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小野 京子さん
国連事務局・PKO局

小野京子(おの きょうこ):慶応義塾大学卒(社会学)。英国リード(Leeds) 大学院国際学修士号、米国コロンビア大学国際関係学科修士号取得。東京の民間投資銀行勤務後、2002年にJPO試験に合格。2003年より国連事務局政務局勤務。2004年から国連事務総長スーダン特別代表の特別補佐官としてスーダン和平交渉に携わる。2005年より、国連プロジェクト・サービス機関(UNOPS)東京事務所代表を務める。2005 年度国連競争試験(人道)に合格。2006年10月より現職。

Q.現在のPKO局におけるお仕事について教えてください。

勤務するPKO局のBest Practices セクションは、DDR (Disarmament, Demobilization and Reintegration:武装解除・動員解除・社会への再統合)等、テーマ別の問題を取り扱うチーム、ナレッジ・マネージメントチーム、PKO活動に関する政策や指針を策定するガイダンス・チームの3つのグループに分かれています。私は、ガイダンス・チームで「平和構築のための包括的・統合的なPKO」(Integrated Mission)の原則(ドクトリン)の作成などを担当しています。国連のPKO活動は過去50年ほどの歴史がありますが、現在に至るまで、包括的な政策・指針は皆無に近く、各地のPKOのミッションは随時立ち上げられていました。そのため、現在、PKO活動を統括する政策・指針の作成作業をしています。

Q.いつ頃から、またなぜ国連で勤務することを目指されたのかを教えてください。

以前から、開発経済、紛争解決の分野に興味を持っていましたが、国連を職場として意識しだしたのは大学院に入ってからです。それまでは、国連は遠い存在でした。大学院卒業後、私企業に勤務した際には、プロジェクト・ファイナンス、開発経済を扱った途上国へのダム、地下鉄建築などを取り扱った投資プロジェクトに携わりました。その後、JPOに合格して、国連本部・政務局に勤めることで、紛争解決の問題を直接取り扱うようになりました。

Q. 国連におけるこれまでのお仕事について教えてください。

JPOプログラムを通して国連システムに入ってから、これまで、国連本部政務局、国連スーダン事務所、UNOPS東京事務所に勤務しました。若いうちに様々な経験を積むことで、自分の専門分野が定まってくると思います。国連本部政務局、国連スーダン事務所では紛争解決など政治的な問題を取り扱いました。

UNOPS東京事務所で代表を務めた際には、プロジェクト管理やドナー交渉に携わりました。日本政府はどのように国連と連携するのかという問題には日本人として興味があり、東京では貴重な経験ができたと思います。色々な職場を経験することで自分の専門性が浅く広くになってしまう心配もありますが、比較的若いうちに様々な分野で経験を積むことが大切だと思います。国連システムに限らず、過去にしたいろいろな経験が現在のPKO局における自分の仕事に大きく役立っていると思います。

Q. 本部勤務と途上国勤務をされていますが、国連のキャリアにおける途上国勤務の経験はどの程度重視されているのでしょうか。

途上国勤務や人道支援の現場の経験なしでは、PKO局での勤務は難しいと思います。国連本部、スーダン、東京でも報告書の執筆・作成などの作業はありましたが、スーダン勤務における大きな違いは、日々が緊急事態の状況であったということです。国連事務総長スーダン特別代表であった上司の補佐官ということもあり、仕事内容・スケジュールが密な国内・外の出張、その準備に追われる慌しい毎日でした。しかし、スーダンの現場での経験をしたことで、現在のPKO局の仕事をこなすことができていると思います。特に、PKO活動、人道支援の現場ではどのような問題があるのか、それにどのように対応するのか、ということは本部勤務だけではなかなか理解できないことだと思います。

現在は、国連本部でいわゆる政策レベルの仕事をしていますが、機会とタイミングが合えば、また途上国の勤務をしてみたいと考えています。本部に継続して勤務するのではなく、政策レベルの問題を取り扱う本部勤務と現場に近い途上国勤務を繰り返してキャリアを形成して行くことが大切だと思います。良い上司、同僚、仕事内容などを考慮して本部勤務、途上国勤務を繰り返すことは、決して簡単なことではなく、国連職員の多くが自分のキャリアを積んで行く中で常に対面しなければいけない問題なのではないでしょうか。本部勤務、途上国勤務の両方ができる人材を雇用し、育てることは国連組織全体の一つの重要課題であると思います。

Q.スーダンに国連事務総長特使特別補佐官として派遣されたということですが、現在のスーダン情勢に関してどのようにお考えですか。

スーダンのダルフール地域の人道危機に関しては、マスコミでも大きく取り上げられ世論の関心が高まっていますが、2005年に成立した南北包括和平合意の実施プロセス、また、それに伴うべき一般市民の生活の安定・向上ということにも目を向ける必要があると思います。スーダンはウガンダ、中央アフリカ共和国、チャドといった隣国に囲まれていることもあり、スーダン情勢、ダルフール地域の人道危機の早期解決は地域の安定に大きく関わる問題で、国連をはじめ、国際社会全体で取り組んで行くことが求められているのではないでしょうか。

Q. 国連で求められる専門知識・技術力とはどのようなものでしょうか。

PKO局の中ではPKOや軍事活動の専門家に加え、政務問題や人道問題の専門家が寄り集まっています。その一方で、PKO活動の包括性・統合性を重視するIntegrated Missionの流れもあり、各分野の専門家には自分の担当領域外の問題を見る視点、PKO活動と人道・開発問題とのリンケージを理解する分析能力が必要とされているのではないでしょうか。国連職員に限らず、国際機関では専門性の深さに加え幅の広さが求められ、組織の上に上がるにつれ自分の専門知識に加え組織運営の能力が問われるようになっていると思います。

Q. 国連競争試験に向けてどのような勉強をされましたか。

競争試験は筆記試験と面接に分かれていますが、筆記試験では人道分野での政策議論を理解・把握し、自分の問題分析を4時間半以上ひたすら書き続ける能力が必要であったと思います。面接はコンピテンシー形式(注:資質に基づく採用基準)を採り、現場での経験を問う実践的な質問がされました。競争試験への準備としては、日々の時事問題の知識に加え、国連が発行する人道分野の主要な報告書・文献に目を通すように努めました。また、現職の国連職員と話をすることで受験分野の政策議論に多少なりとも精通することができたと思います。

Q. 仕事と私生活のバランスはどのようにとられていらっしゃいますか。

スーダン勤務では仕事と私生活のバランスをとるということはほとんどできませんでした。たいへん忙しい仕事でしたが、面白い内容であったからこそ、また自分にエネルギーがあったからこそ、こなすことができたと思います。現在は、週末は仕事をしないようにしていますが、PKO局での担当が政策問題ということもあり、報告書・文献を自宅に持ち帰って読むということはあります。仕事量は決して少なくはありませんが、普段は夜7−8時には帰宅するようにしています。余暇を充実させるという意味では、本部勤務は比較的良いのではないでしょうか。

Q. 5 年後、10年後の目標は何でしょうか。

2−3年の本部勤務をした後、また途上国勤務に戻りたいと思います。女性の先輩職員の方から、いろいろな体験談を伺いますが、頻繁な出張、途上国への転勤・派遣が多く求められるPKOの分野で10年後も働いているかどうかはわかりませんね。

Q. 地球規模の課題に取り組むことを考えている若者への一言をお願いします。

最近、日本に帰国した際に若い人たちとお話をして感じたのは、彼らの関心・問題意識の強さでしょうか。そんな彼らにとって大切なことは、自分のやりたいことを長期的に見据え、自分のやりたいと思ったことに正直であることではないでしょうか。国際貢献の仕事に就くための決まった進路というものは無く、人それぞれの進み方があると思います。その時々、置かれた状況の中で自分のやれることを精一杯やることが次へのステップに繋がり、将来の目標達成に至るのだと思います。

(2006年1月5日、聞き手:早川元貴、世界銀行本部都市開発部勤務。幹事会・ネットワーク担当。写真:田瀬和夫、国連事務局OCHAにて人間の安全保障を担当。幹事会・コーディネーター。)

2007年1月29日掲載

 

 


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