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(インターン最終日に上司らと)
第69回 田中 豪人(たなか たけと)さん(インターン)
米国エモリ―大学ロリンス公衆衛生大学院 公衆衛生学修士課程
インターン先:世界保健機関(WHO)カンボジア事務所 保健システム開発部
インターン期間:2016年5月〜8月(3ヶ月間)
■インターンシップの応募と獲得まで■
(1)応募の経緯
私は大学生の頃から将来は国際保健の仕事がしたいと漠然と考えていました。また国際機関に勤務されている保健医療関係者の話を聞く機会は多かったので、国際機関に強い憧れがありました。大学卒業後は日本国内で医師として働いていましたが、社会人3年目頃から英米の公衆衛生大学院への進学準備を始めました。そして社会人6年目のタイミングで現在在籍している大学院の公衆衛生学修士(Master of Public Health, MPH)課程に進学しました。
米国の公衆衛生大学院のMPH課程ではPracticumという200-400時間の実習を行うことが義務付けられています。私はこの期間に国際機関でインターンシップを行おうと考えました。特に途上国の保健システム強化やユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)(※ ある国で全ての人々が十分な医療を受けられるように各種制度を整備すること。国民皆保険もその一部)に興味を持っていたので、その分野で受け入れ先を探しました。UHCに興味を持った理由は、家庭医として患者さんのケアの調整をする中で日本の公的医療・介護制度のありがたみを実感していたからです。一方で日本が誇る社会保障制度も高齢化や医療技術の進歩に伴う費用の高騰、慢性的な人材不足など数多くの問題に直面しています。これらの経験から、持続可能かつ効率的な保健システムの構築は、国の根幹であると考えるようになりました。
(2)プロセス
まず私が行ったことは、ツテを辿ってインターンシップの内々定をもらうことでした。世界保健機関(WHO)は毎年ウェブサイトでインターンを募集していますが、応募者数は西太平洋事務局(WPRO)だけでも300人以上と多く、内々定を得ずに選ばれることは困難です。そこで私はインターンシップ開始前年の11月頃から国際保健業界の諸先輩方に連絡を取り、受け入れ先機関との交渉を始めました。WHOカンボジア事務所については、大学院の先輩が前年度にインターンシップをしていたというツテがありました。履歴書提出後に後の上司とSkypeで面談を行い、翌年3月上旬には内々定をいただくことができました。
ちなみにWHOの地域事務所や国事務所でのインターンシップはWHO e-Recruitmentという通常の求人サイトから申し込みます[1]。WHO Internships at Headquartersで受け付けているのは、文字どおりWHO本部でのインターンシップのみです[2]。しばしば国事務所の人事部がこの点を誤解しており後者から申し込むよう指示を受けることがありますが、注意が必要です。
またWPROのウェブサイトには夏季インターンシップは4月1日から募集開始されると記載されていますが、2016年度については3月中に募集が締め切られていました[3]。定期的にe-Recruitmentのウェブサイトを確認することをお勧めします。
■インターンシップの内容■
(1) 破滅的な自己負担保健医療支出(Catastrophic out-of-pocket health expenditure, CHE)およびユニバーサル・へルス・カバレッジ(UHC)に関する研究
ある国でCHEに直面している家計の割合と、その国の公的保健医療支出の相関関係について、量的分析を行いました。また近年UHCに向けて大きく前進した先例であるタイとメキシコの保健システムの現状・課題について文献レビューを行いました。
UHCを達成することは持続可能な開発目標(SDG)の目標3.8にも定められており、国際保健分野における重要なテーマです[4]。その評価指標としてCHEから守られている人口の割合を追跡することが現在提案されています[5]。一方カンボジアでは公的な健康保険制度は創設途上であり、国の総保健医療支出に占める自己負担支払い額(Out-of-pocket spending)の割合は6割に及びます[6]。CHEに直面した家計の割合は現在約6%と比較的低値ですが、カンボジアの国内総生産(GDP)は毎年7%程度上昇しており、医療需要の増加にともないCHEに直面する人々の増加がするのではないかと危惧されています[7]。保健医療への公的投資がCHEに直面する人々を減らし、SDG達成に寄与するであろうことを数値で示すことができればと考えました。
(2)保健医療人材報告書の作成
カンボジア保健省の人材育成部や人事部に足を運び、2015年度版 保健医療人材報告書に必要なデータを収集・編集しました。保健省では同報告書を毎年作成しているのですが、その英語版はWHOが作成支援しています。
(3)高齢化対策に関する研究・発表
高齢者ケアの概論および世界的傾向について文献レビューを行いました。また日本の介護保険制度や地域包括ケアシステムに関するプレゼンテーションを行いました。ちょうど私がインターンとしてWHOカンボジア事務所に在籍中に高齢者の保健医療サービスの利用や医療支出に関するカンボジア国家統計局との共同研究がおこなわれており、私も参加させていただきました。
(4)非伝染性疾患 (Non-communicable disease, NCD)に関する業務
保健センターにおける高血圧および糖尿病のスクリーニング・診断・治療に関する標準作業手順書(SOP)の改訂に関わりました。カンボジアでは心血管疾患や脳卒中などのNCDが死因の約半数を占めていますが、総保健医療支出のNCDに対する支出の割合はわずか6.8%です[8]。プライマリ・ケア(※ 地域の保健センターや診療所で提供される基礎的な医療サービス。予防接種なども含む)においてNCDが十分に対応できているとは言えず、能力強化を進めていく必要があります。
■資金確保、生活、準備等■
(1)準備
今回のインターンシップを前述のPracticumとして大学に認めてもらうために、書類やウェブ上の手続きが必要でした。インターンシップの確約書が必要でしたが、WHOは国事務所でインターンシップを行う場合も所属する地域事務所の承認が必要なため、早めの手続きが望ましいです。
また日本人はカンボジアに入国するにあたってビザの取得が必要ですが、到着時にビザを申請したほうが提出書類も手続きも簡便です(2016年8月現在)。観光(Tourist)ビザ(最大2カ月まで延長可)もしくは通常(Ordinary)ビザ(最大1年まで延長可)を申請します。いわゆるビザラン(ビザが切れる直前に近隣国に出国し、再度入国の上ビザを取得すること)をしているインターンもしばしば見受けられますが、各国で規制が強化されており注意が必要です。
(2)資金
WHOのインターンシップは無給です。私は大学院生活も含めて自己資金でまかなっています。私の大学院では米国外でpracticumをおこなう学生に奨学金を支給していたのですが、審査により落選してしまいました。
(3)生活
私はAirBnBで、光熱費や家政婦代等込で家賃600米ドル/月の部屋を予約しました。私の住居には他の国連機関やNGOでインターンシップをしている欧米人が入居しており、一緒に外食やバーベキューをしたりしました。また大学院の同級生、国際協力機構(JICA)の協力隊、NGO職員の方々とも交流がありました。ちなみにプノンペンの中心部を避けて不動産屋に直接交渉できれば、300-400米ドル/月程度でアパートを賃貸できるそうです。Facebookにもグループがあります。
プノンペンのよい点は、欧米人向けカフェでほぼwifiが完備されており、いわゆるノマドワークに適した環境だという点です。日本人が経営する日本料理屋もたくさんあります。逆に悪い点は、物価は隣国タイの首都バンコクと同程度であり、経済状況に比してやや高めだという点です。また私は徒歩で通勤していましたが、徒歩に適した都市環境ではありません。交通渋滞は深刻で、スコールが降ると一部道路が冠水します。治安は概ね良好ですが、夜10時以降は人通りが少なくなるためむやみに出歩かない方がよいです。特に女性はひったくり被害に注意が必要です。
現フン・セン政権は長期かつ比較的安定していますが、脆弱性を抱えています。2016年7月に政府に批判的だった政治評論家が射殺される事件がおきました。反体制派は政権側による暗殺が疑われると批判を強めています[9]。2017-18年にかけて国会総選挙がおこなわれる予定であり、大きな混乱がおきないことを祈ります。
(日本の介護政策についてプレゼンテーションをおこなっている様子)
■その他感想・アドバイスなど■
(1)感想
1点目は、能動的に公式・非公式なチャネルを通じて情報収集することが大事だと思ったことです。当初私が予想していたよりも、WHOの国事務所は現場から遠いと感じることがありました。私が所属していた部署の主なカウンターパートは保健省の計画・情報部などで、政策支援やエビデンスの構築が業務の中心だったため、疾病プログラムを扱う他部署よりもフィールドビジットが少なかったからかもしれません。WHOに所属している立場上、公的医療機関を視察するためには保健省の許可が必要でした。私は、WHOが国の保健医療政策に直接関わるところが見たいと考え、本部ではなく国事務所でのインターンシップを申し込みました。その目的は達成できたのですが、現場の問題点が書かれた報告書をどれだけ読んでも実感が伴わないですし、報告書に書かれていることが不十分である可能性もゼロではありません。幸い今回は、NGOの日本人職員やJICAの協力隊の活動を非公式に見学させていただくことができました。この経験は、将来私が国際機関や援助機関で保健システム強化の仕事をすることになった場合にどのように現場にパイプを持つかという点を考えるきっかけになりました。
2点目は1点目と関連して、二次統計データを無批判に鵜呑みにしてはいけないと思いました。WHOでは、政府が主体となって実施した社会経済調査(Cambodia Socio-Economic Survey, CSES)や人口保健調査(Cambodia Demographic and Health Survey, CDHS)、国民保健会計(National Health Accounts, NHA)などを利用する機会がありましたが、しばしばそれらが示す値と私が見聞きした情報やグローバルレベルのデータベース(例えばWHOのGlobal Health Expenditure Databaseなど)と齟齬があると感じたことがありました。どちらが真実により近いのかはさておき、仮に元データが不正確であれば、正しい統計的手法を用いても真実から離れた推定値が導き出されてしまいます。こうした元データの信頼性についても批判的吟味をすることが大切だと思いました。
(2)アドバイス
1点目は、人脈作りは若い時からコツコツとおこなった方がよいだろうという点です。今回のインターンシップを獲得する過程で、過去一度しかお会いしたことがない方や数年ぶりに連絡した方にも相談させていただきました。こんな私ですが皆さん親身に相談に乗ってくださったり、人を紹介してくださいました。この経験を振り返ると、直近で役立つかどうかに関係なく継続的に人のネットワークを広げていったことが、今回のインターンシップを獲得した要因だったのだろうと思います。
2点目は、インターンシップ期間中に何をするのか具体的なイメージがあった方がよいということです。他の機関では事情が異なるかもしれませんが、WPROではインターンにあらかじめ仕事が用意されているケースは少なく、受け入れ先部署のニーズとインターンの興味・関心をすり合わせて、業務内容を決めることが多いようです。なかなか事前に計画を詰めることが難しい場合もありますが、満足度の高いインターンシップにするためには自らが能動的に働きかけることが大切だと思います。
(保健システム開発部のメンバー)
■その後と将来の展望■
2016年8月のインターンシップを終え、同月に渡米しMPH課程の2年目が始まりました。生物統計学や疫学を中心に学んでいた1年目とは異なり、医療経済学や質的研究、保健システムそのものについて学んでいく予定です。
将来は、保健システム強化やUHCを専門にして国際機関でキャリアを築いていきたいと考えていますが、例えば保健システムの中でも何を専門にしていくのか決めなければいけないと考えています(例えば保健財政なのか、サービス供給なのか、そこにNCDなどの特定の疾病領域に強みを持つのかなど)。また日本人として世界の高齢化対策に貢献をしていければとも考えています。
参考文献
[1] World Health Organization. Current vacancies [Internet]. World Health Organization. 2016 [cited 2016 Aug 21]. Available from: http://www.who.int/employment/vacancies/en/
[2] World Health Organization. WHO internships at Headquarters [Internet]. World Health Organization. 2016 [cited 2016 Aug 21]. Available from: http://www.who.int/employment/internship/interns/en/
[3] World Health Organization West Pacific Regional Office. Internship and Volunteers Programme [Internet]. World Health Organization West Pacific Regional Office. 2016 [cited 2016 Aug 21]. Available from: http://www.wpro.who.int/entity/internship/en/
[4] United Nations Department of Economic and Social Affairs. Goal 3: Sustainable Development Knowledge Platform [Internet]. Sustainable Development Knowledge Platform. 2016 [cited 2016 Aug 13]. Available from: https://sustainabledevelopment.un.org/sdg3
[5] World Health Organization. Establishment of a tier system for the implementation of global SDG indicators. Indicators 3.8.1 and 3.8.2 [Internet]. The third meeting of the Inter-agency and Expert Group on Sustainable Development Goal Indicators; 2016 Mar 30 [cited 2016 Aug 13]; Mexico City. Available from: http://unstats.un.org/sdgs/files/meetings/iaeg-sdgs-meeting-03/3rd-IAEG-SDGs-presentation-WHO--3.8.1-and-3.8.2.pdf
[6] Cambodia Ministry of Health. Annual Health Financing Report 2015 [Internet]. Phnom Penh: Cambodia Ministry of Health; 2015 May [cited 2016 Aug 13]. Available from: http://dfat.gov.au/about-us/publications/Pages/cambodia-ministry-of-health-annual-health-financing-report-2014.aspx
[7] World Bank Group. Cambodia Home [Internet]. The World Bank. 2016 [cited 2016 Aug 17]. Available from: http://www.worldbank.org/en/country/cambodia
[8] Cambodia Ministry of Health. Estimating Health Expenditure in Cambodia: National Health Accounts Report (2012-2014 Data). Phnom Penh: Cambodia Ministry of Health; 2015 Dec.
[9] Vichea P. Thousands fill streets of Phnom Penh to bid farewell to Kem Ley [Internet]. Phnom Penh Post. 2016 [cited 2016 Aug 21]. Available from: http://www.phnompenhpost.com/national/thousands-fill-streets-phnom-penh-bid-farewell-kem-ley