第23回 ジョグジャカルタ地震とスマトラ沖地震-大規模災害への国際社会の対応

2006年7月13日開催
於・UNDP

中村 俊裕さん
国連開発計画(UNDP)インドネシア事務所

写真①
第23回国連フォーラム勉強会資料

■1■ はじめに

テーマはアチェとジョグジャカルタにおける災害と復興支援について、国連の現場でどんな対応をしているのかについて話したい。Aid effectiveness, Harmonization, Simplificationの例としても面白いと思うので、そういう観点から聞いてもらえればと思う。

■2■ 災害の規模について

最近起こった大規模な自然災害の規模、具体的には死者数と被害額(米ドル)をまとめた。トルコ地震(1999年4月)は死者8,500人・被害額100億ドル、インドネシアのアチェの津波(2004年12月)は166,000人・50億ドル、ホンデュラスのハリケーン(1998年10月)は14,000人・47億ドル、インドネシアのジョグジャカルタ地震(2006年5月)は5,700人・30億ドル、インドのグジャラード地震(2001年6月)は20,000人・29億ドルとなっている。

■3■ 災害への緊急対応と復興支援

災害復興支援のパターンについてお話したい。災害支援には時間軸で大きく分けて短期の「緊急支援」中長期の「復興と長期的開発」という2つの段階がある。短期の「緊急支援」では、国連が中心になっており、国連の人道問題調整部(OCHA)と国連災害評価調整(UNDAC)が5-6人のアセスメントチームを現地に派遣し、チームは2,3日でレポートを作成する。それをもとに被害の概要、国際社会のサポートの必要性、予定のプログラム等を発表して資金集めを行う(フラッシュアピールと呼ばれる)。また、人道問題調整部が現場で様々に飛び交う情報を1か所に集める情報収集作業も行う。

以前との違いは、最近は、上記の短期的な対応に加えて、中長期的なフレームワークも確立しつつあることである。

中長期で行われる「復興と長期的開発」には、1)緊急アセスメントよりも精査された被害額アセスメント、2)5年程度の復興計画であるマスタープラン、3)様々なドナーからの資金額や支援内容などを把握するための情報プラットフォームであるDAD(Development Assistance Database)、4)様々な資金源からの資金を一つにまとめて同一の基準で分配する「マルチドナートラストファンド(多国間基金)」創設などが含まれる。また、インドネシアは、短期の支援を行う国連と中長期の支援に積極的な世界銀行(WB)の協力関係が非常にうまくいった例である。

■4■ ジョグジャカルタ、アチェでの支援の全体像

ジョグジャカルタを例にとると、支援の段階は、大きく分けて1)緊急支援と復興計画期(災害発生後1-2ヶ月)と2)復興期(災害発生後2-24ヶ月)、の2つがある。

短期的な1)緊急支援と復興計画期の目的は人命を救助することであり、食糧供給、人々の避難、瓦礫の撤去、仮設住宅の整備などが行われる。また、この時期に既に復興計画作成に着手していることに注目してほしい。

2) の復興期は更にRehabilitation(2-12ヶ月)とReconstruction(7-24ヶ月)に分けられる。Rehabilitation期は「元に戻す」時期で、公共サービス、基礎的な社会サービス、基礎的なインフラ、住宅、心理セラピーなどの提供が行われる。Reconstructionは「災害前よりも良くする」時期であり、経済システム、運輸、通信、社会・文化的な復興、などが行われる。

アチェでの支援のフレームワークもジョグジャカルタとほぼ同じだった。違ったのはタイムフレームで、1)緊急支援と復興計画期が6ヶ月、2)復興期が3年半ほどあったことだ。

写真②

■5■ ECLAC 手法について

ECLACは自然災害の社会・経済、環境や政府部門への直接・間接的な被害を金額換算するための手法であり、国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(Economic Commission for Latin America and the Caribbean: ECLAC)で開発されたためこう呼ばれている。もともとは中南米で多発していたハリケーン被害を金額換算するために開発されたものである。実際に使われた例としては、98年のベリーズ・ドミニカの被害、99年のベネズエラの被害、01年のエルサルバドルの被害などがある。

ECLACの基本的な枠組みは、社会・インフラ・生産・全体的な影響、の4つのセクターに分けてそれぞれの直接的・間接的被害額を計算し、合計するというものである。直接的な被害額(damage)は、失われたものを買い戻す場合の金額である。例えば、パソコンが200台壊れたと言うことであれば、パソコンの台数掛けるパソコンの現在価値、というイメージである。間接的な被害額(loss)とは、例えばお店でパソコンを使って決済をしていた場合、パソコンが被害を受けたことによって途絶えてしまった収入などを指す。

4つのセクターに含まれる分野は、1)社会(影響を受けた人口、住宅、教育と文化、健康)、2)インフラ(エネルギー、上水・下水、運輸・通信)、3)生産(農業、工業と貿易、観光)、4)全体的影響(環境、女性、マクロ経済、雇用と収入)などである。

■6■ アセスメントの実際

アチェの例でアセスメントの実際を説明する。ECLACは国連の手法なので、政府の人にはあまり内容が分からない。そこで、インターナショナルチーム(WB、国連関係機関、アジア開発銀行(ADB)などで編成)とナショナルチーム(インドネシア政府職員で編成)を作り、協力して作業を行うことにした。

まず、どのようなセクターに分けてアセスメントをするかを決めて、セクターを10に分け、それぞれにタスクフォースを作る。個々のタスクフォースには、インターナショナルチームとナショナルチームの両方から職員が派遣され、協力し合って作業を行う。また、10のタスクフォース全体で一つの事務局を置く。例えば、ハウンジングのセクターであれば、インドネシア中央政府の計画省から3人、国際機関からはWBのインフラ担当者が1人とアジア開発銀行のインフラ担当者が1人、というようにタスクフォースを編成する。

また、インドネシアは分権化が進んでおり、特にアチェは特別自治区だったため、中央政府だけで物事を進められないという事情があった。従って、以上のタスクフォースをジャカルタに作っただけでなく、アチェでも同様に10のタスクフォースと1つの事務局を置いて、2つの地域同士でもコミュニケーションを取りながら作業を進めた。なお、ジョクジャカルタの場合は、地方は含まず中央だけで作業を進めた。

タスクフォース編成のプロセスも説明しておきたい。被害額を算定するためのセクターの分け方はインドネシア政府が考えたが、どの国際機関がどのセクターを担当するかはUNDPのレジデント・コーディネーターが調整した。各国際機関から、調整を希望するセクターを聞いたり派遣者のリストをもらい、それをまとめて推薦リストとして政府側に提出し、選んでもらうというプロセスだった。

なお、どのセクターをどの国際機関がリードするかについては政治的な思惑が付きまとう。ジョグジャカルタでは、社会セクターをADBが調整した。同様に、インフラセクターはWB・国連人間居住計画(UNHABITAT)・国際協力銀行(JIBC)、生産セクターはドイツ開発公社(GTZ)、セクター横断的な項目はUNDP、人道的インパクトを国連がリードすることで決まった。

■7■ アセスメント作業

私はアチェのガバナンスセクターのタスクフォースに参加した。毎朝7時に会議をし、それぞれのセクターが、データのアップデート、これまでの作業や今日の予定などを情報交換する。例えば、学校への被害は教育セクターと公共セクターのどちらで扱うかということを決めて重複を無くしたり、家一軒はいくらで換算しているかなどを確認したりする。レポートは10日程度で仕上げた。なお、アチェではWBがリーダーシップを取っていたが、ジョグジャカルタの時には、インドネシア政府が慣れてきたこともあり、彼らがリーダーシップをとった。

実際の作業は、人的被害であれば、「○○県の××地域で、死者○人、重傷者△人、軽傷者×人・・・」といった大量の生のデータがスプレッドシートにまとめられて送られてくるものを分析していく。実は、国連職員でこの種の数値分析に長けた職員が少なく、アチェでは国連の迅速な対応が難しかった。ECLACは国連のツールなのに、なぜ国連職員で使いこなせる人が少ないのだということになり、今後は国連職員のキャパシティービルディングが行われると思う。

■8■ Coordination、Harmonizationの手段について

Multi-donor Trust Fundの枠組みは、災害支援だけでなく、紛争後の平和構築などにも使われており、Donor coordination、Harmonizationの手段となっている。アチェでは、被害額予想45億ドルに対し、マルチ(多国間)やバイ(二国間)の資金約75億ドルがトラストファンドに集まった。トラストファンドを経由した支援は、あらかじめ重複を除いて無駄を無くすことができ、同じ基準で分配ができるのでモニタリングがし易いといったメリットがある。しかし、NGOなどは自分たちの資金に制限が付くことを嫌うので、結局集まった半分程度しか基金に入らなかった。今後の課題はNGOなどを含めて、もっとコーディネートできる金額を増やしていくことである。

また、WBとUNDPで「イー・アチェ・ドットコム」というウェブサイトを作り、どのような災害復興支援プロジェクトが行われているか、現場からの報告、調達情報、市民のコーナーなどの情報を集め提供していた。これは国連のDADがその後を引き継いだ。DADはトラストファンド以上の情報を把握することを目指したものである。担当者が、様々な機関に「プロジェクト内容と金額」「支出」などをテンプレートにしてメール等で尋ねたが、なかなか情報が集まらず、DADの内容が中途半端になってしまった。総額いくらがどう動いているかを把握するのは至難の業だった。以上、アチェとジョグジャカルタの例で、クライシス対応の実際とAid effectivenessの視点からお話した。開発とのリンケージもディスカッションできれば興味深い。

質疑応答

■Q■ UNDPのCrisis Preventionの部署が緊急事態のシナリオ作りをしていると聞いていたが、それは使われなかったのか。   

■A■  アセスメントは相手国政府に比較的受け入れられるが、中・長期的な復興戦略について国際機関のものを政府に押し付けることは難しい。アチェの例でも、UNDP、WB、GTZなどで作った復興・復旧のフレームワークを提示したが、政府のナショナルオーナーシップ意識の高まりの中でもあり、受け入れられなかった。やることは良いと思うし、徐々に手法が浸透すればよいが、それは今後の課題である。

■Q■ 実際に、ECLACに添った形でセクターごとに(資金やプロジェクトの)割り振りがなされるのか。モニタリングの問題は。   

■A■  ECLACでのアセスメント発表後、プランニング担当者が気を抜いてしまうということはあった。アチェでは、政府が中長期的な復興プランを作るためにチームを編成し直して長期プランを作ることにしたが、チーム編成、地方政府も入れるべきか、法律の枠組みをどうするかといったことに2-3ヶ月かかってしまった。官僚的な仕組みの中で中長期的な対応に遅れが生じてしまったといえる。

ジョグジャカルタのケースでは、アセスメントと計画作成の間に国際支援のギャップが生じてしまった。一方で大統領が期限を指定したこともあり、インドネシア政府の役人が必死にプランを作成していたことを記憶している。計画通りセクターに配分されるかは今後の課題である。特に、NGOが持つ支援額が大きい場合は難しい。

写真③

■Q■ 緊急支援から中長期の復興支援にどうつなげていくかについて知りたい。アチェの場合、2005年までの緊急支援に十分な資金があったが、2006年以降の資金、とくにマルチで集まらないということを聞いているが、緊急支援と中長期の支援の財源のギャップを現場にいてどう感じるか。中長期的に資金を集めるためのアピールはしているか。
また、インドネシアでの人道支援と中長期の支援のパターンを他国でもできるのか。できるとしたら、UNDPが音頭をとるのか。システムとしてどんなものが有り得るとお考えか。    

■A■  被害額換算後、ドナー会議を行い資金を集めることが多いが、2年以内に使うようにといった制限が付くことはよくある。各国が資金を捻出する際、議会に対して「緊急支援のために使う」と説明することが多いためだ。UNDPの場合、1.3億ドルを2006年末までに使うことになっている。その後は、トラストファンドの500億円を使うことになる。期限は無く、UNDPは既にそこにプロポーザルを出したり、各政府に直接掛け合っている。アチェへの支援金額は足りていると思うが、中長期の支援についてまたアピールをするのもいい考えだと思う。

リーダーシップの発揮については、中長期支援については政治的になる。どの機関が何をやるかを議論し始めると収集がつかないので、どこが早く対応できるかというデファクトで決まることになるだろう。今のところは、初期の対応はOCHA、中長期はWBとなっている。国連で人道支援に人材が投入されている間に、WBはECLACのリソースパーソンを政府に派遣して手法の説明をしている。国連は人道支援が先なので仕方がない面もあり、直されない限りこの状態が続くと思う。いずれにせよ政治的な要因から、WBは国連に声をかける。国連がデータを使える人材をもっと育てる必要があるだろう。

■Q■ プラニングプロセスについて、アチェで6ヶ月、ジョクジャカルタでは1-2ヶ月だったのはなぜか。経験を積んだためか、規模が違うからか、あるいは何ヶ月以内などと決められていたためか。   

■A■  最初はジョグジャカルタのほうが規模が小さいから2ヶ月程度か、という感触だったが、実際には被害額がアチェの75%にも達したので、後から焦ることになった。科学的に決まっているものではない。

■Q■ なぜジョグジャカルタの被害額はアチェの75%にもなったのか。アチェ支援の場合、アチェとジャカルタの2チームを作ったときの効率性はどうだったか。   

■A■  住宅被害の違いが大きい。ジョグジャカルタの方が一軒辺りのコストが高く壊れた数も多かった。ジョグジャカルタの被害額の70-80%は住宅である。

効率性の問題はあまり無かった。アチェは歴史的な背景や国際社会を閉ざして来たことなどもあり、キャパシティの面でも低かった。ジャカルタが手伝って終わらせたが、ミスコミュニケーションはなかった。

■Q■ 被害額算定の際、反政府勢力からの干渉はなかったか。   

■A■  プラニングについての干渉はほとんどなかった。ただ、人道支援の際は、津波被害にあった沿岸地区とガム支配地域が重なって大変だったと聞く。

■Q■ プライベートセクターの活躍(資金の援助以外)について教えてほしい。   

■A■  UNDPとの協力の例だが、会計コンサルティング会社のデロイトが人を無償で派遣してくれ、モニタリングのフレームワークをお願いした。石油会社のシュランバーガーが800台のコンピューターを寄付したが、実際には法規定が折り合わず実現しなかったようである。また、コンサルティング会社のアクセンチュアが無償で人材を派遣してくれたので、サプライチェーンのプロセス分析(農民の収入を増やすため、農作物の供給者から消費者までの流れを改善)を担当してもらい、それは今でも続いている。

写真④

■Q■ 国連は、民間企業からの寄付を募ることはあるか。   

■A■  UNICEF、UNHCRなどは積極的にやっているが、UNDPは始めようとしている段階。UNDPのやっていることが企業に分かりにくいこともある。UNDPはGrowing Sustainable Businessへの民間企業の巻き込みを考えている。

民間企業と仕事をする時には、1)寄付をもらう、2)ビジネスをしてもらう、という2つがある。寄付の場合はシンプルにもらっておく。ビジネスをさせる場合は、例えば、食品・家庭用品会社のユニリバーは、シャンプーなどを小さなケースに入れて地元の人が買える安い値段で売った。企業にとっては市場が広がり、消費者は安く使いたいものを使えることになる。このようなモデルをITやマイクロファイナンスなどに広げようとしている。関連部署と協力して、日本の企業を巻き込むことを考えている。

■Q■ クライシス・マネジメントでは、緊急援助・プランニング・評価などを公的機関(国際機関や政府)が担当し、復興・復旧については民間企業やNGOも積極的に参加してもらい、裾野を広げて協力していくことが必要だと考える。アメリカの警備保障会社がイラクで活動するといった例もある。公的機関がコーディネートを行い、民間の活力を復興に生かしていくというやり方は、今後のトレンドになるとお考えか。   

■A■  アチェではそれが鮮明になった。国連機関や政府では対応しきれず、NGOが入ってきて支援を行った。民間企業が協力に興味を持ち始めており、今後も広がると思う。ただし、援助の実際ではアグリーメント、レポーティングなどの方法が定まっていないため、時間がかかるだろう。支援の規模は小さく、援助での事務的なやり取りにまだ慣れていないという現状を克服できれば企業の活躍も広がると思う。

■Q■ 企業が調達に参加する場合、透明性と競争が必要になる。民間企業が支援にビジネスで参加する場合も同様ではないか。無償であればできるということか。   

■A■  報酬を払うのであれば調達の範疇になる。先ほどのデロイトの例では、4ヶ月間の20人のコンサルタントの無償派遣により、500万ドルの支援だった。その後に引き続きビジネスとして入りたいといわれたが、国連では、コントラクトを結ぶ場合はオープンビディングを開くなどして気を付けている。

ただ、市場で名が通っている企業とは、2年程度の中長期的契約をする。それにより、事務作業の手間を省き効率性が増す。ただし、癒着しないよう、定期的な見直しをする必要がある。

■Q■ 被害額の計算で、lossについては、それを実行するための人件費を足すとすると必要な支援額とは違いが出てくるが、どうなっているのか。   

■A■  ご指摘の通り、計算はReplacement cost(再建築価格)のみである。100万円の家を立て直すにしても、地震対策をしようとかそのための法律も整備するといったことになれば、当然もっと費用がかかるが、それはカバーされていない。その計算の専門家はまだいないようだ。現在はReplacement costプラスアルファーのベンチマークとしかなっていない。ロジックは弱いと思う。

担当:谷、古澤