第81回 「ソーシャルビジネスと国連」
日時:2014年4月12日(土)20時~(NY)
2014年4月13日(日)9時~(東京)
場所:コロンビア大学 Mudd833号室(NY)
国立大学法人 政策研究大学院大学 (東京)
スピーカー:三木 貴穂氏(Berlitz Corporation 取締役上席副社長CFO)
大野 泉氏(政策研究大学院大学(GRIPS)教授)
■1■ はじめに
国連フォーラムではニューヨークと東京をつなぐ合同勉強会を、「ソーシャルビジネスと国連」というテーマのもと、ニューヨーク時間4月12日(土)20時からと、日本時間4月13日(日)9時から同時に開催しました。ニューヨーク会場では三木 貴穂 (みき たかほ)氏が「大企業での社会イノベーションの起こし方」というテーマで、東京会場では大野 泉(おおの いずみ)氏が「開発とビジネスによる価値共創」というテーマでそれぞれお話しいただきました。なお、以下の議事録の内容については、所属組織の公式見解ではなく、発表者の個人的な見解である旨、ご了承ください。
三木 貴穂 (みき たかほ)氏
Berlitz Corporation 取締役上席副社長CFO。2006年ベネッセコーポレーション入社、投資、M&A、子会社経営、海外戦略、新規事業を担当後、2012年よりソーシャルイノベーションを所管、社会的価値と事業価値双方にインパクトのある事業の立ち上げを主導。日本の民間企業初となるソーシャル投資ファンドを設定しインドの教育ベンチャーへ投資実行。2014年から現職。前職はUFJ銀行(現三菱東京UFJ銀行)にて、経営企画、投資銀行業務、国際銀行業務に従事。1995年Northwestern大学Kellogg校でMBA取得。
大野 泉(おおの いずみ)氏
政策研究大学院大学(GRIPS)教授。 JICA、世界銀行、JBICを経て2002年より現職。GRIPSでは、国際開発や民間連携、経済協力に関する政策研究・知的ネットワーク構築、政策提言等に取組む。現在、経済産業省「BOPビジネス支援センター」運営協議会座長(2010年度~)を務めるほか、JICAが支援する日本・エチオピアの産業政策対話チームのメンバー。主な著作として、『BOPビジネス入門―パートナーシップで世界の貧困に挑む』(共編著、中央経済社、2011年)等。米国プリンストン大学Woodrow Wilson SchoolでMPA取得。
■2■ 三木 貴穂氏の発表
2.1. ベネッセは「良く生きる」を体現する企業
Benesseという社名はベネッセグループの企業理念を表している。“Bene”は「よく」“esse”は「生きる」という意味。社員は社会解決の課題が好きな人が多く、このような基盤があったからこそソーシャルイノベーションの活動ができたのではないかと思っている。生活領域やシニア・介護領域なども手がけているが、売上高に占める割合が一番大きいのは国内教育事業。ただし、少子化の影響を受けることは避けられない。
2.2. 民間企業がなぜソーシャルイノベーションに取り組むのか
いくつかの要因がある。社会の課題が質・量ともに変化して臨界点を超えていること。そして、今世紀になって、特にリーマンショック以降、民間企業自身が従来の狭い資本主義の定義や利益最大化型のスタンスでは限界がある、という認識を持ち始めたことだ。ユニリーバのシャクティ・プロジェクトはそういった認識を持った企業の実践例。インドの農村地域の女性を販売員として育成し、既存の販売網では開拓が難しい地域に石けんや洗剤などを販売するとともに、女性の経済的な自立も促した。
また、IT技術、イノベーションの進展で、これまで大企業でしかできなかったことが、個人や中小企業、NGOでもできるようになり、彼らが積極的に世の中を変える仕組みに参加できるようになってきたことも大きい。それどころかNGOやNPOが、時には民間企業が出来ないようなイノベーションを起こし始め、影響力を持ち始めている。Teach For AmericaやKahn Academyなどはその一例だ。営利民間企業もぼやぼやしていると自分達の存在意義を問われることになってきている。
2.3. ベネッセらしいソーシャルイノベーションとは
ベネッセにとって、少なくとも向こう20年は子供の数が減るであろう事業環境にどのように対応していくかは大切な課題。成長と生き残りをかけて、ベネッセらしいイノベーションを起こしていく必要がある。
では、どのようなイノベーションを起こせるのか。ベネッセは日本というユニーク、かつ大規模な市場で事業を築いてきた。教育市場は国ごとに違うため、単純に日本で築いてきたビジネスモデルを海外に輸出するのは難しい。ただし、ベネッセは世界で最も厳しい日本の消費者に鍛えられてきたので、豊富なリソースを有している。このリソースを活用できるのではないかと考えた。
途上国でのソーシャルイノベーションへの挑戦は新しいノウハウを蓄積できるチャンスでもある。例えば新たな市場、ビジネスノウハウが手に入る。ベネッセを応援してくれる人が増えるかもしれない。人材の育成にもなる。このように社会的価値とビジネス価値の両方を追求し、持続的に拡大していけるモデル、すなわち共有価値の創造(Creating Shared Value : CSV)という考え方を追求していくことにした。
2.4. 持続性のあるソーシャルイノベーションモデルの実現
具体的にどのようなことを行ったのだろうか。これまで進研ゼミの会員に教具として毎年提供してきた顕微鏡などの教具がある。進研ゼミの教材は毎年改訂するので、教具も毎年バージョンアップする。そのためその年に制作した教具は次の年に持ち越せず、未販売分は処分されていた。NPO法人コペルニクと提携して、それまで処分されていた教具(顕微鏡など)をインドネシアの学校で活用してもらう方法を模索した。
実際にやってみると、インドネシアでは子供たちがそれまで顕微鏡を実際に使ったことがほとんどないので、ただ顕微鏡を渡すだけでなく使い方をきちんと教えないといけない等、多くの知見が得られた。また、活動を一度で終わらせない為に、進研ゼミの受講生に、努力賞ポイント(添削課題等を提出することでもらえるポイント。ポイントの点数に応じて努力賞プレゼントがもらえる仕組み)を寄付してもらい、そのお金で顕微鏡等の教具をインドネシアの子ども達に送る仕組みを作った。
これはポイントを寄付する日本の子ども達にもメリットがある。子ども達が社会問題や海外情勢に関心を持つきっかけにもつながるからだ。余剰在庫を活用しながら持続的なCSR活動の仕組みを整え、同時に新規事業の実験活動や進研ゼミのお客様への還元も実現することで、企業としてもビジネス上のメリットがある形に仕立てることが出来た。
2.5. 様々なベネッセ発のソーシャルイノベーションの取り組み事例
その他にも、日本の民間企業初、世界でも民間企業ではあまり例のないソーシャルインベストメントファシリティを作った。このファシリティは15百万米ドルの枠があり、2013年11月にインドのICT(Information and communication technology)教育を手がける企業に投資をした。この活動も、社会的課題解決に貢献する企業を応援すると同時にベネッセの新規事業領域拡大にも資する活動とし営利企業としてのメリットも追及している。このソーシャルイノベーションは引き続き取り組んで行く予定である。
また、NPO法人クロスフィールズと組んでインドネシアに若手社員を6ヶ月間の長期にわたって派遣した。ベネッセは日本というユニークな市場の中でユニークなポジションを築いてきたが、それが故にそのビジネスモデルを単純に海外に輸出するのは難しく、海外でビジネスを行う経験は限られていた。そのためこのプログラムでは、ベネッセの事業と関連が薄い分野で、途上国でビジネスができる人材を育成することを目指した。派遣された2名の若手社員は苦労しながら活動し、これをきっかけに新興国での教育の質の向上に貢献できるビジネスモデルを作ろうという気運が盛り上がった。
2.6. 民間企業の中でソーシャルイノベーションを起こすには
日本の大企業には、同質化の圧力や失敗しづらい雰囲気、クリエイティビティを発揮しにくい職場環境などがあり、イノベーションを起こしづらいと感じている人が多いように思う。確かにそれはその通りなのだが、同時に、「上司にうんと言わせる為に社内でどれだけマーケティングをしましたか?」とも思う。社会課題を解決したい、という声はよく聞くが、それだけでは不十分。肝要なことは、どのようにすれば社会問題の解決が自社の課題の解決にもつながるかを考え、きちんと伝えることである。そのためには、普段から自分の会社、上司などがどんな課題を抱えているのかを考えておく必要がある。
ソーシャルイノベーションは民間企業ならではのやり方がある。日本の企業は何でも独自にやりたがる傾向があるが、NPO等他の組織とコラボすることでより持続的な事業展開が出来る可能性がある。CSVは賛否両論あるが、CSVを行うことで民間企業でも得をする領域は多いはず。また、ソーシャルイノベーションを実現するために、社内で様々な立場の人達を説得する必要があるが、その際には経営者の考えを推しはかって、話をすることが大切である。
2.7. 質疑応答
質問:社内マーケティングが大切とのことだが、部長、課長レベルでない、平社員の立場からはどう働きかければ良いのか?
回答:提言内容が本当に面白くて会社に魅力があるものであれば、もし直属の上司が認めてくれない場合でも、別に認めてくれる人は絶対にいるのでそういう人を巻き込むこと。部課長レベルでももっと面白いことをやりたい人はいるはず。あなた次第でそういう人を巻き込むことができる。
■3■ ワークショップ
ワークショップでは、1.身の回りで解決したいと思う社会の課題、2.その課題に対して何ができそうか、講演で聴いた内容の気付きを応用するとどんなインパクトが出せそうか、についてディスカッションを行った。ニューヨーク会場では5つのグループに分かれ、また東京会場では6つのグループに分かれ、グループワークを行った。グループによって議論した内容は多岐にわたったが、どのグループも時間が足りないほど活発に意見交換・議論を行った。学生(中には高校生も)から社会人まで、さまざまなバックグランドの参加者層だったこともあり、多様な観点からの議論はどの参加者にとっても刺激的であったようだ。時間の制約上、ニューヨーク、東京会場ともに2つのグループから発表と共有を行った。
3.1. ニューヨーク会場
(1) ニューヨークグループ1
身の回りで解決したいと思う社会の課題としてグループ内で挙げられたものは、ニューヨークの傘が壊れやすい、日本人のコミュニティがない、エネルギーの問題が日本でも課題になっているが解決策が明確にないなど。その課題に対して何ができそうかについては、例えば、傘が壊れやすいという課題に対しては、Citi Bikeというニューヨークで実施されている自転車をシェアする仕組みを応用して傘のレンタルを行ってはどうか、エネルギーの課題に対しては、アメリカの新たなエネルギーに関する技術を日本にも紹介してもどうかなどが話し合われた。
(2) ニューヨークグループ2
それぞれの人のバックグラウンドから意見交換をした。利益追求意識の高い民間企業で働いていたので、ベネッセの理念や社会に対して良いことをしたいという意識を多くの社員が持っていることに対して新鮮に感じた。
3.2. 東京会場
(1)東京グループ1
そもそも「ソーシャルビジネスとは何か」という点に立ち返って、ソーシャルビジネスの定義やタイプについて議論が集中した。従来からのビジネスと同様に利益を生み出し分配金により投資家に還元するビジネスと、利益を出しても投資家には還元せず事業拡大に使うビジネスの2タイプに整理できた。
(発表者が)先日参加してきたバングラデシュにおけるグラミン(ムハマド・ユヌス氏が創設したグラミン銀行を始めとする多分野で展開されているソーシャルビジネス)の活動を視察するツアー(九州大学主催のSocial Business Exposure Program)では、後者のタイプのソーシャルビジネスについて学んできたが、日本ではその定義や範囲について整理されていない現状があるという問題意識から、ソーシャルビジネスとビジネスの境界線についても活発に議論した。
(2)東京グループ2
日本における社会問題として雇用問題を取り上げて解決策について話し合った。若者の就職難や企業内人材のアンバランスなど、昨今の経済状況や迫る高齢社会などの社会背景から、雇用問題は引き続き日本の社会課題だという認識に立ち、それらを解決しうるビジネスプランのアイデア出しを行った。
最終的なプランまではまとまらなかったものの、損失を出さずに収益を上げながら、社会課題解決という社会的利益も出していくソーシャルビジネスの立案・事業計画はそう容易には策定できないことを体感することができた。
■4■ 大野 泉氏のコメント
非常に説得力のある三木さんのご講演について、私自身が長く関わっている途上国開発・国際開発の観点からコメントさせていただきたい。
まず、グローバル化の進展により、開発とビジネスが接近しているなか、一つのアクターだけでは解決できない問題に連携して取り組む必要が出てきた。さらに、新興国が台頭し途上国が世界の成長センターになってきているという背景がある。途上国に流れる資金も民間資金が中心を占めてきていることを考えると、すでに見識者から指摘されているように、開発における民間セクターの役割もパイの拡大という「経済成長への貢献」から「共有価値の創造」に基づく新しいパートナーシップへと変化しているといえる。
長く途上国開発に携わってきたが、2009年から活発化してきた日本のBOPビジネスも新しい段階に入っており、今後さらに重要になってくるのは、あらゆるアクターを含めた現地でのパートナーシップだろう。国際機関やNGO等とのネットワークを構築する現地におけるプラットフォーム機能が重要である。
これまで研究・分析してきたなかで、主として、途上国における低所得階層を対象(消費者、生産者、販売者のいずれか、またはその組み合わせ)とした持続可能なBOPビジネス・インクルーシブビジネスにおける成功要因を整理すると以下の3点に集約される。
(1)経営戦略における提案事業の明確な位置付け
(2)経営層の強いコミットメント
(3)現地での強いネットワーク
(1)では、ア)社会性が経済性につながるルートの明確化、イ)社内ベンチャーの仕組みづくり、ウ)CSRの戦略的活用という発想が必要となる。このうち、ア)では、将来の成長市場、社内イノベーション、グローバル人材育成、企業イメージ向上、資金調達の多様化への貢献等の観点がありうる。イ)では、事業化を判断する根拠として、短期的な採算性だけでなく、長期的な双方向性(自社・現地)によるメリットも勘案できるような組織横断的な体制づくりや人材発掘・育成の仕組づくりが重要になる。
■5■ 田瀬 和夫氏講評
三木・大野両氏の発表はとても意義深かった。まず、これからは民間の資金が極めて重要な役割を果たすし、この傾向は今後もしばらく変わらないだろう。次に、世界の開発の中での民間資金には理念と利益の両方が必要。これからは理念がある民間資金は適正な利益をあげられることを実例として示して行かなければならないと思っている。さらに、現在の日本を見ると日本の国益に金銭的につながらないとだめだという風潮があるように思えるが、日本全体としてきちんと価値を出していくことが必要。そのためには、国の中・企業の中で我々自身がしなやかなリーダーシップを発揮し、それを次の世代につなげていく必要がある。
最後に、自分自身が人間の安全保障を10年行ってきた経験から、国連とビジネスという観点から重要なのはサプライサイド(援助する側)とデマンドサイド(援助される側)の一貫性をうまく確保することだと考える。ビジネスの視点から考えるとどうしてもサプライサイドに陥りがちになる。また、規模拡大に必要なバリューチェーンの創造や、人材育成、市場の整備、そして途上国政府の能力強化などは、これまで国連が60年程かけて手がけてきたことであり、その資産を使わない手はない。その意味で、今後は国際機関と民間セクターの有機的な連携が期待されている。
■6■ まとめ
国連フォーラムのNY勉強会班と国連とビジネス班の合同企画として開催した今回の勉強会では、国連とビジネス班における主要テーマの一つである「ソーシャル・ビジネス」を取り上げて、実際に組織内でイノベーションを起こし、社会的にもインパクトを出された講師の方の実例・体験に基づいて学んだ。東京側の講師の方からのコメントからも明らかなように、議論を整理する観点自体が多様で、同時にそれぞれの論点についてもさらに綿密な分析が可能であることを再認識した。
また、NYと東京をリアルタイムでビデオ会議によりつなぐことで、それぞれの会場に集まった多様なバックグランドの参加者どうしで双方向に議論を深めることができた今回の勉強会では、単発での開催にとどまらず、勉強会をシリーズ化することや事前に発表する記事と連動させたり、事後のフォローアップ体制を充実させたりするなど、重層的に意義を感じることのできるさらに発展させていくことへの期待の声が多く聞かれた。
■7■ さらに深く知りたい方へ
このトピックについてさらに深く知りたい方は、以下のサイトなどをご参照下さい。国連フォーラムの担当幹事が、下記のリンク先を選定しました。
- NPO法人コペルニク http://kopernik.info/ja
- NPO法人クロスフィールズ http://crossfields.jp
- ダイアモンド社:1500万ドルのファンドを設立 ベネッセを突き動かした危機意識 http://diamond.jp/articles/-/51021
- Teach For America http://www.teachforamerica.org
- Room to Read http://japan.roomtoread.org
※この議事録は各グループからの発表をまとめたものであり、各グループは上記のもの以外にも参考にしたウェブサイト、書籍等がある旨をご了承ください。
企画リーダー:井上良子、小田理代
企画運営:逢坂由貴、志村洋子、原口正彦、羅佳宝
議事録担当:井上良子、 小田理代
ウェブ掲載:羅佳宝