第6回 中村 俊裕さん UNDPインドネシア事務所 プログラム企画・評価部チーフ

写真①

略歴:なかむら としひろ 京都大学法学部卒業後、ロンドン大学政治経済学院(LSE)政治学修士を取得。フランス語学留学、UNHCRジュネーブ本部でのインターンなどを経て、外資系経営コンサルティング会社の東京事務所で働く。その後UNDP東ティモールでガバナンス部門のプログラムオフィサーとして省庁・議会・司法を含めた国家機関のキャパシティービルディングなどに携わる。2004年LEADプログラムを通じてUNDPの危機予防・復興局(BCPR)のジュネーブ本部に異動するが、スマトラ沖地震後インドネシア・アチェに出張し、津波のガバナンス部門への被害額算定、復興プランの作成に関わった。そのままインドネシア事務所に異動となり現在に至る。2004年にUNDPのガバナンス特別研究員も務めた。(写真:ジャカルタのオフィスで)

<始めに>

私は、現在UNDPインドネシア事務所で、プログラムの企画、評価、そしてオフィス全体でのナレッジマネジメントを担当している。その関係で、国連改革の一環としての“simplification & harmonization”などにも日々関わっているが、このフォーラムでの議論も煮詰まっている感があるので、本業の合間に関わっているイニシアティブのうちのひとつ、開発における民間との連携の強化について紹介してみたい。

先日の国連事務総長コフィ・アナンが発表した国連本部改革案でも指摘されているように、創設60年を過ぎた国際機関の官僚化、機動性低下が大きな問題となっている。小さな政府の議論を含め、国家単位での政府の役割が再定義されているなか、公的機関としての国連の開発に対する役割、そのコンテクストにおいての民間との連携についてもっと議論されても良いように思う。

伝統的な民間部門の連携:

開発における国連機関と民間部門の連携の重要性といってもあまり新鮮味が無いかもしれない。実際、経済開発と産業発展、民間活性化などの関連性は過去の例を引用するまでもなく明らかだろう。経済発展には民間企業の役割が大きく、有能な人材を育て、新しいアイデアが生まれ、ベンチャーなどの新しい会社を立ち上げる環境を整えることは、持続的経済発展には欠かせない。さらに、ボーダレス社会の中では、国内の企業にとどまらず、海外の企業が投資をしやすい政治的安定、マーケットの成熟、法的インフラの確立が重要だと言うことも国連開発機関もよく理解をしている。

近年の新しい動き:

近年はこのような伝統的連携を超えた2つの現象が起こっているように感じる。ひとつは開発援助ドナーとしての民間企業の役割の拡大、そしてもうひとつは開発援助アクターとしての民間企業の役割の拡大だ。

<開発援助ドナーとしての民間企業>

インドネシアスマトラ沖地震後の津波の被害に対する個人・民間企業の対応は開発・緊急援助に対する考えをおおきく変えさせることになった。去年の1月に私が世銀の同僚とともに行った試算によれば、アチェに5年間の内に流れる7,000億円近くのお金のうち、40%近くにあたる2,000-3,000億円が民間・もしくは個人からの寄付であるという結果になった。バイ・マルチのODAを合計してもこれを少し上回る程度で、この結果、政府ODA頼みの国連機関よりも、個人・企業からの支持が高い国際NGOなどが国連機関よりも大きな資金を集めるという現象が起こった。

(写真①:津波後一ヶ月のアチェ)
(写真②:津波後一ヶ月のアチェ)

これは世界的に起こっている、個人・民間企業の社会貢献に対する意識の高まりと無関係ではないだろう。グローバルコンパクトなどの波に乗って、また株主、会社従業員などの意識の高まりもあいまって、企業の社会的責任(Corporate Social Responsibility: CSR)が近年おおきく注目されている。日本も遅ればせながら、グローバルコンパクト賛同企業が増加しており、2002年には7社だったのが、2005年にはその5倍以上の39社に増えている。また、経団連の430社を対象にした調査によると、CSRを始めた日本の会社もここ数年で倍増している。さらに経団連のもと、1%クラブなる集まりができ、経常利益の1%を社会活動に還元しようという考えに賛同する企業が増加している[i]。そして、この傾向は今後とも加速していくものと思われる。

去年仕事の一環で試算をしてみたのだが、日本の大手80社が実際に経常利益の1%を開発援助に充てたとすれば、年間500億円にものぼる。これは、日本のODAがマルチの援助機関に拠出している金額、約1,200億円(2004年度)の半分近くにあたる。よく考えてみれば、この現象は全く不思議ではない。多くの企業の売り上げ額が、国家の扱う予算の規模を大きく超えているからだ。例えばトヨタの売り上げは約18兆円で、これはアイルランド、ニュージーランド、フィンランドなどのドナー国のGDPの額を大きく上回っている。

この現象はまだあまり議論されていないようだが、国際機関の財源を拡大する戦略に大きな意味合いがある。プロジェクトを作成した後、プロジェクト資金を集めようという段階で、さあ、どこの大使館に持っていこうかというありきたりの行動パターンが見直されるべきということだ。あと5年もすれば、プロポーザルを作ったのち、企業のスポンサー探し(もしくは企業と共同プロジェクト作成)という光景が日常的にみられるようになるだろう。

<開発援助のアクターとしての民間企業>

資金源としての企業像からさらにもう一歩進んだ形態、開発援助アクターとしての企業の役割が拡大しており、現在UNDPのグローバル・サステイナブル・ビジネス(GSB)という枠組みのもとでもいくつかの実験が行われている。GSBは、企業がチャリティーとして行う社会貢献を超え、貧困国をも、“ピラミッドの最低層”(Bottom of Pyramid)のマーケットとして捉え、企業活動としても損失が出ず、かつ開発にも貢献するという、いわゆる、ウィン・ウィンモデルだ。これは従来の‘サブコントラクター’として開発プロジェクトに関わる民間企業の像とは一線を画す。

例えば、情報通信会社のエリクソンは、アフリカのタンザニアで、携帯電話普及ビジネスの一環として、農村部の市場調査をUNDPと共同で行った。その過程で地元NGOのファシリテーションを含め、携帯端末を数人で共有するビジネスモデルを打ち出した。個人携帯所有が主流の都市部と違い、農村部では、携帯をシェアすることによって個人あたりの負担が削減し、村人たちの情報へのアクセスが向上した。エリクソンにとっては、投資金額が90%削減し、かつ地元のニーズに基づいた携帯サービスの提供が可能となった。そのためオーストラリアの民間の銀行が貧困層を対象にしたマイクロ・ファイナンスを行ったり、アメリカのコンシューマープロダクト会社が代替エネルギーの生産を行ったりしている。

GSBとは直接関係はないが、IT・経営コンサルティング会社のアクセンチュアは、通常のコンサルティングフィーよりかなり低いコストで開発援助関係の支援をする部署を立ち上げている。このモデルが継続できるのも、この部署で働くコンサルタントたちは、一般の事業に関わるコンサルタントよりも少ない給料で働き、その他のコスト(飛行機代、ホテル代)も通常よりも低くなるように規定ができているからのようだ。

無償のプロ・ボノ支援の例としては、会計・コンサルティング会社のデロイトが、津波の後3ヶ月余りにわたって、スリランカ・インドネシア・モルジブ・タイなどの津波に被害を受けた国のUNDPと共同で内部のビジネスプロセス改善などの支援を行った。このプロセスにはフルタイムのコンサルタントが2-30人が常時動員された。さらにマッキンゼーもスリランカとインドネシアで、政府の津波復興調整機関へコンサルタントを常時7-8人ほど張り付けドナー調整のアドバイスなど様々な支援をした。その他にも様々な企業の無償サポートで、地方政府に対するコンピュータの寄付、トレーニング、コーヒーなどの地元特産品を市場にまで効率的につなげるサプライ・チェーンの再構築などが行われている。

以上近年の開発援助と民間企業の提携の深化のトレンドを‘開発援助ドナーとしての民間企業’と‘開発援助アクターとしての民間企業’として簡単に示し、いくつかの事例を紹介した。税金に基づくODAを前提とした開発援助はもう過去の概念となっているようだ。開発援助で働くみなさんも、民間との連携強化を一般的概念を超えて、一緒に考えてみませんか?

<注>
[i] 最も、これらは企業のマーケティングの一環に過ぎないという意見もあるが、モーティベーションより重要な点は、実際に企業の社会貢献活動範囲が着実に拡大しているという事実だ。

担当:粒良