第145回 信太邦之さん 世界気象機関(WMO)アジア・南西太平洋部計画管理官

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プロフィール

信太邦之(しだ・くにゆき):秋田県出身。気象大学校卒業後、地方気象台、気象衛星センターを経て、気象庁本庁に勤務。気象庁本庁では、海洋気象業務、国際業務(WMOや外国の気象機関との対応や途上国支援)及び気候変動対策業務を担当。2001年3月からWMOでアジア・南太平洋及びアラブ諸国の気象機関の支援を担当。

Q.世界気象機関(WMO)はどういう機関なのでしょうか?

われわれの基本的な使命は、各国の気象水文機関(日本でいえば気象庁)がきちんと気象や気候あるいは水文にかかわる情報をユーザーに届けることができるよう、支援することです。WMOというと日本では知名度が低いですし、世界気象機関で働いていると伝えると「世界の天気予報をつくっていらっしゃるのですね」と言われることが多いですが、実はわれわれ自身が天気予報を作成するということはありません。

日本の皆さんはかなり精度の高い天気予報を毎日、当たり前のように見ていらっしゃると思います。これが可能なのはきちんとした気象観測ネットワークがあり、それらのデータを統合して予報警報を出す技術があるからです。また気温や降水のデータといっても、国内のデータだけ使えば日本の予報が出せるというわけではありません。天気を決める大気や海の挙動は当然国境と関係がなく、そもそも世界中繋がっているので全世界のデータが必要になってきます。そういうデータをどういった標準に基づいてとるのかを決め、そしてデータの交換を促進するというのがWMOの一つの大きな仕事です。言ってみれば日本のみなさんの日々の天気予報は、WMOがなければあり得ないのです。

WMOは各国の気象水文機関が行う仕事の支援をし、またどのように国際協力をしていくのか取り決める国際調整組織ということです。天気や気候に関する業務には国際協力は欠かせません。台風やハリケーンなどの自然災害を防止・軽減する上でも、各国との情報交換は欠かせません。このような背景からWMOの前身である国際気象機関が1873年に設立されました。また、1950年にWMOが設立され、翌年に国連の専門機関になりました。WMOは冷戦中でさえ東西を含めた国際協力体制をうまく維持した、数少ない国連機関の一つです。私はWMOは国際協力という点で国連の模範例だと思っていますし、気象人はそれを誇りに思っていいと思います。広報の方法を改善すれば、より人々の認識は高まるでしょう。

Q.どういった経緯でWMOで働かれることになったのですか?

私はもともと日本の気象庁で働いていました。最初は地方気象台で気象の観測・予報業務などに携わっていました。その後、本庁に移って数年たった頃に国際室に移った当時の上司から呼ばれ、国際関連の仕事をするようになったのです。気象庁の国際室ではWMO関連の仕事や、途上国の気象局を支援するためのJICA専門家派遣事業に携わりました。実際にタイ、ベトナムや南米に行く機会があり、そこで初めて日本以外の気象局で気象業務がどのように行われているのか知る機会を得ました。この外国とのかかわりの深い業務にやりがいを感じ、気象や気候分野で世界規模の協力活動を展開しているWMOの空席に公募し採用されました。 気象庁では世界中で観測されたデータを扱っていましたが、私個人はもともと海外で働くことに大きな興味を持っていたわけではありませんでした。当時の上司に誘われて国際室に異動しなければ、自ら手を挙げてWMOで働こうとは思わなかったでしょうね。大きな志があってというよりは偶然の要素が強いというのが正直なところです。

Q.WMOでのお仕事を教えてください。

WMOではまず技術協力部と呼ばれる部に着任し、その後機構改革を経て、今はアジア・南西太平洋部という部署にいます。一貫して途上国の気象局を対象とする技術協力を担当してきました。アジア・南西太平洋部に異動してからは地域内調整の会議なども担当しています。今までアジア、南太平洋、アラブ諸国などを担当してきました。

Q.今まで関わってきたお仕事で特に思い出に残っているお仕事を教えてください。

例えばリビアは私がWMOで働き始めて以来、ずっと携わっている思い入れが深い国です。正直に言えば、WMOに来るまで自分がリビアという国に関わるとは思いもよらなかったですし、どういう国か想像すらつかなかったです。

リビアでのプロジェクトは、気象局の設備・業務・職員の全体的な底上げを目的としてきました。天気に関してのリビア一般国民の関心はダストストーム(砂嵐)や、沿岸部での雷雨、それに伴う強風などにあります。沿岸部の天気予報は漁師さんの安全に大きな影響がありますし重要なことです。また農家では冬の寒さや風の強さ、雨季の雨量などが非常に重要な情報となります。そのような予報をきちんと出せるよう気象局を改善することが大きな目的の一つになります。

リビアの人たちと働いて印象に残ったことが一つあります。ある時、気象衛星の受信設備を導入することになり、私も機材の選定作業に関わりました。機材を整備するときは大抵、欧米の会社からオファーが来ます。機材の選定がほぼ終わりかけるころ、当時のリビア気象局長官が私に、「お前は本当にこの機材でいいと思うか」と聞いてきたのです。日本人の意見なら信頼しようという質問の意図があったのです。リビアは欧米にいままで翻弄されてきた歴史があるけれど、一方で欧米に頼らなければならない。どこかで高値をつけられだまされているんじゃないかという疑いをリビア人が持っていることを知りました。リビアの欧米に対する複雑な感情を垣間みた瞬間でした。

このプロジェクトは日本人の私だからこそできたのかもしれません。手前味噌になりますが、日本人は利益誘導に走るのではなくその国にとって本当に何がいいのかを真剣に考えているという印象を持たれることがわかりました。

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Q.2011年のリビア政変は気象局にも大きな影響がありましたか?

ご存知の通りリビアには2011年に大きな変化がありました。気象分野には幸いなことに大きな影響はなかったようですが、機材はかなりのダメージを受けたようです。2012年2月のジュネーブでのリビア気象局復興会議では、前気象局長官が代表で出席しました。地方の観測所をはじめ、本庁にある機材も壊されたり盗まれたりしたそうです。これらの設備復旧のため、機材をどう購入するのかが直近の課題です。一方で、人員体制への影響は特になかったそうです。人材を育てる労力に比べれば、機材は言ってしまえばお金で解決できる問題ですので、本当に不幸中の幸いでした。

Q.貧困問題をはじめ、すでに逼迫した社会経済問題を多く抱える途上国で、なぜ気象情報や気候情報が重要なのでしょうか?

近年途上国を含む世界各地で災害が多発しています。パキスタン、タイの洪水やアフリカの干ばつなどを考えると、気象や気候情報の重要性を分かっていただけると思います。自然災害が起こる前に予測することは途上国の人々の安全保障問題に直接関係します。もちろんそういった極端な気象現象を予測できたからと言って食い止められるわけではありませんが、正しく予測することによって途上国の被害を軽減することはWMOの大きな目標です。

また、途上国特有の問題が二つあります。まずは予測情報自体をきちんと作成し発表することができていない国が多いことです。そして、予報ができたとしても、情報発信が行き届かず、十分な事前行動に反映されていないというのが二つ目です。2010年のパキスタンの洪水も2011年のアフリカの角の干ばつのときも二つ目の問題が見られました。情報発信の失敗は気象局自体の発信能力の問題でもありますが、各国政府の中で気象局の重要性の認知度が低いことも問題です。

私が気象庁に入ったころは日本でも情報の発信がやはり大きな課題でした。今は携帯電話やインターネットがありますから、技術進歩を使うとまだまだ広い範囲に伝えられる可能性があります。途上国では日本のように国民全員が情報を受け取ることはなかなか期待できないかもしれませんが、コミュニティ・リーダーだけには最低しっかりと情報を伝えることで、まだまだ被害を軽減できる可能性が大きいと思います。

Q.途上国の気象予報と日本の気象予報は同じようにして作られているのですか?

日本では簡単に言うと、まずは気象観測所や全自動で気象観測する機器、「アメダス」などで、決まった時間に風向風速、気温、雨量を含めた気象データを全部気象庁に集めます。全世界のデータを交換するシステムをWMOが構築していますので、このシステムで外国からのデータを合わせて天気図を作ります。また、地上だけではなくラジオゾンデという風船につけて気象計器を飛ばして上空の状態をはかるものや、船舶、航空機、人工衛星などのデータを集めてそれらを元にスーパー・コンピューターで今後の気象の変化を何日か先まで計算して予測するものもあります。

もちろん多くの途上国はスーパー・コンピューターを設置して気象予報を行なうことはできません。職員の能力や人数が極めて限られている国も多いので、たとえスーパー・コンピューターを使っても日本と同じように気象予報ができるわけではありません。実際、世界中で現段階で精度よくコンピューターで計算するモデルを使えるのは、米国、日本、欧州が合同で運用している気象センター、イギリス、フランス、ドイツくらいです。

ただし最近はコンピューターの能力が格段に進歩したので、日本の気象庁が計算した結果をたとえばバングラデシュで使うことも可能です。バングラデシュにスーパー・コンピューターを導入しなくても、日本やヨーロッパでの計算結果を用いれば、バングラデシュが自分の国の部分を取り出して予報に使えます。

スーパー・コンピューターは無理でも、自分たちが利用できるコンピューターで自分の国やその周辺の気象状況を計算しようとがんばっている国もあり、そういった前向きな姿勢は大切です。グローバルな計算結果を狭い地域に適応するということも決して簡単な技術ではありませんし、技術、コストを考慮すると途上国の気象予報ではここがスタートラインになります。

Q.気候変動問題は年々大きく取り上げられるようになってきましたが、この問題に関するWMOの役割は何なのでしょうか?

気候変動に関して社会に警鐘をならすこと、科学的な知見に基づいた議論を促進すること、過去のデータを整理することがWMOの重要な役割です。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)や気候変動枠組み条約(UNFCCC)の設立は、WMOがおよそ10年ごとに開催する世界気候会議がその起源になっています。また日本では温暖化問題と呼ばれることも多い気候変動の認知には、WMOが束ねる世界気候研究計画が大きな貢献をしてきました。

これから途上国では気候変動への適応がますます重要なテーマになってくると考えられますが、気候がどのように変化してきたか、トレンドを時系列に分析することが重要です。一見地味な仕事ですが、長期的データなしでは本当に科学に基づいた気候変動への適応を議論することはできません。

時系列に照らした変化と言いましたが、世界的に温暖化してきているという傾向はほぼ疑いのないことです。ただし、国、地域ごとにどういうふうに気候が変化してきたか、という話はこれからもっと掘り下げなければなりません。私も色々な場所に赴きその大切さを痛感しています。地域ごとの歴史的分析はまだそれほど手が付いてない分野です。地域ごとに気候変動適応戦略を考えるには、各地域の精度のよいデータが必要になってくるからです。

さらにWMOは、昔観測したデータがそのまま紙媒体に記録されたデータをデジタル化したり、気候変動に関する正確な情報を提供できるよう、各気象局とユーザーのコミュニケーションを支援します。

Q.日本の気象庁と、様々な国の気象局の共通点を教えてください。

気象人はどこに行ってもおとなしい人が多いですね。私もそうなのかもしれませんが、人間と相対するよりは自然を観察したり、コンピューターを操作することが好きな人が多いという印象です。そのせいか、ユーザーにどういったサービスを提供するのか、より予報精度をどう向上させるのかという技術的な方向へ興味が向きがちです。ほとんどの国では気象局は税金で運用されているのにも関わらず、納税者に対してどういうサービスをするのか、というところに比較的関心が低い。

気象人が内向きであるためにユーザーとのコミュニケーションが少ないということも、割とと世界で共通した問題です。例えばカンボジア。カンボジアの主要産業の一つを担う農業セクターは、気象サービスの重要な受け手です。しかし、カンボジアの気象局に農業省を訪ねる話を持ちかけたところ、とても驚かれました。農業省とのコンタクトはほとんどなかったようです。多くの国で内向きな気象人気質は共通しています。

例外的に、日本の場合は非常に自然災害が多いため、気象庁の仕事に対する国民の関心は他国と比べると高いですね。自然の挙動を予測する訳ですから100%の確率で当てることはもちろん不可能ですが、関心の高い国だとマスコミや国民の目にさらされたり政府から要求され、気象局はずいぶんと鍛えられていくのだと思います。

Q. 相違点はありますか。

災害に対する感覚でしょうか。例えばメコン川やカンボジアのトンレサップ湖は季節によって水が溢れるのが常なので、日本人的な感覚では「洪水」でも彼らにとっては必ずしも深刻な自然災害として認識されません。2011年にはタイで洪水がありましたが、そもそもある程度のエリアは冠水するという前提のもとに河川管理が行われてきました。こうした地域で近年開発が行なわれた結果、そこで今までない規模の洪水が起り大災害になってしまった例は多くあります。また、バングラデシュはサイクロンに伴う高潮の被害に備えシェルターをつくるなどして成果を上げていますが、逆に小規模の洪水やモンスーン程度の降雨には対処が不十分である現状も見かけます。災害、防災に関する感覚や考え方は国によって違うと思いますね。

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Q.日本が気象・気候・水文あるいは防災の分野で国際社会に貢献できることは何でしょう。

日本はこれらの分野で世界のトップ集団に入ります。実際今までも国際社会に対して大きな貢献をしてきましたし、これからも引き続き貢献していくことが期待されます。特に、人材育成ですね。機材はお金さえあれば入れられますが、人材不足でその機材の運用が続かないという事例を多く見かけます。トレーニングをして技術を身につけると、給料のいい別のセクターに流れる現象も見られます。これも世界共通の問題ですね。

先ほど挙げたリビアのプロジェクトがうまくいったのは、彼らが人材育成にものすごく投資したからです。例えば、ある機器を導入する場合、使用する10人の部署では半数の5人をメーカーに派遣して研修させます。残りの5人は国内で研修を受けさせる。とにかく全員に研修を受けさせてから新しいシステムの運用を始めるのです。コストはかかりますが、期待されると伸びる国民性を持つリビア国民は、メーカーへの派遣を契機に仕事への忠誠心を養います。

コストを考えれば1、2名をトレーニングに派遣して、残りのスタッフはその1,2名から教わればいいと思うのですが、彼らは「うちの国民性からして1人をトレーニングに送り、他の9人を送らないとその9人はそっぽをむく。だからお金がかかってもこういうアプローチが必要なんだ」と言います。気象や気候分野の支援には機材の導入が不可欠なので、受益側が導入された機材をプロとして運用できるかが持続性のポイントになります。そのためにはとにかく効果的な人材の育成が重要だと思います。

リビアではまた、かなり複雑な新しい気候のデータ管理システムを導入したことがあります。若い職員たちが自分たちでプログラムをいじって、そのシステムを開発したフランス気象局とカスタマイズに関する議論を重ねた結果、このシステムは非常によく維持・運用されています。ここからわかるのは、短期的かつ一方的に支援を行うのではなく、より長期的かつ定期的なコミュニケーションが必要だということでしょう。日本にはこのようなリーダーシップを期待します。

Q. 日本の気象分野での国際貢献をさらに活性化するために必要なことはなんでしょう。

日本は気象や気候の分野で世界のリーダー格なのに、途上国のために一肌脱ごう、という人がなかなか出てきません。人材がありながらもそれを十分に活用できていない気がします。気象分野に関して日本は今までアジア太平洋地域で多大な貢献をしてきました。バングラデシュの気象局長官は日本をたいへん頼りにしていますし、日本人のJICA専門家の方々も現地に技術移転後の運用を定着させるかを常に考えています。私の知っている専門家の方々も生活環境が悪い中がんばっています。定年退職したあとでもいいので、ぜひ少しでも国際協力活動に参加してくれればと思っています。

途上国では、グランドデザインをどのようにつくり、どう近代化していくのかの道筋を考えるのが難しい。アフリカの気象局から日本の気象庁に見学に来ても、彼ら自身の気象局とあまりにレベルが違うので、「すごい」としか言いようがないと思います。結局、援助してくれる国があげたいものをもらうだけで、有機的なシステムをつくれない国もあります。そういう意味では各国の気象局長官のアドバイザー的人材を日本が提供できたらいいですよね。日本人に来てアドバイスをしてほしい、という要請はアジア太平洋のみならず、アラブ地域でも色々なところで聞かれました。

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Q.最後に地球規模課題に取り組もうと思っている次世代を担う若者へのメッセージをお願いします。

専門性、現場を見ること、幅広い人と話すこと、この三つが大事だと思います。

まず専門性。例えば気象や気候変動に関する分野なら、そこで日本の代表になるくらいの意気込みが重要です。どんなに狭い分野でもこのことなら彼・彼女に聞け、というような専門性が国際的に活躍する上で大事です。また、実際に各専門分野で日本には優秀な人がいますが、日本の役所の慣行だと人事異動が頻繁なために、彼らが国際社会で活躍し続けられる機会がなかなかありません。現在の日本の人事制度では、国際社会に人を売り込むのが非常に難しいと感じています。

ただし専門性だけあっても駄目で、やはり現場を見ることが重要です。まず途上国に行って観測や予報を出すインフラや担当する専門家のレベルを見ること。そして国民がどんな暮らしをしているのか、肌で感じることも重要です。現場に行くことで、書類だけでは分からないことが分かります。具体的な発展プランのイメージが浮かびますね。フィールドにずっといればいいわけでもありませんが、特に若いうちに現場をぜひ見てください。今は、テレビやインターネットで情報は入りますが、実際に現地の風を感じるのとは大きく違います。現場を皮膚感覚で理解しながら、テレビやインターネットで情報を補完するのがいいのではないでしょうか。

また、自分は特定の分野に関わっていても、それ以外の分野の様々な人と話をすることが大切です。気象データの交換は割とスムーズなことが多いのですが、特定の国同士の間でデータの交換をしたがらない事例に遭遇します。国同士の外交関係が大きく関係するからこそ、国際政治、地理、歴史というものは頭に入れてコミュニケーションを重視する必要があります。

WMOは各国の気象局出身者が多いので専門性は高いものの、組織が狭い目的意識に執着しているのも事実です。ですからもうちょっと別の視点からも物事を見ることが必要でしょう。例えばブータンでもネパールでも、アジア・モンスーンに興味がある人はいるけれど、研究者の間で研究計画と途上国支援という線が必ずしも相乗的に連携していません。将来的には専門性を持ちつつ、幅広い分野の人と有益なコミュニケーションを取れる人がより重宝されます。若い方には専門だけにとらわれず幅広い方と話してほしいですね。

2012年2月21日 ジュネーブにて収録
聞き手:諏訪理
写真:瀬戸屋雄太郎
プロジェクト・マネージャ:田瀬和夫
ウェブ掲載:斉藤亮