JICA民間連携事業部 連携推進課 馬場課長 インタビュー

略歴:馬場隆(ばば たかし)

東京大学法学部卒、ミシガン大学公共政策大学院(MPP)修了。1997年、海外経済協力基金(当時)入社。東南アジア向け円借款を主に担当。2006年~2008年、国際協力銀行(当時)フィリピン事務所勤務等を経て、2008年10月より国際協力機構(JICA)総務部。2010年以降、インド、ベトナム担当(円借款総括)を経て、2014年10月より現職。現在、経産省「BOPビジネス支援センター」運営協議会委員、同省「質の高いインフラシステム海外展開促進事業」事業評価委員等を務める。2013年3月、「躍進するアジア地域主義~繁栄共有に向けたパートナーシップ~」(アジア開発銀行(ADB)が公表した「Emerging Asian Regionalism」の日本語訳)を共同刊行。

国連フォーラム・国連とビジネス班では、国連をはじめとした国際機関や公的機関と民間組織の連携の現状について紹介しております。今回は国際協力機構(JICA)の民間連携の取組みについて、その現状や課題、今後の在り方を、民間連携事業部連携推進課長である馬場隆さんにお伺いしました。

インタビュアー:前川昭平(国連とビジネス班 幹事)

JICAの民間連携の現状を教えてください。

私の所属する民間連携事業部では、企業の規模を問わず、日本企業からの提案に基づき、途上国の課題解決に繋がる事業提案の具体化を支援するものとして、以下の様な支援メニューを展開しています。

尚、JICAには中小企業に限って支援する事業もあり、別の部署が主管していますが、これらも含めたJICAの民間連携事業メニューの詳細は以下のJICAウェブサイトに記載されているので、是非ご覧ください: https://www.jica.go.jp/activities/schemes/priv_partner/

協力準備調査(PPPインフラ事業)とSDGsビジネス調査は、いずれもJICAから企業に調査を委託するという形態を取ります。協力準備調査(PPPインフラ事業)は、Public-Private Partnership(PPP)形態でのインフラ事業への参画を計画している日本企業に対し、基本事業計画の策定と事業の妥当性や効率性などの確認を行う調査を委託するものです。他方で、SDGsビジネス調査は、2015年に採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」の達成に貢献するビジネスの形成・展開を検討している日本企業に対し、ビジネスモデルの開発やパイロット事業の実施を通して、実現可能性の確認を行う調査を委託するものです。

また、民間技術普及促進事業は、日本企業の持つ製品や技術、ノウハウについて、途上国政府関係者への理解促進を通じて、海外展開に繋げることを支援するものであり、具体的には現地でのセミナーや日本への受け入れ研修等を行うことを想定しています。

海外投融資は、民間企業が途上国の開発課題解決に資する事業投資をする場合に、JICAが投融資を行うものであり、企業にとってはJICAがODA等で培ってきた途上国でのネットワークやリソースを活用できるメリットがあります。

JICAが官民連携に取り組み始めた背景はどのようなものだったのでしょうか?

1997年をピークに、日本のODA(円借款、技術協力、無償資金協力)予算は年々減少しており、2000年代前半からは途上国への資金流入において、民間資金がODAを上回っています。また、資金的なもの以外にも、企業が持つ技術やアイデア、ノウハウに対する途上国からの期待が高まっています。
これらを背景として、2008年に国際協力銀行(JBIC)の円借款部門とJICAが統合した際に、民間連携室という組織を立ち上げたのが、JICAとしての民間連携の体制作りの始まりです。

2008年以降、順次上述の民間連携事業を展開・運用してきましたが、これまでの事業を振り返ってみると、この数年はJICAにとって「民間連携1.0」と言え、課題も見えてきていると感じています。

どの様な課題でしょうか?

例えば、2015年に実施した企業向け調査のなかで、JICAに対するイメージをヒアリングしたところ、JOCV(青年海外協力隊)事業等の印象が強いのか、回答企業の80%がJICAを「事業パートナー」として考えたことすらない、従って、民間連携事業を展開しているということも知らない、という状況が判明しました。このような状況では、企業からの提案を前提とした支援の仕組みを持っていても、提案が出てこないのは明らかであり、企業との距離感をもっと埋めていかなければならないと考えています。

また、これまでの支援事業を通して、事業モデル毎の教訓や、分野別の課題等が見えてきましたので、これらを抽出し、今後の海外展開を模索・検討する日本企業に提供することも必要と感じています。

そうした問題認識を踏まえ、2015年10月には、「途上国ビジネス成功の条件-50億人市場を攻める-」というテーマで、また、2017年2月には、「途上国ビジネス成功の条件-SDGsをビジネスチャンスに-」というテーマで、企業向けセミナーを実施し、ナレッジを共有するとともに、JICAのアセットを企業にもっと活用頂きたい、というメッセージを出しました。こうした取り組みを一過性のもので終わらせることなく、「民間連携2.0」に向け、重層的・継続的な取り組みとすべく、引き続き議論を進めているところです。

SDGsビジネス調査は最近始まったと聞きましたが、どのような背景があるのでしょうか?

SDGsビジネス調査は、2017年から開始したものですが、元々はBOPビジネスを支援する事業として開始しました。ところが、BOPビジネス、イコール小分けビジネス、といった誤解が日本では根強く、自社事業との接点はないという認識が企業には広がっていました。また、BOP層はいつまでもBase of the Pyramid、すなわち社会の底辺に止まっている訳ではなく、所得レベルは極めて動態的であるにも関わらず、あくまでBOP層のみを対象にするビジネス、というモデル設定に限界も感じていました。

他方で、SDGs採択以後、日本企業のなかでも少しずつESG経営への関心も含め、SDGsに取り組むことがコアビジネスとして認知される状況が生まれつつあります。そこで、日本企業と途上国ビジネスとの橋渡しをするキーワードとして、SDGsに目を付け、途上国の課題解決、すなわちSDGsの達成に貢献するビジネスを支援対象とすることにしました。

海外での会議に出ていますと、世界ではユニリーバやダノン、コカコーラなど、所謂、その分野のリーディングカンパニーが、SDGsを事業機会として認識し、積極的な取り組みを行い、また対外発信していることがよく分かります。日本でも、住友化学のように役員も含め全社一丸となってSDGsに向き合う企業も出てきてはいますが、まだまだ少ないのが実情と思います。よく指摘されることですが、日本企業はCSR部門が経営と一体になっておらず、SDGsもCSRの一環と捉えられる傾向にあるようですが、ボリュームゾーンである途上国マーケットが海外企業に席巻される前に、少しでも志ある日本企業がSDGsに関心を持ち、その海外展開を通じて途上国の課題解決に繋げる上で、JICAからもお手伝いしたい、と思っています。

SDGsにしてもBOPにしても、世界のリーディングカンパニーと比較して、日本の大手企業への浸透が進まない背景にどのようなものがあるとお考えですか?

シンボリックな例で言いますと、企業の経営陣が英字新聞を読んでいるか、ということではないでしょうか。すなわち、国際環境の変化や、国際的な課題をきちんとフォローできているか、ということです。ニュースや新聞は基本的に「過去」を示す媒体ですが、その「過去」からどのように「未来」を予測し、企業にとってのビジネスチャンスを見出すか、一歩先を読むか、が問われていると思います。

さらに、他流試合と言いますか、欧米をはじめとした他(多)国籍企業との接触・交流や発信の機会を求める姿勢にも大きな違いがあるように思います。例えば、海外の会議に出てみますと、多くの企業が後援名義を買い取って、企業名を冠したセッションを取り仕切ることがあります。そのような場で、そもそも日本企業を見かけること自体、極めて稀ですが、スポンサーになっている企業を見かけることは滅多にありません。しかし、欧米企業は、正直、大したことを行っていなくても、そうしたセッションを仕切ることで広報に繋がりますし、そこからビジネスチャンスに繋げようとしていると思います。実際、セッションの合間のコーヒーブレークを使って商談を進める姿もよく見かけますし、そうやって会議に出ることで、様々な学びと気づき、発信の機会にするとともに、ネットワーキングを進めているのだと思います。

国際協力における官民連携のさらなる拡大に向けての課題として、どの様なものがあるでしょうか?

JICAと民間企業では、向いている方向が必ずしも同じではないということは、勿論あります。JICAは途上国の課題解決を一義的な目標としている一方、民間企業は事業化が最優先だからです。但し、JICAとしても、企業によるビジネスアイデアが事業化しない限り、開発課題の具体的な解決には繋がらないので、その意味では、まずは事業化に向けて後押しするという点では一致しています。

他方で、JICAの中では、まだまだ企業との接点の持ち方、連携のありようについてマインドセットを変えていく必要があります。もはやODAだけで途上国の課題を解決できる時代ではないにも関わらず、JICAのリソースだけ、ODA事業の範囲内だけで狭く考えてしまう癖が残っています。例えば、USAIDは、自らが実施するODAに限定せず、むしろ、いかに少ない費用負担で、民間ビジネスも含め他の資源を積極的に動員し、相乗効果の高い案件を形成するかに主眼を置いています。また、そうした取り組みを可能とすべく、10年単位で人事研修や民間企業との積極的な人事交流、各種メニューの開発等を通じて、民間連携の実施体制を整えており、こうした取り組みは大いに参考になります。もちろん、全てをコピーする必要はないと思いますが、日本の公的機関として、また国内外に類稀なネットワークと途上国政府との信頼関係を構築しているJICAだからこその、民間企業との連携のありようを再検討する、すなわち、「民間連携2.0」を模索する時期を迎えていると思います。

具体的には、これまでは民間連携の支援メニューは、企業による事業アイデアを尊重する観点から、すべて企業からの提案を待つ方式を採用してきましたが、今後は、JICAとしてアプローチしたい開発課題や取り組みたい支援イメージを提示する方式に変えたいと思っています。そうすることで、提案企業にとってもより具体的なイメージが湧き易く、またODA事業との連携等も進めやすくなるものと思います。

また、これまでも何度か企業向けセミナーは開催してきましたが、こうした企業との対話チャネルを各レベルで増やしていきたいですし、もっとJICA各部門が自らの発意の下で企業と積極的に対話・交流をしながら、事業アイデアをともに模索する、まさにパートナーとして共創(Co-creation)する形に持って行きたいと考えています。

馬場さんへのインタビューを終えて、官民連携を促進するためには、官と民の双方で問題意識を深めていくことが重要であると改めて感じました。最近は日本でもSDGsやESG等の概念が話題に上る機会が増えているように思いますが、これらの概念が社会に更に浸透していくと共に、官と民を繋ぐ共通言語として上手く機能し、官民連携促進の触媒となっていけば良いなと思う次第です。

2017年6月11日掲載
ウェブ掲載:三浦舟樹