国連事務局事務総長室・上級経済担当官
小野舞純(おの・ますみ):上智大学法学部国際関係法学科中退。コーネル大学経済学・国際関係論学士・経営学修士。交換留学先のケンブリッジ大学では社会政治学を専攻。米系民間金融機関勤務後、国連競争試験に合格、国連事務局経済社会局勤務。経済担当官として国連アジア太平洋経済社会委員会(UNESCAP)に勤務後、国連経済社会局にて経済社会理事会(ECOSOC)の支援・調整を担当。2008年より現職。 |
Q.国連を目指したきっかけをお聞かせ下さい。
国際的な仕事をしたいと漠然と思っていました。というのも、私が学生の頃、日本では国際化の必要性が強く叫ばれており、海外への注目が高まっていたのです。その影響もあり、自然と私も海外、特に欧米に行きたいと考えていました。そこで日本の大学を中退し、米国のコーネル大学へ進学しました。
コーネル大学では経済・国際関係論の学士号と経営学修士号を計5年間で取得しました。ビジネススクールに在学中、日本からMBA留学していた学友に国連競争試験を勧められ、それが縁で競争試験を経済分野で受験し、幸いにも合格しました。
Q.国連競争試験合格の秘訣はありますか。
国連競争試験のエッセー形式の筆記及び面接はどちらも答え方に秘訣があると思います。私はコーネル大学在学中、英国ケンブリッジ大学へ1年間交換留学をする機会を得ました。振り返ると、この英国留学で非常に鍛えられたと思います。米国の大学は大量の知識を習得することに重点が置かれ、自分の書いたエッセーに教授がコメントや質問を入れる形式です。
それに対し、英国の大学、特に私の通っていたケンブリッジ大学では、知識は既に有していて当然と見なされ、教授や助教授達が週一回の一対一の面談において、学生が書いたエッセーの内容について直接批評・質問するのです。エッセー自体論理的でないと教授との議論にならないですし、議論中にどんなに難しい質問をされてもきちんと切り返せなくてはらないのです。こういった1年間の経験はエッセーを書く訓練にもなりましたし、面接にも大いに役立ちました。これはその後の職務経験にも活きていて、困難な状況に直面しても冷静に対応する姿勢につながっていると思います。
Q.1年間民間の銀行に勤務されていますね。
在学中に国連競争試験を受験しましたが、筆記試験合格後も面接や部署配属まで時間がかかりますので、卒業後は金融機関に就職しました。銀行でははじめプライベート・プレースメント(未公開会社の増資の募集の斡旋、勧誘)の仕事をしていました。それほど業績の高い部署ではなくあまり忙しくありませんでした。しかしある日同僚2名が解雇され、一刻も早く業績の高い部署に移らなくては自分も解雇されるのではないかと焦りました。そこで、ストラクチャード・ファイナンス(証券化などを利用した資金調達方法支援)という、当時一番業績の良かった花形部署に異動しました。
新しい部署は、一転して多忙で毎日深夜まで必死に仕事をこなしていました。そしてある時ふいに、この仕事は自分でなくてもできる仕事なのではないか、もっと自分にしかできない仕事がしたい、と強く思うことがありました。そこへタイミングよく国連の経済社会局から面接招待の電話をいただき、国連に転職することを決心しました。
Q.国連経済社会局で働き始めた頃の心境はいかがでしたか。
当時、米国が拠出金の支払いを保留にしたこともあり、国連の事務所は財政面でその影響を強く受けていました。例えば、一つの部屋をインターンと二人で共有したり、コンピュータも今主流のWindowsではなく一昔前の古いバージョンのものを使っていたり、さらには図書室のコピー機を使うにも紙が無いため自部署から持参しなくてはならなかったり。銀行とのあまりの職場環境の違いに、正直なところ失敗したかな(笑)と当時は真剣に悩みましたが、同僚からの励ましもあり、国連が比較優位のある分野で、国連だから成し遂げられる・支援できる業務に取り組んでいこうと気持ちを切り替えました。
Q. バンコクに2年間駐在された際のお仕事について教えてください。
国連アジア太平洋経済社会委員会(UN ESCAP)では貿易促進の仕事をしました。当時からアジアは勢いがありましたので、現場での勤務は非常に興味深かったです。具体的には、貿易取引決済の流れを効率化するプロジェクトに携わりました。この分野において進んでいる国の決済の仕組みを東南・南アジア諸国に適用する試みです。各国の輸出業者や政府に対し、決済効率化の提案をして回りました。どの国でも民間部門からは大歓迎されましたが、国際機関からの提案を受け入れることにあまり乗り気でない政府もあり、政治的に機微な問題に直面した貴重な経験でした。そんな中でも、アジア諸国間の協力を可能にした国連の役割の付加価値を認識するとともに、規定のやり方にとらわれず、創作的な道を開拓してプロジェクトの結果を出すことも学びました。
Q.事務総長室でのお仕事、仕事の醍醐味について教えてください。
事務総長室には主に政治、経済、マネージメントの3つの柱があります。私は経済担当官として、事務局や国連機関から収集した経済分野および開発援助に関する情報を分析・要約し、事務総長及び副事務総長に対して迅速かつ的確に助言をすることや、各種会議のための発言骨子の作成などを行なっています。
たとえば、事務総長が現在経済分野で重点を置いている点には、ミレニアム開発目標の2015年達成を目指して全力を尽くすということと、2015年後の持続可能な開発のための取組などがありますが、このような内容を含んだ発言骨子をスピーチライターのチームと協働で作成し、事務総長や副事務総長へお渡しします。また、各国連機関が一丸となって開発援助に取り組めるよう様々な場面での調整を行っています。
経済・開発に関わる案件に幅広く従事し、政策や方針決定のプロセスに直接関与できる点が、事務総長室ならではの経験ではないかと思います。
事務総長・副事務総長と共に世界各国の会議に同行することもあります。印象に残った経験としては、リオ+20(国連持続可能な開発会議)で事務総長に同伴してブラジルのリオデジャネイロに訪れた際、事務総長に対してプラカードを手に自国の現状を訴えたり、切実な願いを伝えようとする多くの人々を目の当たりにしたことです。これらの人々を見て、国連事務総長が世界の人にとって「希望の象徴」であることを強く再認識するとともに、彼らを裏切るわけにはいかない、何とかして彼らの期待に応えなくては、と使命感を新たにしました。日々淡々と仕事をこなしているときもこの出来事を思い出して取組んでいます。
世の中を動かす力のある人たちと直接働けることもこの仕事の醍醐味の一つです。ある日、事務総長がご自身の外務省時代の経験に重ねつつ、事務総長室の職員が寝る間も惜しんで資料を準備していることに感謝の念を伝えてくださったことです。事務総長室は立場上、国連組織全体の職員や事務所・機関に対して感謝の意を表したり激励を送ることはありますが、同室の職員の仕事が特に認識されることはありません。なので、事務総長の感謝の言葉はとても嬉しく思いました。
Q. 責任が重いお仕事をどのような気持ちで乗り切られているのですか。
パウエル元米国務長官の名言に「take a hit and move on」というのがあります。これは「どんな状況でも(銃弾を受けても)前へ進め」という意味です。私の仕事では、問題対処に追われることがよくありますが、何かがうまくいかなかった時でも、後悔することに時間を費やすよりも、状況に対処するための策を打ち出し、実行し、前へ進んでいくことを心がけています。
また、勿論ストレスは付き物ですが、ストレスは万病の元なので溜めないようにしています。これも自己管理の一つだと考えています。私の場合は、二人の子どもの存在が支えになることが多いですね。お陰で帰宅すると仕事からの頭の切替えが自然とできるので感謝しています。公私バランスを取って、仕事以外の楽しいことを見つけてうまくリラックスすることがストレスに対処する良い方法だと思います。
そうは言ってもとにかく毎日が戦いなので、戦国大名のような気持ちです。自分は刀で戦うことしか知らないのに、周りではゲリラ戦のような難題が起こっていたり、手榴弾が飛び交ったり、気づかぬところに地雷があったりする。そのような不利な状況下でも、周囲とうまく連携を取ったり、タイミングを押さえて戦って行く。そういった姿勢を心がけながら、またいろいろな場面で助けてくださる人たちに感謝しながらやっています。
Q. ご自身がお考えになる国連でのサバイバル術を教えてください。
日頃から他部署の同僚及びカウンターパートと「ギブ&テイク」で仕事をすることが重要だと思います。自分の専門知識には限界があるので、誰がどのような情報を持っているのかを把握し、そして何でも訊ける関係を構築・維持することが大事です。私は国連に勤務したての頃から他局の同僚とも情報交換をするよう心がけていたため、その蓄積が人脈作りや信頼関係の構築につながり、現在の情報網に役立っていると強く感じます。
また、自分の評判は自分で守るという姿勢も大事です。民間企業などと異なり、国連には数字で出る実績評価がないので、一個人の評価は周りの評判で決められてしまうことが多いようです。そんな中でも、日本人に対しては一般的に誠実な国民性への評価が高く、割と国連内では日本人は一般的に評判が良いのが利点かと思います。
Q. 今後のキャリアプランについてお聞かせ下さい。
副事務総長が重点を置いている平和と開発の両方を包括的に促進するという取組に何らかの形で貢献したいです。現在、事務総長室は政治と経済では大きく分担が分かれていますが、その中で今自分ができることもあります。また、将来的に関係事務所・機関がうまく連携し、平和と開発の促進に一貫性を生み出す形で協力する体制ができれば、そのような仕事にも加わってみたいです。
Q. 国連を目指す人へのメッセージ。
専門性は勿論重要ですが、同時に強い精神力を付けて来ていただきたいと思います。国連はジャングルのような場所です(笑)。どのようなことが起きても柳のようにしなやかに、自分の芯を強く持ち、かつ状況に応じて柔軟に対応できる姿勢でいられると強いと思います。私の場合は、英国留学中に教授に鍛えられた経験や、民間でいつ解雇されるかというギリギリの環境で働いたことも役立っていると思います。国連に入ってからも色々な目に遭うことがありますが、試練は精神力を鍛える機会と思うようにして、その経験を次につなげるようにしたらいいと思います。
2012年12月23日 ニューヨークにて収録
聞き手:岩村南生
写真:田瀬和夫
プロジェクト・マネージャ:赤堀由佳
ウェブ掲載:中村理香