第106回 九島 伸一さん 国際連合広報局 Information Processing and Acquisitions 課長
プロフィール
九島伸一(くしましんいち):1952年生まれ。1974年早稲田大学理工学部卒、1981年Case Western Reserve UniversityにてMaster of Science and Information Sciencesを取得。1974年より三井造船、1981年よりIBMにてシステムエンジニアとして勤務後、国連競争試験を経て1982年、国連欧州経済委員会にプログラマーとして務める。その後WHO神戸センター(1998年)、国連欧州経済委員会(2000)、国連人権委員会(2001)にてInformation ManagementやInformation Systemに従事した後、現在国連広報局Information Processing and Acquisitionsの課長を務める。
Q.国連に勤務することになったきっかけはなんですか。
実はオイルショックなんです。三井造船で働いていたのですが、不況で残業規制ができたので空いた時間に英語でも勉強しようと、毎晩英語の学校に通いました。英語が話せるようになってくると今度は情報科学を勉強したくなって、留学したんです。その頃会う人会う人に「将来国連で働くんだ」と言っていたら、ニューヨークに転勤していったお医者さんの奥様が競争試験の応募用紙を送ってくれて、今国連にいます。
自分の意思とか選択で生きてきたつもりですが、あとから考えてみると何か大きな流れでここまできているような気がします。全然英語できなかったのに、三井造船にいた時から国連に入ると言っていたなんて変でしょ。世界は黄色人種が一番多いのに、なんで国連は白人の組織なんだ、俺が変えてやる、なんて言っていました。その後27年間、国連で働いています。
Q.現在のお仕事についてお聞かせ下さい。
国連広報局のInformation Processing and Acquisitionsでは、現在40人くらいの情報の専門家が二つのチームに分かれて仕事をしています。情報を分析し、付加価値をつけるチームと、情報を購入し、必要な人に提供するチームです。
今は情報が氾濫していて、私たちは必要な情報を探すために毎日膨大な時間を無駄に費やしています。ですから国連広報局では情報に索引タグをつけ、必要な時に必要な情報を得ることができるようにしています。情報の分析や整理をする仕事なのでどちらかといえば暗くて地味ですが、グーグルやダウジョーンズなどのように、これからどんどん社会の中心になってくる仕事だと思います。今すべてのビジネス・プロセスを改めてデザインし直して、効率化を図るために最大限の技術を導入しようと思っています。どこかの機関が索引しているのならば、同じことをこちらでもう一度索引する必要はないですよね。各機関が持っているものを全体で共有できるようになればいいなと。ですから「Cooperation(協力)」と「Competition(競争)」を併せて「Coopetition」、競争しながらも協力する、という感覚で他の機関と付き合っています。
また、この世界はものすごく変化が激しいので、ついていくだけで大変です。どの部署の人たちも自分が遅れているんじゃないかと不安に思って仕事をしているので、その不安を取り除いてあげないといけない。グーグルやアメリカ議会図書館などから人を呼ぶと、時代の先端を行っている組織で働く人たちでさえも、日々同じような不安を抱えているのが分かります。
「情報を買う」というのは少し分かりづらいかもしれませんが、昔で言う新聞とか雑誌を買うのと同じことです。ただ紙媒体は予算の1%程度で、99%は電子媒体です。国連ではあらゆる情報を買っていますが、それらをどうやって上手に買うか。電子媒体の情報に関しては値段が高いので、国連の各機関とコンソーシアムを立ち上げて合同で買っています。コンソーシアムにはほとんどの機関が入っていて、どの機関にいても同じ情報にアクセスできるようになっていますが、大半の人は有効に活用できていません。ただし有効活用できている人たちは、情報源がグーグルだけではないので、すごくいい成果が出せるんです。それを国連職員全員が使えるようになればいいなと思っています。
それから、うちの部署の人たちはみなプロ意識が高くて尊敬できる人たちですが、まじめで不器用な人が多いんです。ですからその人たちが働きやすい環境をつくってあげるのも、私の仕事の一つだと思っています。ほめてもらいたいとか認めてもらいたいという気持ちは大人になっても持つもので、人との接触が少ない地味な仕事をしている人ほど、そういう気持ちが強いんです。だから、ちょっとでもいいからほめるとか、助かったと言うのも仕事の一部ではないかなと。人間が集まって仕事をしているので、そういうことが大事なんですね。年を経るごとに私もだんだん「すべては人間だ」ということに気がつき、今は人間中心に仕事をしています。この分野は今後も伸びていく分野だと思っているので、特に若い人たちがもっとスキルを身につけて、将来活躍してくれるのを楽しみにしています。
Q.国連で働く魅力は何でしょうか?
自分が考えもしないことを考えている人たちにたくさん会えるのが醍醐味です。27年もいれば色々な人に会います。一番印象に残っているのはジュネーブにいた時に同僚が、「仕事の労働モデルはお母さんだ」と言ったことです。何を言っているのかと思ったら、「お母さんは子どもが熱を出した時に一晩中看病した後で、昇進させろとか残業代よこせとか言わない。子どものことを本当に思って暮らしている。それと同じように、国連職員が世界の人たちのために一生懸命働いて、昇進とか残業代よこせなんて言わなかったら、こんないいことはないだろう」と。今でも国連職員のモデルとして、子どもに接する母親なんていいのかなと思っています。
Q.今までで一番思い出に残っているお仕事は何ですか。
思い出に残っているのは、ほとんど失敗の思い出です。若い頃に、ものすごくたくさん失敗した経験があります。ただ、失敗した経験ほど思い出に残りますね。一番ひどかったのは、マケドニアが建国された時に何気なく「Macedonia」と書いてしまったことです。本当の名前は「The Former Yugoslav Republic of Macedonia」なので統計資料では“t”のところに並ばなければいけないのですが、“m”のところに並んでしまった。気付いた時にはもう印刷に回ってしまっていたので差し替えだけでは済まず、結局全部作り直さなくてはならなかったんです。その時はすごかったですね。20人くらいの同僚がみんな一生懸命手伝ってくれて。後でおごらされましたけど(笑)。でも思い出というとそういう失敗の経験ばかりです。失敗はしないに越したことはありませんが、そこから学ぶことも多いですね。
Q.国連で働かれていて、たいへんだったことをお聞かせ下さい。
以前は日本の会社で働いていたので、「会社のために働く」という抽象概念をものすごく強く入れられていたんですね。それで国連に入った当初、「国連のために」という言葉を口にしたんです。そしたら当時の同僚に、「国連とはなんだ。総会か、政府か、同僚か、上司か。まさかビルとかロゴじゃないだろう。国連のためって、何のためなんだ?」といわれて、説明できなかったんです。あとから組織のため、自分のため、と色々考えて、世界の人たちのために働いているんだ、という結論に達するまでに、ものすごく時間がかかりました。日本の会社で働かなければ考えないことだと思いますが、それを考えるきっかけがあったのは逆に良かったかな。今は世界の人のために働いているということが、はっきりしています。もう国連のためという感覚はなくなりました。
Q.お仕事で悩んでいることはありますか。
ないですね(笑)。たいへんなことはありますが、悩むことはありません。性分だと思います。
Q.情報の分野で日本が貢献できることはなんでしょう。
日本が貢献するというよりは、日本と協力できたらいいな、といつも思っています。日本の会社や国会図書館にはノウハウが蓄積されています。情報技術分野全般において進んでいると思いますが、一緒に働きたくても取っ掛かりがないんです。また、取っ掛かりがあっても名刺交換で終わってしまいそこから発展しないので、なかなかお互いに協力しあうことができないのが残念だと思っています。日本が考えていること、例えば将来の方向性とかを知りたいと思うんですけど。不安ですからね(笑)。
Q. グローバル・イシューに取り組みたいと思っている人たちに一言メッセージをお願いします。
グローバル・イシューに取り組みたいと思っているならば、日本とか日本人とか意識しないで、地球の一員という意識で働いてくれたら、それが一番嬉しいです。特に日本人は日本及び日本人意識が強いと感じますが、そういうことを考えている時代じゃないと思うんです。会話の中に、日本の将来とか日本がどうなるといったことがよく出てきますが、これだけ自分の国の話をする人種は珍しいです。日本は50年間登山し続けてきたんだから、今後50年は下ればいいと思うんです。下山する時は景色もいいし、息も切れないし、周り道をしながら楽しくいけばいい。こんな時になってもまだ世界で2位の経済大国でいようなんていっている人がいますが、もっとリラックスして、自分たちは世界の一員だと思ったほうがもっと楽しいんじゃないかと思います。
それから数字をたくさん見て頂きたいなと思います。数字はとても正直ですから、数字を見ればもう日本が世界で2位の経済大国だとは思わないし、アジアでも有数の軍事大国だということが分かるんです。数字をよく見て、色んな情報に惑わされないで自分で判断することが大切だと思います。
2004年にコペンハーゲン・コンセンサスとして、どの課題を解決するためにいくら投資すべきか優先順位をつけましたが、資金には限りがあるので、どうしても洩れてしまう問題がありますよね。それらを数字で見ていると、解決できそうなものが結構あると思います。お金のことを真面目に考えれば、いろんな問題が結構簡単に解決できるような気がするんです。例えばアメリカがイラクに侵攻した時に初めの2週間で使った金額で、世界中のエイズ患者の治療ができてしまうとしたら、僕は絶対治療の方がいいと思うんですけど、多くの指導者はそうとは思わないんですね。上に立った者の責任というものがありますからね。でもさっき言ったように国という枠をはずして世界中の皆で良くなろうと思ったら、方法はあるんじゃないかな。日本とかフランスとか、国という枠にこだわらない姿勢が、少なくとも国連で働く人の間では必要だと思います。
(2009年2月21日、ニューヨークにて収録。聞き手:内田絢子、コロンビア大学国際公共政策大学院。幹事会で事務局及び本件企画担当。写真:田瀬和夫、国連事務局人間の安全保障ユニット課長、幹事会コーディネータ。ウェブ掲載:岡崎詩織)
2009年6月28日掲載