第96回 人間の安全保障の実践とMY DREAMプロジェクト
日時:2015年9月20日(日)17時00分~18時30分
場所:コロンビア大学公共政策大学院
スピーカー:原 ゆかり氏(MY DREAM.org 代表)
講師経歴:原 ゆかり (はら ゆかり)氏。
ガーナのNGO 「MY DREAM.org」代表。2009年に外務省入省。国連政策課勤務を経て、コロンビア大学大学院にて人間の安全保障と国際保健を中心に研究、その後ガーナにて外交官と「MY DREAM.org」設立者としての二足のわらじを2年半続けたのち、2015年に外務省を退職、現在は日本の商社の南アフリカ支店アフリカ戦略推進室マネージャーを務めながら、MY DREAM .org代表としての活動を継続している。
■1■ はじめに
国連フォーラムでは、原ゆかりMY DREAM. org 代表を講師にお招きし、「人間の安全保障の実践とMY DREAMプロジェクト」をテーマに勉強会を開催しました。
原さんは外務省・国連政策課勤務時代に「人間の安全保障」及び「保護する責任」に関する業務を担当されていたご経験を踏まえ、勉強会の前半では、「恐怖からの自由」及び「欠乏からの自由」の実現を目指す「人間の安全保障」の概念をご説明いただきました。
後半では、ガーナのNGO 「MY DREAM. org」 設立にあたっての経緯、MY DREAMプロジェクトの活動、今までの成果や課題等についてお話し頂きました。また、ガーナのNGO設立にあたって地域住民のオーナーシップをいかに促進するか、プロジェクトの持続可能性をどのように担保するかについて、稚園の運営、縫製工房の建設などを例にお話し頂きました。
なお、以下の議事録の内容については、所属組織の公式見解ではなく、発表者の個人的な見解である旨、ご了承ください。
■2■ これまでの道のりとこれから
大学時代は国際法や平和構築研究のゼミに所属し、ニューヨークの国連本部での模擬国連大会に2度出場した。卒業論文では、ミャンマーにおける人間の安全保障実践のための外交政策に関して考察を行った。
2009年に外務省に入省し、国連政策課で2年間、国連安全保障理事会関連業務を担当した。当時非常任理事国だった日本の立場をスピーチや決議に盛り込む業務を経験。また、「人間の安全保障」「保護する責任」の概念にかかる議論が活発であった時期でもあり、人間の安全保障に関する業務にも関わっていた。その後、コロンビア大学大学院にて人間の安全保障と国際保健を中心に学び、大学院在籍中の半年間はガーナでインターンシップを経験した。
ガーナでの前半の3ヶ月間は現地のNGOで、残りの3ヶ月間はUNICEFのガーナオフィスでインターンシップを経験し、その期間中にMY DREAM. orgの立ち上げを行った。
2013年6月から在ガーナ日本大使館に書記官として勤務し、ガーナでの広報や文化交流の促進、シエラレオネ業務を担当した。2015年8月に外務省を退職、現在は、MY DREAM.orgの代表として村人たち主導のプロジェクトの運営を支援する傍ら、日本の商社のヨハネスブルク支店アフリカ戦略推進室にて勤務している。
■3■ 人間の安全保障の実践
2003年に緒方貞子氏やアマルティア・セン氏が編集した「人間の安全保障委員会報告書」によると、人間の安全保障とは、「人々の生にとってかけがえのない中枢部分を守り、全ての人の自由と可能性を実現すること」とされる。報告書には「人々の生存・生活・尊厳を確保するため、人々の『保護』と『能力強化』のための戦略が必要」とある。また、2012年の国連総会決議(A/RES/66/290)によると、人間の安全保障は 「人々が自由と尊厳のうちに生存し、貧困と絶望から免れて生きる権利。全ての人々、特に脆弱な人々は、全ての権利を享受し彼らのもつ人間としての可能性を開花させる機会を平等に有し、恐怖からの自由と欠乏からの自由を享受する権利を有する」と定義されている。
貧困や飢え等欠乏からの自由や、紛争等恐怖からの自由こそが、人間の安全保障の根幹だ。「援助」による人間の安全保障の実現は、能力強化(エンパワメント)と保護(プロテクション)により可能となる。具体的には、能力強化を中心とした医療、教育、社会的支援を行うことで人々を欠乏から自由にし、起こったかもしれない物理的暴力、紛争を防ぎ、将来起こりえる恐怖から人々を保護する。 例えば、シエラレオネの看護婦に対して、シオラレオネでは教わることのできない医療技術を日本で伝授することや、それを人々に分かりやすく説明できるようにするための訓練を行うこと、あるいは、ガーナに住むリベリアからの難民に対し、彼らの生活を確立するための職業訓練を行う等が挙げられる。
なお、「今この瞬間」に恐怖に曝されている人に対して国際社会に 何ができるかという発想からは、「保護する責任」という議論が生じる。これは、人間の安全保障の確保は本来主権国家の責任であるが、その国が責任を果たせず国民を保護できない場合、国際社会は軍事的な手段をもってしてでも、人々を物理的暴力や恐怖から保護する責任を負う、という議論である。すなわち、保護する責任は人道的介入に正当性を与える概念ともいえる。
しかし、2012年12月に採択された国連総会決議 (A/RES/66/290)においては、人間の安全保障の概念は、保護する責任の概念とは完全に切り離された。生きていく上でかけがえのない中枢部分を守りたいという目的においては、保護する責任と人間の安全保障とは類似する。しかしながら、保護する責任は、軍事的介入による内政干渉を可能にし得る概念でもあるため、必ずしも好意的に受け止めない国が多く、国際社会においてコンセンサスを形成することは容易ではなかった。一方で、開発援助によって人間の安全保障の実現を目指すという議論は、それに比較すると多くの人々にとって受け入れ易く、拒否反応を招きにくい。ちなみに、日本は国際社会において軍事的介入という手段を使わない国であり、保護する責任を全うするために出来ることには制約があるという事情があったことを背景に、援助をその実現手段とする人間の安全保障の概念を確立した国連総会決議採択を積極的に牽引する役割を担った
2012年以降、人間の安全保障の概念に関する大きな動きはなく、援助による人間の安全保障の実践を積み重ねているところである。具体的には、国連人道問題調整事務所(UN OCHA)の人間の安全保障ユニットに人間の安全保障信託基金があり、人間の安全保障のためのプロジェクト形成がされている。また、日本政府の取り組みとしては、現場のニーズに基づいて開発を促進するための草の根・人間の安全保障無償資金協力のほか、あらゆるODA案件においてその考え方が織り込まれている。
■4■ MY DREAMプロジェクト
単にある国・地域で成功したプロジェクトの事例を他の地域、国にそのまま横展開するのではなく、成功した原因を分析し、それを、それぞれの国や地域の環境に適応させながら成功させるにはどのような工夫が必要かを考えるのが人間の安全保障の基本的な考え方。ライフワークとして人間の安全保障の考え方に基づく開発の仕事をしたいと考え、MY DREAMプロジェクトを立ち上げた。
以下は、MY DREAMプロジェクトの立ち上げから現在に至る経緯である(表1)。コロンビア大学在学中にガーナのNGOでインターンを行ったのがきっかけで、現在のプロジェクトサイトであるガーナ北部のBognayiliという村との関わりがスタートした。インターン中の2012年8月に、「雨の日も幼稚園へ行こう」プロジェクトを発足させ、ウェブサイトを立ち上げ、自前のクラウドファンディングを開始。同年11月にはMY DREAM幼稚園が完成。この幼稚園事業が、現在もMY DREAMプロジェクトの大きな活動の柱になっている。
2012年6月-9月 (コロンビア大学在学中) | ガーナ現地NGOでインターン(保健衛生状況の調査・シアバタービジネスのテコ入れ) |
2012年8月 | 雨の日も幼稚園へ行こうプロジェクト発足 ウェブサイト立ち上げ 自前クラウドファンディング開始 |
2012年9-12月 | UNCEFガーナ事務所保健部門でインターン |
2012年11月 | MY DREAM幼稚園完成 |
2013年6月-2015年7月 | 在ガーナ日本大使館赴任。余暇を利用してMY DREAM. orgの運営を継続 |
現在 | 南アフリカに拠点を置く商社に勤めながら、余暇を利用してMY DREAM. orgの運営を継続 |
以下、MY DREAMプロジェクトのビジョン、ミッション、活動方針などについて紹介する。
ビジョン:
- 子どもたちが夢をみつけ、実現のために努力し、叶えることのできる環境を整えること
ミッション:
- 教育や保健・衛生分野の支援を通し、子どもたちを取り巻く環境を改善すること(社会還元プロジェクト)
- コミュニティ自らの発想と力で、1.の取り組みを維持発展させていけるように、収入向上のためのビジネス開発を促進すること(収入向上プロジェクト)
MY DREAMプロジェクトでは、10年先を見据えて持続可能なプロジェクト運営を目指しており、社会還元プロジェクトと収入向上プロジェクトを両輪として、活動を展開している。社会還元プロジェクトと収入向上プロジェクトの展開を通じ、貧困や不健康・不衛生、未就学など、子どもたちの夢の実現にとってのボトルネックを取り除いていきたいと考えている。将来的には、外からの援助に頼ることなく、村人が収入向上プロジェクトを通じて育てたビジネスから継続的に収入を得、その一部を社会還元プロジェクトの運営のために充てていくエコシステムの確立を目指している。また、運営の基本方針として、(1)どんな意思決定も村のチームの判断無しには行なわない、(2)リスペクト(歴史、宗教、信条、伝統的価値)、正直、透明性、謙虚を重視した活動、の2つを掲げている。
現在、運営の中核に携わっているのは、外国人としては原さん一人だ。現地の人、特に当該村の人が多く関わっているのがMY DREAMプロジェクトの特徴である。ただ、村人だけでは、ビジネスや、会計、法律のことが手当てできないため、首都アクラ在住のプロフェッショナルもプロボノとして組織運営に関わっている。
今はまだその活動の大部分を寄付に頼っているMY DREAMプロジェクトを支えるファンドレイズやプロジェクトの周知活動は、ニューヨーク在住の日本人やガーナ人、日本の支援者の力も借りて実施している。例えば、昨年11月に完成した幼稚園拡張のためのパビリオン(お遊戯場)建設は、ニューヨーク在住の人々の支援により実現した。また、現地の青年海外協力隊の支援を得て清掃プロジェクトや手洗いワークショップなども行っている。他には、収入向上プロジェクトの一環として、ゲストハウスの運営や、エコツーリズムのサービスを提供も行っている。WFPや農水省の人にアドバイスをもらい、新しい稲作方法にも挑戦している。
収入向上プロジェクトの一つであるガーナコットン製品プロジェクトは、村のお母さん達への働く場所の提供につながっている。働く場所があればお母さん達も働きやすく、彼女たちの自信にもつながりやすい。今後の目標は、10年先を見据えて持続可能な体制を構築すること。外からの援助がなくてもやっていけるようにしていきたいと思っている。
■5■ 質疑応答
質問: MY DREAMで実施したファンドレイジングは誰を対象にしていたのか?また、どの位の金額を集めたのか?
回答: ファンドレイジングは過去ニューヨーク、愛媛、東京、ガーナで行った経験がある。一番最初の幼稚園建設プロジェクトの実施に際しては、3000ドルのファンドレイズを行った。受益者の顔と、実際に何にお金が使われているのかが見えやすく興味深いという理由で寄付してくれる人が多いように感じる。その背景には、以前大きな組織に寄付して最終的な受益者或いは結果が見えにくいという経験もあるようだ。基本的には、個人からの寄付が主。プロジェクトは、ほとんどが村人の手によって運営されているものであり、子ども達に対しても、一つ一つ進んでいく村の発展が、外国からのプレゼントではなくて、村の大人達の努力の賜物だということを伝えたいと考えているので、現地の村のお父さんお母さんの頑張りをできるだけ前面に出せるよう工夫している。また、昨日ガーナ人の教会を訪問したが、「支援したいけれども方法が分からなかったのでありがたい」と言ってくださる方もいて、離れた場所に住むガーナ人同士をつなげられたような気がして嬉しく思ったところ。
質問: 収入向上プロジェクトのコットン製品は海外と国内どちらを対象に売り出しているのか?
回答: 国内・海外双方に向けて少しずつ販売している。ガーナ国内では、主に中流階級のガーナ人や在住外国人を対象にしている。
質問: 他の援助機関のスキームは利用しているのか?
回答: 利用していない。理由としては、資金が足りない時には自らお金を払ってでもプロジェクトを維持継続していきたいという意識を村人の中に育てたいということもあるし、外から大型のプロジェクトやお金を投入することで急激な変化を起こすことが必ずしも村の継続的な発展には寄与しないのではないかと考えているから。
質問: 写真を見るとプロジェクトの前面にでているのは女性が多いようだが、実際はどうなのか?
回答: 実際のプロジェクト運営の8割は男性によるもの。一方でプロジェクトのメインの裨益者は女性・子どもであるのが現状。プロジェクト運営に携わっている男性陣から、自分達にも何か、という声が当然上がってきており、今年から新しい稲作方法を取り入れる農業支援プロジェクトなどを開始したところ。
質問: 現在村人たちのプロジェクトへの反響はどうか?
回答: 良好。例えば、ここから先は自分達で頑張るからファンディングはしてくれなくてもいいというコメントもあり、単なる援助者ではなく共に歩む開発パートナーとして認識してくれていると思う。地元の人が自主的にミーティングを開いてアイディアを出し合ったり、プロジェクトの実施のためにお金を出してくれるようになったことも嬉しい。その背景には、MY DREAMの村のチームがコミュニティに積極的に発信してくれており、村の長老たちも支持してくれているという事情があるように思う。
質問: プロジェクトに反対している人はいないのか?
回答: プロジェクト立ち上げの当初3年前に、村から輩出された初めての4年大学に通う青年から、自分のためのお金やパソコンを支援して欲しいと懇願されたことがある。MY DREAMプロジェクトが目指す村全体の裨益という考えを説明した上でその申し出は断ったが、その後彼は、クリニックを建設するという大義名分で別の援助機関から支援を引き出し、 半分を自分の懐へしまってしまったと聞く。クリニックが建つこともなかった。MY DREAMからはお金をもらえないと知っているので、その後アプローチをしてくることはないが、彼は必ずしも自分の思い通りにいかないMY DREAMプロジェクトのことを良くは思っていないかもしれない。
質問: 地域の行政はどのような反応か?
回答: うまく協力関係を築こうと試みている。幼稚園は設立と同時に、現地の行政の管理下に収めた。また今後建設予定のクリニックは、一層行政との連携が不可欠だと認識している。MY DREAMプロジェクトとしては、永遠に拠出が続くランニングコストには支援を出さない、ということをポリシーに掲げている。一度そこに支援を入れてしまうと、その支援が引いてしまった時に、施設の運営が止まってしまう可能性があるからだ。だからこそ、保健従事者の派遣や薬の供給なしには成り行かないクリニックの運営には行政の関与が不可欠。この3年をかけて、施設の運営コストは行政の支援で賄ってもらえるよう、村のチーム自ら、ガーナ保健局に働きかけてきた。その働きかけがようやく功を奏し、行政から人材と薬の供給の約束を取り付けられたことこそが、クリニックプロジェクトをローンチさせる後押しとなった。
質問: MY DREAMの給料や組織運営はどうなっているのか?
回答: 現在は一人だけ1ヶ月1万円ほどの給料を出しているが、残りの人はボランティア。もちろん収入向上プロジェクトで製作される製品については、作り手のお母さんや品質管理責任者に対して対価を支払っている。
■6■ まとめ
今回の勉強会では、人間の安全保障をライフワークとしたいという思いからガーナで実際にMY DREAMプロジェクトを立ち上げ実践している原さんの活動を目の当たりにし、人間の安全保障について理解を深めることができた。ウェブサイトや自前のクラウドファンディングを開始し、青年海外協力隊や専門機関等、様々なアクターからの協力を得てプロジェクトを実施している原さんからは行動力を感じた。また、プロジェクトの運営面に関しても、様々な工夫を凝らし、ただ一人の日本人でありながら、多くの現地の人たちと協力し合い、より持続可能な形を求めながら活動を続けている原さんの開発に対する熱意は参加者の心に響いたに違いない。
■7■ さらに深く知りたい方へ
このトピックについてさらに深く知りたい方は、以下のサイトなどをご参照下さい。国連フォーラムの担当幹事が、下記のリンク先を選定しました。
- 「MY DREAM. org」
http://mydreambridgethegap.webs.com/ - 人間の安全保障委員会報告書
http://www.unic.or.jp/news_press/features_backgrounders/1142/ - 人間の安全保障に関する決議 (A/RES/66/290) (英語)
Follow-up to paragraph 143 on human security of the 2005 World Summit Outcome
http://www.un.org/en/ga/search/view_doc.asp?symbol=%20A/RES/66/290 - 人間の安全保障 外務省のページ
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/bunya/security/index.html - 人間の安全保障信託基金 (英語)
http://www.un.org/humansecurity/ - 草の根・人間の安全保障無償資金協力
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shimin/oda_ngo/kaigai/human_ah/
2016年1月31日掲載
企画リーダー:高橋尚子
企画運営:上川路文哉、志村洋子、原口正彦
議事録担当:原口正彦、志村洋子
ウェブ掲載:高橋愛