり、HIV/エイズも小さいチームですが中央政府と共同の取り組みをしています(*3)。

2008年から新しいカントリープログラムがスタートし、インド政府の5ヵ年計画とタイミングをあわせて計画を策定、実行しています。この新しいサイクルでは、広大なインドの中でもより貧困が著しい7つの州に集中することを決定しました。その7つとは北部に集中するラジャスタン、ウッタラプラデシュ、マディヤプラデシュ、ビハール、ジャーカンド、チャティスガル、オリッサ州です(地図参照)。インドの貧困層の半数以上がこの7つの州に集中していますので、UNDPインドの資源とエネルギーを集中させるのは妥当かと思われますし、インド政府側からの要望でもあります。

インド政府の予算に比べても、DFID (Department For International Development/イギリス政府の開発省、日本のJICAにあたる)や世界銀行に比べても資金規模の小さいUNDPインド事務所なので色々とどう売り込むか、工夫が求められます。他方で人間開発報告書(UNDPが推進している「人間中心の開発」(経済指標だけでなく様々な社会開発指標を含む)を主眼にした年次開発報告書)が国レベルだけでなく、州別にも作成されるなどUNDPに対しての好感は強いように見受けられます。

インド事務所のスタッフは総勢約70名。大きく分けてプログラムスタッフ(分野別プログラム、コミュニケーション)とオペレーションスタッフ(財務、調達、人事、ITなど)がいますが、オペレーションスタッフは他の国連機関のサポートもしています。実際に仕事を始める前までは、(アグレッシブなインド人のイメージがあったので)ほぼ90%が現地スタッフというカントリーオフィスは一体どんなだろう?と思ってやや不安でした。実際に働いてみると皆仲も良く、協力的かつ熱心で、上司も理解のある人なので結果的に人の面からは大きな問題もなく仕事ができています。しかしながら事務所内の課題はいくつかあり、後で触れますが色々と改善に取り組んでいます。

インド地図

4.プロジェクト

さて、実際のプロジェクトですが、貧困削減部として担っているのは、前のプログラムサイクル(UNDPインドは5ヵ年サイクル)から継続している都市貧困削減プロジェクト、農村観光開発、ICT (開発のための情報通信技術プロジェクト)、昨年終了した社会開発プロジェクトなどです。
私自身が主に担当しているのは2008年からスタートした新しいプログラムが2つ―州別の貧困削減戦略プログラムとマイクロファイナンスプログラム、そして前のサイクルから継続しているコミュニティ水資源マネジメントプロジェクトの合計3つのプログラムです。

農村地帯における貧困層の住居の例

以前までUNDPインドは主に中央政府と提携してプロジェクトを実施していたのですが、上述の多様なインドの状況を踏まえて、かつ効果とスピードを上げるために州政府と直接プロジェクトを実施していこうとしています。

私は丁度新しいプログラムサイクルの開始時期に参画したため、州別の貧困削減戦略とマイクロファイナンスはプログラムの計画策定、承認・審査、モニタリングと評価のフレームワーク作りなどに携わることができました。しかし、実際には年間計画書(Annual Work Plan)をカウンターパートナー(各州および他の政府機関)と合意しないとプロジェクトが開始できません(合意がないとお金を動かせないのです)。また州別に状況が全く異なるので、5ヵ年のプログラム計画と同時並行で州別の調査を実施し、州別のコンサルティングを繰り返しつつ、それぞれに適した年間計画書を策定しました。

州別の貧困削減戦略プログラムに関しては、現時点ではラジャスタン、ジャーカンド、オリッサの3つの州においてプロジェクトを開始した、もしくは開始しようとしているのですが、それぞれの州の人口が5千万以上にのぼること、地理的な大きさや州別の複雑さも加わり、1つのプログラムだけでもすでに州別に3つの異なるプロジェクトを担当している感覚です。

彫刻技術を学び生計を立てる元貧困者達

ラジャスタン州は開始時期が他の州に比べて早かったこともあり、すでに実行段階に入っています。砂漠も広く、降水量が少ない土地の割合が大きく、非常に保守的な州で女性のエンパワメントを推進するのも大変です。それでも雇用促進を図り、トレーニングなどを国やNGOのトレーニング機関と提携して、2008年だけで計約5万人ほどの貧困層を対象に100以上の各トレーニングコースを2-3ヶ月に渡って提供し、貧困層の収入の向上に貢献しています。今年は実行モデルを改革し、より大規模に州全体で新しい仕組みを導入して2009年1年間で10万人が受講者できるように拡大する予定です。規模だけでなく、アクセスの悪い農村やまとまった期間参加できない貧困層向けに、移動式のトレーニング設備を提供したり、トレーナーをバンに乗せて巡回させたり、特に識字率の低い無学の貧困層にはトレーニング期間を長くするなど、いくつかアプローチを追加しました。

マイクロファイナンスプログラムは貧困層向けの商品・サービスを開拓し、貧困層の財務管理能力の強化に取り組んでいこうと目論んでいますが、カウンターパートのNABARD (National Bank for Agriculture and Rural Development)の都合もあり、今年からようやくスタートするという状況です。(昨年はカウンターパートをどこにするか検討と交渉が続きました)。とはいえカウンターパートをいつまでも待っているわけにもいかないので、州別の貧困削減戦略プログラムの方にマイクロファイナンス的なサポート活動を加えて対応しています。

コミュニティ水資源マネジメントプロジェクトはラジャスタン州の西側、マルワラ地域と呼ばれるタール砂漠・乾燥地帯を対象にしたプロジェクトで、貧しいラジャスタン州のなかでも特に貧しい地域で行われるものです。このプロジェクトはイタリア政府から資金援助を受けています。他のプロジェクトはプロジェクトマネージャーがNGOを監督しますが、このプロジェクトは私自身が直接NGOの活動を監督しつつ、イタリア政府向けのドナーレポートを作成したりしています。他のプロジェクトはインド政府と共同なのでNIM ( National Implementation /政府実行)ですがこのプロジェクトはNGO Implementationでプロジェクトのタイプが異なるためプロジェクトマネジメントの中身も、求められる仕事も異なるため非常に面白いです。

新しく完成した村の貯水池から水を汲む女性達
ラジャスタンの伝統的衣装をまとう村の少女達

5.チャレンジ

どの国でもどのプロジェクトでも困難はつきものだと思いますが、私が携わっているプロジェクトも例外ではありません。まず昨年末から始まった州ごとの選挙。州の首相が変わって、最悪の事態ではプロジェクトがクローズされるか、と懸念されました。なぜならこれまでのラジャスタン州の首相はインド人民党(BJP)でしたが、2008年12月の選挙で国民会議派(Congress Party)の首相が当選したからです。インドにおける2大政党の対立の中で、プロジェクトは元首相(BJP)がリーダーシップをとってサポートしていましたので、BJPがサポートしていたこのプロジェクトをCongress Partyが停止させる可能性があったのです。しかし幸いなことにプロジェクトの成果が認められ、州の政党は変わってもプロジェクトをサポートしてくれていた元首相(BJP)を諦め、新しい政府担当者(Congress Party)を受け入れ、プロジェクト自体は継続することができることが決定しました。(冷や汗ものでした)

トマト栽培を学び収穫する貧困層の農家の人々

翻ってジャーカンド州は政治状況が全く安定していません。このジャーカンド州自体が2000年にビハール州から独立してできた州なのですが、政府高官のストライキ、人の左遷、政治的理由により阻害活動などが常時起きています。こういった状況を踏まえて、私が提案したのが政治から中立なSociety (非営利の協同組織)の立ち上げです。インドではSociety Act (協同組織法)という法律があって、(主に)政府が特定の目的のために組織を立ち上げることができます。組織の登録手続きはまだ最終的に完了していませんが、カウンターパートの農村開発省と州政府のトップレベルあたる開発長官からは了承を得ることができたため、4月末までにはこの組織が正式に登録され、プロジェクトが開始できるように引き続きサポートを継続します。この組織が設立されれば州政府の政治に色々問題があってもUNDPとしては法的に登録された政府組織をプロジェクト実行の仕組みとして活用し、州政府から十分な権限を付与された組織とともにプロジェクト活動を継続できます。最短でも2012年まではプロジェクトが続くため、政治リスクを回避できる仕組みが必要です。

ところが今年は州別の選挙だけでなく、4月から5月にかけてインド全体で総選挙の年なんです!

とにかく自分が担当しているプロジェクトの実行が滞らないように様々な観点からリスクヘッジを試みています。(が、実際はどうなるか分かりません)

人の異動はインド政府だけではありません。ドナーのイタリア政府でも大々的な人事異動が実施され(内部改革の一環と思われる)、コミュニティ水資源マネジメントプロジェクトも多大なる影響を受けました。まず、このプロジェクトの担当者がUNDPから受領した報告資料、財務情報、過去の進捗情報などを引きつがずに辞めてしまいました。そして在インドイタリア大使館に新しい国際協力の局長が今年赴任した際、このプロジェクトの情報がないことを発見しました。本来であればイタリア政府内で解決すべきところですが、UNDPならびに担当NGOが対応を迫られ、現場にいるべきNGOのプロジェクトマネージャーまで、丸1日かけてラジャスタン州の田舎からデリーの大使館に出向いて1週間ほどサポートすることになったり、新しく赴任した局長が突然現地視察を計画し(UNDPへの具体的日程の説明なしに)、北インドで最大の祭日であるホーリーの日に現場のスタッフを呼びつけるという事件まで発生しました(この日は国の祝日で少なくとも北インド国民は家族や村で盛大にお祝いします。)プロジェクトのマネジメントを任せているUNDPを通さずにこのような現地視察をするのであれば、イタリア政府は直接NGOをサポートすべきでしょう。日ごろ驚くことはたくさんありますがこの件については正直なところ言葉を失いました。

車での長時間移動に疲れて途中でチャイ(ミルクティー)を飲む

6.UNDPインドの内部改革

外部環境にもチャレンジは数多く存在するわけですが、インド事務所内部も課題がないわけではありません。UNDPインド事務所の副所長達(プログラムとオペレーションの二人)と昨年からいくつか取り組んできましたが、1つはモニタリングと評価の徹底。これまでのプロジェクトではしっかりとしたロジカルフレームワークが作成されていなかったり、作成されていてもプログラムレベルの目標とのプロジェクトレベルの期待成果との因果関係が不明確だったり、成果指標が適切に設定されていなかったりしていました。新しいプログラムサイクルではこの点をすべてのプログラムおよびプロジェクトで徹底しています。課題の2つ目は効率改善です。UNDPは毎年スタッフのアンケート調査を行っていますが、インド事務所では内部スタッフから仕事効率が問題視されていました。そこでチームを作って聞き取り調査をして、必要な対処方法を考案し、追加のトレーニングを行ったり仕事の仕方を変えたりするなど、改善に取り組んでいます。コンサルタントの人員調達などもコンサルタントからの成果物の質を上げるために事務所内で色々と議論しました。幸か不幸か、私自身、今年から事務所の調達・人事コミッティーメンバーに選ばれてしまいました。

事務所内では取り上げられていませんが、私自身が部署内で問題視しているのは、明確な優先順位付けと、整合的な時間・資源の配分、またリスクマネジメントです。カントリーオフィスというのは日々何か起きている、というような雰囲気がありますが、どうもその場しのぎ的な対応をしているように見受けられます。外部要因でどうしてもドタバタしなくてはならない時も当然あるのですが、プロジェクトごとに、また部署ごとにマイルストーンを明確に設定し、リスクを把握した上で、計画したタイムラインで質の高い成果が出せるようにシナリオ別のアクションプランが必要だと思っています。少なくとも自分が担当しているプロジェクトについては実施していますが、部署全体に広げていくのが今年の1つの課題です。

夫婦で絨毯を作り生計を立てる元貧困層 (地元の卸売り企業と連携して品質・価格を管理)

7.新しい試み

UNDP全体の試みでもありますが、ここインドでもこれまで経験のない領域が、民間企業とのパートナーシップをUNDPがサポートするプロジェクトに組み込み、貧困削減への効果を捻出しつつ、民間企業へのメリットも実現しようというものです(*4)。CSRだけでなく開発/ビジネスモデルとしてどこまでなりたつか模索中です。すでにスキルトレーニングの面では民間企業と共同でコースを作成したりOJT派遣(On the Job Training/実際に仕事を通してスキルアップを図る)をしていますが、農業や酪農、その他の貧困層がメリットを受けやすいセクターでのパートナーシップをこれから開拓していくところです。この民間企業との連携に関して昨年から私がインド事務所の推進役に選ばれたこともあり、選任の担当者を採用して企業のリストアップから具体的な案件への落とし込みまで年内にいくつか試してみたいと思っています。

また別の試みでは、生計向上や雇用創出プロジェクトに障害者向けの活動を追加していこうとしています。インドでは障害者に関するデータもあまりなく、社会保障が行き届いていない(保障制度が存在しても実行されていないなどの問題を含む)、ましてや雇用の面からはほとんど考えられてきていません。雇用創出トレーニングで成功しているラジャスタン州を第一陣に、障害者向けのサポートを試行錯誤していきたいと思っています。

御自身が障害者でありながら障害者専門家のコンサルタントと共同でアプローチと可能性を探りに視察中

8.最後に

実際に途上国でプロジェクトに携わるというのは非常に面白く、やり方やアプローチ次第で様々な可能性が出てくるところが魅力かと思います。現場での工夫の余地や改善の余地はまだまだあると思っています。州ごとに異なる国のようなインドで多様さと問題の深さを実感しています。ただインドは問題だけでなく魅力深く多様な国です。仕事以外の時間に国内旅行をしたり、様々なイベントやお祭りに参加したり、古代の芸術、伝統的な舞踊・音楽を堪能し、州ごとにことなる料理やカルチャーを楽しめるのも魅力です。仕事の計画実行だけでなく余暇の計画も充実させたいと思っています。

*1 ニューヨークタイムズ 3月13日付 “As Indian Growth Soars, Child Hunger Persists”
http://www.nytimes.com/2009/03/13/world/asia/13malnutrition.html?_r=1

*2 穀物価格や石油価格の高騰により現在では1日1.25ドル未満を水準とされていますが
2008年以前の多くのレポートは1日1ドル未満の水準を用いて推計しています。

*3 UNDPインド事務所の概要やプロジェクト情報に関してはWebサイトをご参照ください。
http://www.undp.org.in/index.php?option=com_content&view=article&id=37&Itemid=244 

*4 GSB (Growing Sustainable Business), GIM (Growing Inclusive Market), Pro-Poor Business, BOP (Bottom of the Pyramid)などはこの流れです。

2009年5月13日掲載
担当:猿田
ウェブ掲載:藤田