第21回 イノベーションと国際開発 ~世界銀行の現場から~ 金平直人さん: 世界銀行本部

金平 直人さん

「国際仕事人に聞く」第21回では世界銀行で活躍されている金平直人さんに世銀改革、SDGsと科学技術・イノベーション、日本の取り組みとグローバルな潮流についてご自身のご経験をもとにお話を伺いました。前編・後編と続きます。(2015年8月29日 於東京) 

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金平直人 (かねひらなおと) 
1977年富山県出身。2000年慶応大学総合政策学部卒、2008年ハーバード大学ケネディ行政大学院・MITスローン経営大学院修了。大学在籍時モバイルインターネット分野で起業、卒業後マッキンゼー・アンド・カンパニーにて主に通信・電機・自動車業界の成長戦略策定に携わる。UNDPマケドニア事務所およびコソボICO/EUSR(欧州連合特別代表部)にて民族融和と民間セクター開発に従事。非営利法人ソケット代表を務める傍ら2010年にYPPとして世銀入行、欧州地域・南アジア地域の産業競争力研究、中小企業振興、イノベーション政策を担当。現在は予算編成・業績評価・戦略企画総局にて財務面から世銀改革に関る経営層の意思決定と施策実施を支援、また持続可能な開発目標の達成に向けた科学技術・イノベーション国連機関タスクチーム(IATT)設立・運営に世銀グループ担当として参画。

国際機関の一つである世界銀行(以降「世銀」と記載。※語句説明1)で現在携わっている業務について教えてください。

世界銀行を将来にわたって世界の開発ニーズに応え続ける機関に作り変えるための、一連の内部改革に携わってきました。世銀グループの仕事は貧困削減と経済成長に関わるほぼ全ての分野に及び、その実施手段は各国政府および民間企業への融資、投資、信用保証から、調査研究にもとづく発信や政策助言、官民や市民社会との対話と協業を通じた国際潮流形成まで、非常に多岐に渡ります。

設立当初の戦後復興期は、1950-60年代の日本の世銀プロジェクト(※語句説明2)にも現れているように、発電所や高速鉄道など大規模インフラ、製鉄所や自動車工場といった「ハードウェア」の資金提供が主でした。以来、医療・教育・社会保障といった人的資本への投資、財政支援や行政機構・産業構造・金融市場・都市計画など「ソフトウェア」の改革支援、また貿易・地域経済統合や紛争後の脆弱国と難民問題など周辺国をまたぐ取り組み、そして気候変動やパンデミック対策のような地球公共財の増進・保全まで、業務範囲は拡大する一方です。

他方で、国際開発を取り巻く状況と支援ニーズ、また代替手段も様変わりしています。新興国・途上国への公的資金だけをみても二国間支援や地域開発銀行に加え、官民の基金や財団、アジアインフラ投資銀行 (AIIB)(※語句説明3)や新開発銀行(※語句説明4)をはじめ新興ドナーや新興機関が各々の得意分野で活躍しています。融資の金額よりも国・地域を超えた最先端の政策知見、望む開発成果を得るための実施ノウハウや民間資金を含む資源動員がますます求められるなか、政策助言では民間のコンサルティング会社、開発政策に関わる規範や合意の形成でも世界経済フォーラム(ダボス会議)(※語句説明5)やOECD(※語句説明6)など、従来なかった領域での競合や協業がみられるようになりました。

世銀は設立後70年で4度ほど、世界の変化やステークホルダーの要請に適応するダイナミックな転換を経験しています。2012年に就任したキム総裁は文化人類学者・医師・大学学長という世銀総裁としては異例の経歴で、5度目の改革にうってつけのリーダーです。世界がポストMDGs(収録当時。現在は「持続可能な開発のための2030アジェンダ」)(※語句説明7)の野心的な開発アジェンダに舵を切る中、世銀加盟国、国連内外の協業相手、そして職員との真摯な対話のもと、2030年を見据えた世銀グループ全体の事業戦略を定義することから始めました。国別の開発戦略と地域共通の重要課題分野にもとづく大きな組織変更を行い、さまざまな制度の見直しを経て、現在は世銀の財務再建が焦点になっています。

私は世銀に入行して最初の1年間、欧州地域で融資や政策支援の実務に従事した後、改革事務局へ移り、そこから一貫して世銀改革について経営陣のサポートをしています。改革推進の体制は刻々変わり、名刺も毎年刷り直しになるのですが、日々の業務内容は内外の現状分析や各種改革プログラムの企画設計、意思決定がなされる経営会議の事務局、また検討や実施にあたっての世銀グループ各機関、各部局間の合意形成の取りまとめや説得といった、地道なものです。

現在の焦点の財務再建について聞かせてください。

世銀の収入が支出を上回り、開発支援事業を継続、拡大できる収支構造と財務体質を取り戻すことが目的です。世銀の事業の根幹は金融ですから、株主から出資を受けた資本をもとに市場で債券を発行し、調達した資金を貸与して金利をつけて返済してもらい、収入と支出の差額である利益の一部を内部留保として資本に再投資することで業容を維持拡大する、という事業構造になっています。市中の銀行と異なる点として、株主が世銀加盟国188ヵ国の政府であり、その多くが借入国でもあることから理事会を通じて加盟国の共同組合のようなガバナンスを持つこと、利益は目的でなく、本当の目的すなわち開発効果を持続的に達成するための要件であること、また借入国からの元本返済と金利支払いは経済成長と税収増によるため、融資案件や借入実施機関でなく国の財政が与信管理の単位となること、などがあります。借入国が国の発展の基礎となるさまざまな投資をおこなうにあたり、世銀融資を他のどの資金源より有利な条件で受けられるためには、世銀が市場で資金調達するための債券(世銀債)が最も低いコストで発行できること、つまりAAAの格付け(※語句説明8)を保つ優れた財務体質を維持することが重要です。

これらは世銀グループの各機関のうちとくに中所得国に市場金利で融資する国際開発復興銀行 (IBRD)(※語句説明9)にあてはまりますが、IBRDの利益の一部を同じく世銀グループ内で最貧国を対象に無利子に近い条件で資金提供する国際開発協会 ( IDA)(※語句説明10)に内部移転することで、高所得国は最貧国を支援する上で、IDAへの拠出で自国の二国間支援より高い資金効率を得られます。このように世銀グループ全体としての収支構造と財務体質は、高所得国の資金にレバレッジ(※語句説明11)をかけて新興国・途上国が必要とする資金を確保しつつ、新興国・途上国が株主として自国のニーズにもとづいて資金の使途の決定に影響を及ぼすために重要な役割を担っています。

2009年の金融危機以降、市場金利が歴史的な低水準で推移し、世銀の金利収入もそれに伴って低下してきました。一方、世銀の支出はフラットバジェットと呼ばれ、10年程前に株主を代表する世銀理事会と世銀経営陣の合意によって毎年、実質ベースで固定されていたため、現在の予算枠組みのままでは近い将来、収入で支出をまかなえなくなるとの懸念を、2014年に経営陣から株主諸国に課題提起しました。この状況を解決するには収入を増やすこと、負債比率を引き上げて貸出余力を増やすこと、支出を減らすこと、の3つの手段があり得ます。収入を増やすには貸出金利の引き上げが必要で、これが収入に影響するのは新規融資の返済時期ですから5年から7年かかります。負債比率の引き上げにあたっては世銀債のAAA格付けを保つことが必要で、格付け機関が世銀の財務状況を総合的に判断して格下げをしないよう、他の財務施策と歩調を合わせて慎重に行わなければなりません。これら両方にも着手する前提で、比較的短期で可能な支出の削減と予算の改革を行うことが理事会によって了承されました。これは、金利引き上げで不利益をこうむる借入国、資本負債比率の引き上げで出資した資本へのリスクが高まる非借入国、支出削減で身を切る世銀経営陣および職員、三者間の痛み分けの政治合意ともいえます。

支出の削減と予算の改革はどのように行いましたか。

世銀グループは年間500億ドルから1,000億ドルの新規の融資、投資、投資保証を行い、そのための年間予算は2013年度の物価水準で約50億ドル、5,000億円で、いわゆる正規職員16,000人の人件費や福利厚生にかかる固定費がおよそ7割です。ここから、4億ドル、400億円を2017年までに削減することを経営層で合意しました。これは、すべて人員削減でまかなうならば1,000人超という計算ですから、職員組合が反対し、新聞各社が世銀の経営陣を糾弾する記事を出すなど、大騒ぎになりました。現在は目標削減額に見合った全ての施策が合意され、費用削減効果が見積もられ、2017年度までの各部門予算にほぼ織り込まれています。費用削減の大部分は人件費以外で、例えば出張旅費は年額500億円にのぼりましたが、内部規定の見直し、航空会社やホテルチェーンとの契約見直し、出張手配する旅行代理店の集約などで10%から15%の効率向上を達成しています。

出張費用に限らず費用削減策全般の設計と実施について、短期的な一律予算カットでなく持続可能で高効率な組織体質に移行する、そのためには世銀事業の質と量を妥協することなく投入資源の単価を下げる、バックオフィスや各種支援業務から効率化し前線の負担を小さくする、また人件費でなく変動費や人以外の固定費を優先して下げる、といった原則を貫いています。世銀では何をするにも客観データと分析をもとに議論を尽くす文化がありますが、予算削減も例外でなく、さまざまな効率性指標で世銀内外のベンチマーキングから費用削減額を決め、諸々の施策案の費用対効果分析を繰り返してきました。

今後は、中長期の開発戦略に適した機動的な予算に移行すること、また持続可能な開発目標(SDGs)(※語句説明12)の野心的な目標への貢献の度合いを高めるべく、世銀グループの業容そのものを拡大することが重要な経営課題となっています。以前の予算枠組みでは予算総額が固定されていることから、部門や分野ごとの予算配分も前年度から大きく変化することなく踏襲され、戦略を作っても資源再配分や重点投資が伴わないという問題がありました。今回、各部門の3ヵ年予算見込に費用削減効果を反映した上で、戦略議論と予算配分を直結させる過程を新たに導入して、向こう数年で収益が増えるにつれ、効率向上の成果を保ったまま優先分野での予算増と業容拡大を機動的におこなえるようにしています。私の所属先は「予算編成・業績評価・戦略企画総局」という長い名前の部局ですが、この仕事をするために2年前に新設されたものです。世界的な財政難でどの国際機関も加盟国や資金拠出元から費用対効果を厳しく問われる中、世銀グループの今回の取り組みは注目を浴び、他機関から詳細な問い合わせや支援要請を受けることも増えています。

世銀と国連、またSDGsとの関係について教えてください。

世銀は国連システムの専門機関(※語句説明13)のひとつで、世銀の加盟国すなわち株主は国連の加盟国とほぼ一致しています。世銀の最高意思決定機関は総務会と呼ばれ、理事会の上位にあるものですが、財務大臣で構成され、各国が株主としての出資比率に応じた議決権を持ちます。国連は総会で一国一票の多数決による意思決定がなされ、各国が設置する国連代表部は外務大臣の管轄です。また、世銀は独自の財務基盤と収益構造にもとづき一定程度、自律的な事業運営をしながら株主の中長期の経済的な要請に応えますが、国際開発に関わる国連機関は加盟国の自発的な拠出金に依存しながら、短期の政治的な要請にも応える傾向にあります。こうした業態や意思決定における各国間のバランスの違いから、国連と世銀は実務上では一心同体とはいえませんが、加盟国全体の利益を調整しながら成果と存続意義を証明し続ける上では、運命共同体と言ってよいと思います。

来月(2015年9月)の国連総会で採択される予定のSDGsを含む2030年アジェンダは、ミレニアム開発目標(MDGs)の経験にたち今後15年にわたる国際社会共通の開発目標です。SDGs策定に先立ち、2013年に発表した世銀グループ戦略(※語句説明14)では、国連との密な協議も踏まえ、事業目的として貧困の終焉と繁栄の共有というツイン・ゴールを掲げました。これは2030年までに絶対貧困ライン以下で生きる人々を地球人口の3%以下にする、また全ての国で所得水準の下位40%に位置する人々の所得成長を加速し格差を縮小する、というもので、これらの目標と指標はそのままSDG1(貧困)とSDG10(不平等の是正)に盛り込まれています。また、SDGsは全体で17分野169ターゲットにわたる広範なものですが、世銀の業務はほぼ全てを含むため、国連統計局が主導する各ターゲットの内容や指標の技術的な検討に、早い時期から世銀も参画しています。

SDGs全ての目標の達成に必要となる実現手段、Means of Implementationとして大きく3つの柱が合意されていますが、特に世銀の役割が期待されるのが1つめのファイナンスです。これはSDGs達成に必要となる資金の調達動員に関わるもので、世銀が国連経済社会局の依頼を受けて具体化の検討を主導し、IMFや各地域開発銀行の参加も得て先月(2015年7月)エチオピアで開催された開発資金国際会議にて、詳細な計画や達成指標を盛り込んだアディスアベバ行動目標(※語句説明15)が採択されました。先にお話した世銀の費用削減や予算枠組の改革は、世銀が加盟国のSDGs達成を支援する開発金融で引き続き、主導的な役割を果たしてゆく出発点でもありました。今後、世銀の経営陣は、SDGs達成に求められる資金規模に見合った国際開発金融の基盤づくりのため、株主各国と世銀の増資に向けた交渉に臨むことになります。世銀の運営が非効率に行われるようでは、財政の厳しい株主各国は世銀への血税投入を国民に説明できませんから、世銀が収入見込みに応じて支出をコントロールできるようになることは、増資交渉を開始する必須条件でした。

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持続可能な開発を達成するための実現手段として、ファイナンスに続き、2番目に科学技術イノベーション(STI: Science, Technology and Innovation)、3番目に行政機構の組織能力(Institutional Capacity)が掲げられています。イノベーションと機構・制度枠組というのは私の職業テーマで、4年前に国連フォーラム私の提言に寄稿した記事にも書きましたが、世銀入行を志望した理由でもあります。幸い、世銀を含む国連システム全体で、SDGsの達成手段としてSTIを推進する具体的枠組みに深く関与する機会に恵まれました。

国連の場で、科学技術イノベーションについてどのような議論が行われてきたのでしょうか。

まず、国際社会が共有する問題意識の背景として、科学技術と経済社会がこれまでどのように関わり合ってきたか考えてみましょう。活版印刷、天文学と航海術、蒸気機関など、近代まで技術は人間活動を加速させながら、富や権威を集中させ不均衡を拡大させ、また人間と自然環境の不調和をもたらしてきました。二度の大戦は、船舶、航空から電子工学、核利用にいたるまで多くの技術進歩を促し、結果、蓄積された富と多くの人命が失われました。インターネットと情報通信技術は、さまざまな形で産業構造を再編し、地球規模で経済機会への参加を拡大させながらも、アラブの春やテロ組織の台頭に代表される、あらたな不安定要素を生んでいます。医療や農業といった世界の開発に深く関る分野において、遺伝子組み換え技術の利用などの科学と倫理を巡る問いは増える一方です。同時に私たちは、気候変動をはじめ、既存の科学と技術では対処しきれない、困難な課題解決を迫られてもいます。

科学の進歩と技術革新を地球規模で加速しつつ、その成果を世界で誰もが取り残されずに享受できることなしに、SDGsでうたわれているような持続可能な開発が達成できないことは明らかです。この議論は、国連の場では1992年のリオ持続可能な開発サミットではじめて公式化され、当初は環境にやさしい技術、たとえば再生可能エネルギーなどについて先進国から途上国への技術移転をどう促進するかといったことが主な論点でした。今年は、持続可能な開発、ポストMDGs、気候変動枠組条約国会議(COP)などの大きなトピックが、SDGsを含むAgenda 2030として収束する大きなマイルストーンです。これにあわせて科学技術・イノベーションについても、構造対話(※語句説明16)とよばれる国連プロセスを通じて広範な議論がおこなわれてきました。

国際的な政策枠組みで、研究開発や技術移転を左右するものは多くあります。例えば国連関連機関の一つである世界貿易機関(WTO)は、関税や輸出入規制などの貿易政策を加盟国間で協調することで貿易を促進するしくみで、途上国にとってWTO加盟は自国の農産物や軽工業品などを先進国市場へ輸出することで、雇用創出と経済成長を促します。一方で、途上国でも先進国と同様に著作権や特許などの知的財産権を保護する国内制度を整えることがWTOの加盟条件となっています。これによって、途上国で生産された模倣品が先進国に輸出され先進国企業が打撃を被ったり、先進国企業が途上国に自社製品を輸出しても現地の安価な模倣品と競争できないという事態を防ぐしくみになっており、途上国の多くは、これが自国への技術移転を妨げていると主張します。日本の高度経済成長は自動車をはじめ機械産業の模倣と技術革新で加速し、日米貿易摩擦とよばれる軋轢を生みました。もし当時すでにWTOのような枠組みがあり、日本が米国水準の知的財産権保護を徹底していたなら、日本の技術立国としての現在の地位はなかったかもしれませんので、途上国の主張には一定の根拠があるといえます。

国際交渉の末、2001年ドーハの会議で、TRIPS協定の柔軟性、という考え方が採択されました。これは、HIV/AIDSや結核、マラリアといった感染症を治療する医薬品について例外を認め、先進国企業が特許を保持している技術でも途上国に安価に普及させることを目指すもので、結果として、特許が切れる前の医薬品をインドで安価に生産しアフリカに輸出するといった業態が生まれ、インドでのバイオテクノロジー産業の発展をもたらしました。持続可能な開発のための技術移転については、このTRIPS協定の柔軟性を太陽光発電などにも拡大し、新興国が安価に技術移転をうけて温室効果ガスの排出を抑えながら経済成長できるようにすべき、といった主張がなされてきました。先進国は、特許で自国企業の利益を保護し、研究開発に投資し技術革新を促進するインセンティブを保たなければならないとして対立します。このように、科学技術イノベーションは先進国と途上国の間で、総論賛成、各論反対、となる利害の不一致を多く含む、困難なアジェンダなのです。

科学技術イノベーションを巡る国連加盟国間の議論は、SDGs策定という一大マイルストーンに向け、ブラジルとスイスが先進国と途上国の間で共同仲裁国として尽力したおかげで、落としどころがみえてきました。ポイントは、先進国から途上国への技術移転にとどまらず途上国発の技術開発にかかわる機構や組織能力を高めるための支援を増やすこと、技術ニーズに関する情報を体系的に整備し、ニーズとシーズを地球規模でマッチングする仕組みをつくること、個別の論点について各国政府のみでなく科学者、産業界、起業家、市民社会といったさまざまな利害関係者を交えた継続的な対話の場を設けること、といった、各論を保留しつつも議論の位置付けそのものを拡大したことでした。その実施枠組みとしてテクノロジー・ファシリテーション・メカニズムと呼ぶ機構を設立すること、その一環で科学技術イノベーションフォーラム(STIフォーラム)を毎年開催すること、主要な国際機関が共同で機関間タスクチーム(IATT:Inter-Agency Task Team)を設置し企画運営にあたること、などが合意され、昨年末に潘基文事務総長が発表したSDGs交渉に向けての統合報告書「2030 までの尊厳への道」(※語句説明17)では、科学技術イノベーションがファイナンスに続き実現手段の柱の一つと位置づけられました。一部加盟国から世銀も関与するよう要請があり、私が世銀を代表してタスクチームに参加することになりました。

SDGsと科学技術イノベーションについて、国連タスクチームではどんな活動をしているのでしょうか。

今後、建設的で具体的な議論がおこなわれるための土台を整備することに尽きます。国連システムがSTIの議論を深めるにあたり直面してきた困難のひとつはその文脈や課題認識が非常に多様であり、用語や定義が多岐に渡るということです。まず基礎的ながらも示唆的なこととして、最近のSDGsに向けた主な国連文書で一貫して登場する”Science, Technology and Innovation”という題目のInnovationに相当する日本語は、事務総長の統合報告書では国連広報センターによる公式日本語訳で「技術革新」、アディスアベバ行動計画では同じく国連広報センターで「独創的研究」、9月の採択に向け交渉が進んでいる2030アジェンダ草稿では外務省仮訳で「イノベーション」とされています。日本をはじめ各国での議論が、こうした伝言ゲームを通じて同床異夢とならないとも限りません。

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より実質的な政策協調や国際協力の内容について、TFM設立に向け密に協議を重ねてきた非公式ワーキンググループの参加機関(2012年より、DESA, UNEP, UNCTAD, UNIDO, ITU, WIPO, World Bank, UNESCO )間でも重点の置き方は大きく異なります。例えば国連環境計画 (UNEP)は環境保全に資する技術移転、世界知的所有権機関  (WIPO)は知的財産権に関する制度整備支援、国際連合工業開発機関 (UNIDO)は産業発展に資する産学連携や民間研究開発投資の、国際連合教育科学文化機関 (UNESCO)は科学研究政策の、国際電気通信連合 (ITU)は情報通信技術の能力構築や調査研究、そして世界銀行は国別融資業務でこれら全てを扱う、といった具合です。これまでのSDGs交渉で、途上国が研究開発や技術導入に関する資金不足を強調しODAの増額や新たな基金の設立などを要望するのに対し、先進国は既にある国際機関の間の重複や非効率への懸念から難色を示す、といった議論が繰り返されてきました。STIに関する共通の概念枠組みや統計データと指標、現状分析や政策評価が圧倒的に不足している現状、どちらの議論がどこまで正しいのか結論付けることはできず、折衷案のようなかたちで現在の合意に至っています。今後、国際社会がSDGsを宣言するだけでなく達成するためには、目標に照らした共通の現状認識と正しい戦略に基づいて、国連システムや各国、また非政府主体などが必要施策を打ち、目標の達成状況に応じた軌道修正や方向転換を行わねばなりません。しかし、国連機関が自らの取り組みを俯瞰的に把握し、個別に計画立案や資源配分をおこなうことができていないのが現状です。

このような背景から、チームに参加してまず着手したことは国連システム全体としての科学技術イノベーション関連の取り組みの棚卸しと、それに必要な概念整理でした。だれが、どこで、どんな取り組みをしているのか。何を目的として、いくらの資金を投入し、どれだけの成果をあげているのか。各国の自国内での取り組み、また途上国への二国間開発援助や民間努力・慈善財団などと比較して、国際機関のもつ特色や他との違いはどこにあり、比較優位と付加価値は何か。また、国ごと課題分野ごとに、あるいは国際的な論争のなかで決着がついていないさまざまな政策課題について、どのような技術ニーズや知識ギャップがあり、進展が思わしくないのはどこで、追加取り組みとして優先度が高いのは何か。SDGsが非常に多くの開発目標を含み、個別に網羅的に議論することは難しいので、科学技術イノベーションの成熟度、また検討や議論の成熟度にあわせてSDGs自体を大きく分類、構造化し、対応する各機関のSTI施策を分析しています。この棚卸しは今後も取り組みの継続が必要ですが、限られたサンプルに基づく初期の成果と論点整理を、7月の開発金融会議へのインプットとしてまとめ、公表しています。(※参考リンクhttps://sustainabledevelopment.un.org/content/documents/7810Mapping UN Technology Facilitation Initiatives July 23 2015 clean 3.pdf)

このSTI棚卸しの方法論は世銀の戦略策定や費用削減、予算再編で用いたものとほぼ共通していたため、こうした検討を必ずしも経験していない他の国連機関の同僚から頼られ、主導的な役割を果たすことができましたが、棚卸しを通じて、今後のSTI支援の中身についても検討チームの中で世銀への期待が高まっています。国連システム全体に占める世銀の比重が突出していたからです。

世界銀行の科学技術とイノベーションへの取り組みにはどのようなものがあるのでしょうか。

世銀グループのSTIへの関与はじつに多様です。広い意味では、融資や投資によるお金の流れは多くの場合、設備や機構の設置をつうじて、人と知識と技術の流れを伴うことになります。世銀による国ごと、課題ごとの個別の取り組みの少なくとも1割でSTIが目的や手段の中心に位置づけられ、3割以上でSTIが主要な要素のひとつになっていると見積もっています。例を3つお話したいと思います。

一つ目はポーランドのイノベーション戦略で、私が世銀に入行して最初に担当した仕事のひとつです。高所得国の仲間入りを果たそうとするポーランドにとって重要課題は、生産性の向上と高付加価値型の雇用創出にむけた研究開発や新技術導入の促進です。これらは欧州委員会の地域経済政策の課題でもあり、ポーランドを含む欧州新規加盟国はEUから構造基金とよばれる地域内格差解消のための資金枠組みで、イノベーション戦略の実施資金を得ることになっています。構造基金の第一フェーズ、(2007年から2013年)で約70億ユーロ、1兆円弱を財源に、学術研究の助成や研究開発の税控除、起業を促す官営ベンチャーキャピタルや産業設備導入への融資制度など、一連のSTI関連政策が実施されていました。これらの政策の中間評価を行い、目標どおりに機能しているものとそうでないもの、機能していないものについてその理由を明らかにし、それらを踏まえた制度や機構、資金配分などの更なる改革ポイントを洗い出し、2014年以降の構造基金第二フェーズ(100億ユーロ)を最大限に有効活用しうる戦略をつくるための支援が求められたのです。

既に資金源があるため、世銀は融資ではなく、EUとポーランド政府の負担による有償の政策助言を行いました。私を含め世銀内のエコノミストが産業構造や各施策の投資効果を分析し、あわせてイスラエルの元科学技術政策責任者、MITの産学連携責任者、シリコンバレーの元起業家・投資家、という専門家チームを組み、ポーランド国内の政策実施機関や科学者、起業家、投資家コミュニティを密に巻き込んだ政策検討をしています。また、2011年にポーランドがEU議長国に任命されていたため、産業構造については欧州全体の国別比較もふまえて地域経済政策の当事者と協議を重ね、世銀としての欧州に対する成長モデルの政策提言にも活用しています。このプロジェクトは検討範囲においてはSTIを扱う民間セクター開発の案件として標準的なものですが、実施手段においては資金以上に知見を、世銀内にとどまらず世界の第一線から動員し、国を超えて経験を媒介し、政策の質を上げ、実施機関や当事者の能力を高めあうという、世銀では比較的新しい業態を体現するものといえます。

二つ目の例はガンジス川の浄化です。ガンジス川はネパールからインドを通りバングラデシュを流れ、流域人口は5億人、その半分近くがいわゆる貧困層です。インドのGDPの約4割がこの流域で生み出されます。ところが近年、農村での農薬使用や工業地帯からの廃水から川の汚染が進んでいます。環境や生物多様性の観点から重大な懸念であることはもちろん、流域人口の病気や健康被害の8割がガンジス川の水質に起因するとされ、これを平均余命と生産活動に換算すると相当の経済損失になります。日本で水俣病やイタイイタイ病の歴史を振り返れば、病理研究に基づいて公害病が認定、補償され抜本対策がとられたのは1970年代で、高度経済成長期の後半にようやく社会に環境意識が根付いたといえますが、インドの一人当たりGDPは当時の日本の1/3です。文化的、宗教的に特殊な意味を持つガンジス川から汚染を取り除くことは、インドの経済水準からも、行政能力からも、きわめて困難といえます。インド政府の支援要請をうけて世銀は2011年から8年間で10億ドルの融資を承認し、河川行政と環境行政の能力構築、流域各都市の都市計画と水処理施設などのインフラ投資のため、インド中央政府、各州政府の予算とアジア開発銀行、JICAなど他機関とも協調した大規模プロジェクトが進んでいます。

科学技術の活用という観点からこのプロジェクトをみると、その投資の大部分が上下水道や工業廃水処理の技術移転、および技術導入をつうじて行政目的を達成する計画や組織能力を高める知識移転ということができますが、それに留まりません。まず、プロジェクト前に行われた数年におよぶ実現性調査は科学と工学を総動員したものでした。広域での水質測定やさまざまなデータ収集をおこない、ガンジス川をめぐる水循環と流域の社会経済活動をモデル化し、今後の気候変動シナリオを織り込み、加速的に進む都市化と経済成長の河川の振る舞いへの影響から、汚染の進行を食い止めるために必要な政策介入と投資の規模を精査しています。インド国内にはこうした調査研究のための施設も人材も充分ではありませんでしたが、世界から専門家を動員して現地チームとの共同作業をおこない、また、ガンジス川の継続的な水質モニタリングや計画更新のための専門の研究機関を世銀の融資で設置しています。17分野のSDGの文脈では、このプロジェクトは貧困(SDG1)、公衆衛生(3)、水資源(6)、産業・インフラ(9)、都市化(11)、生物多様性(15)、などの開発効果を直接対象にしています。このプロジェクトでは科学技術は目的でなく、複数のSDGs分野にわたる開発目的の達成手段であり、インフラや設備などハードウェアへの投資からより高いリターンつまり開発効果を得るためのソフトウェアといえます。今後、このプロジェクトが質の高い成果を生み出し、成果に対する科学や工学の貢献を明らかにしてゆくことができれば、他国、他分野への教訓が多く得られると考えています。

三つ目は人工衛星からの地球観測データの用途開拓です。宇宙開発と国際開発というのは一見全く異なる分野にみえますが、世銀ではこれまで10年ほど、米国のNASAや欧州のESA、日本のJAXAといった宇宙開発機関との共同作業を進めてきました。人工衛星は画像やさまざまなレーダーをつうじて、地表の植生や構造物、海洋や大気の様子をつぶさに観察することができます。多くの途上国では、統計情報や地上のセンサーインフラが整っておらず、データ収集に実際的な困難が伴います。例えば紛争後のイラクへの融資で各地の学校や病院を復興するにあたり、破壊状況を把握しようにもISISに襲撃されるリスクがありますからフィールド調査にいけない、といった状況です。地球観測データを用いることでこれまでにない低コスト、広範囲、高精度、高頻度で、開発プロジェクトの事前計画や実施状況および成果のモニタリングと軌道修正などが可能になります。地球観測の専門家と開発実務の専門家が実践を共にすることでしか、こうした用途開拓はできませんが、欧州のESAがこれまでとくに積極的で、自然災害、農業開発、都市計画、天然資源管理、森林保全など15件の世銀プロジェクトで地球観測を活用し成果をあげています。これらを踏まえ、アフリカ開発銀行やアジア開発銀行など他の開発金融機関と宇宙開発機関との協業が進もうとしています。

人工衛星に限らず、我々が入手し活用できる情報は伝統的な経済統計からますます人間社会や地球環境全体へと広がり、ソーシャルメディアやIoT(モノのインターネット)が生み出すいわゆるビッグデータ(※語句説明18)とその解析に向けた人工知能の技術基盤が進展するにつれ、データは私たちの生活や企業のビジネスのみでなく、SDGsや国際協力を含む政策立案や施策実施に必須になると思われます。来月、SDGsを採択する国連サミットでは、各国政府、世銀をふくむ国際機関、民間企業や研究開発機関のあいだで、SDGsのデータに革命を起こすことを目的とした「持続的な開発のデータのための地球規模パートナーシップ」(※語句説明19)という官民パートナーシップの立ち上げが予定されています。このパートナーシップの主要な推進企業の一つがシリコンバレーの小型人工衛星ベンチャー、Planet Labsという会社ですが、技術開発や事業拡大のためIFCのベンチャーキャピタル部門が出資をしています。世銀グループの各機関横断で今後も取り組んでゆく分野といえます。

しかしこうした世銀グループあるいは国際機関の取り組みは、SDGsが掲げる野心的な目標に比べれば微々たるものです。歴史を振り返れば、人類が科学技術を進歩させることで世界全体の重要課題を解決し、それに国際機関をつうじた国際協力が充分な役割を果たした、といえる例をあげることは実は易しくありません。むしろ失敗例、あるいは経過観察中と呼ぶべきものばかりです。

国際機関による科学技術とイノベーションへの取り組みが成功するために、何が必要だと思われますか。

これは科学技術イノベーションに限った話ではありませんが、緊迫感と、目的に即した弛まぬ自己改革努力だと思います。それを促すための圧力を加盟国や株主が国際機関に行使し続けるための、成果指標にもとづく説明責任を明らかにすることも必要です。世銀も国連も、その加盟国が合意したSDGsという高い目標に照らせば、改革や改善が必要な点を多く残しています。

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SDGsは年限付きの達成目標ですから、SDGsに関わる国際機関のあらゆる取り組みは課題と課題に対する成果、そして成果までの時間という視点で評価されるべきです。例えば保健医療の分野で、HIV/AIDSは一大課題です。エイズによる死亡者数は2005年をピークに減少に転じており、これは一定の成果といえます。しかしアフリカで日和見感染とよばれた症状は1970年代から見つかっており、1981年にアメリカでエイズの最初の症例が認定されてから、国際社会がHIV/AIDSの拡散に歯止めをかけうる体制を整えるまで、30年を要したことになります。国際連合エイズ計画 (UNAIDS)が設立され、世銀が共同スポンサーとして参画したのが中間点の1996年。抗レトロウィルス療法とよばれる治療法の効能が立証されたのも同96年でした。ここから10年間で、ゲイツ財団や地球基金、米国政府PEPFARプログラムなど立役者とよべるアクターが出揃い、対策に弾みがついたといえます。しかし、これらの進歩が10年、15年早く起きていれば、さらに数百万人の命を救うことができました。HIV/AIDS対策ひとつに30年を要する国際社会で、今後15年間ですべての国がすべてのSDGsを達成することは可能か。1981年から15年の間、国際社会と医学会は何をしていたのか。 1996年以降10年でなく2-3年で、各国政府や財界が同様の資源動員をできなかったのか。

科学技術がもたらした大きな成果として、アジアにおける緑の革命も挙げることができます。1963年にノーマン・ボーローグ博士がインドに降り立ち、小麦の品種改良と灌漑や農薬使用を含む農業技術の普及を通じ、数百万人を飢饉から救いました。この成功は、技術進歩のみがもたらしたものでなく、津々浦々の農村に至る普及員の活動や、試行錯誤や改善に積極的に参加できる農村コミュニティの組織化能力に支えられ、その下地はインド独立直後にマハトマ・ガンジー首相が村落共和国というビジョンのもとに進めた参加型の農村開発でつくられたといわれます。しかしながら、参加型の農村開発というアプローチは緑の革命以前、1950-60年代にかけ、アメリカのロックフェラー財団やフォード財団、UNDP(国連開発計画)などが支持し、インドから60ヵ国ほどに広まったものの、期待された成果を生まず、以降1980年代に貧困の多面性が注目されるまで、顧みられることがありませんでした。これら60ヵ国で、インドと同時並行で緑の革命が起こせなかったのはなぜか。世界で穀物生産性が数倍になったのに、最も人口増加のペースが早いアフリカで、世銀や日本をはじめ各機関が農業技術研究や技術普及に多額の支援をしてきたにもかかわらず、数十年にわたり穀物生産性が横ばいのままなのはなぜか。

エイズにかかわる偏見や社会的烙印が政治的な意思表明をさまたげ、これらの払拭に時間がかかったこと。農村開発と技術普及、機会創出や灌漑などインフラ整備といった相互に関連する各分野に携わる開発機関が分野間でも地域間でも分断され、開発アプローチの総合的、横断的な知識交換と改善努力が充分とはいえないこと。こうした教訓は、2011年に世銀改革を始める際、2030年に貧困をなくすためにどのような世銀になるか、という議論をはじめるにあたって分析し、国連の科学技術イノベーションの議論にそのまま当てはまるため、棚卸しのワーキングペーパーにも盛り込んでいます。

SDGs達成のためには、国際社会の主役である各国や、経済の担い手である民間企業、さまざまな声を代弁する市民社会組織の活動が、質、量ともに大きく進歩しなければならず、新技術の研究開発や拡散と、それと並行する国際的な政治意志や資金の動員、また国際間、国レベル、また自治体や村落レベルでのさまざまな行動変容や組織能力開発が、協調的におこなわれる必要があります。そのために国際機関は調整役あるいは触媒として、先導役として、時には実験室として、他に果たせない役割を果たさなければなりません。世銀は開発資金動員のプラットフォームとして財務基盤を磐石にする必要がありますが、その先、開発に関わる研究やデータの蓄積とエビデンスに基づく政策対話の場を提供する知識交換のプラットフォーム、また高い開発目標を掲げる借入国政府の新たな取り組みや他機関との共同作業に開かれた、実践の新結合をうながすオープンイノベーションプラットフォームであるべきだと考えています。科学技術・イノベーションは手段としてさまざまな分野で主流化されてゆくべきもので、ポーランドやEUの経済政策、ガンジス川浄化、また地球観測データ活用のパートナーシップといった例は、すでにその一端を示していると思います。

日本における科学技術とイノベーションの現状を教えてください。

日本がその科学技術力を世界でSDGsが達成されるために最大限に役立てることは、日本が国際社会で名誉ある地位を占めるうえで考えうる最良の貢献の一つです。今回、日本に夏休みで一時帰国している機会を活用して、関連する政府機関で意見交換の場をもつ機会が多くありました。日本でSTI政策の総合司令塔の役割を担うのは内閣府に設置されている総合科学技術イノベーション会議です。また、科学研究や産学連携で文部科学省、産業や貿易の分野では経済産業省、科学技術外交や国連窓口として外務省、国際協力の担い手としてJICA、世銀を株主として監督する財務省。また政策研究や個別重点分野の研究を担う先生方や、具体論では地球観測など宇宙開発と国際協力の接点として内閣府宇宙戦略室とJAXA。個別の面談やさまざまな会合への参加をつうじて感じたのは、議論の大枠が日本国内での、産業競争力、成長、雇用、安心安全といった喫緊の課題への対策が主眼におかれていること。日本のSDGs達成をふくめた、国際課題をふまえた議論はまだ一部でしか活発でないこと。しかし日本の強みに基づいて二国間、また国際機関を通じた多国間の開発協力にあたる戦略は、着実に進展しているということです。

科学技術のための国際協力というと、どうしても議論の範囲が狭まりがちです。しかし科学技術を手段としてみれば、防災、ユニバーサルヘルスカバレッジ、質の高いインフラといった、現在の日本の開発協力における重点分野は、どれも技術移転や技術の活用についての人材育成と組織能力構築をともなうものです。SDGsの文脈で日本の科学技術・イノベーション政策をどうしてゆくか、また日本が世界の期待にこたえ、民間企業が世界でビジネスチャンスをつかみながら、質の高い技術を世界に普及させ各国の課題解決に貢献するにはどうするかといった議論が、来月のSDGs採択以降、日本でも活発になされてゆくことを期待しています。

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金平さんにとって国際仕事人とは何ですか。

利害関係者の個別の利益を調停しながら、全体の利益の最大化ができる人。鳥の目と虫の目をもち、緻密な分析や経験の裏付けを大きな構想へ統合できる人。第一線の専門性と大胆な改革志向をもちながら人がもつ現状への愛着と慣性に共感し、チームや組織や社会が皆で今の先にある未来をみつける力を生める人。

国際機関で仕事をする人、あるいはいわゆる国際的な仕事をする人、という括り方はしかし、いかにも20世紀的な感じがします。多国籍企業や地域共同体などが個別の国や文化を次々に含みながらも独自の価値観や行動様式を生み続けるでしょうし、これまでの外交やインテリジェンスはテロリストネットワークなど先鋭化した非国家主体への理解や対応で追いつけていません。また、各国の財政や気候変動をはじめ諸々の地球規模課題が、複雑に絡み合いながら後戻りがきかない一歩手前に来ている今、我々の世代は民主的な権利を一切もたない利害関係者、次世代やその次の世代、に重大な責任を負っています。死ぬ時に孫に向かってごめんなさいと言わなければならないか、安心してこの世界で幸せになるといいよと言えるのか、が自分たちの世代の仕事で大枠決まるということです。前の世代から受け継いだ世界と教訓と、巡り会わせで得られた教育と就業の機会の重さを自覚して、ともすれば悲観的になりがちな厳しい状況にたいして楽観を保ち、自分と仲間の力に信頼と投資を惜しまずパフォーマンスを発揮し続けるプロフェッショナルでありたいと思います。

【語句説明】

1.世界銀行
貧困削減や開発支援を目的とし、途上国を対象とした資金源、技術援助機関。世銀グループは5つの機関で構成されており、重要意思決定は加盟国が行う。本部所在地は米国ワシントンD.C.で、1944年に設立され1万人以上の職員が世界120か国以上で業務にあたる。2016年4月にナウル共和国がIBRDに加盟し、本記事掲載時点では世銀加盟国は189ヵ国。
参考:http://www.worldbank.org/ja/about/what-we-do (日本語)

2.日本の世銀プロジェクト
1953年から1966年にかけて、世銀が日本と調印し、日本国内でおこなわれた31件の融資プロジェクト。東海道新幹線、東名高速道路、首都高速道路、黒四ダム、愛知用水事業、八幡製鉄、石川島重工、トヨタ自動車などを含む。
参考:http://www.worldbank.or.jp/31project/(日本語)

3.アジアインフラ投資銀行 (AIIB)
中国が提唱し57ヵ国を創設メンバーとして2015年に設立した国際開発金融機関。
参考:http://www.asahi.com/topics/word/アジアインフラ投資銀行.html (日本語)

4.新開発銀行
BRICSの五ヶ国(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)が2014年に設立した国際開発金融機関。
参考:http://www.ndbbrics.org/ (英語)

5.世界経済フォーラム(ダボス会議)
スイスのジュネーブに本部を置き、世界情勢の改善につとめる非営利財団。ダボス会議とよばれる年一回の年次総会のほか、国際競争力、グローバルリスク、持続可能性などについて分科会からの研究発信を通じて官民対話を推進している。
参考:http://www.weforum.jp/(日本語)

6.OECD
OECDは「Organisation for Economic Co-operation and Development:経済協力開発機構」の略。本部はフランスのパリに設置されている。現在加盟国35か国。先進国間の自由な意見交換・情報交換を通じて、経済成長、貿易自由化、途上国支援に貢献することを目的とする。OECDの最高機関で、全ての加盟国が参加する閣僚理事会は年1回開催。閣僚理事会における経済成長、多角的貿易等に関する議論はG7やG20などの主要国首脳会議における同分野の議論の方向性に大きな影響を与えている。
参考:http://www.meti.go.jp/policy/trade_policy/oecd/html/ (日本語)

7.ポストMDGs
ミレニアム開発目標(MDGs)の達成期限である2015年当時、2015年より先の国際開発目標(ポスト2015年開発アジェンダ)の策定に向けた国際社会での議論が行われていた。2015年9月25日に持続可能な開発のための2030アジェンダ(2030アジェンダ)が,ニューヨーク国連本部で開催された国連サミットで正式に採択される前の呼称。
参考:http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/doukou/mdgs/p_mdgs/index.html 
(日本語)

8.AAAの格付け
格付けとは、信用格付け機関とよばれる民間機関(ムーディーズ、スタンダード&プアーズなど)が政府や企業などの債務返済能力に関する調査を行い、政府・企業やその発行する債券の信用力を等級で評価したもの。最高位がAAA(トリプルA)、以下AA、A、BBB、BB、Bといった格付けがあり、信用度が高いほど、債券発行に際して市場で支払わなければならない金利(資金調達コスト)が安くなる。世銀債は過去全ての格付けにおいてAAA。日本国債については主要格付け機関が2000年前後を境にAAAからAAに下げ、2015年現在AないしA+(投資適格程度)となっている。
参考:http://www.financial-glossary.jp/aaa(日本語)

9.国際開発復興銀行 (IBRD)
国際復興開発銀行は、世界銀行グループの初期の頃からの機関。中所得かつ信用貸しのできる貧しい国が貧困を削減するため、融資、保証、危機管理製品や分析、諮問サービスを通して持続可能な開発を促進する。資金のほとんどを世界の金融市場から得ている。IBRDは、その189加盟国の利益のために所有かつ運営される協同組合のように構築されている。
参考:http://www.unic.or.jp/info/un/unsystem/specialized_agencies/ibrd/ (日本語)

10.国際開発協会 ( IDA)
もっとも貧しい人々のための世界銀行の基金であり、世界でもっとも大きな援助機関の1つ。加盟国は170カ国。世界の79カ国の最貧国を対象に健康と教育、インフラと農業、経済開発と組織開発のための支援を提供する。IDAの財政的支援の5分の1は贈与として提供され、残りは無利子の長期貸し付けの形で行われる。
参考:http://www.unic.or.jp/info/un/unsystem/specialized_agencies/ida/ (日本語)

11.レバレッジ
企業や公共事業体が自己資金(資本)をもとに借入(負債)を行い、事業に用いることのできる資金量を大きくすることをレバレッジと呼び、その指標である負債の資本に対する比率を負債比率と呼ぶ。負債比率が低すぎれば事業規模が限定され、負債比率が高すぎると債務返済にかかるリスクが高まる。
参考:https://kotobank.jp/word/%E3%83%AC%E3%83%90%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%B8-661865#E3.83.87.E3.82.B8.E3.82.BF.E3.83.AB.E5.A4.A7.E8.BE.9E.E6.B3.89 (日本語)

12. SDGs(持続可能な開発のための2030アジェンダ)
全世界であがっている貧困や不平等、気候変動に取り組むリーダーシップを求める要求を行動に移すため、世界のリーダーがニューヨークの国連本部に参集し2015年9月25日に採択された。この2030アジェンダには、今後15年間にわたって政策と資金確保の指針となる新たな17の持続可能な開発目標(SDGs)が盛り込まれている。グローバル・ゴールズとも呼ばれるこれら目標の起点は、あらゆる場所で、恒久的に貧困に終止符を打つという歴史的な誓約である。SDGsの理念は、2012年の「国連持続可能な開発会議(リオ+20)」で生まれ、環境、社会、経済という、持続可能な開発の3つの次元をバランスさせ、普遍的に適用可能な一連の目標を作り出すことを目的とし、平和で包括的な社会を推進し、より良い仕事を作り出し、気候変動をはじめとする現代の環境課題に取り組むものとして、すべての国々に適用される。
参考:http://www.jp.undp.org/content/tokyo/ja/home/sdg.html (日本語)

13.国連システムの専門機関
経済・社会・文化・教育・保健等の分野における専門の国際機関であり、国際連合憲章第63条の規定に基づいて国際連合経済社会理事会との間で協定を締結し、国際連合と連携関係にある国際連合機関。
参考:http://www.unic.or.jp/files/organize.pdf (日本語)

14.世銀グループ戦略
2013年に10月に作成。貧困、開発等に関する世界銀行としての取り組み、各国ごとの目標達成等に関する戦略を世界銀行グループ全体として包括的にまとめたもの。
参考:https://openknowledge.worldbank.org/bitstream/handle/10986/16095/32824_ebook.pdf (英語)
http://www.worldbank.org/ja/news/speech/2013/10/01/world-bank-group-president-jim-yong-kim-speech-at-george-washington-university(日本語)

15.アディスアベバ行動目標
第3回開発資金国際会議の開幕にあたって採択された。グローバルな金融慣行を一新し、幅広い経済的、社会的、環境的課題に取り組むための投資を生み出す一連の大胆な措置が盛り込まれている。以前の成果を土台としつつ、すべての資金源に目を向け、技術や科学、イノベーション、貿易、能力構築など、幅広い問題に関する協力を取り扱うものとなっている。
参考:http://www.unic.or.jp/files/a_res_69_313.pdf(日本語)
http://www.unic.or.jp/news_press/features_backgrounders/15274/ (日本語)

16.構造対話
持続可能な開発目標に関するオープン作業部会、持続可能な開発の資金調達に関する政府 間専門家委員会および科学技術に関する構造化された対話。
https://sustainabledevelopment.un.org/content/documents/7046PGA Summary Structured Technology Dialogues - 13 August 2014.pdf(英語)
http://www.unic.or.jp/files/a_69_1.pdf#search='%E5%9B%BD%E9%80%A3+%E6%A7%8B%E9%80%A0%E5%AF%BE%E8%A9%B1(日本語)

17.「2030 までの尊厳への道」
経済的、社会的および関連分野における主要な国際連合の会議およびサミットの成果文書 の、統合されまた調整された実施およびフォローアップを指す。20 年間の開発の実践の経験並びにオープンかつ包括的なプロセスを通じて収集され た情報を利用してこれからの 15 年の間に尊厳を達成するための指針を 示す。
参考:http://www.unic.or.jp/files/a_69_700.pdf (日本語)

18.ビッグデータ
ビッグデータは、データの規模という量的側面だけでなく、データの構成内容、利用方法といった質的側面において、従来のシステムとは違いがあると考えられている。「事業に役立つ知見を導出するためのデータ」とし、ビッグデータビジネスについて、「ビッグデータを用いて社会・経済の問題解決や、業務の付加価値向上を行う、あるいは支援する事業」と目的的に定義している例もある。
参考:http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h24/html/nc121410.html (日本語)

19.持続的な開発のデータのための地球規模パートナーシップ
データ信頼性の低いまたはデータが取れていない状況を改善し、SDGsの達成に資することを目的として始まったパートナーシップ。政府、NGO、ビジネスが一体となって持続可能な開発に取り組むための健康、ジェンダー、人権、教育、農業等の分野のデータを扱う。
参考:http://www.data4sdgs.org/ (英語)

2015年8月29日、東京にて収録
聞き手:田瀬和夫、志村洋子、瀧澤菜美子
写真:田瀬和夫
ウェブ掲載:田瀬和夫
担当:奥田、亀井、木曽、佐藤、志村、瀧澤、野尻、鳩野
2016年10月10日掲載
※記事に掲載されている情報は2015年8月当時のものです。
記事内容はインタビューに基づく個人の意見であり、世銀や国連機関の公式見解ではありません。