第69回 玉内みちるさん UNICEF本部 人事部 New Emerging Talent Unit
プロフィール
玉内みちる(たまない みちる):ハンボルト州立大学フランス語・異文化間コミュニケーション科卒。アリゾナ州立大学で国際コミュニケーション学をそしてハワイ大学大学院で文化人類学を学ぶ。ソロモンブラザース投資銀行で人事・総務に携わり、米国コンサルティング会社にてコンサルティング活動に従事した後、ハワイのシェラトンホテルグループにてトレーニングディレクターとして国際人材育成に携わる(1995-2000)。その後、フィリピンのWHO(世界保健機関)地域事務局にて人材育成担当官、インドネシアのユニセフ・カントリーオフィスにて人事担当官を歴任(2000-2005)。ニューヨーク国連本部の人材開発担当官として国連の過小代表国問題に取り組んだ後(2005-2007)、2007年より現職のユニセフ人事部にてNew Emerging Talent Unitを担当。
Q. まず国連で働くことになった経緯を教えてください。いつごろから、どうして国連で働こうと思ったのですか?
海外育ちの両親に文化や言語がいかに大切かということを教えられて育ちましたので、漠然とですが、将来は国際的な仕事がしたいなと思っていました。中学生の時に犬養道子さんの「人間の大地」を読み、世の中には自分の知らない貧困の世界があるのだということに衝撃をうけ、同時に、開発という仕事には国際機関が重要な役割を担っていることも知りました。また、ちょうどそのころ朝日新聞の記事で、日本は国連に出している拠出金に比べてその職員の数が少ないという記事を見つけて、それはたいへんだなと思ったことを覚えています。
大学進学の頃は環境問題に興味がありましたので、環境分野を勉強しようと思って米国の大学に進学しました。ところが、国家を超えた対話が必要な問題に取り組むには、相手を理解し、自分の意見を伝えるためのコミュニケーション術を持っていないと、問題を解決するどころか、逆に誤解を生じてしまうこともある、という事例を知り、非常に驚きました。この経験から、コミュニケーションの分野についてもう少し勉強してみようと思い、大学では異文化間コミュニケーションを専攻することになります。卒業後は、東京の外資系投資銀行での人事・総務の仕事を経て、米国のコンサルティングファームで、日米企業の合併交渉や経営陣を対象とした異文化コミュ二ケーションのコンサルティング(組織文化変革、知識移転など)に携わりました。日米双方のマネージャが文化の異なる職員をどのように管理し、いかに評価をするかなどをアドバイスするわけです。当時は、企業間でも国家間でも、双方で合意されたと思われたことが、実は相手はそうは思っていなかったという話がよくありましたね。
その後、ハワイのシェラトンホテルグループに移り、トレーニングディレクターとして国際人材育成に携わります。多様性を理解し促進するためのプログラム、部門間を越えたリーダーシップのためのプログラムなど、いろいろな人材育成手法を手掛けました。また、ハワイは特に日本人の観光客が多いので、日本語教育もやりましたし、障害者の方の立場になって体験する訓練方法などソフト面にも重点を置きました。ハワイのシェラトンホテルでは従業員に「異文化」というコンセプトを体系的に教えています。各部署でしっかりとした視野を持ったリーダーを一人ひとり育てていくことが、ゆくゆくは企業全体のレベルを押し上げ、組織全体がうまく機能することにつながるということを熟知していて、マネージャに限らずいろいろな分野・レベルでのリーダーを発掘し・育成しようとするわけです。ここでの経験は、自分の手がけた人材開発やプロセス改善のプログラムが、組織の変革につながっているということを多いに実感する毎日で、非常に面白く、すっかり人材開発の仕事にはまりましたね(笑)。
ところが、ハワイで働き始めてしばらくして、ふと昔思い描いていたように、国連で働いてみたいなと思うようになったのです。そこでインターネットで検索してみたら、偶然、世界保健機関(WHO)の人材育成担当官のポジションに空席公募があって、試しに応募したらインタビューに呼んでいただけました。そこでは面接をしてくれた5人のマネージャが全員口を揃えて「民間企業から来ると国連は官僚的な組織で驚くと思うが、やっていけますか?」と心配してくれました。しかし、かえってそんな組織の中をのぞいてみたいなという気持ちがおこり、WHOのオファーを受けることにしたわけです。ちょうどそのころ、WHOでは民間企業の評価方法や人材開発の方法を採り入れながら内部の組織改革を行っている最中でしたので、まったく違う業界からの転職でしたが、WHOが求めているニーズにも合って、自分としても、今まで身につけた人材開発の経験や能力をすぐに活かすことができて、非常に幸運なスタートでした。
Q. その後、ユニセフの国事務所で人事担当官としてご活躍されましたが、どのようなお仕事でしたか?
WHO地域事務局にいた時に、次は人事の全ての領域を任されるカントリーオフィスで仕事をしたいと思い、現場重視で定評のあるユニセフに応募しました。そこでは、インドネシア事務所の人事担当官として、各プログラムをサポートし、必要な職員やコンサルタントの配属を決め、一方で保険や給与計算などもやりましたし、職員のキャリア開発も任されるなど、人事のほぼすべての側面を経験することできました。それに、カントリーオフィスでの仕事は、その国で何がおこっているかを、間近に見ることができてとてもやりがいがあります。でも、2004年12月におこったインド洋大津波ではじめて緊急支援を経験したときは、さすがに、毎日寝る暇もないほどたいへんだったのを覚えています。ところが、緊急支援を開始してしばらくしたある日、現地の人が私に近寄ってきて「ありがとう」と声をかけてくれたんです。彼らは、我々の援助の様子をずっと見てきて、国連の援助に対して感謝の意を示してくれたのです。この瞬間「この仕事をやっていてよかったな」と心から思いましたね。
Q. ニューヨークに移られてからはどのようなお仕事をされているのですか?
国連に入ってからずっと現場をみてきたので、つぎは政策側を見てみたいなというのが希望でした。国連内でも積極的に人事改革を行っていましたし、過小代表国問題(拠出金の割合に対して職員数が少ない国の問題)の改善案が可決されたばかりだったため、ニューヨークの国連本部で2年ほどこれらの課題に取り組みました。特に日本人として私ができることは、高い素質を持った日本人職員を育て、国連の仕事に早くから目を向けてもらえるように取り組んでいくことです。日本人は語学の問題や自己表現の方法の違いなどから、普通に欧米人と競争すると、マネージャのポジションにいきなり採用されにくいのが事実です。ですから、時間をかけて素質のある人を発掘し、日本人職員数を増やすようにしてきました。
現在は、ユニセフ本部の人事部で、素質のある人の発掘・育成・確保しておけるプログラム(Global Talent Management Initiative)の立ち上げに取り組んでいます。いざ人が必要という時に、ただ人を補充するだけでなく、必要な職能に合致する、高い能力と意欲を兼ね備えた人を充てるようにしていかないと、今後の国連の人材開発は行き詰まってしまいますからね。このプログラムは、提示された将来の仕事をやりきれる能力があるかを測り、才能を発掘し、リーダーとして育成し、将来の有用な人材を開発していこうという取り組みです。
まだ、枠組みを検討中なのですが、日本企業で行われているジェネラリスト育成のような、システムを取り入れるのもよいかもしれませんし、部門間のローテーションで、相互理解を促すようなプログラムも効果的だと思います。一方、国連では、いままでその人の経験をベースにして、専門家として採用する方法をとってきました。そのため、国連には高い学歴と高度な専門性を兼ね備えた優秀な人が多くいますが、組織の構造上、専門家として細分化された仕事に閉じ込められてしまうため、リーダーシップの潜在能力を開発する機会に恵まれていないひとが多いと感じます。もっと、いろいろなタイプの仕事を任せることで、より多くのスキルを磨いていけるはずです。しかしそのためには、職群を超えた応募や評価が可能な、しっかりとした人事体制が必要となりますので、私たちがやるべきことまだまだ山積みです(笑)。
Q. 国連に入られてから、いままでで一番たいへんだったことは何ですか?
仕事以外にも、個人的には、子育て、母の介護、夫と離れた単身赴任生活をしているので、日々の役割が多くてたいへんです。赴任先での子どもの教育や、両親を赴任先へ同伴させることなど、考えなくてはならないことが、仕事以外にもたくさんありますが、国連の支援体制に助けられて、なんとか今までやってこれています。
Q. これからどのようにキャリアアップしていきたいですか?
そうですね、私は異文化の中で、現地の人と意思疎通を図りながら組織をまとめていくのが好きなので、もう一度フィールドへ戻ってみたいですね。また、今後はプログラムを作るだけでなく、実際トレーニングをするほうにも回ってみたいなと思っています。国連の中でも、地域事務所、カントリーオフィス、本部を経験してきましたが、これからもいろいろな組織を回り、組織を変革するための、最優良事例を見つけていきたいと思っています。
Q. 国連が貢献できること、また日本が貢献できることは何でしょうか?
各国がいろいろな問題を抱える中で、どんな分野でも優良事例をみつけて、それを国の政策に組み込んでいくように提言していくのが国連の役割だと思います。一方、日本が貢献できることは、開発分野でグローバルに活躍できる素晴らしい人材を潜在的に多く抱えていることです。現場の声を聞き入れて、プロセスを改善していくのは日本人の得意な分野ですし、事業の縁の下の力持ちにもなれるので、日本人は本質的に開発分野で活躍するグローバル・マネージャとして高い素質を兼ね備えていると思います。
Q. 国連で働く醍醐味はどんなところですか?また日々心がけていらっしゃることは何ですか?
いろいろな国の人と働けることでしょうか。また、ユニセフは子供たちと女性の人道支援という組織の目的と使命が明確なので、自分の価値観にあった仕事ができるという面でも非常にやりがいがあります。日々心がけていることは、ネガティブなこともポジティブにとらえることでしょうか。国連で働くということは異文化の中で働くということですから、人との摩擦など日々ストレスに感じることや、チャレンジングなことも少なくありません。しかし、困難な時のほうがかえって多くのことを学べる場だと思いますし、そんな時は自分をすこし客観的にみることで乗り切っています。
Q. これからグローバルに活躍したいと考えている若い人たちにメッセージをお願いします。
専門性、マネジメントスキル、語学など、あった方が良いことはたくさんありますが、何よりも自分の熱中する分野を見つけて、その分野をとことん突き詰めてみるということが大切だと思います。活躍の場を見つけるには、人によっていろいろな方法や道があるはずですから、国連という選択肢一つに絞らずに、活躍の方法を考えてみるとよいかもしれませんよ。
Q. ところで週末はどのようにお過ごしですか?
大学時代は、合気道などの武術に熱中し、その後はインドネシア舞踊などで気分転換をしていたのですが、今までは、忙しくて遠ざかっていました。最近は気に入った道場をみつけたので、週末はそこで汗を流しています。
(2008年2月8日、聞き手:芳野あき、コロンビア大学公共政策院大学、幹事会で本件企画担当。写真:田瀬和夫、国連事務局で人間の安全保障を担当、幹事会コーディネータ)
2008年4月2日掲載