「人事はこんなに面白い」
第84回 国連フォーラム勉強会
日時:2014年9月9日(火)19時00分〜21時00分
場所:コロンビア大学ティーチャーズカレッジ会議室
スピーカー:矢島恵理子氏(国連日本政府代表部一等書記官)
■1■ はじめに
■2■ 心理学と講師経歴
■3■ 国家公務員と国際公務員の違い、現在の職務
■4■ 職務とストレスマネジメント
■5■ 仕事と家庭の両立
■6■ 質疑応答
■7■ さらに深く知りたい方へ
国連フォーラムでは、国連日本政府代表部の矢島恵理子さんを講師にお招きし、「人事はこんなに面白い」というタイトルで勉強会を開催しました。
勉強会での矢島さんの一番のメッセージは「見えているものが必ずしも真実とは限らない。見方次第で物事は変わる、世の中には色々な考え方がある」というものでした。心理学を専門とされた矢島さんからは、冒頭に「嫁と姑」、「ルビンの杯」等、同じ絵であっても別の形に見える曖昧図形をご紹介頂き、国連日本政府代表部での仕事、ストレスマネジメント、家庭と仕事の両立等のテーマについて語って頂きました。
政府代表部での矢島さんのお仕事は大きく2つに分かれ、1つは「国連における邦人職員の増強」、もう1つは「国連総会第5委員会での協議」です。
日本は分担金比率に比し国連職員数が少ない過小代表国。矢島さんの任務の1つは国連が遠い存在ではなく身近な職場であることを潜在的な人材に伝え、必要に応じて相談に乗ることですが、国連人事の原則は日本と大きく異なるという点をご紹介頂きました。また、「国連総会第5委員会」は、毎年10月から12月にかけて、公式会合から始まり、度重なる非公式会合を経て、公式会合の採択という流れを通して、厳しい交渉を行い日本政府の立場を主張していく必要があり、最後は徹夜での交渉を繰り返し、まさに寝食を共にするような状態の中で各国の交渉官は戦友という感覚になっていくそうです。
仕事については、「楽(ラク)ではないが楽しい」とのこと。仕事と家庭の両立については「女性・男性を問わず仕事と家庭を割り切ることは簡単ではない」と指摘され、心理学同様必ずしも一つの答えがあるとは限らないからこそ人事は面白いとお話し頂きました。
なお、以下の議事録の内容については、所属組織の公式見解ではなく、発表者の個人的な見解である旨、ご了承ください。
講師経歴:矢島 恵理子(やじま えりこ)氏。外務省在ニューヨーク国際連合日本政府代表部一等書記官。1996年10月 T種(心理)で人事院任用局に採用される(首席試験専門官付)。1998年 4月 に任用局・企画課 、2000年 7月に任用局・企画課制度班主査 を経て、2001年 9月に内閣官房行政改革推進事務局・公務員制度等改革推進室係長を歴任。2002年 8月には英オックスフォード大学(実験心理学)にて職業上のストレス研究に従事。2004年 8月 に人事院企画法制課・企画専門官、2006年 3月より 育児休業を経て、2009年 1月 に職務復帰し、人材局・主任試験専門官を勤め、現職 |
見えているものが必ずしも真実とは限らない。一つの事象に対しても曖昧な点は多々あるし、色々な考え方があることを伝えたいとして「嫁と姑」、「ルビンの杯」、「ツエルナー錯視」といった代表的な曖昧図形を紹介。
曖昧図形は心理学の分野の一つである認知心理学で学ぶ図形。身体が弱れば心も落ち込むし、心が悪ければ身体も弱る。心理学は人の心と身体の関係を扱う学問であると知り、勉強したいと思ったのがこの道に進むきっかけであった。
矢島さんにとって大学時代の心理学の勉強はとても楽しく、これに一生関わる仕事がしたいと思う一方、家庭も持ちたいと考え国家公務員試験に挑戦し、人事院に採用された。その後、内閣官房に出向、オックスフォード大学院に留学し職業上のストレスを学んだ後、3年間の出産・育児休業を経て職務復帰し、採用試験改革を担当、現在は国連日本政府代表部に勤務している。
国家公務員採用試験改革の担当は、戦後、人事院の設立時に試験制度を制定した以来とも言える、大改革であったが、「パイオニア的な仕事でとても楽しかった。」と述べられた。
矢島さんは現在、国連日本政府代表部にいるためよく間違えられるが、国連職員ではない。人事院から外務省に出向しており、外務省職員(国家公務員)という位置づけになる。国連の外から加盟国である日本政府の立場で職務を行っており、国際社会の利益のためにどこの政府にも属さない形で働いている国連職員(国際公務員)とは立場が異なる。
現在の仕事は主に2点で、1)国連における邦人職員の増強、2)国連総会第5委員会(人事制度、予算などの行財政分野)での協議参加に分けられる。他の委員会は、第1委員会(軍縮、国際安全保障)、第2委員会(開発、貿易、経済、環境)、第3委員会(社会、人権、難民)、第4委員会(政治問題、PKO、情報、非植民地化、宇宙、地雷他)、第6委員会(国際法、法務、テロ対策)がある。
1) 国連における邦人職員の増強
日本は国連分担金の負担は米国に次いで世界2位である一方、分担金に見合う職員数がおらず長年の懸案となっている。国連事務局を例に取れば、望ましい職員数が181〜245名、中間値213名とされるのに対し、2013年現在邦人職員は88名しか在籍していない*。国連日本政府代表部では、外務省国際機関人事センターニューヨーク支部を設置しており、そこで国連での就職に向けて様々な方の相談に乗っている。なお、ニューヨーク以外にも東京、ウィーン、ジュネーブに拠点がある。現地サポートが必要な場合は各地域の在外公館が窓口になる。(*1:「■7■ さらに深く知りたい方へ」1)参照)
国連機関は世界各地にあり地球規模での活動が求められている。現在の立場における任務は、国連が遠い世界ではなく身近な職場であることを伝えていくこと。国際機関人事センターニューヨーク支部で考える、非公式な国連人事3原則とは以下の通り。日本での一般的な就職状況とは大きく異なる。
2) 国連総会第5委員会での協議
国連代表部と職員の関係は、国会議員と各省庁の役割に似ている。各国代表部はポリシーとしての決議を採択し、事務総長・国連職員によって運用される。
第5委員会は予算や人事を扱うため長丁場の協議となることが多い。例年10月から会合が開始され、クリスマスイブまでには協議を終えるが、昨年はクリスマス後に持ち込された。なお、他の委員会では第5委員会では担当官が公式会合でステートメントを行うことが多い。
委員会で扱う案件毎に公式会合・非公式会合が実施される。会議室で行われているうちはなかなかまとまることはなく、さらに少人数の非公式・非公式会合になるとお互いにファーストネームで呼び合うようになり、会議室からソファーがあるロビー等に場所を移す。ここからが本当の交渉。同じ意見を持った国々を探し協働を呼びかける等の作戦をとる。
日本は分担金に応じた望ましい国連職員数を満たさない「過小代表国」である。代表部としては、例えばさらに邦人の国連職員が減るような提案は受け入れられない。各国間で共闘できる仲間を見つけることは簡単でなく、どうしても譲れないポイント等は一対一で一つ一つ解決に向けた交渉を行う。
仕事は大変ですかと聞かれることもあるが「楽(ラク)ではないけど楽しい」。多くの加盟国で議論を行う中、当初の案が通ることは先ず有り得ないが、思わぬところで自国のアイデアが通ったり逆に却下されたり。全体のダイナミズムを楽しんでいる。
ストレスフルかとも問われるがストレスが全くないのもストレス。ストレスマネジメントには、心理学が役に立っているかもしれない。心理学は今の自分を知るために役に立つ。例えば、以下「仕事の要求度−コントロールモデル」によれば、仕事の裁量権・要求度が共に高い場合は活性化群と呼ばれ最も生産性が高く、どちらも共に低い場合は生産性が最も低い*。(*2:「■7■ さらに深く知りたい方へ」2)参照)
要求度が高く、裁量権が低い場合は最もストレスが溜まりやすく体調も崩しやすい。しかし、突然仕事の裁量権を上げる、要求度を下げることは現実的に難しいことも多く、ソーシャルサポートを得る等で乗り切る必要がある。周囲の信頼できる人々から得られるサポートはストレスを緩和する効果がある。自分を支えてくれる心を許せる方に「愚痴る」こともストレスを緩和するひとつの手である。
仕事と家庭の両立は以前まで”Work-Family conflict”と呼ばれていたが最近は”Work-Family balance”と呼ばれる。仕事と家庭の両方から要求が高まるとストレスも高まる、つまり仕事が忙しいと家庭に集中出来ず、家庭で問題があると仕事に集中できないという考えに基づく。自分自身の経験から言うと、家庭を守りながら仕事をすることは本当に大変で、女性・男性を問わず仕事と家庭を割り切ることは簡単ではない。
2012年にプリンストン大学のアン・マリー・スローター教授が米アトランティック誌に発表した、”Why Women Still Can’t Have It All” (邦題:なぜ女性は全てを手に入れられないのか) は重要な論文*。スローター教授はクリントン政権時に米国務省政策企画本部長に就任。協力的な夫と14歳、12歳の子供がいたが、14歳の息子は反抗期。頻繁な出張、合わない学校と仕事のスケジュール(重要な会議中に学校からの呼出)等を経験した結果、母の代わりになるものはいないと決断し要職を諦め大学教授に戻った。仕事と家庭を両立できないアメリカの状況を、スローター教授は批判した。社会を変える必要があると幾つかのアイデアを提案し、アメリカでは賛否両論の論争を引き起こした。(*3:「■7■ さらに深く知りたい方へ」3)参照)
教授の提案の一つに人に直接会うことが過度に重視される文化を見直すというアイデアがある。最近では技術の発展の結果、パソコン1台あればそこがオフィスになる状況を踏まえ、例えば家で仕事をすることで家庭での時間が取れるのであればそれは一つの解決方法になる。
世の中にはスーパーマン・スーパーウーマンもいるが、自身にあったやり方を見つけることが大事である。最後にもう一度、ルビンの杯を思い出してもらいたい。人は常に一つの真実を見ているとは限らない。見方次第で物事は変わるということは心理学が教えてくれた大事な教訓。人事も時代と共に変化していくものであり一つの答えがあるとは限らない。人生は何が起こるかわからないが、わからない中で進んでいくしかない。人事はだから面白い。
質問:国連に邦人職員が少ない原因は何か?
回答:語学の壁と文化の違いが大きい。国連公用語に母国語が含まれるのはやはり有利で、例えばアメリカ人が母国語で自身を売り込めるのに対し、日本人は不利。売り込み方も日本人は弱い。国連に向いているタイプの人は、知識・専門性を持ちつつ必要に応じて自分の意見も通せる人。典型的な日本人とはだいぶ異なる。自分をいかに売り込むかが大事。
質問:「望ましい国連職員数」は何を基に決定されるのか?
回答:計算方法は複雑だが、拠出金分担率や人口などの要素による。毎年変動するが。日本は毎年少しずつ職員が増えるとともに分担率が下がっており、実際の職員数との乖離は縮小しつつある。
質問:「望ましい国連職員数」とあるが、国連職員はお金を出している国に割り振られるべきか?
回答:幾ら望ましい職員数という指標があろうと、見合った能力がないと国連に就職出来ない。一部の国から計算方法を変えようという声も出る。例としては、193カ国の加盟国全てで均等に割り、国際連合平和維持活動(PKO: United Nations Peacekeeping Operations)も決定要素に入れる等がある。
質問:邦人国連職員を増やすための具体的な方策は?
回答:優秀な日本人が集まる大学等で説明会を開いたりする。一方で長期的な観点から、高校生も潜在的な人材として声をかけている。長期的には日本の教育も大事。国際社会、国連を身近に感じてもらえるような教育方法を期待。
質問:邦人国連職員が増えると日本の国益に繋がると言えるのか?
回答:国連は設立経緯からもやはり特定の欧米色の強い社会だと言える。未だに当時の考え方が優位と感じることもあるが、国連の存在意義を鑑みても各国の様々な考え方を取り入れることは必要ではないか。
質問:「望ましい邦人職員数」は選考の際に考慮されるのか?
回答:各国連機関は日本の事情を理解しており、積極的に採用するべく意識はしている。但し、ポストに必要な能力に応じて採用するというのが大原則。
質問:国連のハードルは非常に高く感じられるが志望者は多いはず。何かアドバイスはあるか?
回答:入るのは確かに難しい。例えばYoung Professionals Programme (YPP)は4.8万人が全世界で応募し実際に受かるのは100人程度という年もあった。しかし受けなければ始まらない。マラソンの伴走者の役割というとやや大げさだが、希望する方には、国連に入る仕組みや制度を説明し、選択肢を提示している。コンサルタント、インターン等どのような形にしても先ず入り込むことが大事。
質問:日本人は売り込みが大事という話があったが具体的には何を売り込めばよいのか?実際に国連で働いてみると職員も経験が均質化しており何が差別化要素になるのか分からない。
回答:まずは情報を得ることが大事。希望勤務機関の内部に友人を作り、次に空くポストの情報をいち早く得る等のしたたかさを持つことが必要。
質問:第5委員会での交渉につき、日本政府の立場として譲れないものは何か?
回答:人事分野であれば地理的代表制。国連は、内部機関の構成国が特定地域に偏らないよう地理的代表制が考慮がされることになっているが、この原則を脅かす意見は受け入れられない。
質問:国連職員は中立的な立場から働いているというが出身国の利益は考えないのか?
回答:日本の立場を代表するのは代表部であり、国連職員は中立的な立場で動くことが原則。
質問:国連=途上国支援、平和維持活動というイメージがあるが日本の国益に資するのか?
回答:実際に支援を受けた国々から感謝の声をかけられることは多々ある。あの時に日本が道路を整備してくれた、建物を作ってくれた等の声を各国外交官が届けてくれることは多い。
このトピックについてさらに深く知りたい方は、以下のサイトなどをご参照下さい。国連フォーラムの担当幹事が、下記のリンク先を選定しました。
- 国連事務局における「望ましい職員数」及び職員数(■3■ 国家公務員と国際公務員の違い、現在の職務より)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/unp_a/page22_001263.html - 仕事の要求度−コントロールモデル(“Karasek’s Model of Job Strain(R.A. Karasek, 1979)”(■4■ 職務とストレスマネジメントより)
http://www.med.uottawa.ca/courses/epi6181/Course_Outline/Karasek_fn.pdf - なぜ女性は全てを手に入れられないのか(“Why Women Still Can’t Have It All(原文)")(■5■ 仕事と家庭の両立より)
http://www.theatlantic.com/magazine/archive/2012/07/why-women-still-cant-have-it-all/309020/?single_page=true - 外務省 国際機関人事センター
http://www.mofa-irc.go.jp/ - 国連日本政府代表部 人事センターNY支部情報
http://www.un.emb-japan.go.jp/jp/hr/index.html - 国連総会第五委員会 (英語)
http://www.un.org/en/ga/fifth/68/statements68.0m.shtml
企画リーダー:志村洋子
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議事録担当:上川路文哉
ウェブ掲載:羅佳宝