第5回 NGOの政策提言~草の根の声を生かすには~山田太雲さん・大崎麻子さん

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「国際仕事人に聞く」第5回では、特定非営利活動法人オックスファム・ジャパン(以下、オックスファム・ジャパン)のアドボカシー・マネージャー山田太雲さんと、国連開発計画(UNDP)東京事務所アドボカシー・スペシャリストの大崎麻子さんの対談をお届けします。本企画第3回で、功刀・国際基督教大学客員教授は国連改革について議論され、その中で「国連と市民社会との協力は不可欠であり、特に日本のNGOはアドボカシー(政策提言)活動に力を入れるべき」だと指摘されました。では実際、日本のNGOはどのような活動をしており、それはどのように国際社会が取り組んでいる貧困削減などの課題に貢献しているのでしょうか?日本のNGOでご活躍の山田さんと、国連とNGO双方で活躍されてきた大崎さんに、政策提言活動の意義、日本という土壌で活動する際の問題点や今後の課題について幅広く議論して頂きました。(2008年3月1日於東京)

山田:私はオックスファムという国際NGOの日本法人であるオックスファム・ジャパンで働いていますが、まずオックスファム・ジャパンがどのような活動をしているかお話ししたいと思います。オックスファムは、現在世界16か所にある民間組織で構成されており、オックスファム・ジャパンもそのうちの一つです。この16ある組織が108か国において行っている緊急人道支援や長期的な開発支援活動を束ねているのが、イギリスのオックスフォードにあるオックスファム・インターナショナルという国際連合体です。開発の現場では「当事者が物ごとを決定する過程から排除されている」という現実をよく目にします。そこで、オックスファムの支援活動の特徴として、「当事者が物ごとを決定する過程に携わることができる仕組みづくり」という要素を必ず入れるようにしています。

また、開発を進める際には途上国だけでは解決できない問題も多くあるので、オックスファムでは先進国や国際機関、多国籍企業などへの政策提言活動にも力を入れています。たとえば、地方自治体や政府など、途上国の行政がHIV対策のために薬を調達しようとしたとしましょう。途上国で暮らす人たちの手に入る薬の量をできるだけ多くしたいわけですが、決められた予算によって買える薬の量というのは薬の単価によって決まりますよね。そして薬の単価は、薬にかかる知的財産権の国際的規則などによって左右されます。そして、このような国際的な取り決めに一番影響力を持っているのは先進国の政府や企業、または国際機関です。つまり、より多くの薬を調達するには彼らの政策を変える必要があるので、オックスファムは世界中に広がるネットワークを使って、国際社会と地域社会の双方から先進国政府などに働きかけています。

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その中で、オックスファム・ジャパンのマネージャーである私の仕事というのは、日本政府に対して適切な政策をとるように働きかけることです。具体的には、外務省や財務省、国会議員などに戦略的に働きかけることもありますし、メディアを通して世論へ呼びかけて、世界の問題を日本の人たちに知ってもらうという仕事もあります。テーマによっては、オックスファム・ジャパン単独で行動せずに、専門家やほかのNGOと連携することもあり、その協力関係を築くことも重要な仕事の一つです。今日対談している大崎さんとも、いくつかのNGOと協力して行った「ほっとけない 世界のまずしさ」キャンペーンでご一緒したときから仕事でよくお会いしているのですが、大崎さんはそもそもなぜNGOに関わるようになったのですか。

大崎:私は1998年から国連開発計画(UNDP)ニューヨーク本部開発政策局の貧困削減部に勤務しました。途上国のジェンダー平等と女性のエンパワーメントに向けた取り組みを中心に活動していました。女性の地位向上や開発への参加を進める動きを誰が中心に担っているかというと、NGOや市民です。例えば、1995年の北京女性会議(※語句説明1)などの国際会議の場でも女性NGOの存在が非常に大きかったですし、草の根支援はもちろんのこと、政策立案やアドボカシーでもNGOが大活躍しています。私は、UNDPの立場から、プロジェクトの実施、政策アドボカシー・プロセス、調査研究などでNGOと協働する機会が多くあり、NGOをとても身近に感じていました。

しかし、開発全般という意味でNGOの存在感を実感したのは、現在の開発援助の枠組みの中心になっているミレニアム開発目標(MDGs)(※語句説明2)に向けた取り組みが始まってからです。MDGsが設定された当初、UNDPは当時の国連事務総長であったコフィ・アナン氏から、MDGsを国際社会共通の開発枠組みとして世界に広めるという「キャンペーン・マネージャー」の役割と、MDGsに照らし合わせて各国の取り組みや状況がどうなっているのかをモニターし、さらなる戦略を立てていく手助けをする「スコア・キーパー」としての二つの役割を課せられました。そして、私が所属していた開発政策局貧困削減部はMDGsのフォーカル・ポイントとなり、主に国レベルでのモニタリングを担当しました。当時、国際社会のMDGsに対する反応というのはすごく消極的・批判的だったんですよ。途上国側からは、「90年代に色々な開発目標やアジェンダを作っておいて、なぜまたもう一つ作るんだ」という声、またNGO側からは、「MDGsにはガバナンスや人権問題の視点が入っておらず、これでは根幹の部分がだめだ」というような批判が多く聞かれました。

そこで我々は、NGOに対して「MDGsはNGOや市民社会が政府に開発課題に取り組むよう働きかけていく上で、非常に有用な政策提言ツールになる」ということを訴えて回りました。その根拠は三つあります。一つ目はMDGsが非常に明確な期限付きの数値目標であるということです。二つ目は、2000年の国連ミレニアム・サミットで、世界中の首脳たちがMDGs実現にむけて、政治的な関与を行うことを表明したということ。そして三つ目は、MDGsは人間開発に必要かつ重要な領域がすべて網羅されている包括的な枠組みであるということです。つまり、MDGsを開発援助に関わる人たち共通の目標とすることで、今まで異なる領域で活動していたNGOも一緒に政府に対して働きかけることができるという説得をしました。NGOの一つの大きな役割として、政府に対して説明責任を求めていくことがありますが、世界のトップ・リーダーたちがコミットしたMDGsがまさにその活動のツールになろうとしているのだということを、UNDPの仕事を通して実感することができました。

さらに、NGOが国際社会で発揮している力を一層強く感じたのが2005年のG8・主要国首脳会議(グレンイーグルズ・サミット)の時です。このサミットを前にして、政府に貧困撲滅に取り組むことを訴えるためのNGOの世界的な運動、貧困をなくすためのグローバル・コール、Global Call to Action against Poverty (G-CAP) (※語句説明3)が世界中でムーブメントを起こしました。イギリスで行われた「Make Poverty History」キャンペーンを中心として、世界中のNGOが集結して声をあげ、日本でも「ほっとけない 世界のまずしさ」という政策提言のためのキャンペーンが立ち上がったのです。このキャンペーンは、市民がホワイトバンドを身につけるという行為を通して、貧困削減に取り組むことを約束した政府に約束を履行するようプレッシャーをかけることを目的としており、日本だけでも465万人がホワイトバンドを身につけたそうです。

そのころ、私はちょうどUNDPを辞めて日本に帰国したところだったのですが、一連の動きをみて、びっくりしました。日本でも、「(MDG8実行のために)声を上げよう」という運動ができるのだと。残念ながら、この運動が、売上金を直接途上国の貧しい人々に送るためのチャリティだと誤解されたことで、一部では批判もありました。しかし私は、NGOが集まり世界中の市民社会と連帯して明確なメッセージを訴えていく、というアドボカシー活動の土壌が日本にもできてきたということに感心しました。そうした折、「ほっとけない 世界のまずしさ」事務局が、MDGsに詳しい人材を探しているということを聞き、2006年4月に同キャンペーンに政策アドバイザーして協力することになりました。その後2007年2月に立ち上がったG8サミット・NGOフォーラムの貧困開発ユニットの政策チームにもかかわりました。

山田:おそらく、国連などの国際機関からMDGsのような国際的枠組みなどが出てくるときには、市民社会からは様々な反応があると思います。実際、MDGsについては、大崎さんがおっしゃったように否定的な反応が特に当初は強くありました。批判の一つに、開発目標が特定の活動のみに焦点を当てているという点があります。教育分野を例にあげると、MDGsの中では初等教育のみが基礎教育支援として取り上げられており、就学前教育や職業訓練への取り組みが掲げられていません。また、市民社会からみると、あまりにも目標が大ざっぱ過ぎるという印象があります。極度の貧困と飢餓の撲滅をうたった目標1を例にすると、国全体のマクロのレベルで数字が上がれば、その過程ですでに底辺にいる人の生活の質がさらに悪化してもよしとされてしまうのではないか、といった心配があります。

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ただし、このように否定的な反応をした人たちも、ただMDGsを外から批判していれば済むかというと、そうでありません。人々の暮らしを責任をもって改善していくという根本的な使命をもつ開発NGOの立場からすれば、人々の苦しみを減らすためにMDGsを活用するというのも戦略の一つです。このことに人々が気づくことによって、市民社会の中からもMDGsを支持する動きが強くなってきたのだと思います。日常的に政策提言を専門的に行っていたNGO職員たちの多くは、MDGsが持っているマクロレベルでの政治的な利用価値を感じています。MDGsはいろいろな国際機関やほとんどの国の政府が合意をしたうえ、先進国と途上国がそれぞれに責任を課す形で合意されており、とても強い政治的意味を持つんですね。書かれていること自体はとても大ざっぱだけれども、MDGsの目標を達成するためには、実際にはMDGsで言及されていない広い範囲の課題にも取り組まなくてはいけないので、直接言及されていない課題に対して政府が拒絶する理由をMDGsがある意味で奪ったと思います。つまり、「それを否定するんだったら、あなたはMDGsを否定することになりますよね」というように、政策提言をする相手の政府や国際機関に交渉できるようになりました。

大崎:おっしゃるとおりですね。付け加えると、特に途上国のNGOからMDGsへの支持を得ることができるようになった大きな理由の一つには、MDGレポートという年次報告書の存在があったのではないかと思います。このレポートは提出の義務はないものの、MDGsへの取り組みの進捗状況を各国政府が国連に報告するものです。UNDPはこのレポートの準備過程で、必ずNGOが参加するべきだということを強く提言しました。なぜかというと、政府だけでレポートをつくろうとすると政府側にとって都合の良いことのみが書かれる恐れがあるからです。そこで、MDGレポートをつくる際には政府とNGO双方が関わるようにし、現在の状況と今後の課題について対話をもってもらうようにしました。MDGレポート作成過程が、同時に政策協議に草の根の声を入れていく過程にもなっているのです。

山田:マクロレベルの政策にミクロレベルつまり草の根の人々の声をつなげていくというのは、確かに私たちNGOが担っている重要な役割ですね。MDGsのようなマクロレベルで用意された枠組みに対して警戒心を含めた様々な反応がNGOから出ることは自然なことだと思いますが、自分たちが目指すのは貧困にあえいでいる人たちの役に立つことです。そして自分たちの活動が本当に役に立っているのかということについて説明責任がある、という、この軸足を常に忘れずに、他の国際機関との対立を乗り越えながら行動していくことが大切だと思います。

国際保健の分野では、去年の夏、イギリスが中心となって国際保健パートナーシップ(International Health Partnership、IHP)という援助協調の枠組みを提案しました。これは、途上国の政府が保健分野を強化する計画を立てれば、それに必要な資金を先進国が援助するというものです。この枠組み自体は、オックスファムも支持していますが、一方で、これに対する警戒感も強くあります。なぜかというと、例えば世界エイズ・結核・マラリア対策基金(世界基金)(※語句説明4)のような、よい効果を生み始めていた既存のイニシアティブまでも否定することになりかねないからです。また、従来のイニシアティブにさらに新たな資金調達枠組みが加わると、保健分野で活動を行っている、例えば母子保健やエイズ対策に取り組む異なるNGOの間で、資金獲得のための争いに拍車がかかるという懸念もあります。

しかし、HIVに感染した妊婦のように両方の活動から裨益したい当事者にとっては、自分が行きたい時に行ける診療所があり、必要な病気の予防や手当てを受けられるようにすることが一番大切なのです。つまり、マクロレベルでいろいろな枠組みが用意された時に、それに対して警戒心を持つことももちろん大事ですが、それぞれのNGOが持つ異なる活動目的や内容の違いを乗り越えて、それぞれの説明責任に基づいてIHPに対しても世界基金に対してもお互いに協力しながら働きかけていかなくてはいけません。私たちNGOにも、そうした戦略が必要になっているのだと思います。

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大崎:確かに、開発では、問題を分野別に分けて考える傾向にあるので、分野別で枠組みが出てくることがよくあります。しかし、本当の当事者である貧しい人たちの「生活」や「人生」を分野で分けることはできません。ですから、「人間中心」の視点を、いかにマクロの政策協議や資金調達の枠組みの議論に入れていけるかというのはとても重要ですね。現場の生の声を汲み取って、政策レベルに届けるというのは、NGOにしかできないといっても過言ではないかもしれません。もちろん、国連も政府も取り組んでいますが、一言で開発途上国の当事者の声といっても、途上国側の政府にいる役人たちの声なのか、実際に援助を必要としている人たちの声なのかというのは重要な点です。当事者ひとりひとりの生活を反映した声をしっかりと吸い上げて、マクロレベルに届けるというのは市民社会の重要な役割です。その点では、UNDPは途上国での重要な役割のひとつとして、草の根のNGOと政府との間の政策ダイアログの促進を掲げています。

大崎:オックスファムは、今年のG8サミットに向けて、NGOのネットワーク、2008年G8サミットNGOフォーラムにも参加しています。キャンペーンに途上国の人々の声を反映させていくために、どのような形で「南」のNGOとの連携を図っているのですか?

山田:私は、政策提言活動もキャンペーン活動も駅伝だと思っています。保健医療の問題にアフリカの声を反映していくことを例にあげると、2001年にアフリカ諸国はそれぞれ国家予算の15%を保健分野に割り当てるという約束を交わしていて、アフリカの市民社会はその約束を実現させるために、ずっと活動を続けています。我々は、そうした活動を踏まえたうえで、TICADやG8サミットのある2008年という文脈や、日本という文脈に合わせて提言していきます。今年のG8は日本で開催するので、日本の市民社会にとって特別に大きなイベントであり活動も活発になっています。ただ、G8で取り上げられる問題というのは、どれも今年始まって今年終わるというような性質のものではありません。ですから、G8に向けて新しくNGOフォーラムができたからといって、初めてアフリカの声を聞くというわけではありません。前からずっと続いているアフリカの市民社会の活動や取り組んでいる人々の声をきいて、彼らからのタスキを引き継いで、G8サミットNGOフォーラムの活動を行うという姿勢でいます。

大崎:山田さんはずっと政策提言活動を続けてこられていますが、NGOの政策提言活動に対する日本政府の反応に変化は見られますか?

山田:今までは、途上国の声を聞いてその要望から政策を立てるよりも、日本の得意なことは何なのか、日本の経験を活かせることは何かといった、日本の視点から始まっている政策を日本国内で立て、その政策を途上国に当てはめるというスタイルが一般的だったような印象があります。しかし、特に保健医療分野に関して、最近は、まず途上国や市民社会の声を聞き、その声の中から何が必要かを考えるという姿勢に少しずつ変化してきていると思います。外務省の方たちも、属人的な要素が強いと思いますが、NGOの提言に熱心に耳を傾けてくださっていますね。保健分野でのこのような変化を良い前例として、今後ほかの分野でも同じような機会を持てるように応用できたらと考えています。そして、いずれは中期政策などの骨太の方針にも働きかけていける道筋がうまくできればと期待しています。

大崎:NGOの中には、プロジェクト実施型のNGOと政策提言型のNGOがありますよね。プロジェクト実施型のNGOは、実際に途上国の草の根レベルで、人々に必要とされる支援を行っています。一方で、政策提言型のNGOは市民キャンペーンを展開し、社会変革を促す活動に力を入れているわけですが、政策提言については日本はまだまだ未発達だという認識を持っていました。しかし、今のお話を伺うと、NGOを中心とした政策提言もだんだん功を奏してきたのかなという気がします。途上国や他の先進国の市民社会を中心とした政策提言活動を見ますと、NGO、研究機関、国会議員などの「市民社会アクター」が一緒になって活動するケースもあります。例えば、NGOが一般市民の声をひろい、研究機関がデータや分析を提供し、国会議員が法整備や予算分配と通じて政策変更を実現していく、というような連携です。このようなアプローチも、効果を上げるための重要な要素の一つでしょう。今のお話を伺っていて、日本でも保健分野に関してはそのような動きが出始めているのだと思いました。

山田:そうですね。この分野でそういう動きが出てきたのは幸運だったと思います。というのは、日本では一般に政策提言を行う層が薄いというか、どうしても弱い。これはNGO側も認めざるを得ません。その一方で、保健医療と気候変動の分野については最近プロジェクト実施型のNGOと政策提言型のNGOがしっかりと連携しています。私は、今回のサミットがこのような連携を促進する効果を持ちうるという意味で、国内的には意義があると感じています。

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大崎:MDGsの話題に戻りますが、ドナー国に課された目標(注:目標8・開発のためのグローバルなパートナーシップの推進)を果たせるかどうかは、その国の市民社会の力にかかっています。国連などの国際機関も、加盟国政府にODAの額を増やす、貿易の枠組みを変える、債務の削減をするといった約束の実行を促すことはできるのですが、本当に実行させる権限はありません。アカウンタビリティ(説明責任)を求めていけるのは、その国の市民社会しかないと思います。

たとえば、国際会議で日本の地位を高めるためには、日本政府としてある程度の額の資金供与の公約はするでしょう。しかし、その公約が果たされるとは限りません。なぜなら、国家予算は、官僚が枠組みを作り、国会議員が決めますから、「財政状況が悪い」とか「ODAは選挙で票にならない」という意見が大勢を占めれば、公約を履行するための予算が確保されない可能性があるからです。このように、日本が開発援助における実行するためには、日本の国内政治の問題を乗り越えなくてはいけません。つまり、一番影響力があり大事なのは、その国の国民の声、世論だと思うのです。有権者がODAの大切さを理解し、途上国のニーズに基づいて効果を生み出す活動を行うことが大切だという声が増えていけば、その声によって政治家も動いていくと思います。それについてはどう思われますか。

山田:その通りだと思います。また、政治家だけでなく、官僚の理解を得ることも大事です。彼らは2年くらいで部署が代わりますから、例えばある担当の方を説得できて、保健分野で良い政策や一定の投資ができたとしても、2年後に後任の方が来たらまた一から説明しなければならないし、その人が保守的な考えを持っていてそれまでの努力が全部ひっくり返ることもありえます。このようなことが起こらないように、ある政策を持続可能なものにするためには、国会や世論の支援を含め社会的な合意にする必要があります。

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ただ、それを実現するにあたっての障害が日本には多い。マスコミの担当者もくるくる担当が変わるので、専門家としてのジャーナリストが育ちにくい。欧米では、一つの会社だけに縛られず、CNNやBBCを渡り歩いて開発問題を追いかけているジャーナリストというのが必ずいて、その分野の問題を時間をかけて追究しています。日本ではこのようなキャリアを実現することが難しく、政策提言の土壌が乏しいと思います。NGOはこの現状を考慮に入れながら、世論にアプローチしていく必要があります。日本では、開発援助は国内の経験とは無関係なところで行われる、財政的に余裕がある場合にする、あるいは子ども達の笑顔のためにするという話になっています。ですから、日本の庶民が経済的な苦難を抱えているときに、なぜ遠く離れたアフリカの人たちを助けなければならないんだという対立的な議論になります。さらに、ODAへの世論を得るために、庶民に対して「日本の国益になる」といった的外れな説得が試みられることもよくあります。この現状は変えていかなければなりません。

国内世論が顕在化したときに、大きな力が生まれるというのは、2005年の「ほっとけないキャンペーン」の中で、私がいろいろな課題に直面しつつも感じたことです。ホワイトバンドが社会的現象になっていたときに、日本は総選挙の直前だったということもあって、国会の中で開いた議員向けのイベントに代理出席を含めて60人くらい集まりました。通常NGOが何かを主催しても、10人集まれば万々歳だったのですが、世論が動けば議員も敏感に動くということが証明されました。キャンペーンに関わることが票につながると予想したのでしょう。

一般市民の意識に訴え議論を起こすためのもう一つの例として、現在、国際保健について、G8の対策を求めていくというキャンペーンをNGO4団体で始めました。「Me Tooキャンペーン」といい、著名人の賛同も得ています(※語句説明5)。Me Tooというのは、「全ての人に保健医療サービスが届けられるべきという考えに、私も賛同します」という意味です。全ての人が生きられるチャンスを得られるようにする必要があるというみなさんの意思表示の機会を、オンラインを中心に提供しています。

大崎:国会議員の方々にとっては、自分の選挙区の人たちが何を欲しているのかということがとても重要ですよね。自分には関係ない選挙区の声よりも、自分の選挙区の有権者の声により耳をかたむけるということは当然のことだと思います。他方、日本の地方に暮らす人たちが、国際開発のような地球規模の問題に共感するというのはとても難しい。好ましくない経済状況が長く続いてしまうと、ODAの額が実は他の公共事業費に比べたら微々たるものだという現実を知らないまま、ODAか国内経済かという排他的な二択を迫る議論になりがちです。そうした情報がしっかりと地方の有権者も含め市民に届いて、途上国の貧困削減を目指す流れに賛同すればより大きな力になると思います。

山田:「ほっとけない」キャンペーンの強みは、まさに全国にいる貧困問題に関心を持つ人を動かすことができたということだと思います。私は、琴線に触れる工夫さえあれば、貧困に関する呼びかけに反応する人たちというのはもともと全国にかなりいると思っています。そして私たちが彼らに「こういう行動ができるよ」と、タイミングよく彼らが参加しやすい具体的なキャンペーンへの参加方法を伝え、働きかけることができれば、地方に住んでいる人々にも、NGOのキャンペーンに賛成を求めていくことができるのではないでしょうか。今後は是非とも、全国的なネットワークを持っているところと連携して活動を広げていけたらいいなと思っています。

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大崎:日本人は、市民としての意識、つまり、有権者であり、納税者であり、そして消費者でもあるという意識が希薄です。NGOが中心となって展開する保健や気候変動のキャンペーンを通じて、人々に有権者であり納税者であるという意識が喚起され、そして一人一人が声を発することで物事を変えていけるという過程を成熟させていくことができればいいですね。

山田:一般市民の意識を喚起するためになにが強力なやり方かと考えると、私は、人々が国内の身近な問題について行動を起こし、それがある変化につながった、という成功事例をつくることが多分一番影響力があると思います。国際的な問題は「遠くの人の問題」で自分とは関係ないと受け取られることが多く、意識を大きく変えるにはある意味限界があるかもしれません。しかし、意識改革をもたらすようなキャンペーンの筋書きを用意するのは我々NGOの重要な仕事だと思います。

大崎:去年から今年にかけて、開発援助について、多くの政策議論の場が生まれたと思います。国連機関、ODA関係者、NGOなどの間で垣根を越えた政策議論が行われるようになってきたという印象があります。

山田:そうですね。日本の国内外でNGOを含め開発援助の専門家集団の間の壁をなくしていこうという努力が進んでいるということは確かでしょうね。けれども、この取り組み自体、今はまだ国連機関内部など閉じられた組織の中の縦割り行政を解消するために行われているにすぎません。今後はさらに取り組みを進めて、援助業界全体でより活発な意見交換が行われるよう関係者の間の壁をなくしていくことが課題でしょう。そして、このためにこそNGOが貢献するべきだと思います。

大崎:日本では、国連機関がシンクタンクに求められる機能を補完してきた印象がありますが、最近はNGOもこの役割を担うようになってきたと思います。NGOが出している提言書は、非常にレベルが高いと思います。だからこそ、マスコミの方々もNGOの意見に耳を傾けるようになってきたのでしょう。オックスファムの強みは、草の根活動を実践していること、そして調査・研究にも力を入れていることですよね。2004年からUNDPの人間開発報告書室長を務めたケビン・ワトキンズもオックスファムでの長い勤務経験があることからも分かる通り、オックスファムはとても有能な人材を抱えています。海外のオックスファムと連携しながら活動できるというのは、オックスファム・ジャパンにとって大きなメリットだと思いますね。現在の国際的な議論の潮流だけでなく、ひとつひとつのテーマについて、データや調査に裏付けされた報告書を通して最新の情報を得ることができるわけです。ですから、最新の議論に裏付けされた提言をするという役割も、今後オックスファム・ジャパンにどんどん担っていただけたらいいなと思います。

山田:同感ですね。私もNGOがある程度シンクタンク的機能を果たす必要があると思います。政策提言にもいろいろなレベルがあり、援助の方針など中核の部分に焦点をあてるべきか、もっと専門的・技術的な話に特化するのかなど、NGOという立場でどのように取り組むかは意見が分かれると思いますが、いずれにせよ、日本のNGOはシンクタンクとしての役割を果たすためにいろいろなことを乗り越えていかなくてはいけません。
乗り越えるべき課題の一つは、政策提言がNGOの果たすべき重要な役割であるということを一般の方々に理解してもらうということです。今、日本で資金を比較的集めることができているNGOというのは必ずしも政策提言を活動の中心としてやっているわけではなく、途上国現場でのプロジェクト活動が中心です。一方で政策提言に特化しているNGOは資金を集めるのに非常に苦労しているんです。長期的な予算の見通しが立てられない状況では、有能な人材が寄り付かずなかなか育ちません。

けれども、例えばアメリカではビル&メリンダ・ゲイツ財団など政策提言活動を支援してくれる財団が存在します。これからは日本でも、財力がある人たち、財団や企業が「小規模だけれども貴重な活動をしているNGOは日本社会の活性化のために必要だ」と考え支援していく必要があると思います。国民ひとりひとりも、政府も、企業も、NGOの政策提言を通じて社会活動をどう強化していくべきなのかしっかりと考える必要があるでしょう。そしてNGO側も、課題の多い現状を悲観しすぎたり社会のせいにしたりせず、しっかり政策提言の必要性を市民や政府や企業に主張していく必要があります。また、現在プロジェクト実施を主に活動しているNGOにも政策提言に取り組んで、議論をリードしていってもらいたいと思います。

【語句説明】

  1. 第4回世界女性会議
    1995年9月、中国の北京において開催され、実質的な男女平等の推進とあらゆる分野への女性の全面的参加など38項目から成る「北京宣言」と、貧困、教育、健康、女性に対する暴力、経済、人権などの分野における戦略目標およびとるべき行動を提示した「行動綱領」が採択された 。
    参考:北京宣言 http://www.gender.go.jp/fwcw/beijing.html (日本語)
  2. ミレニアム開発目標(MDGs)
    2000年9月ニューヨークで開催された国連ミレニアム・サミットに参加した147の国家元首を含む189の加盟国代表は、21世紀の国際社会の目標として国連ミレニアム宣言を採択。このミレニアム宣言は、平和と安全、開発と貧困、環境、人権とグッドガバナンス(良い統治)、アフリカ特有のニーズなどを国際的な課題として掲げ、21世紀の国連の役割について方向性を提示した。そして、この国連ミレニアム宣言と1990年代に開催された主要な国際会議やサミットで採択された国際開発目標が、2001年9月の国連事務総長報告書において、ミレニアム開発目標(Millennium Development Goals: MDGs)という一つの共通の枠組みとしてまとめられた。MDGsは、2015年までに国際社会が達成すべき8つの目標(貧困削減、基礎教育の普及など)を掲げている。
    参考:外務省HP: http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/doukou/mdgs.html(日本語)
  3. 貧困をなくすためのグローバル・コール (Global Call to Action against Poverty ― GCAP)
    2003年に発足した、貧困と闘うことを目標としたグローバルキャンペーン。NGO等が各国独自の市民社会連合体によるキャンペーンを形成し、これの国際連合体がGCAPである。イギリスでは「Make Poverty Histry」、そして日本では「ほっとけない世界のまずしさ」というキャンペーンとして、貧困に対する世論を喚起し、政策提言を行った。世界100カ国以上でキャンペーンが立ち上がり、それぞれ国際的に連携を取りながら活動している。
    参考:GCAP HP: http://www.whiteband.org/(英語)
  4. 世界エイズ・結核・マラリア対策基金(世界基金)
    世界で合計年間500万人もの命を奪っている三大感染症―エイズ、結核、マラリア―に早急に対処するため、2002年1月に設立された基金。途上国の開発をさまたげるこれらの感染症を国際社会の努力によって克服することが責務として、あらゆる関係国団体から資金的コミットメントを求めている。集められた資金は支援決定プロセスを経て感染症にあえぐ国・地域及び、将来感染症によって甚大な被害を受ける危険をはらむ国に分配されている。その資金の使用に対し、効果を実証することも活動の柱の一つである。2007年末までに、世界基金の支援により、先進国以外の国々において200万人以上、毎月10万人以上の命が救われている。
    参考:外務省HP:http://www.mofa.go.jp/Mofaj/gaiko/kansen/kikin/kikin.html (日本語)
    世界エイズ・結核・マラリア対策基金HP:http://www.theglobalfund.org/ (英語、フランス語、スペイン語等)
  5. 「Me Too」キャンペーン
    「世界中の人々が必要な医療を受けられる世界」を目指し、保健分野においてG8の対策を求めていくというキャンペーン。2008年洞爺湖サミットにて、G8諸国の首脳陣が、日本政府のリーダーシップのもとで、より多くの、より効果的な保健医療分野への支援を実施するように、一人でも多くの市民から賛同(me too)を集める活動を行っている。NGO4団体で共同運営され、他NGOやソニー株式会社などの企業、著名人からも賛同を得ている。
    参考:「Me Too」キャンペーン HP:http://metoo2008.jp/ (日本語)

写真:森口水翔
担当:朝居・池田・横山・佐々木
2008年7月7日掲載