第97回 「アフリカ経済の転換と産業政策 ーエチオピアにおけるJICAの政策対話とカイゼンから考える」
日時:2015年9月27日(日)17時30分~19時00分
場所:コロンビア大学Mudd 924号室
スピーカー:島田剛氏(静岡県立大学准教授)
講師経歴:島田剛(しまだごう)
略歴:早稲田大学博士(学術)、JICA研究所主任研究員、JICA研究所企画課長、JICA産業開発・公共政策部産業貿易課長、国連代表部一等書記官、JICA理事長室、人事部などを経て、現在、静岡県立大学大学院国際関係学研究科・国際関係学部准教授(国際経済学)、コロンビア大学客員研究員、早稲田大学招聘研究員、JICA研究所招聘研究員。近著に以下のものがある。 "The Economic Implications of Comprehensive Approach to Learning on Industrial Development (Policy and Managerial Capability Learning): A Case of Ethiopia." In Akbar Noman and Joseph Stiglitz, eds. Industrial Policy and Economic Transformation in Africa. New York: Columbia University Press. (2015) "Towards community resilience - the role of social capital after disasters." In Laurence Chandy, Hiroshi Kato, Homi Kharas, eds. The last mile in ending extreme poverty, Washington D.C.: Brookings Institution (2015)
■1■ はじめに
今回の勉強会では、島田剛・静岡県立大学准教授をお招きし、「アフリカ経済の転換と産業政策ーエチオピアにおけるJICAの政策対話とカイゼンから考える」というテーマでお話を伺いました。産業政策は国が市場に介入するものであることから、議論が分かれるトピックであり、島田准教授がJICA職員であった際に開始した「カイゼン・プロジェクト」も最初は議論が分かれたそうですが、今では日本の顔の見える支援として確固たる地位を獲得しています。
今回は、国連総会サイドイベント (2015年9月28日開催)に登壇するためニューヨークへご滞在の機会を捉えて勉強会を開催いたしました。なお、このサイドイベントは来年、ケニアで開催予定の第6回アフリカ開発会議(TICAD VI)に向けたイベントという位置付けで、島田准教授も執筆したJICA研究所とコロンビア大学の共同研究による ”Industrial Policy and Economic Transformation in Africa”の出版記念を兼ねていました。なお、以下の議事録の内容については、所属組織の公式見解ではなく、発表者の個人的な見解である旨、ご了承ください。
■2■ 産業政策をめぐる議論
2008年5月に採択されたTICAD IVの「横浜行動計画」の三本柱のひとつである「成長の加速化支援」において、アフリカ諸国の産業戦略策定支援が活動計画のひとつに挙げられ、現在、カイゼンは日本のフラッグシップ・プロジェクトとなっている。
実際、今年4月のアジア・アフリカ会議(バンドン会議)60周年記念首脳会議にて、安倍総理大臣は「60年前、インドの農家と共に汗を流し、農機具の使い方を伝え、スリランカの畜産者たちを悩ませる流行病と共に闘うことから、私たちはスタートしました。そして、アジアからアフリカへ、日本が誇るものづくりの現場の知恵や職業倫理を共有してきました。エチオピアでは、「カイゼン」のトレーニングプログラムにより、生産性が大幅に向上しています。」とのスピーチを行っている。一方、今でこそ産業政策支援やカイゼンは重要なプロジェクトとなったが、案件を開始した当時はアフリカに対する民間セクター支援は時期尚早ではないかとの議論もあり、立ち上げは難しいものがあった。
産業政策をめぐっては現在でも賛否両論の活発な議論があり、新構造主義やワシントン・コンセンサスの立場からの議論など代表的な識者に下記の三名がいる。
(1) ハージュン・チャン(ケンブリッジ大学)
「はしごを外せ―蹴落とされる発展途上国」(2009)の著者。先進国は自国の産業には介入し、自分ははしごを登った上で、途上国のが登ろうとした際には外してしまったという視点から、先進国が途上国に「押し付けてきた」構造調整、新自由主義に批判的。同時に、韓国の経験から比較優位(その国が得意な財の生産に特化して経済発展を遂げた方がいいという経済学の視点)のみでは途上国の経済は発展せず、多くの国は永久に農業国から抜け出せなくなってしまうという考え方。
(2)ジャスティン・リン(元世界銀行チーフ・エコノミスト、北京大学)
各国の経済社会資源の制約は時とともに変化し、各国の比較優位もまた資源制約の変化に伴い変化する(動的比較優位)という考え方を支持。この動き沿った経済発展・構造変化のスピードを上げるために、比較優位に従った産業政策は有益な方法であるとの立場を取る。
(3)アン・クルーガー(IMF元副専務理事、ジョンズホプキンス大学)
国家が市場に介入することで生じる規制や補助金は、便益や権益を求める企業と国家の間で癒着や汚職を生み(Political capture)、経済発展を阻害する結果を生むとの考えから、産業政策に反対している。
1980年代末~90年代にかけて、日本政府はワシントン・コンセンサスに表されるような世銀・IMFの体制に対して批判的な立場を取った。その一つが、1990年代前半に日本が起こした「世銀・OECF論争」(※OECF…海外経済協力基金。現在はJICA)であり、幼稚産業保護の議論を展開したOECFとそれを否定する世銀が対立した。
ただし当時の世銀では内部でも意見が対立していた。ジョセフ・スティグリッツ教授(ノーベル賞経済学者、現コロンビア大学)から聞いた話だが、1992年の世銀報告書「The East Asian Miracle」を執筆した際に、スティグリッツ教授が書いた文の後に、それを否定する文を世銀側から挿入され一貫性のないものになってしまった、と述懐していた。
ちなみに、米国の10ドル札の肖像であるアレクサンダー・ハミルトンは米国の元財務大臣で、世界で初めて産業政策を始めた人物である。この産業政策はドイツ、フィンランド、フランス、日本、韓国、シンガポールへと広がり、フィンランドのNOKIAやフランスのルノー等、国営企業から巨大企業へ成長させる数々の成功例が生まれた。ドイツが産業政策が取ったのは歴史的によく知られているが、アメリカの産業政策を取ったということはあまり知られていない。
■3■ アフリカの経済の転換はなぜ必要なのか
次になぜアフリカの経済転換が必要になってきているか(なぜ産業開発しなければならないか)についてお話をしたい。3つの大きな理由がアフリカ経済の転換を強く迫っている。
(1)増える人口・若年層の失業
アフリカ大陸では今後も人口が増え続け、労働人口は2040年には東南アジアや欧州の3倍レベルに達すると予測される。インドや中国よりも多くなる見込みだが、若年層の失業率が増加している。若者の仕事がないと、政情不安定化の要因となり得るので、失業率減少は重要課題である。ではそうした雇用が創出されているのか次に見てみよう。
(2)鉱物など資源セクターが中心の経済
アフリカの成長は、現在も資源に大きく頼っており、生産性はそれほど伸びていない。新規投資産業も、ほとんどが鉱物・石油などの一次産業とそれに関わる製造業である。また、製造業のGDPに占める割合は、1990年から下がり続けている。農業は労働人口の吸収力が弱い為、製造業で労働を増やすというのがアジア等で成功してきた発展政策だが、アフリカではそれが思うようにできていないという現状がある。
(3)弱る製造業
1970年代には、経済発展が東南アジアより進んでいたアフリカ諸国だが、製造業の発展(例:ゴム原料産出国であるマレーシアでは、ゴムの製造業の不在 を改善し民間企業の投資を呼び込む政策をとったことで、順調に経済発展した)が思うように進められなかった。結果として、現在アフリカ経済は東南アジア経済に比べて大きく遅れを取っている。今後、人口は増加するが彼らが生計を確保する雇用が十分になく、失業率が上昇することが強く懸念されている。そのため、産業化に向けたアフリカの動きが加速しつつあり、日本もそれを支援してきている。
■4■ 日本にできることは何か
経済発展において重要なのは、速さ(Speed)と漸進主義(Gradualism)のバランスであると思う。 エチオピアでは、日本は勢いのあるリーディング産業(皮革、切り花、靴)と零細小企業の両方を支援する方策を「産業政策対話」として議論し、特に零細小企業に対してはカイゼンによって日本の特色を生かした小さな工夫の積み重ねを推進してきた。「カイゼン」は元々、日本の製造業の現場で作業の効率を上げ労働意欲を高めるために実践されてきたボトムアップ型の取り組みで、標語の5S(整理、整頓、清潔、清潔、しつけ)はシリア、カンボジア、エチオピア、ベトナム等へ広がっており、現地でも全てSから始まる標語になって親しまれている。
エチオピアでのカイゼン支援フェーズ1は、約30社(金属、繊維、化学等、平均402人規模の会社)から始め、半年で3万ドル相当の初期効果と定性的効果が見られた。現在も約160社と取り組んでいる。JICAがカイゼン・プロジェクトを推進する際、途上国の民間企業は政府の政策によって大きな影響を受けるという経験から、企業のみと協働するのでは十分でなく、政策と企業支援を一緒に行う包括的アプローチを取っている。エチオピア政府と綿密に政策対話をしたことで、エチオピア政策の5か年政策に大きく反映され、個別プロジェクトとの相乗効果を発揮した。
アフリカ経済は転換が必要な時代になってきている。日本はその強みを生かして支援を続けていくことが重要だと思う。
■5■ 質疑応答
質問: カイゼンを実際に始める時、企業内のどの層をターゲットに始めるのか。
回答: 日本に比べるとアフリカの企業内の上下関係の影響は強く、雇用者と労働者は学歴や賃金、社会階層まで大きく異なる。ただし、経営陣から現場の従業員まで全てを包括的に取り組むことがカイゼンには必要なことなので、試行錯誤を繰り返しながら包括的にアプローチしてきた。例えば、日本にエチオピアの経営者を派遣した研修プログラムでは、日本企業の社長が自ら雑巾がけする姿を見せ、エチオピアの社長にも体験してもらう等、意識改革も行った。現場レベルのカイゼンでは、上からの命令で働くだけでなく、従業員自らが考えて行動するように工夫がされていた。
質問: 日本への派遣研修の詳細について教えてください。
回答: エチオピアの第1フェーズでは参加企業を最初に募った際、160社程の応募があり、そこから選考した30社の熱意ある企業がパイロット活動に参加した。それらの者から選ばれた人たちが大阪と名古屋で研修を行った。
質問: 今でもIMFや世銀では産業政策に対して異論があるのか。
回答: 産業政策を取った場合に政府に腐敗はないか、一定の企業のみ利益を得ているのではないか、支援はいつまで続くのか、可能性の少ない産業を(誤って)支援しているのではないか、公平な競争が阻害されているのではないか、投資環境整備に留めるべきではないか等の理由で、産業政策に対して慎重(あるいは批判的)な立場を取るエコノミストは少なくない。
質問: ガバナンス向上とセットで援助するといった方法があると思うが、エチオピアでもあるか。
回答: ガバナンス向上とセットで支援することは重要。援助方法の優先順位をつけながら段階的に推進することが重要である。
質問: IMFや世銀に対してどのようにカイゼンの効果をアピールしてるか?
回答: カイゼンを実施したグループと実施しなかったグループの結果をデータで分析し発表できるよう準備している。また、編集にスティグリッツ教授が携わっている本(”Industrial Policy and Economic Transformation in Africa”)でプロジェクトの効果を論じることも、高名な教授の名前を生かしてアピールすることにつながる。
質問: 外資が西洋的なマネジメントの導入をする援助もあるが、どのように差別化できるか?
回答: 企業の援助においてはカイゼンだけが唯一の方法ではなく、これはあくまで一つのアプローチである。ただし、「カイゼン」という名前のインパクト・メッセージ性・援助政策としてのわかりやすさが効果を発揮している。
■6■ さらに深く知りたい方へ
このトピックについてさらに深く知りたい方は、以下のサイトなどをご参照下さい。国連フォーラムの担当幹事が、下記のリンク先を選定しました。
- 島田准教授がエチオピアでのカイゼン・プロジェクトについて論じている2015年9月発売の出版物
”Industrial Policy and Economic Transformation in Africa” Edited by Akbar Noman and Joseph E. Stiglitz, OLUMBIA UNIVERSITY PRESS (2015)
http://cup.columbia.edu/book/industrial-policy-and-economic-transformation-in-africa/9780231175180 - 日本のエチオピアでの産業政策である「カイゼン」プロジェクトがBBCで取り上げられた記事
”Japan brings kaizen philosophy to Ethiopia”
http://www.bbc.com/news/business-26542963
2016年1月30日掲載
企画リーダー:原口正彦
企画運営:志村洋子、高橋尚子、中島泰子
議事録担当:中島泰子
ウェブ掲載:中村理香