第44回 「日本とアジアから世界の平和構築に如何に貢献すべきか-現場での取組、知的貢献、そして人材育成-」
紀谷 昌彦さん
外務省総合外交政策局国際平和協力室長
2007年11月15日開催
於:ニューヨーク日本政府国連代表部会議室
国連日本政府代表部/国連フォーラム共催 合同勉強会
■ はじめに
現在平和構築について、政府関係省庁や実施機関、国際機関関係者、NGO、大学や民間企業など様々な組織・分野の方々の間で議論がなされている。平和構築の実践には、裾野の広い支持と協力を得ることが不可欠であり、その文脈において、NYでの関係者は不可欠のパートナーである。来年3月には東京で第一回平和構築シンポジウムを開催予定であり、どのような切り口で取り組み、どのようなメッセージを発信するかについて、現在関係者と検討を進めている。本日の勉強会での議論も、是非参考にさせていただきたい。
■1■ なぜ今平和構築なのか
冷戦後、世界では内戦が多発し、人道危機やテロなどの諸問題が発生するとともに、国連PKO等が拡大する中、和平・治安確保から復興・開発までの包括的な取り組みとしての平和構築が必要になってきている。これは、国連をはじめとする様々な国際機関やフォーラムでも大きな課題となっている。
日本にとって、平和構築は、日本自身の安全保障環境の改善につながるのみならず、国際社会のリーダーとして世界の課題に取り組む責務があるという意味で重要だ。さらに、日本は歴史的に平和への愛着を持つ国でもある。日本国民には「世界平和のために何かしたい」という思いがある。明治の開国、そして第二次大戦での被爆体験を経て、戦後の復興と経済発展を果たしてきた国としての経験を生かして、日本がアフリカをはじめとする諸国での内戦や、内戦と国際紛争の複合形態といった非人道的状況等にどう貢献していけるかは、大きな課題である。これは、「平和国家日本」の新しい旗印となり得るものである。
来年、日本は引き続き国連平和構築委員会の議長国を務めることに加え、5月にはTICAD4、7月にはG8北海道洞爺湖サミットも開催される。平和構築は、いずれにおいても重要な議題の一つとなり、日本はそういった国際的な場での議論をリードする立場にある。その意味で、今このタイミングで平和構築への取組を強化することには大きな意義がある。
■2■ 平和構築における日本の強みは何か
平和構築は、要員の派遣に関わる各種の制約や安全基準の問題等から、日本が一番苦手とする分野だとする声もある。実際、平和や紛争の分野には国民の複雑な感情がある。他方、平和に愛着を持つ日本が、平和構築という、現実に日々多くの人々が犠牲になっている課題について、遠くからお金を出す形でしか貢献できない、というわけではない。平和構築には様々な切り口があり、和平プロセスの促進から復興開発に至るまで、日本が側面支援できることはたくさんある。
第一に、治安の確保と法の支配の実現である。日本は小型武器、地雷対策にはお金も人も出して貢献している。また、紛争国が現地の文化を維持しながらグローバル化に対応するためには、法整備が必要であるが、日本は過去の経験もあり、この分野で支援を行うノウハウを持っている。
第二に、コミュニティの再建と人間の安全保障である。日本は人間の安全保障の旗ふり役を担い、パートナーシップを推進してきた実績がある。様々な支援のツールを活用しながら、今後とも積極的に広めていく考えである。
第三に、和平合意からの国づくりと行政能力強化である。特に人づくり・国づくりは、長年日本が自らの経験を生かして取り組んできた得意分野である。日本は、自国の発展の経験を生かし、相手の国の人たちと一緒に汗をかき、試行錯誤しながら進めていくという方法をとってきた。また、開発途上国同士が相互に協力し合う南南協力についても、日本が先頭を切って側面支援を行ってきた。
第四に、雇用の確保と経済成長の促進である。除隊兵士をはじめとする若い失業者の雇用を確保することは、紛争後の社会の中で非常に重要な問題である。日本は、インフラ整備の重要性を身にしみて感じている国であり、円借款などのツールも活用したインフラ整備を通じて、経済成長を推進することに強みがある。また、日本企業をはじめ、ビジネスとの連携も、現地社会の平和構築に大きく貢献するものである。
このようにして見ていくと、日本は平和構築に必要なツールを全ての主要分野で持っている。平和構築を日本の強みとして打ち出していく可能性は大いにある。そのためには、他の国や国際機関にはないどういった強みを日本がもっているか、改めて見直し、認識を新たにすることが重要ではないかと思う。
■3■ 日本は平和構築にどう取り組むのか
2006年8月、外務大臣が初めて平和構築についての演説を行い、現場での取組、知的貢献、人材育成の3本柱を日本の新たな方針として打ち出した。去年から今年にかけて、これが着実に進んでいる。
まず、現場での取組については、安全基準・安全対策が引き続き大きな課題であるが、国際平和協力活動の本来任務化、中央即応集団の編成等、制度面での整備が進んでいる。更に、国連PKO等への要員派遣として、東ティモールへの警察要員の派遣、ネパールへの武器監視要員の派遣が新たに行われた。また、近年では2003年にはODA大綱に、平和の構築が重点事項の一つとして盛り込まれ、これも踏まえ2005年にはコンゴ民主共和国の警察支援のための南南協力を行うなど、支援アプローチの多様化に向けて様々な工夫を行っている。このような取組には、基盤としての現地機能の強化が極めて重要であり、様々な方策が具体的に進められている。
第二に、知的貢献については、日本には様々な経験や知見はあるものの、それを如何に整理・深化して対外発信していくのかが大きな課題となっている。日本の貴重な知的リソースを、政策面での骨太の方針につなげていく必要がある。そのためには、日本の強みを見据えて、学術面で国際的に信頼されている政策研究と、実際の資金手当も伴う実践との合わせ技が求められる。
第三に、人材育成については、優秀な人材を育成しても、育成した人材が卒業後に就くポストが十分になく、これを確保することが大きな課題となっている。平和構築に携わりたいと思い、修士まで取っている日本人はたくさんいるが、なかなかその分野での就職先が見つからず、志半ばで他の道を進む人もいる。人材育成は、キャリア支援との合わせ技が不可欠である。今般の平和構築人材育成パイロット事業では、人材育成のみならず政策研究・キャリア支援のハブ形成も視野に入れている。本事業の日本人研修員には、数名程度、JPO相当の国際機関派遣支援を行うこととしている。国内研修は、9月半ばから10月末まで行われ、現在、日本人15人、アジア人14人の研修員の多くが海外研修中である。この事業は、昨年から今年にかけて、相当なハイペースで進めてきたことを自ら実感している。更に、関係省庁連絡会議等を通じて政府一体の取組も推進している。また、日本のみならず、アジアやアフリカの人材育成も視野に入れて事業を実施している。
■4■ 日本とアジアから世界の平和構築へ
現在、来年3月に平和構築シンポジウムを開催する方向で準備を進めている。研修員が海外研修から戻ってきたタイミングで、ASEANをはじめとするアジアのパートナーの協力等を得つつ、日本・アジアから世界の平和構築へ知的に貢献し、実践を通じて広めるという試みである。
なぜアジアかといえば、アジア各国・地域から豊富な事例が出てくるのみならず、より持続可能で付加価値のある取組になりやすいという認識からである。また、アフリカにも開かれた形で進めたいと考えている。アジアの研修員が日本とともに世界で活躍する手伝いを日本がする、アジアの様々な知見と人材を生かすためのプラットフォームを、日本が縁の下の力持ちとして提供するという形でやりたい。
現時点では、例えば"Peacebuilding Experience and Wisdom from Asia to the World"といったテーマで、アジアにおける様々なベスト・プラクティスを取り上げ、世界に広めたいと考えている。以後、毎年開催し、平和構築を巡る世界の取組にアジアから付加価値を提示するとともに、日本が率先実行により範を示し、実践と発信の相乗効果を実現したい。このような場で、いかなるアジェンダやメッセージを打ち出していくか、どのように持続・発展させていくかについて、皆様のご意見を伺いたい。
関連リンク
- 席上配布資料「平和構築分野の人材育成のためのパイロット事業 http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/peace_b/pdfs/pj_gaiyo.pdf
- 外務省・平和構築ウェブサイト http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/peace_b/index.html
- 広島平和構築人材育成センター(HPC)http://www.peacebuilderscenter.jp/index_j.html
質疑応答
■Q■ 日本が7月に国際刑事裁判所への加入書を寄託した時は、ネパールでも、日本が今後アジアにおいてICC加盟を推進してくのでは、と日本の指導的な役割を歓迎・期待する雰囲気があったが、今後具体的に、法整備支援をどう進めて行く方針か。
■A■ 我が国は、本年7月、「国際刑事裁判所に関するローマ規程」の加入書を国連事務総長に寄託し、10月から正式にこの規程国の加盟国となった。ICCをより普遍的なものとするために、他のアジア諸国等の加盟を促していきたい。我が国は、最大の分担金拠出国として、同機関の効率的・効果的運営を推進するとともに、刑事法・今後の法整備支援の分野においても、「侵略犯罪」の定義を巡る議論等、国際人道法に関する規範作りへの積極的参画や、裁判官をはじめとする日本人職員の輩出等を通じて、同分野について積極的に貢献していきたいと考えている。
■ Q ■ ネパールのマオイストの軍は、素人軍団に武器を持たせたようなレベルの要員もおり、武器管理が始まった段階での国連からの質問内容はあまりにハイレベルであったという問題があったとも聞いている。日本から派遣されているミッションには、文民による派遣も含まれているのか。
■A■ 自分もネパールの現場を見てきた。PKOや政治ミッションにおける文民の役割は、非常に重要である。ネパールの場合も日本人は数人いるが、まだまだ少ない。一般論ではあるが、アジアを対象とする活動に関わるポストでも、積極的に応募してくるのは欧米の人が多く、アジアの人は少ない状況との話を聞いた。このようなギャップを正していきたい。また、紛争直後に支援が立ち上がる際には、国連職員の中から、個別の行政分野については十分な経験を持っていない文民が統治、アドバイスに関わる場合もある。専門的な経験・知見を有する実務者が活躍できる余地は大きい。
■ Q ■ JPOの予算、規模が減少している中で、 人材育成事業が立ち上げられるのは望ましいことであり、今後の発展を期待している。研修員のバックグラウンドとしては、JPOと比べてどのような職務経験を持っている人が参加しているのか。 6ヶ月の研修機関で、実際に一人当たりどれくらい投資しているのか。また、派遣先の選定はどのようにして決めているのか。
■A■ 日本人は92名が応募し(応募者は女性が多い)、女性13名、男性2名が合格した。職務経験については、例えば、(a)メディア等での勤務経験のある人が、仕事を辞めて欧米の大学院に留学し、卒業直後に応募した人、(b)開発分野での長年の経験がある方々で、平和構築関連の活動の幅を広げようとしている人、(c)NGOで現場での経験があり、キャリアアップを目指して応募してきた人等のケースがある。本事業の費用は1億8千万円で、日本人研修員は、約10万円を各自負担している。派遣先とのマッチングについては、本人の関心分野を踏まえ、UNDP、UNICEF、UNHCR等の国際機関の現地事務所や、選挙・憲法支援などに取り組むNGOの現地事務所等を選定した。
■ Q ■ 平和構築において民間企業が果たせる役割にはどういったものがあるのか。
■A■ 持続可能かつインパクトが大きいという意味において、企業には本業を通じて貢献をしてもらうというのが一番である。リスクを見越してヘッジをかけつつ、平和を促進するような形で投資を行ってもらうのが最も有益である。また、最近では、日本の衣料メーカーのネパール難民へのフリース素材提供等、本業を生かしつつブランド価値を高めるという観点から平和構築に貢献するという事例も見られる。このように、ウィン・ウィン関係を育てていきたい。
■ Q ■ 平和構築に関しては、欧米諸国でも人材育成が既に行われていると思うが、日本の本事業の研修内容の欧米との違いは何か。
■A■ 欧米の研修機関には、紛争解決やDDRに重点を置いたコースも多いが、今回の事業の研修員の中は人道、復興、国づくり関係に関心をもっている人が多く、日本における各種の経験や事例も豊富なので、そこを手厚くしていくことも大切ではないかと感じている。いずれにせよ、今後、本事業独自の付加価値を付けていくことが重要であり、今後研修内容を一層強化していきたい。
■ Q ■ 平和構築と一言で言っても、紛争直後の治安安定前の状態から、開発への移行など様々な局面があるが、人材育成をするときに、どこの局面の平和構築を目指しているのか。また、日本やアジアからの発信を打ち出すのであれば、研修後は各機関に散らばるのではなく、それらの育成した人材を集めた一機関を作るというアイディアの方がよいのではないか。
■A■ 平和構築のどこの局面に絞るかについては、今回は初めてのパイロット事業ということもあり、比較的幅広く設定した。どのような局面で活躍する上でも核となるような「一般教養科目」を履修してもらい、様々な分野の人との繋がりを持てるような人材の育成を目指した。全般を理解し、平和構築の局面全般における相場感がわかるような研修内容という点で付加価値があったのではないかと思う。また、研修員には、それぞれの研修先から「現地レポート」をもらうとともに、現地の実務研修を踏まえた論文を執筆してもらい、将来履歴書にも記載できるようにすることも検討中である。これは、日本とアジアの視点を集約するという観点からも有用と考えている。
■ Q ■ 人材育成事業に応募時の年齢制限はあるか。
■A■ 本年度については特に設けなかった。本年度の研修員の日本人の最高年齢は30歳代、アジア人の最高年齢は40歳代であった。パイロットということで、幅を持たせるため、職務経験が少ない人も選考した。来年度以降については、平和構築の現場で将来的に働く可能性があるということに重点を置きつつ、本年度の結果を踏まえて、今後検討したい。
■ Q ■ 既に英国や米国では平和構築の修士課程はたくさんある。その中で、わざわざお金をかけて日本で新たに人材育成事業を行うというメリットは、日本から発信するという以外に何があるのか。
■A■ 海外の大学院で勉強したい人のニーズと重複しないように配慮している。例えば、修士号は取ったものの、現場に行くために更なる経験や人脈等のステップアップが必要な人を後押しする役割を果たしたいと考えている。
■ Q ■ アフリカ等で干ばつや環境問題等による紛争も増えているが、どういう要因で紛争が起っているのか、学術研究成果を現場での援助に生かす仕組みはあるのか。
■A■ 学術的な研究成果は、必ずしも現場で即座に活用できるわけではない。対象範囲を絞り、学術的に突き詰めた研究は、実務から見て費用対効果が少ない場合もある。他方、学者による各種の概念・事例の整理は実務者にとって有益であり、例えば「実務者用ガイド」といった本やペーパーを書いて頂ければ、多くの人に活用されるのではないかと思う。実践的な政策研究に向けて、研究者の知見と実務者のニーズを突き合わせながら協力することが求められている。
■ Q ■ アフリカに焦点を当てたいということだが、日本の国益を考えると、なぜアフリカかという疑問はある。その点に関する国民の理解はあるのか。
■A■ 2001年の森総理(当時)の演説で、アフリカは日本外交の試金石である、というくだりがあった。日本はアジアを中心とした地域国家なのか、グローバルな大国なのかという議論もある。日本が世界の中でどういう役割を担っていくことが日本の国益に資するのか、長い歴史を見据えて、戦略的に考える必要がある。今の日本は、世界の平和と安定の確保に積極的、主体的に関わって行く存在なのか、それともそのようなことは他国に任せて、自国とアジアに関心を持つだけで生き延びられる国なのかを考える必要がある。GDPで見た時、日本は世界の大国であって、世の中の公平感を踏まえれば、日本が世界に貢献しないという選択肢は、世界の多くの国との関係で、持続可能なものではない。日本国内で社会政策をやっているのと同じように、国際社会においても社会政策が必要である。日本の生存を確保する観点だけから見ても、国際社会における弱者に対して相応の貢献をしていくことは不可欠である。
■ Q ■ キャリア支援を大きな目標にしているのであれば、国がやる必要性は何なのか。ニーズを分析した上で、どこかのセグメントに戦略に特化してやる方がいいのではないか。
■A■ どのような事業内容とするのが日本の国益・役割にかなうかという観点から考える必要がある。応募者の研修ニーズを見極め、それに特化するというのは極めて困難な作業である。また、この事業には国内啓発効果もあり、平和構築に関する幅広い分野・ニーズを対象に研修事業を立ち上げれば、平和構築に対する国民レベルでの関心と理解が深まり、議論が進むことも期待される。研修事業、キャリア支援、知的貢献の組み合わせによるレバレッジ効果も狙っている。対象とする部面を絞ってしまうとそういう効果が少なくなる。以上のようなことも含め検討した結果、初年度は現在のような形となっている。今後、多くの皆様のご意見・ご示唆を踏まえて、一層効果的な事業になるよう工夫していきたい。
議事録担当:石塚