「グローバル・コンパクト・セッション」スピーカー:野村彰男さん・甲賀聖士さん

【はじめに:前川昭平(国連と班ビジネス幹事)】

1.国連グローバルコンパクトとは
  10原則の紹介

人権原則1: 人権擁護の支持と尊重
原則2: 人権侵害への非加担
労働原則3: 組合結成と団体交渉権の実効化
原則4: 強制労働の排除
原則5: 児童労働の実効的な排除
原則6: 雇用と職業の差別撤廃
環境原則7: 環境問題の予防的アプローチ
原則8: 環境に対する責任のイニシアティブ
原則9: 環境にやさしい技術の開発と普及
腐敗防止原則10: 強要・賄賂等の腐敗防止の取組み
(参考:国連グローバル・コンパクトとは http://ungcjn.org/gc/index.html)

会場の国連GC認知度は8割ほどであった。

2.本日の登壇者紹介

  グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン理事長 野村 彰男氏  
  昭和女子大学現代ビジネス研究所 甲賀 聖士氏

【講演①:野村 彰男氏】

1.自己紹介

GCNJ理事野村さん:元朝日新聞記者 国連広報センターUNIC所長@東京 それまではNYから出向の所長多かったが野村さんの前から日本人所長に。 3年ほど所長務める。UNICの仕事の中でもっぱら企業を相手とするGCの活動はきわめて異質だった。
2.GCNJのあゆみ

経緯:最初の年の加盟企業は一ケタで、広報センターだけでは活動を広めるのは難しいと感じていた。GC誕生の背景には、1990年代を通してグローバル企業が途上国で起こした資源確保のための環境破壊や安い労賃での労働者の搾取、児童労働など人権侵害の問題があった。アナン前国連事務総長は、こうしたビジネスのあり方を放置し、グローバル化の波に乗って成長する国や企業と流れに取り残される国や企業の格差が拡大を続ければ、ナショナリズムやリージョナリズム、テロリズムなどのismの広がりでグローバル市場そのものが立ち行かなくなると危惧し、1999年、ダボスの世界経済フォーラムでビジネスリーダーたちに、「企業は問題を起こす側から問題を解決する側に回って欲しい」と呼びかけのが発端だ。
企業の人達とともに活動を広めようと「日本のCSR元年」といわれた2003年にジャパンネットワーク(GCNJ)を設立した。しかし、当時の日本企業は内向きで横並び志向が強く、GC参加にきわめて慎重だった。企業にとって国連が遠い存在だったこともあろう。しかし、UNICを事務局としての活動には限界があり、2008年、富士ゼロックス元社長の有馬利男氏を代表理事として企業主体の活動へとGCNJの組織を拡大強化した。参加企業の協力でスタッフも徐々に充実し、現在では加盟団体が210を数えるまでに至った。
3.GCNJの活動内容について

参加企業・団体のCSR担当者らを中心に分科会活動も活発になり、いまでは14の分科会がそれぞれの分野の専門家を招いて学習したり、各社の実践例を紹介し合ったり、分科会によっては自分たちの学んだ成果を小冊子にまとめて「お役立ちシリーズ」として公開したところもある。それぞれの分科会の規模は15-50名程度。関心が高まっている人権の分科会は「ヒューマンライツ・デューデリジェンス」と「人権教育」の2つになった。今後SDGsに呼応する活動も広がると思う。
各者のCSR担当が集まるだけではビジネスの本流に変化を生めないという問題意識から、マネジメントレベルにも地球規模の課題やビジネスが社会で果たすべき役割について学ぶ機会をつくろうと「明日の経営を考える会」(AKK)をつくった。毎年、15~20数人の規模で企業経営者が推薦する執行役員クラスを集め、毎月一回1年間を通した勉強と議論を重ねてきた。これまで7期が終了し、修了者が約100人になった。異業種の執行役員クラスが長期にわたり様々なテーマで一緒に学び議論する機会は貴重だと喜ばれ、各期ごとの同期会、全体の同窓会組織もできている。当初のAKKでは女性参加者は1人か2人だったが、時代の反映か7期は15人中7人が女性だった。スタートした8期も女性比率は高い。
こうした日本国内の活動に留まらず、中国、韓国のGCネットワークと毎年1回集まって、フォーラムを実施している。7年目を迎えた本年はソウルで開催。各企業のベストプラクティスのシェア、アカデミアの交流、各国15人前後の大学生・院生を集めてのユースフォーラムも実施している。来年は中国での開催が予定されている。
4.GCNJの意義について

GCNJには事業と国際課題の結び付きへの企業意識を高める目的がある。ビジネスへ直結するケースはまだ少ないが、どうすればよりサステイナブルな企業となる事ができるか、との視点を得てもらう意義がある。ヨーロッパではGCの認知度が高く、ヨーロッパ企業との取引をようとしてGC参加を条件として求められたためにジャパンネットワークに加盟する企業も何社か出た。現在世界のGC加盟団体は1万3千余り、そのうち企業は8千数百にのぼる。
5.今後の課題について

GC自体の認知度がまだまだ日本では低いことと、中小企業の参加率が低い事が大きな課題といえる。日本を代表する著名大企業でも参加していない企業があるのは残念だ。昨今某有名メーカーでトップか関与した不正が発覚したように、企業はどこから裂け目ができるかわからない。他にも不正問題でGCからいったん休会してもらった例がある。(昨年より復帰。)GCに参加したからといって一気に企業活動が変わるわけではなく、経営者の意識や全社的なCSRの意識が変化し、企業文化として根付くのには時間がかかる。
10の大学が加盟している。いずれも私大で、やはり国立大学にも参加して欲しい。世界的な大企業は大半の途上国より大規模な経済活動を行っており、企業の行動は非常に重要だ。MDGsは途上国に焦点が当てられていたが、SDGsは途上国、先進国を問わずあらゆる国が自分の事として取り組むべき課題が多い。その意味でも先進国の大企業は自覚を持って課題解決への推進役を果たすべきだと思う。

【講演②:甲賀 聖士氏】

0.はじめに

グローバルコンパクトとビジネスの関わり方・企業の考え方等についての個人としての考えを共有し、今後の研究や活動に生かせる議論の場を提供することを本講演の目的とする。
1.10原則、GCの特徴

グローバルコンパクトは人権/労働基準/環境/腐敗防止の10原則だが、その最大の特徴・ユニークさは国家を飛び越えて企業が直接国連とパートナーシップを組む点にある。これは二つの視点から分析できる。1つは国際政治学の視点。これは法的規範ではなく自立的な行動規範で越境するイシューを管理・統治していく視点。
もう1つは経営学の視点。外部環境の変化に対してどの様な価値意識で対応していくのか。利潤vs社会的価値の問題がある。
2.国連・企業のパートナーシップの背景

ダボス世界経済フォーラムでアナン事務総長当時の発言:ビジネスは問題を起こすと見なされている側から、政府や他のアクターと恊働して、問題を解決する側にまわらなければならない。
懸念されているのはグローバリゼーションの影の部分であった。影から光に変えようという問題意識がある。
この背景にある問題意識/危機意識はグローバリゼーションがある。表層と深層で色々な変化を引き起こしており、その影として富の不均等/環境破壊/腐敗などがある。これを解決するためにミレニアム開発目標があり、影を光に変えていこうとしている。
3.GCの力学

グローバルコンパクトは、企業目的を利潤とし、グローバリゼーションの影を生んでいた実態に対し、企業目的を社会的価値におき、グローバリゼーションの光を生む方向に寄せていこうとする試み。
これを企業側から見ると利潤から社会的価値へのシフトをCSRでとらえ、最低限CSRを実施する=法令遵守、コンプライアンスというところで捉えようとしている。
実質は一種の変換装置として防衛的な考えに基づき機能してしまっている。
もう一歩進んだ捉え方が利潤への昇華である。利潤も社会的価値も目指すという、所謂CSVの考え方である。
利潤とグローバリゼーション両方の光を目指す行動はSocial Businessとなってゆく。
利潤追求=社会的価値となるのが理想である。
4.見落としがちな点

●グローバリゼーションによる相互作用について
 先進国からの資本移動と、その帰結としての労働者の先進国への移動という相互作用があるが、自国から外へ出る流れが特に注目されている。この流れをアウトバウンドグローバリゼーションと呼ぶとすれば、これとは逆に自国へ向かう流れであるインバウンドグローバリゼーションに対する関心は低い。伝統的コミュニティが崩壊し、大都市や先進国に人口が流れていく先進国に移動していく事でインフォーマルコミュニティが出来上がる事や、このコミュニティの人達に対する権利がどこまで確保されているのかというような問題がインバウンドグローバリゼーションのテーマであり、ここに企業が必ずしも対応できていないのではないか。
 一方で現在、企業から見れば、グローバリゼーションについて違った見方が出来る。例えば本社(先進国A)が発展途上国Cの工場とつながっており、発展途上国Cは別の発展途上国Dから原料調達を行っているといった各企業活動のネットワークである。
 先進国と発展途上国の境界は曖昧になって来ており、自らの流通網拠点間の連絡や物流を効率よく行う方法を考えるのが企業としてのグローバリゼーション。企業の社会貢献活動はクモの巣のような線の動線上や拠点にあり、そこから外れることはない。その外にあるところには意識が行かないと考えられる。

●中小企業の加盟について
 本来グローバルコンパクトに積極的に加盟すべき中小企業の加盟が進まない。アウトバウンドグローバリゼーションでは中小企業の海外進出が、人権侵害や環境破壊に繋がる可能性を持つ。インバウンドな観点からも、インフォーマルコミュニティに対する人権侵害や不当労働に対して取り組めていない。この背景には人財不足があり、例えばグローバルコンパクトのCOP作成についても中小企業で対応することは困難である。海外子会社を保有する企業の割合を見ても、中小企業が海外に拠点を持つことは多く、この点はよく考えていく必要がある。

●グローバルコンパクトの位置づけについて
 社会的価値とは、平和、開発、人権(国連がこれまでフォーカスしてきた領域)であるが、グローバルコンパクトが現在主にフォーカスしているのは、開発・人権である。ここに平和価値の境界、国家の境界、市民社会の境界の3つがあると考えられる。
 平和価値の境界から見えるのは、何故平和価値にグローバルコンパクトは言及していないのかという事である。兵器ビジネス、資源ビジネス(紛争当事者の資金源)は貧困・抑圧構造の固定化を生み得るものである。対象とすべきイシューとしては、条約といった法的規範が対象。企業による過去の権利侵害に対する償い等。利潤追求から社会的価値の追求に移る際にネガティブな問題を起こす可能性があるのが、この領域である。また、例えば復興開発が紛争当事者の資金源となり、紛争構造を固定化している事実もある。
 国家の境界、市民社会の境界においては、国家の境界面は国家と企業の関係で、国家と企業の歴史的な主導権のせめぎ合い、法令による国家の企業に対する統制、企業による国家の利用がテーマとなる。また企業と市民との距離の遠さが問題となるケースもある。
 企業目線からの心理的境界もある。利益と平和的価値が結びつかない事は多くある。ソーシャルビジネスは利益が無いと成立しない。またBOPビジネスさえやれば、何をやってもいいのかという課題もある。

5.GCNJ分科会の今後の課題

①市民・公官庁と隔絶している。

②大多数はCSR部門からメンバーが構成されておりCSR部門同士の情報交換/意見交換の場となっている。事業部門と意識の差があるのではないか。

③事業の実践での利潤>社会的価値といった優先順位になっている。

④経営層の社会的価値追求の優先順位が不透明になっている。

⑤業績評価と経営方針の連動がきちっとなされていないのではないか。情報交換だけでなく問題を本当に考えていく場になっていくべきではないか。

6.終わりに

グローバルコンパクトは着実に広がっており、いろんな関係機関を巻き込んで行く必要があるといえる。企業が目的価値の追究を図ることは、国家が国家の安全保障に取り組むのに対し、企業が人間の安全保障の行為主体としての役割を果たすことになると思う。その手掛かりとなる試みが、グローバルコンパクトではないか。

【質疑応答(会場質問に対し、野村氏・甲賀氏による回答)】

①効果測定をやっているのか。
野村氏:必ずしも数値化されていないが、マッキンゼーなどの企業調査ではグローバルコンパクト参加企業の方が業績・企業イメージは高くなるという結果が出ている。CSRがコンプライアンスと法令遵守であるという考え方は既に古く、事業の中で取り込まれなければならにという方向に考え方に変わっている。それが企業自体がサステイナブルになるために必要なことなのだ、という認識の高まりが少なくとも先進企業の間では広まりつつある。ジェンダーはまだまだ社会的課題だが、日本企業の意識の変化は見える。例えばAKKはCEOが推薦した執行役員クラスの勉強会だが、昨年から今年にかけての7期生は15人中7人、今年から来年にかけての8期生も24人中7人が女性だ。それまで毎年1人か2人だったのからは大きな変化と言える。
②グローバルコンパクトのプロジェクトに参加した事があるが、会社内ではあまり評価されなかった。またグローバルコンパクトに署名した企業に対する社会からの評価も明確でないように思われる。これについてどう思うか。
野村氏:どういうプロジェクトに参加してのことか分からないが、参加者の意識が変わったというところにも価値をみるべきではないか。一方、企業内で評価されないのは残念な点かもしれないが、私はそれも次第に変わらざるを得ないと思っている。東日本の被災地で企業が緊急事態時の場所を提供したことなどから、3・11は日本企業の防災減災意識や社会で果たせる役割についての認識を変えたと言われる。すくなくともGCが目指す方向は間違っていないと思う。

甲賀氏:CSRの視点から見ると、植林等はどの様な意味があるのかというのは、企業は社会に対して何かしている会社と何もしていない会社で売上が変化するといったような、ソーシャルマーケティングの考え方から意味があるといえる。

③今後CSR・GCに日本企業はどのようにとりくんでいくのか。
東京大学 佐藤先生:糸口がないのが現状ではないか。ヨーロッパの企業の価値観を日系企業に落とし込むのは難しい部分もある。一方で、グローバルコンパクトに参加することが、企業(特に中小企業)にとって取引時のインセンティブになるようにするのは良いことと考えられる。例えば日弁連は人権DDにおいてCSR条項を作り、企業が事業評価にあたって人権の観点を盛り込むようにしている。そこでグローバルコンパクトに加盟して居るかどうかを一つの基準として活用することができるのではないか。

野村氏:理事会や経営執行委員会でも一番関心あるのが人権DDと日本版スチュワードシップコードで、投資する側の意識が変わっていくこと。これからツールとして意識して取り組んでいかなければならないものだと思っている。投資側の意識の変化は企業を変えずにはおかない。グローバルコンパクトは発展途上の活動でありCSRの意味も大きく変化してきている。企業に利潤を忘れろと言っても無理で、本当にサステイナブルな企業になるためにはCSRとかESGを意識した経営を進めなければならない。本業とは全く別にCSRを捉える、ということは少なくなりつつある。
以上

2016年1月23日掲載
ウェブ掲載:佐藤曉浩